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社用車チートは異世界で最強でした! ~リーマン異世界横断1000キロの旅~  作者: たまり
三章: シャコターン防衛戦 ~死闘! 二人目の呪怨六星衆(ヘキサマヴナ)~
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 炎と、決死のブースト・ジャンプ!

「タイヤが……空転してやがるッ!?」


 いくらアクセルを踏み込んでも、車が動く気配はなかった。


「くそっ! 動か……ないっ!」

「ライガ……タイヤが浮いてるわ!」


 ポニーテールを揺らしながらパトナが叫ぶ。


 社用車の白い「バン」は、普通乗用車の4ドアセダンに荷物室(カーゴ)が増えたようなワゴン車だ。けれど足回りは四輪駆動(・・・・)、すなわち車輪を四つ同時に回すことで力強い走りを生む仕組みになっている。

 これは社用車が重い荷物を運んだり、路面の悪い場所を走ったりするために、少しでも安定して走らせようと言う製造メーカの思惑によるものだ。


 だが、そのタイヤが4輪とも接地(・・)していないのだ。


「――巨人に持ち上げられた!」


 パトナと頭をぶつけそうになりながら後ろを振り返ると、後部座席よりも後ろの両側の窓に、ビッチリと屍肉(・・)のミンチが張り付いていた。


「「うあぁああ!?」」


 モザイクがかかっているとはいえ、明らかに()オークやゴブリンの顔や手足、臓物がガラス窓にへばりついている様子は、地獄絵図というかホラーすぎる。


「いやぁああッ!?」

 一番近いリリナがもう限界とばかりに頭を抱えて丸くなった。考えて見ればこの子は昨日から災難続きで可哀想でもある。


「くそっ! 離せこのっ……!」


 ブォンッ! と、いくらアクセルに力をこめてエンジンを回しても、タイヤが地面を蹴らなければ進むことが出来ない。


『オーッホッホッホ!? あらあら? 急に大人しくなったわねぇ……!? 珍しい魔法の馬車(・・)のようだけど車輪が浮いちゃ走れないわよねぇ。さぁ……! 私とレッツ、ダァアァアアンス! タァイム!』


 車体が突然、左右にゆっさゆっさと揺れはじめた。


「うわぁあああっ!?」

「きゃぁああっ!」

「いやぁああっ!」


 シートベルトを全員締めているとはいえ、放り出されそうになる。窓に頭をぶつけ激痛に顔を歪める。

 だが、赤い魔女ゴージャス・マイリーンは俺たちの車を揺さぶるだけだ。

 10メートルほどある肉の巨人とはいえ、1トンを超える重量物を放り投げたりは流石に出来ないのだ。


『……出ていらっしゃぁあい? 私の素敵な肉ドレスの……一部にしてあげるわ! オーホホホホ!』


 次の瞬間、ビチュル! と後ろの荷物室のバックウィンドゥ全面にグロテスクな屍肉がへばりついた。

 ドロドロの地獄シチューの一部に、俺たちを取り込むつもりなのだ。


「じょっ、冗談じゃないぞ!?」

「いやぁあ!? ビチョッて、お尻がびちょってなったー!?」

 パトナが涙目になる。車と感覚を有る程度共有しているのだろう。

 

 俺は無い頭をフル回転させて考える。今まで仕事でも回した事のない頭を全力で。

 ブジュル! と、後ろの窓すべてが赤いドロドロに覆われてゆく。


「ライガッ!」

「ラ、ライガさんっ!」

 パトナとリリナが悲痛な叫びをあげる。やがて車の後ろからミシミシと嫌なきしみ音が響き始めた。いかに超硬質な特殊素材で覆っていても、耐えられる圧力にも限界がある。


 ――どうする!?


 今、ドアを開けて飛び降りて逃げ出せば、助かる可能性はある。けれど、俺たちは異世界で生きていく最大の武器である社用車……つまりパトナの分身ともいえる()を失うことになる。それだけは避けなければならない。


 だが、こういう時は何かを捨てなければ道は開けないのは定石だ。

 ならばどうする?

