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魔法使いアルルと聖雷の剣士エクター  作者: 常日頃無一文
第2章:アルルの物語
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8:アルルの物語

「ただいまです!」


アルルの元気な声とともに、巨大樹の扉が開かれた。エクターの「ただいま戻りました」という声が続く。

 二人の声を耳にとめたアリアンロードは、錬金術台での薬品調合の手を止め、腰をあげた。


「おかえりなさいアルル、エクター。思ったよりも早かったですね」


 アリアンロードは二人を迎え入れながら、テーブルに準備していた料理を一度振り返る。

 キノコのクリームシチュー。ガーリックバターのトースト。ポテトとハーブのサラダ。七色鳥の赤ワインステーキ。それはエクターにとってもアルルにとっても、めったに見たことのないごちそうだった。

 それに目を輝かせているアルルを見て、アリアンロードが言った。


「ふたりともまずはそれを食べて、ゆっくりと休みなさい。話はあとで聞かせてもらいましょう」


 しかし。


「実は、アリアンロード先生」

 

 エクターはやや硬い表情でアリアンロードに呼びかけた。そして彼の雰囲気が伝染したかのように、胸の前に『死者の書』を抱えているアルルも、少しうつむき加減になった。

 その様子に、アリアンロードは「結構」と頷く。


「それでは、食事をしながらお話を聞くことにしましょうか」


 そうしてエクターとアルルは、コーンブレッドの村についての一部始終を語った。

 コーンブレッドでは、村人がアンデッド化する呪いにかかっていたこと。そして呪いをかけたのは『死者の書』を手にした墓守であり、その理由は、亡くした娘を生き返らせるためだったこと。そして、その解呪に二人は成功したということ。それらをできるだけ詳しく語った。

 話がセルタスとの戦いになったとき、二人の表情は少し和らいでいた。


「――そこで、エクターさんがいきなり『俺がブルーノだ』って言った時は本当にびっくりしました」


「あれな。たぶんもう一回するかって言われたら、たぶんもうできないな」


 アリアンロードは「ふむ」と細かな相槌を打って、二人の話に聞き入っているようだった。 

 一通りの話が終わるとき、ちょうど料理が片付いた。

 アリアンロードはハーブティーを入れながら、静かに感想を述べる。 


「なるほど、しかし村では『死者の書』によってそんなことが起きていたとは。たいそう気の毒なことをしてしまいましたね」


 ハーブティーの菓子として、花ツボミのシロップ漬けを二人にすすめながら、アリアンロードは言う。


「私が当時のマロンに、『死者の書』を貸して欲しいとコーンブレッドから知り合いが来たら、その本を貸すように言っておいたのですが」


 アルルはそれを聞いて、今が機会だろうとエクターにアイコンタクトした。そしてエクターが頷いたのを見て、アルルは言う。


「お師様は、どうしてそんな危険な本を墓守さんに貸したのですか?」


 エクターもアルルも、今回の件で一番不思議に思ったことがそれだった。村一つをアンデッドの棲む廃村に変えてしまう『死者の書』。そんな危険な魔法の書は、慎重に取り扱うべきだろう。なのに、なぜアリアンロードは簡単に『死者の書』の持ち出しを許してしまったのか。

 アリアンロードは頷き、その問いに答える。


「あの墓守は、むかし白の王国付医師団の指導者で、死に関する研究をしていました。事故死、病死、衰弱死、呪死。彼はあらゆる死について学び、そこから『生き物は何故死ぬのか』という問いを明らかにしようとしました。しかし彼はやがて、科学の限界を自分なりに見極めて、今度は魔法の立場から死に迫ることを考え始めました」


 言いながら、アリアンロードはハーブティーを一口飲む。


「彼と私とは時々交流があったのですが、その都度、闇の魔法に関する知見を求められたものです。そしていつかは、死に関する魔法の書『死者の書』を調べてみたいと。そうかねがね聞いていました」


 エクターとアルルは、疑問について驚きとともに納得した。王国付の医師団は大陸でも極めて優秀な医師しかなることができない。ましてそれの指導者ともなれば、その中でもほんの一握りだろう。それならアリアンロードが書を託したことも、またマロンが書を貸したことも、不用意だとは言えなかった。


