戦力差100対1 ~振り払え血のワイパー!~
充分にひきつけたところで俺は、「殺傷モード」に切り替えたクラクションを、叩きつけるように鳴らしまくった。
プァァアアア――――ッ!
シャコターンの広場に、けたたましいクラクションが響き渡る。
その音に気が付いたのは、必死の防衛戦を繰り広げていた町の人々だ。石積み壁の上から此方を見て驚いたように動きを止めた。
距離は300メートル離れているので危険はない。殺傷モードのクラクションが数秒で致命的な効果を生むのは、およそ50メートルの範囲だ。
100メートルぐらいでも効果は充分あるのだが、苦痛を与え動きを止めたりする程度で、完全に倒すまでには至らないようだ。
手に棍棒やナイフ、錆びた剣を持ったオークやゴブリンの群れは、俺たちの社用車に殺到する30メートル直前で、急に耳を押さえて足を止め、全身を痙攣させながら、次々と倒れ始めた。
『ギィァアァァ!?』
『ヒギブァ!?』
青い肌のゴブリンが白目をむき、緑肌のオークが「ゴハッ!?」と口と耳から同時に何かを盛大に吐き出した。
そしてバタバタと倒れると痙攣し、動かなくなってゆく。
だが、その倒れた仲間を踏みつけるように乗り越えて、更に別のゴブリンが押し寄せてくる。
「くっそ! 勢いが凄いな!?」
クラクションが一度途切れた。どうやら鳴らし続けると効果が低下するらしい。
「20……30……撃破数34! まだ来るわよっ!」
「バックダッシュで間合いを……とるッ!」
俺はコカカッ! と左の手首を捻るようにしてギアを『R』に入れて、アクセルを踏み込んだ。
途端に、ぐんっ! と真後ろへとダッシュで後退し、間合いを取る。
「きゃぁっ!?」
後部座席のリリナが悲鳴を上げ助手席のシートを掴む。
「しっかり捕まってろ!」
10メートルにまで接近していたゴブリンの群れを、一気に引き離したところでUターン。バックミラーには、30匹以上の化け物たちが何かを叫びながら追いかけてくるという、世にも恐ろしい光景が映っている。
Uターンした事で社用車はどんどん町から離れている。これでは町を救い領主に会う目的が達せない。
「数が多い! クラクションだけじゃダメか!?」
俺はパッシングビームで一気になぎ払おうかと考えた。だが、あれは一撃必殺の決戦兵器だ。
一度撃つと次弾装填までの間、無敵のボディも失われ「普通の自動車」になってしまう。
――どうする……!?
「ライガ! 武器は他にもあるわ! 中距離用の武器だけど!」
「えっ!? マジ?」
「ワイパー! ワイパーの速度をMAXに!」
ワイパーは雨の日にガラスの水を振り払うだけのモノのはずだが……?
だが女神の慈悲とやらは底が知れない。
「ええい、ままよ!」
俺はワイパーを最大速度で動かした。シュン……シュンシュンシュンシュシュシュシュシュ! と徐々に加速し、物凄い勢いでフロントガラスをワイパーが右へ左へと行き来する。
「こっ……これでどうなるの!?」
と、俺が叫んだ次の瞬間。
スポーンとワイパーがはずれ、シュルルルルと回転しながら飛び出した。 二本のワイパーは弧を描きながら空中を飛び向きを変えると、そのまま後ろから追って来る魔物の群れに襲い掛かった。
「えぇえええ――――!?」
俺は思わず叫んでいた。そしてバックミラー越しにシュパシュパシュパァアアッ! と血しぶきとともに、首がいくつも宙を舞うのが見えた。
その数は数十体。右から左から襲い掛かったワイパーは信じられない切れ味でオークとゴブリンの群れを次々に切り払ってゆく。
「ひぃええええええ!? 殺人カッターブーメラン!?」
「血を振り払うワイパーね!」
「やめろー!?」
やがてシュルルと戻ってきたワイパーは、カシャンカシャンと元の位置へと戻った。
「単分子ワイパー! 原理的には原子レベルで相手の構成物質を切断するの。切れないモノは無いわ!」
パトナが人差し指を、胸の前できゅきゅっと可愛く左右に動かした。
それと同期してワイパーも動く。
「お、おぅ。もう……大分慣れたよ」
慣れとは恐ろしい。新たなる殺人装備が増えたところで、意外と冷静な自分がいる。
と、いつの間にかシャコターンの町を囲む壁の上には、体勢を立て直した20人以上の兵士達がズラリと並び、一斉に矢を構えているのが見えた。
――あの射程に誘導すれば……!
「パトナ、すこしムチャするけど、よろしくな!」
「うんっ!」
俺は再度Uターン。つまり敵の真正面に転進し、アクセルを踏む。
「うぉりゃぁああ!」
ブォンン! とアクセルを吹かしながらハンドルを右に切り、一気に魔物の群れの一番密度が薄い部分を駆け抜ける。慌てた魔物の群れが罵声を浴びせかけながら、俺たちに石や剣を投げつけてきた。
流石に車では速度が違うので殆どはかすりもしない。だがゴン、ガィン! と何発かボディに命中する。もちろんこの程度ではダメージは無し。
「でも一応、痛いのよ、このっ!」
ひゅるると飛んできた大きな石を、パトナは助手席のドアを開けて打ち返した。
ガァン! とナイスタイミングで打ち返された石は、サード方向のオークの頭を直撃した。
『アヴトッ!?』
「ナイス!」
「えへへっ!」
そして、俺たちの社用車は町を守る壁の前へと走りこんで減速した。背後からは半分ほどに減った魔物の群れが血眼になって追ってくる。
――どうやら、上手く誘導できたみたいだ!




