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 季節というものを体験するのは初めてで、極端に変わる温度に振り回されていた。昼は太陽の光で暑いし、日焼け対策もしなければならない。モニカに教えてもらったのだが、日焼け止めを塗らなければ肌が赤くなって、運が悪けりゃ皮がめくれるらしい。流石に太陽には勝てないな。

 一度うちに戻って私服に着替えた。倫太郎が掃除していたので、変な所は触るなと強く言っておく。昨日作ってもらったパスタはそこそこうまかった。


「あれ、おかえりなさい。お仕事じゃないんですか?」

「仕事だ、仕事!」

「夕飯食べます?」


 家から持って来たのか、紺色のエプロンをして。靴を履き替えていると、掃除機を持ったまま倫太郎が追いかけてきた。


「食べる」

「わかりました、買い出し行ってもいいですか?」

「勝手にしとけ」

「いってらっしゃーい」


 右手を振ってお見送り、うん、飯はうまかったし、家事もするし、まあ、ペットにしちゃあできたもんだな。

 パトカーに戻り、中央のシンボルでもあるセントラル・パークまでやってきた。家族連れやカップル、学生といつも賑わっている。手頃なベンチにドロシィと座って、モーガンは少し離れた場所に待機。さて、出てくるかね。例のベルトのバックルにくっつくブザーは一応持ってはいるが、相手は同志だろうし、話し合いで解決したいところだ。仲間を殺したくはないし。

 ドロシィはなんだか緊張してるみたいだった、そりゃそうか、今から自分を付け回してるストーカーが出てくるかもしれないんだからな。


「大丈夫か? 見つけたら教えてくれよ。そしたら、モーガンの所に逃げるんだ、危ないからな」

「いえ、あの、わたし……」


 具合でも悪いか? 気になって顔を覗き込むと、ドロシィの顔は真っ赤だ。今日はそこそこ暑いしな、水でも買ってこようかと提案するが、違うとドロシィは否定した。


「お父さん以外の男の人とこんなに近くで座るの、初めてで、緊張してるんです……」


 警部の顔が頭の中を横切る。変なまねをしてドロシィが警部に泣きついて、なんてことになったらどうする? どうしようもない!

 ていうかそもそもオレは男ではないからな、警部だってそれは知ってるはずなんだが。


「オレよか、モーガンのがよかったか?」

「えっ、そういうわけでは、ないです。むしろ……、いや、何いってるんだろわたし……、あはは……」


 こんな調子じゃあ怒って出てきそうにもないな。遠くのモーガンが苦笑いして首を横に振ってる。『ダメです』ってことね。ええい、こうなったらああするしかないな。


「ドロシィ、手を貸してくれるか?」

「なんですか? ……わ!」


 ドロシィの手を引っ張って、オレの胸を触らせた。目を見開いて、顔真っ赤で。ああっ、そんなにびっくりすることないじゃんか。確かにドロシィやモニカと比べたら『無い』けどさ、『全く無い』わけじゃないからな。


「グレイさん、その……、まさか」

「だからさ、な、別に緊張しなくっていいって。女同士だろ」

「逆にドキドキしちゃいますよ! もおー!」


 なんだか空気が変わったな、ちょっとは緊張ほぐれたか。モーガンが頷いている……。


「なんで、顔隠してるんだ? 折角美人なのに、勿体無い」

「恥ずかしいんです。自意識過剰なだけだと思うんですけど、なんだか見られてる気がして……」

「だって、美人だからな。しかも目立つ髪型と髪色だし、見ないほうがおかしい」

「何回も言わないで、そんなことないですよ。わたしなんかより、グレイさんのほうがずっと綺麗だわ」

「オ、オレがかっ!?」

「ええ。染めてないんでしょう、この黒髪がうらやましい。肌だって綺麗だし、ハスキーな声ってとってもセクシーです」


 ドロシィはオレの髪を手でとかしていく。ああ、ドロシィ、きみは天使だ、女神だ。ストーカー男の気持ちもわかるもんだ、こんなこと言われちゃあ好きになるのも時間の問題だろう。

 オレもドロシィの前髪に触れて、隠れている顔の右半分を見ようと思った。指を引っ掛けて、カーテンを開くようにしてゆっくり前髪を上げる。予想通り、左目と同じ大きく丸い目、唇はつやつやで柔らかそうで、よくもまあ、こんな美人を警部は見極めて引き取ったもんだね。


 カラスが、飛び去っていった。木からどんどんカラスが飛び去っていった。ぞっとするのがわかる、敵意を感じている。周りの空気が変わるのをドロシィも感じたようで、ドロシィに小声で逃げろと伝えたが、足がすくんで動けないようだった。思ったより大物が出てきたな。

 肩がびりっとしたので振り向くと、オレの頭上を何かが飛び越えた。


「こんにちは」


 ああ、言ったとおり緑髪の両頬に縫いあとのような傷のある男。テディベア君だ、……オレの同志なのではと思ったが違うな、オレの敵だ。しかしこいつは倫太郎のように飛ばんのだろう?