「亡くなった娘を生き返らせる、ですか。誰よりも死に詳しかった彼なら、きっと誰よりもそれは不可能だと分かっていたはずですが」


 アリアンロードが回想するように呟く。二人はその言葉を静かに聞いていた。



 その日の夕食後、二人は試験の結果についてアリアンロードから言い渡された。まずはふたりとも、『死者の書』を持ち帰ったので合格。それにより、二人は次の試験に進むことになった。

 アリアンロードはテーブル向かいの二人のうち、まずはアルルに言う。


「アルル、魔法の適性についてですが、素直に判断するならアルルは『森の魔法』と相性が良さそうです。しかし他のどの魔法を選んでも、おそらく魔法使いとして大成することでしょう。これから何を修めていきますか?」


 アルルはそれに迷わず答えた。


「わたしは、『闇の魔法』を選びます」


 エクターは思わず「ええ!?」と驚いたが、アリアンロードは短く「結構」と言うだけだった。


「な、ちょっと良いのかアルル? お前はてっきり『光の魔法』か『森の魔法』を選ぶと思って」


 言葉に詰まるエクターに、アルルは言った。


「私も、最初はそう考えていました」


 アルルがエクターの方を見る。


「でも今回の試験で、『闇の魔法』と『死者の書』に触れて、私は思いました。闇の魔法には深い悪意があるって。それは魔法自体もそうなら、『死者の書』の血文字の仕掛けだってそう。……それで、そのときふと気づきました。私が誰かを助けたいと思うとき、そこにはいつも何かの悪意がありました。私は思ったんです。悪意にさらされた誰かを助けるより、そうなるまえに悪意を止められたらって。だから悪意を深く知るために、私は『闇の魔法』を学ぼうと決めました」


