絶体絶命!? 強敵、屍肉操者(ネクロマスター)ゴージャス・マイリーン
「オーッホホホッ! さぁ踊りましょう! 呪怨六星衆の一角を司る最強の屍肉操者! この私……ゴージャス・マイリーンが、舞踏会のお相手よ!」
身長10メートルはあろうかという屍肉の巨人。その胸部から突き出た赤い魔法使いの顔が、耳まで裂けそうな狂気の笑みを浮かべる。オーホホホと高笑いを響かせながら、剥き出しになった顔がぐるぐると回転する。
「キ、キモッ!」
パトナが流石に引く。首が回転するとか、どんな仕掛けだ。
「説明を兼ねた自己紹介、乙……ッ!」
俺はアクセルを踏みこんで加速、一気に巨大な肉人形の懐へと飛び込んだ。
そして足で踏みつけられそうなる直前でハンドルを素早く回しターン! 10メートル手前でクラクションを思い切り押し込んだ。
ブァアアアアアアアアアアアア! と、けたたましいクラクションの音が肉の巨人を直撃する。
ゴブリンやオークなら0.2秒で頭が爆裂する必殺の間合い。
「オーホホホ! 不粋な選曲だこと……!」
だが、ゴージャス・マイリーンと名乗る魔法使いは、ジュルッと露出していた顔を肉の中に隠してしまった。
町を守る壁との距離は50メートル。俺たちの戦いを見守っている人々にも影響があるかもしれないので、1秒で手を離す。
「くそっ!?」
「ライガ! クラクション攻撃は効かないわ! アイツ……、肉で超振動音波を吸収、拡散しているみたい!」
「見た目どおり、肉の鎧ってワケか……!」
流石にヘキサなんちゃら。四天王みたいなものらしく流石に手ごわい。
俺は更にハンドルを切り、町から引き離すために広場の方向へと社用車を走らせた。
バックミラーを見ると、ドスドスと巨大な二本の足が追いかけてくる。
「オーホホ! お待ちなさい! 不思議な鉄の馬車さん」
「メスの巨人に追われるとか、どこの進撃だよ!?」
「おっぱい見てたくせにー!」
「み、見てねぇよ!」
「うそつきー!」
ポカポカと助手席からパトナが急にキレた。
俺の視線に気がついてやがったのか……。
巨大な肉の化け物は、確かに怖いとは思った。けれど助手席にいるパトナとこうして話していると不思議とその気持ちは薄らいで、負ける気さえもしなくなる。
「ライガさん! 危ない!」
「ッ!?」
後部座席で後ろを見ていたリリナが叫んだ。
俺はとっさにハンドルをまわし、タイヤをきしませながら90度ターンした。
僅かに遅れて、ズゥウウン! と衝撃で車が揺れた。それは、肉の巨人が振り下ろした巨大な腕の一撃だった。
ハンマーのような拳が地面をえぐり、土煙を上げる。だが俺たちの社用車は間一髪、逃げおおせた。
「オーホホ! ちょこまかと……!」
「あっぶね!? ありがとうリリナ!」
「は、はいっ!」
「今、あの巨人、腕が伸びなかったか!?」
社用車と肉の巨人とは20メートルは離れていたはずだが……!?
「でも、アイツ、動きが鈍いわ!」
「あぁ……確かに!」
すこし冷静さを取り戻した頭で、敵を仔細に観察する。
パワーはありそうだけど動きはそれほど早くない。むしろドスドスとのろまな動き。
「ライガ、あの巨大な身体の中身は、魔物のミンチ肉! おそらく擬似的な筋肉と緩衝材を形成しているわ。打撃も音波も効果ないと思う。それに、表面は魔力で形成された力場で包まれてる……! まるで、腸詰めのソーセージみたいにね」
パトナがフロントガラスに半透明の図を映し出し、赤の女魔法使いの術を分析し説明する。流石は車載妖精パトナ。彼女なくして戦える気はしない。
「なるほど……!」
赤い魔法使いが身に纏っている「肉のドレス」は、溶けてドロドロになったオークやゴブリンの筋肉や臓物をミキサーしたものだ。それがグニュグニュと蠢きながら表面を対流し、防御力の高い巨大な肉人形を形作っている。
肉のドレスは腸や内臓、筋肉に皮や骨がグズグズと交じり合い、地獄で出されるシチューのようでグロテスク極まりない。
「うぅ、ソーセージはもう一生食えないな……」
正直、今にも吐きそうだ。
「ライガさん、パトナさん、わたしも気持ち悪いです……」
俺と同じように青ざめて泣きそうなのは、後部座席のリリナも同じらしい。
「深呼吸! 深呼吸!」
「じゃ、これで!」
パトナは指先でフロントガラスを指差すと、シュンッ! と音がして車のガラスを通して見る「肉のドレス」に瞬時にモザイクがかかった。
どの窓から見てもピコピコと四角いすりガラスのような模様が、グロ画像そのままの血みどろな肉の巨人を覆い隠している。
「あははは!?」
俺は思わず笑ってしまう。だが、これでもう臆することなく戦える。
――打撃も音波もダメならば……斬撃はどうだ?
俺は、正面にハンドルを切ると、股下を走り抜けざまに、ワイパーを超高速で動かした。
途端に、シュパァアアアッ! と二本の黒いブーメランが舞う。
「くらえっ! 単分子ワイパー!」
それは思惑通り、巨人の二本の足をシュパシュパッ! と通過した。
左右の足を見事切断した……はずだった。
しかし肉の巨人は平然と足を動かし続けている。
「なんで倒れない!? 斬れないのか!?」
パトナのほうをみて思わず叫ぶ。
「ちがう……! 確かに斬れた。けれどドロドロの肉だもの、切ってもすぐにくっついて、切断できないのよ!」
「くそッ!?」
必殺武器が通じない!
初めての焦りを感じる。それはパトナも同じだったようだ。
となれば、最強のパッシングビーム。だが射角をとらなければ倒せない。つまり、真正面に目標を固定する必要があるのだ。
――なら、せめて真正面を向かないと!
と、そこで前方に水路が見えたので慌ててアクセルを緩めブレーキを踏む。
だが、速度の落ちた一瞬の隙を相手は見逃さなかった。
巨人の両腕がビュァアッ! と両腕が20メートル以上も伸び、俺たちの乗る社用車の両脇を押さえ込んだ。
「オーホホホ! つぅかぁまぁえぇえええたぁあああ!?」
狂気の女魔法使いが巨人の腕を縮めながら、恐ろしい勢いで背後に迫ってきたた。そして……車体がグラリと揺れた。
「きゃ!?」
「しまっ!」
慌ててアクセルを踏み込んだ時、俺は戦慄した。
ブォン! とアクセルの回転数だけが上昇するが車体はまるで動かない。タイヤからはシュルル! と空を切る音が聞こえてきた。
「タイヤが……空転!?」




