リリナとの別れ、そして新たなる目的地へ
午後3時を回った頃、俺たちはテパの村へと戻ってきた。
シャコターンの町から村まで、およそ30キロの道を走った事で、ガソリンは更に2、3リットル消費したようだ。
ガソリンの残量メータは6割程の位置を指している。つまり半分より少し上の位置を指しているだけという微妙な量だ。
確か、社用車のカタログ上のタンクの「総量」が55リットル。異世界に来る前に俺はほぼ満タンにしていた。
それが今は30リットルを切るところまで減っていた。
「ガソリン、もう6割しかないなぁ……」
「まだ6割もあるんだから大丈夫よ!」
若干気弱な発言をする俺に対し、助手席のパトナは明るく平気な顔をしている。
コップの水が半分あるとして「もう半分しかない!」と嘆くか、「まだ半分ある!」と余裕をかますかは個人差があるだろうが、俺とパトナは丁度いい組み合わせと言えた。
そして、リリナとの別れの時が来た。
危険な旅に巻き込んでしまったが、リリナは村を救うという目的を達し、村の人々を救った英雄ということになるだろう。
「旅のご無事を祈っています……! かならず、この村にまた来てくださいね!」
少女リリナは別れ際、丸く大きな涙を浮かべていた。
何度も何度も礼を言いながら、村長の祖父や、両親と共に頭を下げて、俺たちに手を振っていた。
なんともまぁ、可愛らしい。
「サクサックっとガソリンを買ったら戻ってくるよ!」
「ついでに、悪い魔法使いもブッ飛ばしてきちゃうからね!」
「はいっ!」
リリナが大きくうなづいて、笑顔を見せてくれた。
俺とパトナは、何度も振り返りながら手を振って、村を後にした。
別に永遠の別れじゃない。
ガソリンが手に入れば、ひとっ走りで遊びに来れる距離だ。
そして、俺たちの旅の目的も、少しずつではあるけれど明確になってきた。
恐ろしい魔法使いの秘密結社ブラック・カンパニー。
その最強の幹部である『呪怨六星衆』を、俺たちが倒す事で、この国に平和が取り戻せる。
それは最初に俺とパトナが、女神様から言われた「世界を救いなさい」という言葉と合致することでもある。
テパの村を襲った連中は、俺たちがこれから向かおうとしている、ヒューマンガースの方向から来たらしい。同じような事をシャコターンの町でも聞いた。
つまり、残る4人の魔法使いも、街の方向にいる可能性が高い。
更に言えば、ヒューマンガースの街の南方、およそ300キロ先には、神聖フォルトゥーナ・モーレィス王国の聖都、ヒースブリューンヘイムがあるのだという。
おそらく、そこがこの旅の最終目的地になる予感がする。
パトナのナビゲーションによると、ヒューマンガースの街まで、ここから180キロ程であることが分かっている。
180キロという距離は高速道路なら2時間で着く距離だ。
とはいえ、残念ながら道路事情が良くないこの世界では、速度はあまり出せない。せいぜい時速30キロから40キロ程度。おそらくここから半日以上必要だろう。
午後3時を回った今から出発すると、途中で夜になる。
そこで俺たちは、夜間の移動の危険性を考えて、今夜は途中で車中泊をすることにした。そして、明日の朝一番で街を探訪するという予定を組んだ。
街でガソリンを手に入れるための資金、お金はミッションクリア(?)の報酬として300枚の金貨がある。
車の荷物室には、シャコターンの町で貰った毛布に食料、水や着替えに日用雑貨と、多くの物が積まれているし、もちろんテッシュもある。
「荷物が増えたなぁ」
「そだね、なんだか楽しい」
「まぁな」
後ろを振り返ると、確かに賑やかな雑貨屋を覗いている気分になる。
鍋があったり、飲料水の樽があったり。おまけに後部座席の屋根部分の取っ手には、ソーセージがアクセサリーのようにぶら下がっている。
なんというか、キャンピングカーのような気分でワクワクしてきた。
何よりも……今夜はパトナと二人きりなのだ。
後部座席をたたみ、フラットにすれば大人二人が足を伸ばして寝る事が出来る。
もちろん、密着してしまうが、それは仕方の無い事だ。
もう一度いう。仕方の無い事だ。
ツナギにポニーテールのパトナと視線が交差する。
ちょっと照れたように、口元が緩むのがまた、なんとも可愛い。
「じゃ……じゃ! いこうか!」
「うんっ! いこう!」
パトナが笑顔で拳を前に突き出す。俺はパトナの笑顔から元気を貰っているのだと、気づかされる。
ゆっくりアクセルを踏み加速すると、数分でテパの村は見えなくなった。
しばらくは草原地帯が続いていたが、魔物の類は出なかった。50キロほど走ったところで草原地帯が終り、やがて木々が増え始め、更に30キロほど進んだところで森へと差し掛かった。
時刻はもう5時。
太陽も傾き、空は黄色と青にグラデーションがかかり始めている。
森は道幅も狭い。俺たちは慎重に車を進めてゆく。
「道は大丈夫なんだよな?」
「うん、馬車が通れる道だから、この車でもいけるよ。速度は出さないほうが良さそうだけどね」
「あ、川だ!」
しばらく進むと森の木々が開け、綺麗な川が流れている場所へ差し掛かった。
川べりが野原のようになっていて、おそらく旅の馬車の宿営地になっているのか、焚き火のあとがいくつか見える。
よく見ると『王立街道・西の森宿営地。我ら魔術師、聖なる守りの祈りを捧げる』
と書かれた木の看板もある。
どうやら魔法の結界か何かが張られているのか、森特有の恐ろしい感じが、遠ざかった気がした。
「ここなら安心して野宿できそうだ」
「うん! キャンプ! キャンプしよっ!」
次回、二人で初めての車中泊♪
【今日の冒険記録】
・所持金:3560円(日本円)
:300リューオン金貨
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・町で補充した食べ物や雑貨。毛布など
・水、小さい樽で2つ。(36リットル)
・走行距離:180キロ
・ガソリン残量:29リットル