領主の町、シャコターン防衛戦
社用車はパトナの指し示す道をガタゴト揺れながら進んでいた。
なだらかな草原に囲まれた道がどこまでも続いている。小鳥や蝶が道端に咲く小花と戯れているが、それを狙う小型の翼竜のような生き物が居たりして驚く。
馬車の通る道は整備されているが舗装はされていない。お客様も乗せているので安全運転第一、30キロから40キロ程度だ。
燃費と言う意味ではかなり良いのだが、メーターが昨日からほんの僅かに減少している。それでもまだ8割以上は残っているだろう。
小一時間ほど進んだ所で、前方の見晴らしのいい丘陵地帯の上に町が見えてきた。後部座席のリリナが身を乗り出して前方を指差す。
「あれが領主さまのいるシャコターンです!」
「結構大きな町だなぁ」
町まであと1キロ付近まで近づいたところで減速して、町の様子を窺う。
周囲を畑のモザイク模様に囲まれた町は、テパの村よりも数倍は大きく、家の造りも二階建てや大きな公館のような施設も見えた。
町全体が高さ3メートルほどの石積み壁に囲まれていて、流石は領主様の住む「町」といった佇まいだ。
石積みの壁の上は歩ける程に厚みがあるらしく、何人かの男たちの姿も見える。
入り口は……フロントガラスに映った地図によると、南側と北側に門があるらしい。
「美味しいもの、あるかなぁ?」
「さっき朝飯食べたばかりだろ……」
助手席のツナギ少女パトナにツッ込むと、てへへと可愛らしく照れ笑いを浮かべた。
時刻はまだ朝の9時をまわったばかり。ほんの一時間ほど前、村長さんの家で朝食をご馳走になったばかりだ。
「だって私は知ってしまったの……!」
キラキラと瞳を輝かせるパトナ。
「な、何を?」
「ゴハンの美味しさを!」
びしっ! と天を指差すが社用車の天井にぶつかる。
パトナは朝からとても上機嫌で、ニコニコとしているし、たまに俺の顔を確かめるように、ちらちらと見たりする。
今日の髪型はポニーテールか。
耳元からうなじにかけて後れ毛が何本かあったりして、実に良い眺めだ。とても似合っているが髪型は日替わりなのだろうか?
ここまでの道のりは特に何も起こらなかった。
だが俺は、一抹の不安を感じていた。
原因はやはり、リリナの村を占拠した無法集団、『ブラック・カンパニー』の事だ。
目的が「国盗り」という混乱をもたらす事ならば、他にも似たような集団がいてもおかしくない。
魔法使いを中心とした悪漢や、あるいは魔物さえ引き連れた軍勢のような……。
「とっとと用事を済ませて、午前中のうちにテパの村へ帰ろう」
「え、ごはんはー!?」
駄々をこねるパトナ。
「……まぁ、お茶と軽食ぐらいなら,、いいか」
「やった! 大好きよ、ライガ」
更にゆっくりと社用車を進め、町に近づいたところで異様な光景が目に飛び込んできた。
「な、なんだありゃ……!」
「そんな! シャコターンの町が!」
リリナが悲痛な叫びをあげる。
町の南門には、数十から百人ほどの魔物の集団が殺到し、門を押し開こうとしていた。
手に剣や槍を持った人間も見えるが、異様に身体の大きな緑色の巨人、青い肌をしたゴブリンを主力とした恐ろしい軍勢だ。
「……襲われているんだ!」
中には石壁を乗り越えようとして、上で待ち構えていた町の衛兵(?)に、棍棒で叩き落されるゴブリンもいる。
石塀の上には衛兵らしい装備の人間の他に、町を守ろうと着の身着のまま駆けつけた町の人や、矢を放つ者の姿も見える。
「でも、戦ってる! まだ町は無事なのよ!」
「よし……もう、やることはわかってるな?」
俺はパトナのほうを見て強く問いかけた。
ギアに乗せていた左手に、暖かいパトナの手が重ねられる。
「もちろん! いきましょう!」
「リリナ、シートベルトを締めてくれ。少し……揺れるから!」
「は、はい」
俺はぐっとアクセルを踏み込むと車を一気に加速させた。
町の入り口付近でUターン可能な広場を見つけて車を減速させる。どうやら交易のため馬車を停めておく広場だったのだろうが、無残にも破壊された馬車が何台か転がっていた。
更には馬なのか人の物かはわからないが、地面には赤い血も見えた。
俺はぎゅっとハンドルを握る手に力をこめた。
――こいつら……!
もう躊躇いはない。
パトナと俺に出来ること、やるべきことは女神さまとやらの示してくれたとおりだ。
プップー! とまずは通常モードのクラクションを長押し、連中の気を引く。
「おらー! こっちだこの……悪者ども!」
なんとも格好の悪い叫びだが、窓を開けて中指を立てて挑発してみる。
『グァアアアアア! ブッシャァア!?』
『白い馬ア! 肉、肉ィイイイ!?』
と、ズドドドと一気に雪崩を打ったように無数のゴブリンと巨大な緑の巨人が、棍棒を持って向かってきた。デカイほうはオークとかいう種族だろうか?
フロントガラスに浮かんだマップには、敵を示す赤い光点が30、40と集まってくるのが見えた。
「わーこりゃまたぞろぞろと……」
一気にファンタジー世界だということを理解させてくれる壮観と敵の布陣。
おそらく魔法使いのリーダーも居るのだろうが、これでは統率が取れているとは言い難い。連中は烏合の衆なのか、命令に忠実に従う軍隊とは違うのではないかと俺の頭でも推測できた。
「いずれにしても、こいつらを倒さなきゃ、町には入れない!」
充分にひきつけたところで、俺は「殺傷モード」に切り替えたクラクションを叩きつけるように鳴らしまくった。




