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魔法使いアルルと聖雷の剣士エクター  作者: 常日頃無一文
第2章:アルルの物語
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7:聖雷の剣

 素っ頓狂に「ふぇ!?」と声をあげたのはアルルで、血のような目を向けたのはセルタスだった。


「え、エクターさん一体何を言ってるんですか!? キノコにあたったんですか!?」


「アルル! ここでコイツを倒すぞ! 何ができるかわからないけど援護頼む!」


 もう後戻りは効かない。エクターはショートソードを車に構えて、声をあげて突進した。

 骸の剣士はショートソードを手に迫るエクターを認めると、獣のように叫ぶ。そして予想を遥かに超える速度で襲いかかってきた。


「なに!?」


 十数メートルを一息に詰める魔物の跳躍。明らかに誤算と言わざる得ない一撃がエクターを襲った。

 頭から真っ向両断にすべく振り下ろされた刃。

 エクターは咄嗟に受け流した。

 ショートソードを削るように魔の一撃が舐める。猛烈な火花を散らせながら互いが交差した。エクターは戦慄する。今の剣圧、もしもまともに受けていれば額を割られていた。その力はモンブラン教会で知ったオークの一撃を超えるものだった。

 振り向きざま、息着く間もなく払われた二撃目。それでエクターの剣は弾け飛んだ。勢い良く石床を滑っていくショートソードに「しまった!」と目を奪われたとき、容赦なくトドメの三撃めがエクターの胸を貫いた。


 ――ズグ。


 肉を貫く鋭利な感触。

 それを両の手に感じたのは、しかしセルタスではなく、アルルだった。

 セルタスは、己の腹から突き出たショートソードの切っ先に目を向ける。そしてその柄を握っている背後の、正体不明の白いフードを見て、「キサマ」と呪うように言った。

 

「わ、私が本当のブルーノです!」


 アルルは叫んだ。


「こ、この剣をみなさい!」


 その言葉が理解できたのか、燃えるように赤い目がショートソードの刃に向けられる。それはアルルが、大急ぎでブルーノの墓より抜いたものだった。

 そこに剣鬼ブルーノの証たるオーガの刻印を認めると、セルタスは再び絶叫した。


「ブ ル ー ノ ォ オ ! !」


 地獄のような雄叫びが地下墓地を震わせる。アルルは恐怖から涙を流して震えた。しかし剣の柄は離さない。泣くこともしない。代わりに大きな声で叫んだ。


「そ、そうです! ブルーノは卑怯者です! あ、あなたが探し求めた剣鬼はだまし討をする卑怯者です! 放浪して戦うまでもなかった! こ、これでも貴方は、戦えなかったことが無念ですか!」


 吠えるセルタスは憎悪を込めて剣の刃を握り締め、それを力任せに押し戻した。強く倒されたアルルは短い悲鳴をあげる。

 振り向きざまにセルタスは、剣を振り上げ、卑怯者のブルーノと名乗ったアルルに向けて絶命の一撃を振り下ろす。


「 い い 加 減 土 に 還 れ ! ! 」


 エクターの絶叫のあと、青い稲妻が閃いた。

 アルルは目を見開いた。

 動きを止めたセルタスを閃光が通り抜けたように見えた瞬間、その軌跡より青い炎がほとばしり、身体がバターのように裂けたのだ。

 魔法剣『聖雷』。

 アリアンロードがショートソードに封じた、光の魔法だった。

 ドサリと、アルルの前で前のめりに倒れるセルタス。その背後にはショートソードを袈裟斬りに振り下ろしたエクターが、肩で息をしていた。


「ハァ……ハァ……。やったか?」


 その答えを確かめるようにエクターが見守っていると、セルタスの骸は立ち上がること無く、サラサラと音を立てて乾いた砂に変わり始めた。

 みるみるうちに崩れていくその姿。まるで水気を失った泥人形のように、セルタスは消滅した。

 そうして魔物は、鎧と剣だけを残して消え去った。


「未練が……なくなったみたいです」


 座り込んだままのアルルは、まだ放心状態のように震えていた。


「ひ、光の魔法は、アンデッドに効果抜群です。も、もしかしてお師樣、こうなることを予想して封魔の剣を用意したのでしょうか。だ、だとしたら、すごいというよりお人が悪いです」