 何を……捨てる?


 その時、町のほうから弓を構えた兵士や男達が何人か飛び出してくるのが見えた。

 危険を顧みず、決死の覚悟で俺たちに加勢しようというのだ。


 手にした弓矢には「火矢」がが(つが)えてあった。


「化け物! 勇者様(・・・)を……離せッ!」


 町の男達は口々に叫ぶと、巨大な肉の巨人から20メートルほどの距離をとったところでギリギリと弓の(つる)を引き絞った。

 パシュ! パシュッ! と火のついた矢が放たれると巨人の肩や腹に突き刺さる。

 

 命中した瞬間、肉の巨人の動きが止まった。


『……アッチチ!? いけないわねぇ……! 黙ってそこで見ていなさい……! 次は町の人間全員を、この肉のドレスに取り込んであげるから……。もちろん、生きたままねぇええええええ!』


 赤い魔女はキシャァアアア! と恐ろしい形相で威嚇する。だが、確かにヤツは火の熱さを感じていた。

 けれど炎が小さすぎて効果は薄いのだ。


 火の矢は、じゅっ……と肉のドレスに呑み込まれ、消されてしまった。


「おのれ……!」


 考えろ考えろ考えろ……!


 俺の頭の思考回路が高速で回転し始めた。そして頭の中に浮かぶのは、似たようなピンチに陥った時に、物語の主人公(・・・)たちがとった行動だ。


 ガス生命体に食われそうになった宇宙戦艦(・・・・)や、巨人が人を食う最近の作品まで、走馬灯のように浮かぶのはアニメのシーンばかりだという事に愕然としつつも、俺はある結論に至る。


 巨大な相手に外側からの攻撃は通じない。

 そんな場面では、主人公達はかならず内側(・・)からの攻撃で撃破しているのだ。


 内側……! けれど何をどうやって?


 こういうゾンビのような屍肉の塊にダメージを与えるには、炎……!


「そうだ……火だ!」

「火!?」


 パトナがはっと俺の顔を見る。


「パトナ! ……ガソリンを……使えないか!?」

「ガソリン……!? まさか……外に……撒き散らすってこと!?」


「そのまさかさ。あいつの腹の中に……ぶちまけてやるんだ! ガソリンを……中出しだ!」


 俺の真剣な顔に、パトナはきゅっと唇をかんで一瞬考えた。そして――


「出来ないことはないわ。ブースト・ジャンプ……! この車を一瞬だけ超加速させて空高くジャンプさせられるの。その時の加速用にってマフラーに『アフターバーナー』が仕込まれているの」


「アフターバーナー……!」


 それは確か、戦闘機のジェットエンジンの後部に装備される『ターボ』のようなものだ。高温の排気ガスに、燃料を混ぜて爆発的な推力を得る装置のことだ。


「うん! 私の場合、排気ガスに気化したガソリンを混ぜられるわ」

「――それだ!」


 それは、キケンな臭いしかしないけれど。

 一か八か、ゼロ距離での大噴射をぶちかませばいい。


「それと……ガソリンを沢山消費しちゃうの」


「構わない。あの腐肉に飲まれてシチューにされるよかマシだ! 半分呑み込まれてるのも好都合……! シチューに可燃性ガスをぶち込んでやる!」


「知ってるそれ! シチューにカツってやつね!?」


 パトナがきゅぴぃん! と瞳を輝かせた。


「死中に活な!? あと今シチューにカツとか入れられても食べる気力無いから!」


 正直、食欲はゼロだ。だが、戦う気力だけがモリモリと沸いてきた。


「町に着いたら、ゴハンだべさせてね!」

「あぁ!」


 俺とパトナは、がっ! と軽く拳をぶつけあった。


 ――ヤバイ、俺たち洋画の主人公みたいじゃん!?


