社用車(パトナ) VS 雷撃の魔法使い
「ギィヒヒヒヒ! 愚か者がぁああ! 我ら『ブラック・カンパニー』に逆らったことを、後悔するがいい……!」
俺は目の眩むような青白い雷光の中、魔法使いの高笑いが聞こえてきた。
――『ブラック・カンパニー』!?
直訳すれば暗黒会社。嫌なことを思い出す響きだが、もしかして暗黒の魔法使い達の秘密結社のようなものなのだろうか?
だが、そんな思考は雷の轟音にかき消された。
上空50メートル程に浮かんだ黒い人影は、暗黒のオーラを噴出しながら稲妻を放っている。
魔法の杖を振り上げて、雷を誘導すると今度は地上へと叩きつけるように放ってくる。凄まじい炸裂音が鼓膜を揺さぶる。
これがもしRPGならば、ずっと俺のターンとばかりに、極大級の雷撃魔法を撃ち続けているようなものだ。
「くそ! 反則だろこんなの……!」
「――きゃぁああああ!?」
悲鳴を上げたのは後部座席のリリナだった。
周囲には青白い蛇のような稲妻が迸り、地面が光る。あまりにも恐ろしい光景に、後部座席の少女は耳を押さえ怯えきっている。
「くっそ! このっ!」
俺は思い切りブゥウウウウ! とクラクションを鳴らした。
だが、空中に浮かぶ魔法使いには、まるで効果が無いらしく平然としてる。
--なっ、なにぃ!?
ハンドルを握る手に汗が滲む。
すさまじい雷の音によりクラクションが相殺されているのか、あるいは魔法使い自身が「結界」のようなものを張ったかのどちらかだ。
「効かぬわ! 音による攻撃とは思いもよらなんだが……! 風の精霊魔術を操るワシには、通じぬ! 空気の渦で音の振動を遮断すればよいだけじゃからのぉおお! ゲェヘヘヘ!」
「くそ! マジかこいつ!?」
魔法使いが蒼白な鬼面に狂気の笑みを浮かべる。完全に勝利を確信しきった、顔。
「パトナッ!?」
俺はパトナの方を振り向いた。これほどの激しい落雷による攻撃を一身に浴びているのは、社用車と車載妖精の少女、パトナなのだ。
が――、
「はっはぁ!? 雷ィ? マジうけるんですけどっ!」
パトナは余裕の高笑いを、お返しとばかりに魔法使いに向けて叩きつけた。
「おっ、おい!? パトナ! 平気なのかこれ!」
「当然でしょ! 私の身体は高張力鋼板、つまり特殊な『鋼』なのよ? 雷なんて効くわけないでしょーがっ!」
鋼の身体を持つ美少女か、おまけに表面には高硬度分子結合外殻も塗布されているわで、相当な防御力を誇るわけだ。
俺がなんとなく納得すると、ふふんとツインテールを振り払う、お馴染みの笑顔を見せた。
「そ、そういえば聞いたことが……」
「ぬぅ? 知っているのかしら雷牙」
眉を太くして問いかけてくるパトナ。何のノリだ。
「あぁ! 雷は車には影響がないとJAFの実験でも明らかになっている。電流が表面を流れて中の人間にも機械にも影響がない……と!」
――民命書房刊『彼女が欲しいなら雨天ドライブがオススメ』より。
俺のウンチクも役に立つ。実際中に居る俺たちは電流で痺れてもいないし、痛くもかゆくもない。音と光で惑わされてはいるが、実質的に雷撃魔法による攻撃は、ダメージゼロというわけだ。
「ま、そういうことね!」
びしっと親指を立てて助手席でふんぞり返るパトナ。
俺はホッとしつつ、後部座席に声をかける。
「リリナ、心配ない! 俺たちを信じろ!」
「は……はい」
「パトナ、反撃だ!」
「あらほいさっさ!」
どこの挨拶だとツッこみを入れつつ、武器は!? と考える。
音系の攻撃であるクラクションが通じない、となれば……。
ピコンピコン! とフロントガラスに車体を描いた模式図が浮かび上がり、車の前方のヘッドライド部分が赤く点滅した。
「ヘッドライト……? まさか、これも武器なのか!?」
「高電子衝撃光線砲……! 私の最強武装! パッシングライトがそのまま破壊光線になるわ」
「社用車につけていい武装かそれ!?」
「でも、一度撃てば次の充填まで時間が必要なの。その間は『普通の車』状態よ」
「わかった」
それはよくある設定だから驚きはしない。
と、上空の魔法使いの様子が変わった。どうやら雷撃の魔力が尽きて来たようだ。
「ばかな! おのれ……!? なぜ……なぜ通じぬ!?」
雷が通じないことに焦り、明らかに困惑の色を浮かべている。
「こうなれば最強魔法……! 怒羅権メサイヤで、とどめを刺してくれようぞぁあああ!」
奴は高度を落とし地上へと舞い降りた。そして顔中に青筋を浮かべながら、バリバリバリ! と更に激しい雷光を自分自身へと集めはじめた。
プラズマ化した青白いエネルギーの塊が、魔法使いに収斂してゆく。
「直接自分に雷を集めて攻撃するつもりよ!」
「パトナ! やるぞっ!」
「うんっ!」
パトナが頷き、フロントガラスに様々な表示を浮かび上がらせる。
俺は発射トリガーである「ライト」のレバーに指をかけた。つまみを捻れば通常のライト。レバーを引けばパッシング、つまりライトが光り……破壊光線が発射される仕組みか。
「――安全装置解除、ヘッドランプ内粒子圧力上昇! 発射点固定……!」
「うぉおお!? マジかこれ……燃える!」
「ターゲットスコープオープン!」
シュイン! とフロントガラスに照準表示がポップアップで表示された。
「目標、正面の魔法使い!」
俺は叫びながらハンドルを操作して、目標をターゲットスコープの中に収める。三角形のマーカが暗黒の魔法使いの影に重なると、「照準固定」の表示と共にピーンと音がした。
しかし、同時に敵の魔法使いもチャージを終えたようだ。青い稲妻が龍のようにのたうち、地面を抉ってゆく。
「死ぬがぃいぁあああ! 忌々しい、白い鉄馬車めがぁあああ!」
「――エネルギー充填、120%! 対ショック、対閃光防御!」
パトナが叫ぶと同時に、フロントガラスが遮光され黒く変化した。
「電子衝撃光線砲、発射ッ!」
俺は、トリガーを引いた。
次の瞬間、相手の雷を上回る目映いばかりの真っ白な光が放たれた。
ドッシュァアアアアアアアアアアア! と大気が沸騰したのかと思うような音が響く。
光の本流は、まるで太陽が昇ったかのような光を放ちながら直進し、あっという間に黒い魔法使いを包み込んだ。
「ぬわぁッ――――にぃいい!? バ、バカなぁああああ……!?」
黒い魔法使いは、一瞬で霧散し粒子と化し、そして消滅していった。
【今日の冒険記録】
・消滅:暗黒の魔法使い×1(ブラックカンパニー所属)
・所持金:3560円(日本円)
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・ペットボトルの水×2
・走行距離:20キロ
・ガソリン残量:53リットル