 しかしそれでも、いまの状況について冷静に説明をしていた。

 それが少しおかしかったのか、エクターは小さく笑ってアルルに手を伸ばした。


「とにかく、助かったよアルル。ありがとう」


 しばらくの間、アルルはボウとその手を見つめていた。しかしそれが差し出されたのだと気付くと、慌てて両手で握り、よいしょと起き上がる。そして身体の埃をパンパンと払った。

 アルルは内心ほっとする。正直、腰が抜けて立てないと思っていた。でもエクターの手を握ると、不思議と落ち着いたのだ。アルルはそんな余裕を少しでもみせたくて、エクターに怒ったように言う。


「もう! びっくりしましたよ! エクターさん!」


 腰に両手を当て、できるかぎりキっと眉を厳しくするアルル。


「相談もなしにいきなり魔物に斬りかかるなんて! こういうのはこれからなしですからね!」


 アルルは精一杯怖い顔をしたつもりだったが、実際は泣いて目が真っ赤だったので、全く決まっていなかった。エクターはその顔を見て笑い出さないようにしながら


「悪い悪い。確かにさっきの行動は、考えなしにも程があったよ。もしもアルルが機転を効かせてくれなかったら、本当に死んでたと思う。これからは気をつける」


 と、エクターは素直な反省をアルルに示した。アルルはそれに満足したようで、厳しい表情を解いて頷いた。

 アルルはディーアの墓を振り返る。

 目線の先には黒い『死者の書』だ。

 アルルは『死者の書』まで歩み寄り、もう開くことはないその本を拾い上げる。周囲に散っている砂の山は、恐らく墓守とディーアが風化することによって出来たものだろう。どうやら解呪に成功したらしい。

 これで、今回の試験は二人の目標を含めて終わりだ。


「じゃぁ、そろそろ帰り支度です」


 アルルは目をこすり、そしてエクターに振り返って言った。


「……行きましょう、エクターさん」


 アルルの笑顔にエクターは頷いて、それからおもむろに近寄った。不思議そうに「エクターさん?」と首を傾げるアルルに、エクターは急に背中を向けたかと思うとそのままおぶって走りだした。


「きゃ!って、ちょっとエクターさん!?」


「わー軽いなアルル。お前もっとメシを食えメシ。こんなのまるで女の子だぞ」


「お、おろして下さい! 自分で歩きます!」


「だめだめ。さっき手を引いた時腰が抜けてたから、このまま小屋までおぶっていく」


「ぬ、抜けてません! しゃんとしてました!」


「しゃべってると舌噛むぞ! よっと全速!」


「きゃ! え、エクターさん!」


 そんな風にして、二人は地下墓地を騒々しく後にした。



 それから半時間ほど過ぎた後のこと。

 静まり返った闇の中で、一つの影が動き出した。

 それは地下墓地に眠る『もう一つの大きな石棺』から。

 影は、おおよそ死者とは思えぬ生気あふれる声で、一つの呪詛を吐き出した。


「この俺が……卑怯者だと……」



「これはすごいことになりましたね」


 地下墓地の沈黙を破る声がもう一つあった。

 数多ある石棺の影にひそんでいたのか、まるで闇が凝結するようにして現れたのは魔法使いアリアンロードだった。彼は砂と化したセルタスにフードを向けると、大きく頷いた。


「あの二人、場合によっては村の死体を見てすぐに帰ってくるとも考えたのですが、少々あなどってしまいましたね。『死者の書』を持ち帰るのみならず呪いを解き、あげくアンデッド化した放浪の剣士セルタスまで倒してしまうとは。本当に私の仕事がなくなってしまいました」