『オーッホホホホホ! ぜぇぇえええんぶ、呑み込んじゃうわ! この魔法の馬車も! 町の人間も、国も……! あたしが……『呪怨六星衆(ヘキサマヴナ)』最強だってこと――』


「食らえよ、化け物!」

 俺はアクセルを全力で踏み込んだ。

 床を踏み抜く勢いで。

 俺の叫びに呼応するようにヴァォオオオオオン! と物凄いエンジン音が響き渡り、車の後方から灰色の煙が噴出した。

 それは車の高温排気ガスに、気化させたガソリンをたっぷり混ぜ込んだ、特製の可燃性(・・・)ガスだ。


『ぶっ……ブッハハ!? ゲヘッ!? 臭ッ! 放屁(・・)!? なんて下品……なんて下品ンンッ!?』


 車を締め付ける肉の腕の力が緩んだ瞬間を、パトナは見逃さなかった。


「今よっ! ブースト……ジャンプ!」


「リリナつかまれっ!」

「は、はいっ!」


 ヴォオォオオオオオオオンッ! という噴射音と共に、社用車のマフラーからロケットエンジンのような火炎が噴出し、肉の巨人を内側から膨らませた。


『ゴファツ!? 火、ヒィイイイイァアアア!? なっ……なにぃいいいいいいいいいいっ!?』


 ボフッ! ボフフフッ! と肉の巨人の全身は、まるで風船のようにボコボコと内側から膨らんでゆく。

 そして巨人の胸の部分では顔を回転させながら驚愕する赤い魔女、ゴージャス・マイリーンが絶叫する。


 そこへ――町の兵士が火矢を放った。

「神の、ご加護を!」

 シュッ! と、放たれた火矢は、露出した魔女の(ひたい)を正確に射抜いた。

『シュコッ……て、え? ぇ、えぇアアアアアアアアアッ!?』


「いっけぇええええええっ!」

 俺が叫んだ、次の瞬間。

 巨大な風船と化した肉の巨人からまばゆい閃光が幾筋も迸った。

 そして――大爆発が起こった。

 轟音と光と衝撃と、すべてが一気に襲い掛かり、俺たちはその勢いに背中を押されるように空中へと放り出された。


「――きゃぁああ!?」

「くッはぁああ!?」


 フロントガラス一面に映ったのは真っ青に晴れ渡る、空。


 それは僅か1秒ほどの空中散歩(・・・・)だった。


 超加速の次に俺たちを襲ったのは、猛烈な落下感覚だ。全身の骨を撫でてゆくザワァワツとした血の気が引くような感覚につつまれる。

 ジェットコースターの落下を10倍にした恐怖を感じつつ、正面には町を囲む()と、その上で唖然とする兵士達が見えた。それを眼下に飛び越えたところで、家々の屋根をタイヤで蹴飛ばしたところで、俺たちは悲鳴を上げた。

「「「ひぃやぁあああああああッッ!?」」」

 目の前に地面が見えた。それは町の広場のようで大勢の人々が集まっていたが、俺たちの空飛(・・)社用車(・・・)を見て、空を指差しながら右へ左へと逃げ惑った。


「どいて! どいてくれぇええっ!」

 バゥンッ! と突き上げるような衝撃と共に、俺たちは広場へと見事着地!

 ドッキュキュキュキュと白煙を上げながら、石畳でタイヤを鳴らし、ターン、最後は露天商の屋台を吹き飛ばしたところで停車した。


「……い、いらっしゃい」


 引きつった顔の店主のオヤジとガラス越しに目が合って、思わず微笑む。


「どうも……」


 と、次の瞬間。

 町の外で盛大な火柱が天に向けて燃え上がった。


『ギィ……やぁああああああアアアアアアアアアアアアアアアアア!? おのれっ! こんな……バカなぁああああ……………ァアアアアアッ!』


 それが、赤い魔女の断末魔(・・・)だった。



【今日の冒険記録】

・所持金:3560円(日本円)

    :100リューオン金貨


・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ

・村から貰ったパンや飲み物二日分

・ペットボトルの水×2


・走行距離:60キロ

・ガソリン残量:32リットル(18リットルをアフターバーナーで消費!)


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