勝利と後悔と、そして……パトナ、洗車を希望する
真っ白な閃光が収まったとき、目の前には一筋の「舗装道路」が出来ていた。
地面は高熱で溶け、ブスブスと黒くガラス状に固まりつつある。その上には陽炎のような大気の揺らぎが見える。
かなりの熱量が通過したことの分かる地面は、綺麗に半円形に抉られていて、村はずれの草原地帯まで、一直線に続いている。
おそらく300メートルほどの射線軸上の物体を熱分解したようで、恐ろしい魔法使いホルテモット卿は完全に消滅してしまったようだ。
「こ、これが……電子衝撃光線砲」
俺はその威力に愕然とした。
車にとって標準装備ともいえるライトの「パッシング機能」は、暗い夜道で照らすヘッドランプの明かりを、お互いの合図や、相手ドライバーに対する抗議の意思表示として使うためのものだ。
それが、こんな恐ろしい破壊力を秘めた武器に変わっているなど、誰が想像できるだろうか。
何よりも俺は、この手で人間を殺してしまったのではないのか?
つい半日前までは平和で退屈な世界で――会社はクソだったにせよ――穏やかに……虫さえも殺さずに暮らしてきた。
なのに――。
この異世界での「現実」が重くのしかかる。
ゲームとは違う、リアルな命の奪い合いが日常の世界。
怖い。
俺は正直そう思った。
パトナという相棒と、社用車という「鎧」があって初めて、自分を保って居られるのだと理解した。
もし裸でこの世界に放り出されていたら、最初のゴブリンの襲撃で俺は死んでいたのだ。
ぐっ、と強く爪が食い込むほどに拳を握り、ハンドルに押し付ける。ブルブルと震えているのが自分でも分かった。
「ライガ、やったよ……。これで……ゴハン、だね」
「パトナ」
パトナが横から俺の肩に手をそっと乗せた。
自分のことにしか頭が回らなかったが、パトナの声の弱弱しさにハッとする。疲れた表情の相棒は助手席のシートに身を沈めた。
「お、おいっ? パトナ!?」
「すこし、疲れたみたい……」
……ぐぅ……。
「しっかりしろよパトナッ!」
腹の虫の泣き声も弱くなっているし、ツインテールも元気がない!
空腹の上に大技を繰り出したことで、パトナは既に限界なのだ。
「すまない、リリナ! 村で……村でパトナを休ませてくれないか!?」
「うんっ! わかった」
後部座席を振り返って俺は、少女リリナに頼み込んだ。リリナは聡明な頭脳で状況を理解してくれたらしく、ドアを開けて外へと飛び出していった。
と、村のほうからは住人達が飛び出してきていた。自分達の家を飛び出して、こちらを指差しながら何かを叫び、走ってくるのが見えた。
その表情は歓喜と驚きに満ちていた。
老人に子供、大人に少年に少女。恐ろしい悪漢達に支配され、家の中で怯えていた人々が、ついに開放されたと言ったら大げさだろうか?
「――リリナ!」
向こうから走ってくる一組の夫婦と、その後を追って来る老人が同時にリリナの名を呼んだ。
その後ろからは、若い村人達が手にスコップやロープ、カマを持ってやってくる。広場に倒れているモヒカンヘッドの悪漢達を縛り上げようというのだろう。
恐ろしい魔法使いが消えた今、異世界ヤンキーだけならば村の若い衆でなんとかなるだろう。
「お父さん、お母さん! おじいちゃん!」
「お、おぉ……リリナ! リリナ! 無茶な子だよ……!」
母親と抱き合うリリナ。父親も喜ぶが、車から降りた俺に気がついて、頭を下げる。
「お父さん! この人たちが助けてくれたんだよ!」
「白い馬車の救世主……! なんとお礼を申し上げてよいやら……!」
「本当にありがとうございました!」
「おぉ! 村を救ってくださって……感謝ですじゃ!」
口々に感謝を口にする。
「あ、いや、まぁ……その、アハハ」
俺は人を消してしまった罪悪感は残っていたが、とりあえずこれで今夜の飯と宿はなんとかなりそうだ……と、考えていた。
◇
「んまーい! ご飯最高ー!」
「うわっ!? 口に入れたまま叫ぶな!」
「んだって……んぐんぐ! このパンとか、ジャガイモスープとか最高だよ!?」
赤毛のツインテールを揺らし瞳を輝かせる。
「あ、あぁ。そりゃよかった」
とりあえずパトナは食べたら復活した。
以上。
ガス欠ならぬメシ欠。人間となんら変わらない笑顔を見せるピンク繋ぎの少女を見て、俺は溜息混じりに微笑んだ。
ここは村長の家。
思惑通り(?)俺たちはメシと宿にありつけた。
村の中でも比較的大きな建物で、ここはキッチン兼ダイニングのようだ。
室内は漆喰の白い壁と剥き出しの梁が、懐かしい古民家のような趣を醸している。いくつも灯されたランプの暖かい光が疲れを癒してくれる。
俺とパトナはリリナの両親と共にテーブルを囲んでいた。テーブルには出来たての料理が湯気をたてて並んでいる。
リリナのお母さんが腕によりをかけて作ってくれた料理は、以前TVでみた南ヨーロッパの田舎料理に似ていた。
野菜の煮込みはポトフのようだし、パンはライ麦。バターはたっぷり使い放題で、ジャガイモのスープには味の濃いベーコンと透明になったタマネギが浮かんでいる。
一口食べると全身に滋養が染みてゆく。
この世界で初めての食事は感動の味わいだった。
「美味しい、とも美味いです!」
一人暮らしのコンビニ弁当が主食の俺は、こんな家庭料理が食べたかったのだと、今更ながらに感動する。
手動式のシャワーもあるということで、今はリリナがお湯を沸かしてくれている。どうやら汗も流せそうだ。
「しかし、突然村にやってきて支配するなんてムチャクチャだな」
「はい。私どもも初めての経験で、何がなんだか分からぬまま、暴力には逆らえず……」
リリナの父親の話によると、魔法使いが率いる『ブラック・カンパニー』を名乗る連中は数日前、突如村にやってきて「国崩し」と称して村を支配しようとしたのだという。
地方領主の住む30キロ先の隣町、シャコターンがどうなっているかは、連絡手段が無いこの世界では、行って見ないとわからないようだ。
「うーむ……」
このまま放っておくと言うのは「女神の意思」を考えると、間違った選択のような気がした。
そもそも、俺たちは次にどこに向かえばいいのだろう?
当面の目的地である160キロ先南の街、『ヒューマソ・ガース』。
そこでガソリンが手に入らなければ、今日のような「快勝」は難しくなる。
だが、少なくとも今は『ブラック・カンパニー』の暗躍を地方領主とやらに訴えるのが先だろう。そして、その役目を……俺たちが代行するのもひとつの手だ。
申し訳ないが、有料で。
と、大人の事情でそんな事を考えていると、食事に満足したらしいパトナが俺の袖を引いた。
「ね! ライガ、シャワーの準備ができたんですって」
嬉しそうに頬を染めている。
「あ、そう。まぁごゆっくり……」
と、パトナは小さな指先で何故か俺の袖をつかんだままだ。
「……洗車、してくれないの?」
きゅん、と上目遣いで肩を揺らすパトナ。
「え……? は!?」
洗車!? って……パトナを!?
「だって、いつも洗ってくれてたじゃない」
――なな、なにぃいいいい!?
次回、『初夜』




