出発の朝と、リューオン金貨100枚の意味
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「じゃ! 行って来るね、おじーちゃん! お父さんとお母さんも心配しないで!」
「気をつけていくのじゃよ!」
「へーき! ライガさんとパトナさんが一緒だもの!」
リリナはそう言って村長である祖父に手を振ると、後部座席へと乗り込んだ。
リリナの服装は、馬に跨っていた昨日とはうって変わり、上品な白地に青い刺繍の入った余所行きのワンピースだった。肩から大きな白いストールをかけ、髪は綺麗に手入れされ朝日を浴びて艶やかに輝いている。
――可愛いなぁ。
可憐な15歳の少女が、社用車の後部座席に乗っている……!
こんな感動的な光景を見る日がこようとは、夢にも思っていなかった。
ちなみに俺はロリ属性は無い。
純粋な日本語としての「可愛いな」だと自分に念押しをしておく。
「窓、そこのハンドルを回せば開くから」
俺は後部座席を覗き込んでリリナに声を掛けた。
「これ? ですか……? あ! 開いた!」
社用車の後部座席の窓は、手でハンドルを回すと開くという実にローテクな装備のままだ。
リリナはキュコキュコとハンドルを回しながら窓を開けると、見送りの両親と村長である祖父にもう一度手を振った。
フロントガラスの半透明地図表示とか、ヘッドライトのビーム砲とかよりもまず、窓を自動で開け閉めできるとか、肝心な部分はなんとかならなかったのだろうか?
「すみませんのう……ライガさん! 孫娘を頼みますじゃ!」
「村の危機を、領主様に知らせてください!」
「お任せください。必ずやリリナさんを無事に安全に連れ帰ります。そして『親書』を届けてまいります」
俺は運転席の横に立ち、姿勢を正して礼をする。
これは、社会人として身につけた礼儀と常識だ。特に俺たちは今、責任のある仕事を村という自治体から、受注したような立場だからだ。
俺たちの目的地は、地方領主の住む30キロ先の隣町、シャコターン。
馬車なら丸一日以上かかる道のりだと言うので、俺たちが伝令役を買って出た。
疲れ知らずで無敵な俺たちの社用車なら、ゆっくり安全運転をしても1時間もあれば到着する距離だからだ。
それと……僅かばかりですが、と言って俺たちはお金も渡された。
リューオン金貨で100枚。
旅の食事代と宿代、そして村を救ってくれた「お礼」として、村の金庫と有志から、リリナの父親がかき集めてくれたものだと言う。
これは流石に貰えない! と遠慮をしつつも、背に腹は変えられず、結局は受け取ることにした。
だが、大人の穿った見方をすれば「この金を渡すから村には関わらないでくれ」という捉え方も出来るだろう。
確かに恐ろしい魔法使いと悪漢たちは暴虐の限りを働いたが、俺とパトナだって突然見慣れぬ白い車で乗り付けて、そいつら以上の力で粉砕した「異邦人」なのだ。
笑顔の村人たちの瞳の奥に、俺はそんな僅かな不安を感じ取っていた。
空気を読む。
それは俺が社会人として生きてきて、身にしみて学んだことのひとつだ。
「ありがとうございます。今日中にリリナさんをこちらにお連れします。そして俺とパトナは、そのまま旅に戻ります」
「今日中に!? そんなことが……可能なのですか?」
「任せて下さい。代金を頂いた以上、しっかり仕事はこなします」
俺はワイシャツのネクタイを締めなおしながら、村長たちに答えた。水洗いして乾かしただけなのでシワだらけだが、ネクタイをすればなんとなく格好はつく。
「そして私たちは、明日にもこの村を去ります」
「そんな……! もっとゆっくりしていって下さればよいものを……」
困惑と同時に、安堵の空気が感じられたが、それは気づかないふりをする。
「いいえ。先を急ぎますから」
「そうですか」
「……ライガ?」
洗濯をしてもらい、綺麗になったツナギを着たパトナは、俺の様子から何かを感じ取ったのか、黙って助手席へと座り準備を始めた。
渡された「金貨」は想像していたものよりも小さかった。
手に持つと100円玉ぐらいの厚さと大きさだがズシリと重い。
アニメとかゲームに出てくる「金貨」とか「コイン」は、記念硬貨みたいなイメージだが、実用品はそうでもないのだろう。
「これ、確か200キロ先で売っているガソリンが1リッターで金貨3枚だよな?」
「うん、金貨一枚でパンが30個買えるんだって」
「やっぱり金貨一枚で3000円ぐらいかな?」
「そんな感じね」
となると、リューオン金貨100枚は、30万円ほど。
なかなかの大金と言える。
パトナが明るく答える。瞳が合うと、夕べのことを思い出してちょっと恥ずかしくなってしまう。
初めてのキスをしてしまったのが、パトナ……という事になるのだから。
「じゃぁ出発だ!」
俺たちは社用車に乗り込んで、村を後にした。
目的は、地方領主さまとやらに謁見を申し込み、村に現れた悪党どもの所業を書き連ねた親書を手渡す。
領主は、王から領地を配分され、管理運営を任されている責任のある立場だ。当然、盗賊や悪党が跳梁跋扈するようでは、解任されることさえあるのだと言う。
つまり、親書を確実に領主に伝え、惨状を訴えることが重要なのだという。
リリナの代わりに父親が行くと言っていたが、リリナは一度自分が引き受けて、馬を駆って悪漢どもを振り切ってまで届けに行こうとした以上、責任を持って行きたいと訴えた。
やはり、なかなか芯の強い子なのだ。
「私たちが守ってあげなきゃね!」
「そういうことだ」
ともあれ、隣町のシャコターンがどうなっているかは、行って見ないとわからない。
俺はハンドルを握り、アクセルを優しく踏み込んだ。
助手席には髪をポニーテールにしたパトナが座っている。ツナギにポニーテールがこんなに似合うとは思っていなかった。
後部座席には、窓からの眺めに瞳を輝かすリリナの姿。
車の後部座席の更に後ろ、荷物室には村から貰ったパンや飲み物二日分が積まれている。
「よし! いくぞ」
俺はしっかりとハンドルを握り、まだ昇ったばかりの朝日を浴びながら、草原の中を貫く道を走り始めた。
【今日の冒険記録】
・所持金:3560円(日本円)
:100リューオン金貨
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・村から貰ったパンや飲み物二日分
・ペットボトルの水×2
・走行距離:23キロ
・ガソリン残量:52リットル




