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魔法使いアルルと聖雷の剣士エクター  作者: 常日頃無一文
第1章:はじまりの物語
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3:聖雷の奇跡

 大天使エクレール。別名は聖雷エクレール。モンブラン教会の聖典によれば、彼女は天界と魔界の戦争――天魔大戦において、モンブランに攻め込んできた魔物の軍勢数万を、蒼の稲妻で焼き払い、退去させたとされている。



 エクター目掛けて駆け下りた蒼い稲妻は、彼の剣に真っ直ぐ落雷すると、目の眩むような閃光を爆ぜらせた。

 ほぼ同時。稲妻は彼を中心に飛散し、槍の鋭さをもってオーク戦士たちの胸を貫く。瞬間、オーク戦士は叫ぶ間もなく炭となり、口から青い炎を吹き上げて倒れた。


「……。なんだ……これは」


 瞬く間の出来事。

 ただ一人生き残ったボーグは、大天使の奇跡を目の当たりにして自失した。モンブランの聖典のみならず、魔界の黙示録にも記された『聖雷エクレール』。数万の魔王軍を瞬時に灰と化した第七の奇跡。あくまで伝説に尾ひれがついたものばかり思っていた彼にとって、その顕現は悪夢でしかなかった。

 その執行者たるエクターが、掲げていた剣を降ろす。焦げ臭く、肉の焼ける臭いがその手から立ち上った。雷の余波か、奇跡執行の代償か、剣を握る彼の手が青い炎によって爛れている。しかし彼は声一つ漏らさない。そんな痛みにかまけているほど、彼の怒りは安くなかった。


「拝み屋だから祈ってみろと言ったな。だから祈ってやった。これがその力だ」


 エクターは再び剣を掲げて、ボーグを睨み据えた。

 未だ青白い火花をたぎらせているその刃を見て、ボーグは一歩、二歩と後退る。もうどうあってもこの人間に敵わないことを、本能で悟ったのだ。というより、今のあれは人間ではない。人間の形をした一つの奇跡だ。

 咄嗟に、マロンを仕留めた弩兵オークのことを思い出す。ボーグはそれをエクターにけしかけようとした。しかし


「……な」


 ボーグが目をやった先、その弩兵オークも先のオーク戦士と同様、孤児院の屋根で真っ黒な炭と化していた。


「なぁ、ガキ。俺様達がこの教会を襲った本当の理由を知りたいか」


 言いながら再びエクターに目をやったとき、彼は10何メートルと空いている距離からその剣を振り下ろしていた。

 なんだ、と思う間もなかった。

 エクターの一振りに合わせて天から駆け下りてきた蒼の稲妻。それはボーグの脳天を貫いて炸裂し、一瞬で炭化したその身体をも粉々に爆ぜらせた。

 一瞬の間を置いて、天を割るような雷鳴が大地を揺るがす。これが天魔大戦以降、初めて轟いた聖雷エクレールの悲鳴だった。



 翌朝、モンブラン教会には白の王国から調査団が派遣された。近隣の村から、奇跡『聖雷エクレール』の目撃報告があったため、その調査に赴いてきたのだ。



 モンブラン教会にたどり着いた調査団は、まずその惨状に言葉を失った。


 全焼した礼拝堂、孤児院。

 略奪の形跡がある修道女の宿舎。

 広場で惨殺された孤児と修道女。

 その実行犯と思しきオークの焼死体。


 生き残りとして保護されたのは、一人の孤児だけ。その少年も、右手に重度の火傷を負っており、事情を伺うのも困難な様子だった。

 

 調査団は現場維持のために何人かの兵を駐屯させ、生き残った少年とともに引き上げることになった。ひとまず王国に、この惨状を伝えるためである。



 馬車の荷台に揺られているエクターに、銀の鎧を来た兵士が手当をしつつ話しかけてきた。具合はどうか。名前は分かるか。お腹は空いていないか。喉は乾いていないか。

 右手に膏薬を塗られ、包帯を巻かれながらも、エクターは何一つ答えられなかった。昨夜の激情は嘘のように消えてしまい、今の彼は魂の抜け殻のようだった。

 全く反応を返さないエクターに、兵士はやがて


「いろいろ聞いてすまなかった。今はゆっくり眠ってくれ」


 とだけ言うと、彼は荷台から出て馬の一つにまたがった。荷台で一人になったエクターは、ぼうと、外を流れる景色を見続けた。

 なだらかな丘陵。真っ青な空。

 やがて深い森に入って、そして抜ける。

 川を横切った。

 大きな湖を過ぎて、また森に入った。

 森を抜けると、日が傾いていた。夕焼けが眩しかった。

 しばらくして、馬車は止まった。

 途中、スープを持って兵士がやってきたが、エクターは黙って首を左右に振った。兵士は強制せず、


「そうか。食べられるようになったら言ってくれ」


 と言うと、再び荷台から出て行った。

 そのまま日が暮れた。

 どうやらここで野宿するらしく、外では焚き火が幾つか焚かれていた。降りるように誘われたが、エクターはそれも首を左右に振って断った。

 エクターは外を見続ける。すぐ側で教会の惨状を話しあう声が聞こえたが、全て彼の耳を通り過ぎていった。

 空が薄暗くなり、やがて星が輝き始めた。

 綺麗な星空だった。

 昨日の雨が、まるで嘘のようだった。

 日がすっかりと暮れて、星はいよいよ輝きを増す。

 やがて調査団の兵士たちも眠りについたらしく、辺りはしんとなった。焚き火の音だけが聞こえる。

 エクターはおもむろに起き上がる。節々が痛み、右手が痺れていた。それでも剣を握って、荷台から降りる。高さがあったのと、力が入らなかったせいでエクターは転げ落ちた。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸を整えてから、荷台に手をかけて立ち上がる。一度、周囲の様子を伺った。調査団の兵士が気付いた様子はない。

 何も考えず、足を踏み出す。方角は決めていない。ただ足は、一歩、また一歩と馬車から遠ざかる。エクターは、嘘みたいな星空を眺めながら歩き続けた。

 ふらふらと、道なりに行く。気付けば道を外れていたらしく、エクターは深い草むらに入っていた。

 辺りには夜光虫が飛び交い、道を照らしてくれているようだった。

 草むらの先には、暗い森が広がっていた。

 もしかしたら魔物の巣があるかもしれない。しかしエクターは気にした様子もなくわけいった。

 進むに連れて、星の光が届かなくなる。

 どんどん暗くなる。

 やがて、星明かりに変わって獣の目が灯り始めた。あちこちに、エクターを囲むように。しかし彼は、それらも気にせず進む。

 奥に奥に進んでいく。

 獣の目は一定の距離を保ったまま、付かず離れず、エクターを追いかけた。

 やがて森を抜けた。結局、獣はエクターを襲うことはなかった。

 目の前には、荒涼とした平原が広がっていた。水源がないのか、立ち枯れの木がたくさんあった。エクターはさらに歩く。草の感触はさっきと変わって乾いていた。

 やがて空が白み始めた。

 日が昇りかけている。

 自分がいま、どこにいるのか分からない。

 どこまで来たのか、どんな風に歩いたのかも分からない。足はもつれているし、もしかしたら同じところをぐるぐる回っているだけなのかもしれない。


「……先生」


 エクターはそれだけ呟くと、膝から崩れるように倒れた。もう何もする気力もない。彼の意識が闇に飲み込まれる直前、足音を聞いた気がした。 


第1章:はじまりの物語:完


第2章に続く

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