やむを得ず
洗面所でうがいをし、ついでにお風呂に入ってきた。
今さっき洗面所から戻ってくるときにお兄ちゃんに『なんかうるさいけどなんかやってんの?』と声をかけられた。
〝なんか〟ってひとつの台詞に二回も使うなよ、低学歴バレバレじゃんと思いながらも「別に」とクールに返しておいた。
自室に戻ってくると、そこには少しずれたテーブルと床に投げられた目薬があった。
ちょっとした事件現場だよ。
とりあえず写真を撮っておく。だから重いってこのスマホ。
ネットにアップするのは後にするとしてさっさと目薬をさしてしまおう。
もうさっきから目薬目薬って目薬言い過ぎてゲシュタルト崩壊しそう。ってまた目薬って三回も言った。これはもう目薬のスパイラルだね。もういい加減うざいよね。
ならこのスパイラルを終わらせよう。
まぶたを思いっきり固定する
↓
体を大きく反る
↓
目薬を上にあげる
↓
零れ落ちる薬液
↓
私の大きく見開いた瞳へ
↓
行くことなく眉に当たる
↓
目を開けていたにもかかわらず、薬液が目に入っていないことに愕然←今ここ
「???」
おかしい…………確かに目は開けていた。しかし入っていない。
「くっ……もう一度っ」
もう一度試すも、今度は目の下あたりに落ちる。
「ええい、もっかいっ」
眉間に落ちる。
「えい、えい、えいっ」
今度は連発して落としてみる。……するとおでこに夏の大三角形。
「うぐっ……うむむむ……はあ」
私の体はCの字ぐらいまで海老反りしてしまい、そのままベッドに倒れ込んでしまう。
そして私はそのままデネブ、アルタイル、ベガがおでこから流星の如く流れていくのを感じながら絶望していた。
「マジ……か……」
今までの葛藤が全て無意味だと知った。
私が自分では目薬をさせない人間だと知った。
目薬さすのがこんなに難しいとは知らなかった。
どうするの? …………決まっている、あれしかない。
もはや私の辞書に諦めるという文字はなかった。
そして思い出す親鸞の教え。
羞恥心を捨てろ、皆瀬 真梨。
女の武器はすでに身につけてある。
あとはそれを実行するだけ……
私は自室を飛び出した。
「お兄ちゃ〜ん、目薬さして頂戴っ」
お読みくださりありがとうございました。