 エクターは反論しようとしたが、しかしアルルの目から強固な決意を感じられたので、何も言えなくなった。そんなエクターに、「ふむ」とアリアンロードが言う。


「ところでエクター、エクターは私のことを先生と呼びますが、魔法使いたる私をそう呼ぶ以上、エクターは何かの魔法を修める意志があるということですね」


 思わぬことを切りだされて、エクターは固まった。彼がアリアンロードを先生と呼ぶ理由はとても単純で、単にアリアンロードがマロン先生の先生だから、というものである。

 そうとも知らずにか、アリアンロードは腕を組んで深くうなずき、


「そう簡単に弟子をとらない私ですが、コーンブレッドでの見事な働きぶりを知ってしまっては、もう断ることもできません」


「いえ、あの先生。俺はモンブラン教会を襲っ――」


「入門を許可します」


 エクターの「ええ!?」はアルルの「やったー!!!」にかき消された。半ば放心しているエクターに、アリアンロードはすっと手を差し出す。


「エクターが倒そうという魔物に、剣だけで立ち向かうのは少々無謀です。それにこれからの試験において、魔法は必ず助けとなるでしょう。さて、エクターの適正ですが……」




 その日の夜、エクターはアルルが寝静まったのを確認すると、静かにベッドから起きだした。

 念の為に、さらに聞き耳をたてる。そして確かに寝息がしているのを確認すると、彼は静かに一階に降りていった。

 一階では、アリアンロードがテーブルで『死者の書』を開いていた。その背中に、彼は小声で語りかける。


「アリアンロード先生、これ」


 アリアンロードが振り返ると、エクターは一枚の羊皮紙を差し出していた。アリアンロードは受け取って目をやる。


「実は、例の墓守の家で見つけた日記の一部です。亡くなった娘さんが書いてたみたいなんですが。なんていうか、見せるべきかどうか」


 エクターの歯切れの悪い言葉を聞きつつ、アリアンロードは文を追った。


 日記

 ------

 ああ、父の秘密がハンスにばれてしまった。

 村の遺体を使った実験はもうやめてと、あれほど言ったのに。

 どうして父は、私の意見に耳を貸してくれなかったのでしょう。

 なぜあんなにも、死の研究に取りつかれてしまったのでしょう。

 そしてとうとう、来るべき日が来てしまった。

 父の研究がハンスに、彼に見つかった。

 当然でしょう。

 彼は村長の一人息子だから、後継ぎとして住民票を管理している。

 遺体の数が減っているのなんて、すぐばれるでしょうに。

 あれ以来、彼は私を悪魔を見るみたいに蔑むようになった。

 一言も口を聞いてくれなくなった。何を言ってもだめだった。

 それに、このことを村に告発すると言っている。

 もうどうしようもない。

 もう、絶望しかない。

 もう、生きていられない。

 私は今夜、広場の井戸に身を投げします。耐えられない。

 最後は、嫌いなお酒の力を借りようと思います。

 さようなら、お父さん。さようなら、愛しかったハンス。

 ------


「アルルには、黙っていてもらえますか。その、娘さんが自殺だったってこと」


 読み終えたアリアンロードに、エクターが言った。すると、アリアンロードはローブの袖に手を入れ


「お互いに思いやりがありますね。ところで」


 と、一枚の紙を差し出した。


「これはアルルから、エクターには黙っているようにと渡されたものです。同じく墓守の家で見つけたと言ってました」


 見れば、それは羊皮紙の1ページだった。仕様は、いまエクターがアリアンロードに見せたものと同じらしい。エクターはそれに手を出しかけて、しかし確認する。


「俺が見てもいいんですか?」


 アリアンロードは「その覚悟があれば」と頷いた。しばらく迷ったが、エクターは紙を受け取ることにした。


 日記

 ------

 ああ、なんということだ、ディーア。

 お前は事故死ではなく自殺していたのか。

 すまない。すまない。お前の苦悩に最後まで気付いてやれなかった。

 ああ、神よ。神よ。神よ。神よ。

 <字が乱れて読めない>

 許さない。ハンスめ、絶対に許さない。

 私を恨むならいざしらず、ディーアにはなんの罪もないじゃないか。

 それをよくも、よくも自殺するまで追い込んだな。絶対に許さない。

 この世から消してやる。

 いいや、あいつだけじゃない。

 あいつが、この手に収めるはずだったこの村も、村人も、何もかも消してやる。

 ディーアを見殺し、ハンスの肩を持ち、私を追放すると糾弾したあいつらも同罪だ。

 すべて闇の魔法で、死すら安息に感じるほどの呪いをかけてやる。

 ハンスよ、この村がディーアよりも大切だと言うのなら、いいだろう。

 未来永劫、コーンブレッドで暮らし続けるがいい。

 さぁ、ディーア。もう寂しくない。パパもすぐにお前のところにいくからな。

 ------


 エクターは、しばらく言葉を発することができなかった。

 あの村にかかっていた呪いは、娘を失った悲しみがもたらした事故ではなく、村を滅ぼすための本物の呪いだったのだ。


「……救われないですね」


 やりきれないというように、エクターは言った。そしてこんな事実を、自分に黙って抱え込もうとしていたアルルに、エクターは辛さと優しさの両方を感じた。しかしより強かったのは、どうして言ってくれなかったんだという、辛さの方だった。

 けれども、それを責める資格がないと、エクターは思った。

 握り拳をぎゅっと作っているエクターに、アリアンロードは頷いた。


「知る必要のないことは伏せておく。そういう思いやりは尊いものです。しかし敢えてそれを打ち明けあうことで、確認できる信頼もあります。覚えておきなさい。この先の試験では剣技よりも魔法よりも、信頼が必要となるでしょう」


 それから、アリアンロードはエクターの後方に向けて言う。


「ところで、アルルから話があるそうですよ」


 その言葉に顔をあげる。そしてフードの向く先を見れば、ブランケットを羽織ったアルルが階段にいて、エクターを気まずそうに見ていた。



 巨大樹の外。

 満点の星空の下。

 エクターに対するアルルの告白は、唐突にして直球だった。


「エクターさん! じ、実はですね!」


 アルルにしては迫力のある声で、アルルは切り出し始める。エクターはしかし、聞く前から既に何を言われるのか分かっていた。先の流れからして、あの羊皮紙のことに違いない。そしてアルルのことだ。きっと、「ごめんなさい」等と言いながら打ち明けてくるのだろう。