 アリアンロードとしては、今回の試験は『死者の書』を持ち帰ってくるだけで充分に合格だった。アンデッドの徘徊する廃村の、その地下墓地を最奥まで探索する。これだけでも相当の勇気が要求されるだろう。しかもその前には、ゴブリンのいるティラミスの森を抜けるわけである。だから控えめに言って、今回のエクターとアルルは出来過ぎだった。


「これ以上を要求するのは二人に酷な話です。ここで私が出張っても、まず過保護とはならないでしょう」


 言いながらゆらりと振り返ると、そこにアンデッドと化したブルーノがいた。総身を鋼の鎧でつつみ、兜の隙間から赤い目を光らせる彼は、いまこそ剣鬼の名に相応しい姿となっていた。


「そうか。俺を卑怯者呼ばわりしたのはお前の弟子というわけか。ならばお前がその責任をとっても筋は通るな」


 ブルーノの言葉に答えるように、アリアンロードは袖から武器と思しき魔法の触媒、斬りつけるには小さすぎる短剣を取り出した。ブルーノは目を細める。


「……魔法使いか。隠者の類など斬ってもつまらんな。命乞いをしてみるか? 殺す気が失せるかもしれんぞ」


アリアンロードは「ふむ」とフードを傾げた。


「魔法使いはお嫌いですか。結構」


 そう言って、彼は触媒の短剣をしまうと代わりにショートソードをローブから抜いた。


「では、剣士としてお相手しましょう」


 早くはないが滑らかに、アリアンロードは剣を構えた。そこにただならぬ気配を読み取ったのだろう、ブルーノは久しぶりの戦いに高揚し、兜のなかで笑った。


「面白い、この俺を相手に三秒もったらあのガキ二人は見逃してやる」


 刹那、ブルーノは目にも留まらぬ早さで突進した。

 振るわれる稲妻のように鋭い一閃。瞬き一つで首が飛ぶ一撃だった。

 しかしアリアンロードは事もなく剣で受け流し、返す刃がブルーノの首をかすめた。

 予想だにしなかった攻撃に驚愕するブルーノ。

 咄嗟に距離をとることで二撃目をかわした彼に、アリアンロードは頷いた。


「ふむ、悪くない反応です」


「ほざけ!」


 その言葉は剣鬼の逆鱗に触れたらしい。初撃とは比較にならない、嵐のような凄まじさで剣が襲いかかってきた。

 かまいたちのような刃風が乱れ飛ぶ連撃。

 一撃ごとに石床が切り裂かれる。

 それは英雄譚に語られる剣鬼ブルーノが、何ら脚色されていないことを意味するものだった。

 さながら吹き荒れる暴風。ブルーノの刃風は触れぬものさえ切り裂いた。

 しかし、恐るべきはアリアンロードだった。

 次々と殺到するブルーノの剣戟。彼はその動きを読みきっているかのように最小限の動作でいなし、剣を打ち合わせるごとに必ず反撃で虚をついていた。

 そして危うい刃が喉をかすめること六度、ついにブルーノは攻撃の手を止めた。

 

「貴様、何故手を抜く!」


 素早く後方に距離をとり、恐怖と憤怒の混じった声をあげた。


「今の剣戟で六度! 六度は俺を殺せたはずだ! なぜ手を抜いた!」


 激昂するブルーノとは対照的に、アリアンロードは穏やかな口調で言った。


「いいえ、違います。十八度です」


 その言葉にブルーノは戦慄した。


「殺す気であれば十八度。貴方を殺すことが出来ました」


 言いながらアリアンロードは半身になり、ショートソードを持ち上げる。そしてその切っ先を真っ直ぐ相手の心臓に向けた。

 その刺突の構えを見て、ブルーノはさらに後ずさった。感じていた悪寒の正体を、そこに見たのだ。


 ――この構えは、『雷光の槍』。


 ブルーノはのどを鳴らした。


「な、何故だ。……何故、お前はその剣技を使う! 何故、お前は我が師『雷光の槍』 エクトルの剣技を!」


 ブルーノの問いに、アリアンロードは「ふむ」と頷く。


「刺突の踏み込みが半歩浅い。正中線への意識が疎かだ。振りに腕力を使いすぎている。重心がつま先に寄っている。足捌きのリズムが単調だ。故に動きが読まれやすい。なかなか治らないようですね、ブルーノ」


