強襲の『呪怨六星衆(ヘキサマヴナ)』
――どうやら、上手く誘導できたみたいだ!
町を囲む壁の手前で速度をぐんと落とし、壁沿いの道を走る。
そして俺は車の窓を開け、壁の上にいる衛兵達に思い切り手を振りながら「後ろ! 後ろ!」と合図を送った。
すると「OK!」とばかりに兵士達は腕を振り上げて返事をしてくれた。
どうやら俺のことを味方だと判断し、更に作戦の意図も理解してくれたようだ。
世界が変わろうとも、戦う男同士の熱い気持ちは通じ合うものだ!
まぁ俺自身、今まで熱く戦っていたかは別だが……。
「ライガさん後ろっ!」
「ぬおっ!?」
パトナの声にバックミラーを覗くと、いつの間にか真後ろに巨大なオークが迫り、手に持った棍棒を振り上げていた。
その背後には殺気立った魔物の群れが見えた。
が、次の瞬間。
『ブッ殺…………ッキュ!?』
シュコッ! と鋭い矢がオークの側頭部のこめかみ部分を貫通し、やじりが反対側から顔を覗かせた。
オークは悲鳴さえ上げず、ズズン……と、前のめりに倒れこんだ。
「――今だ、射よ!」
壁の上で誰かが叫んだ。
『オォオオオオオオッ!?』
『グバァ!?』
それを合図に、一斉に雨あられと矢が射掛けられた。俺たちの社用車に気を取られていた魔物たちは、町の兵士達に側面を攻撃され、次々と倒れ絶命していった。
「ライガ! 形勢が逆転したわ!」
パトナがフロントガラスに映し出された町の地図と、そこに無数に群がっていた「赤い光の点」を指差した。
その数はみるみる減少し、ついに10を切った。
最初は100を越える数で殺到していた魔物たちは、今や殲滅されつつあった。
「やったか!?」
思わず叫んだ俺だったが、それは「フラグ」だったようだ。
空気が、変わった。
ピキィ……と、ガラスにヒビが入ったかのような、空間を震わせる衝撃が駆け巡った。
「な、なんだ……!?」
「ライガさん、なんだか怖いです」
後部座席のリリナがぎゅっと自分の両肩を押さえる。少女の顔が青ざめているのがわかった。
「……次元振動……!? 超空間を通って……何かが来る!?」
パトナはハッとして、フロントガラスに波打つグラフを表示させ、眉を寄せてにらみつけた。
「な、なんだかヤバいぞ!?」
俺は思わずハンドルを回し、ターン。そして町を守る壁を背にしたところでブレーキを踏み車を止めた。
異様な気配に気が付いたのは俺たちだけではなかった
壁の上で弓矢を構えていた男達も異変を感じたのか、あちこちを見回している。
だが、町の前には折り重なるようにして息絶えたオークとゴブリンの屍骸が転がっている。
俺はそこでふと疑問が浮かぶ。そもそも、こいつらを統率していた者がいたのではないのか?
テパの村を襲った魔法使いホルテモット卿のような。
そんな、シンプルで単純な疑問を感じた時。
屍骸の上に、女が一人、忽然と立っていた。
いや、突如そこに現れた、といってもいい。
「ライガ! 魔法使い……新手の魔法使いよ!」
「どこから現れた!? しかも……女!?」
死んだばかりの巨大なオークの背中を高いヒールで踏みつけて立つ女は、白く目映い午前中の陽光にそぐわない黒いオーラを発していた。
目を引くのは、身体を締め付けるコウモリのような意匠をかたどったボンテージファッションで、肩から真っ赤なローブを羽織っていた。
燃えるような赤色のウェーブした髪は前に垂らされて、はち切れんばかりの胸を覆っている。
胸は大きくボムッと突き出ていて、ウェストは細く腰はふくよか。いわゆるセクシーボインちゃんだ。
だが、手には動物の腸を干して伸ばしたかのような有機的な杖を持っている。
それは魔法なんて知らない俺のような素人でもわかるほどに、禍々しいオーラを垂れ流していた。
甲高い声が聞こえてきた。
「オーホホホ! ……貴方たちかしら? 暗黒魔術師連合を束ねる魔法使い……我ら呪怨六星衆の一角を……倒したというのは?」
「「ブラック・カンパニーの、ヘキサマヴナ……!?」」
俺とパトナは顔を見合わせて、そして再び正面に目線を向けた。
どうやら、俺たちはいきなりテパの村の初戦で、幹部の一人をブッ飛ばしていたらしい。
「オーホホホホ! でもね、私達6人の中で最弱の雷使いを倒したぐらいで……いい気にならない事ね!」
「う、わぁあああ!? み、見ろ!」
悲鳴を上げたのは壁の上の兵士だった。その指差す先で、オークやゴブリンの死体がモゴモゴと動き始めた。それらは次々と溶けたようにジュルジュルと融合すると、やがて女を包み込んだ。
「きゃぁあ!? キモイですぅう!」
「お食事中なら……アウトよ!?」
リリナとパトナが涙目で叫ぶ。
「こんなの……ヤバすぎるだろ!?」
ジュルル、ブチュルとおぞましい音を立てながら、死体がアメーバのように溶けて這いずり、女魔法使いの周りへと集まってゆく。真っ赤な筋肉と臓物のシチューのような液体は、セクシーボインな女魔法使いを包み込むと、あっというまに盛り上がり、モコモコと巨人のような姿へと変化してゆく。
そして、身の丈10メートルはあろうかという赤い肉の巨人へと姿を変えた。
メキョッ! と音がすると、巨人の胸部分から女魔法使いの顔が剥き出しになった。
「オーホホホ! どうかしら? 私のオシャレ魔法『肉のドレス』! さぁ……呪怨六星衆主催の、ダンスパーティへ……ご招待よおおっ!」
高笑いを響かせながら、ズシィイイン! と一歩巨人が動き出した。
町の衛兵達から悲鳴があがる。
想像を超えた迫力に流石に怖気づきそうになる。死体を集めて武器にするという歪んだ狂気。こんなヤツを野放しにしていては町がどんな目に合わされるか分かったものではない。
そして今、この邪悪な魔法使いを倒せるのは俺たちだけだ。社用車で、今ここでパトナと一緒に倒すしかないのだ。
覚悟を決めた俺はぎゅっとハンドルを握り締めた。
「――パトナ、いくぞっ!」
助手席のツナギ美少女に、自分を鼓舞するかのように声をかける。
「うんっ!」
明るく弾むような声で返事をしてくれたパトナは、ギアを握る俺の左手にそっと手を重ねてきた。