 

「なんだいアルル」


 エクターは、つとめて優しく言った。もちろん、怒るつもりなんてないし、そもそも謝られる筋合いでもない。悪いというなら、それはお互い様なのだ。

 そんな風に心構えをしているエクターに、しかしアルルは想定外のことを言った。


「わ、私! 実は女の子です!」


 頬を林檎みたいに赤くし、鼻息をあらく、両の拳をぎゅっと握りこんでアルルは言い放った。それはアルルにとって、極めて大きな決心を要する一言だった。

 しかしそれにエクターが驚いたかと言えば、そんなことはなかった。

 ぽかんとなっていた。

 珍獣のようにアルルを見つめてしばらく、エクターは苦笑して切り出した。


「いいや、本当に言いたかったのはこっちだろう。土壇場にそんな嘘つかなくたっていい」


 そう言って見せたのは、あの、墓守の隠された日記だった。アルルは肩透かしを食らったようになったが、「え、いや」と慌てて手をサカサカと否定するように振って


「そ、それも黙っててごめんなさいですが! さっきのは、本当に打ち明けたかったことで!」


「いいっていいって。黙ってたのは俺も同じだし」


 咬み合わない話に、アルルは少し焦りつつつ


「あの、それもおあいこ様でしたが、私はだから、その男の子じゃなくて……」


 ぽん、とエクターがアルルの頭に手を置いた。そしてエクターの見せた無邪気な笑みに、アルルはどきりとなる。


「確かにアルルは可愛いし、女の子だったら絶対に放っておかないんだけど」


 言われて、頬だけでなく顔中が赤くなるアルルに、


「なんていったって放浪の剣士セルタスを倒した勇者だからな。お前は立派な俺の弟だ!」


 止めの一言を発した。

 「ほえ!?」と素っ頓狂な声をあげた彼、否、彼女に、エクターの勘違いは加速する。彼は得意気に腕を組んで言い放った。


「もう隠し事はしないからいうけど、実はしっかり聞いてたんだ。コーンブレッドの物置小屋で、お前が『エクターさんみたいなお兄ちゃんがほしかったです』的なことを言ったのを」


「うそです!?!?」


「ほんとです」


 アルルは穴があったら入りたくなった。あるいはベッドがあったら枕を抱いて悶えていた。でもそれが出来ないから、目に恥ずかし涙をためてうつむいて、ワナワナ震えた。

 しかしエクターは止まらない。彼は大きく頷いて言った。


「うん、全く問題ない。俺もアルルみたいな『弟』が持てたら最高だ! いつだって兄貴と慕ってくれ」


「あーもう! エクターさんのバカ!!」


「照れるな照れるなって、おいアルルどこいくんだ!」


「知りません!」


 *


 聞くつもりはなかったが、二人の騒々しいやり取りはアリアンロードの耳に入ってしまった。彼は『死者の書』をどこか親しげな手つきで撫でながらこう思った。

 あの二人が、本当の兄妹のように深くなるのは時間の問題。あるいはそれとは違った関係になることもありうるだろう。そうなったとき、世界は予測と異なる未来を築けるのか。それとも因果律に飲み込まれ、やはり悲劇は避けられないと冷酷なあり方を見せてくるのか。


 ――それは、まだ分かないですけどね。


 アリアンロードは『死者の書』を閉じて、かつての兄妹弟子に語り掛ける。


「アル――、いや、聖女モンブラン。今度の『エクトル』は見込みがありそうだが、しかし少し鈍感かもしれないな」

 

 アリアンロードが『死者の書』の背表紙をなぞると、そこには著者『アルル』と読める文字が浮かび上がってきた。


第2章:アルルの物語:完


第3章に続く

ここまでご覧くださった読者様、どうもありがとう御座いました。


章のタイトルになっている『アルルの物語』というのは

『死者の書」のことを指していました。

どういう事なのかは、想像にお任せします。


第3章はまだ未定ですが、投稿するときは完成後にまとめて行う予定です。

それまでは一旦、物語を完結にします。


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