 あまりにも的確過ぎる欠点の指摘に、ブルーノは呆然となった。そして裏付けられた悪寒の正体に、彼は呆然となる。


「お前は……。いや、貴方はまさか……」


 ブルーノが震える指でアリアンロードを指すと、魔法使いはそれを肯定するように名乗りあげる。


「思い出したようですね。ならばこそ名乗りましょう。私の名はエクトル・アリアンロード。久しぶりですね、ブルーノ」


 稲妻に撃たれたような衝撃を、ブルーノは受けた。雷光の槍エクトル。白の王国の神話。世界最強を自負する己が、唯一師と仰いだ剣神。


「貴方の未練(まよい)を断ち切る相手として、私は役者不足ですか」


 数十年ぶりかに聞いた師の声に、ブルーノは我に返った。そしてそのあまりにも恐れ多い問いに、彼はかぶりを振る。


「そんなことが……あるわけがない。……光栄です。師匠」


 ブルーノは再び剣を構える。雷光の槍エクトルと戦う。剣士にとってこれ以上の栄誉はない。しかも彼は他ならぬ『雷光の槍』で迎え撃とうとしている。こんな至福があるだろうか。


「今生ではついに叶わなかった貴方との手合わせ、まさかその機がこうして巡ってくるなんて!」


 剣鬼は再び闘気をまとい、歓喜と闘争の雄叫びをあげた。そして怪力な己には不似合いな、しかし師に憧れて選び取ったショートソードを構える。


「全力で来なさい」


 エクトル・アリアンロードの握るショートソードが、淡い青の光をたたえた。


「その迷い、私が全力で断ち切ってあげましょう」


 その言葉で闘気が頂点に達したブルーノは猛った。


「いざ!」


 と吠えた時には、すでにアリアンロードはブルーノの背後で剣の血振りをすませていた。

 起きた事態が理解できずにブルーノが振り返ると同時、ようやく胸に一突き分の穴が空いて黒い血が噴き出した。


「かは……」


 ブルーノは甲の中で黒い血を吐き、そして膝を折った。

 速い、などというものではない。

 ヤラれた瞬間などなかった。

 アリアンロードの一撃。

 その正体は時間そのものを置き去りにする超・光速の刺突。

 過去と未来の交換。

 原因と結果の入換。

 そして現在の破棄。

 率直に言えばブルーノは、

 『未来:胸を貫かれて絶命』してから『過去:剣に突かれた』のだ。

 剣神の刺突に、時と光の魔法が融合した魔法剣『雷光の槍』。

 これが、その正体だった。

 幾千もの戦いを経験した剣鬼は、類まれな直感でそれを理解した。

 

「……雷光の槍。なるほど……誰も勝てないわけだ」


 前のめりに倒れるブルーノ。青い火花を散らせる雷剣を収めながら、アリアンロードは言った。


「最後に教えましょう、ブルーノ」


 アリアンロードは振り返って、ブルーノに歩み寄る。そして片膝をついて顔を寄せた。


「貴方の師が私である前に、私の師が貴方であったこともあったのです」


 半ば土へと風化しているブルーノは、至福の笑みを浮かべていた。そして、もはやその疑問を疑問とさえ思えなくなっていた。

 やがて最後の一欠片が風にさらわれて、跡形もなくその骸が消失すると、アリアンロードは風の行方に目を向けて言った。


「時が満ちれば、あの少年、エクターが教えてくれるでしょう」


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