 とにかくドロシィを逃がそう、さっと抱き上げてモーガンの元に戻ろうとするが、いつの間にか緑髪の男はドロシィの顔を覗き込み、鼻と鼻がくっつくくらいまで近づいていた。


「うわっ、悪魔のにおいがする。最悪」


 すぐに後ろに下がり、ドロシィから離した。モーガンがこっちに走ってきている、車も近いし、早くドロシィを渡して逃げていただきたい所だが。


「いいよ、悪魔のにおいがする女はいらないや。綺麗な子だったのが惜しいけれどね」


 緑の髪を伸ばし、白いシャツ、赤いリボンが胸を飾っている。大人しそうな、本当に公園で文庫本を片手に日向ぼっこしていそうなタイプ。にたーっと薄気味悪い笑いを浮かべている。


「でもねきみ、人のもの横取りするなんて、ひどいよ」

「教師の死体を花壇に棄てるような奴よりひどいことなんて、してないぜ」


 ぴくり、と眉を動かした。どこかで嗅いだことのある臭いだと思った。あのスライダーの女の子とネクタイの臭いと、そしてこいつの臭いは似ていた。フーン、と、わざとらしく鼻を鳴らす。

 今ので『キレ』たな。しかしドロシィを降ろさなくっちゃあならない、ドロシィに何かあっちゃダメだし。どうしたもんかな。一か八か、飛んでみるか。


「よおく、捕まってるんだぞ」


 小さくドロシィにだけ聞こえるように言って、右足に力を込める。影の炎が燃え上がって、高く飛んだ。ドロシィは叫び声を上げることもままならないほどで、素早くモーガンにドロシィをパスすると、じろりと振り返る緑髪の男に向かいあった。


「グレイさん、どうしますか」

「とりあえずここはオレが抑えとく、お前はドロシィを車に」

「了解です」


 連れてきたのがモーガンでよかったな、ドロシィを抱えて走り出した。モニカじゃこうはいかない。


「僕はこういう、色気のない犬が一番嫌いでね」

「嫌いで結構……」


 オレはうまいことあいつをとっ捕まえなければならないのだが、正直それができるか不安でならない。何たって、あの妙な遺体やスライダーの女の子、こいつの仕業である。ああいった事は余程の力の持ち主じゃないとできないし、今のオレだってこいつの魔力で酔いそうなほどだ。生きて逃げられるかも、怪しいってとこ。

 とにかくドロシィを逃がせたのはいい、こいつはもうドロシィに興味がないようだしな。目の前のオレに夢中だ、気に入らない、いけすか無い犬をどう殺してやるか考えてるに違いなかった。直接の格闘戦ならばオレの得意なところ、タダで負けるわけにはいかない。

 一歩、踏み出すが緑髪の男は動かない。まさかこいつに殺されることはあるまいと、舐められてるな。まあ、そのほうが都合がいい、本気でかかられたら洒落にならない。


「僕を殴るのかい?」

「大人しくついてくるなら殴らない」


 ヒュッと風を切る音がして、頬が切れた。み、見えなかった。しかし、……。

 ずるずると体から力が抜けていく。口から血を吐いた。腹にナイフか何かがいくつも突き刺さっているような感じなのだが、実際オレの腹には緑髪の男の腕が潜り込んでいた。腹の中で指が動くたびに肉と血のぐちゃぐちゃという音と鉄のにおいが鼻をつく。


「お? きみ、女の子か?」

「お、女で何が悪いっ! 抜けよ、腕……」

「悪かない、悪かない。僕は女の子が好きだ、綺麗でも可愛くなくとも、女の子が好きだよ、名前はなんて言うんだい? とても気に入ったね」


 冷や汗ダラダラだ、おちょくるみたいに指を動かしてくる。傷の再生がギリギリ間に合わないくらいに調節してるのか? 立つのもしんどくなってきた、脳みそがぐらぐらする。


「悪魔のにおいがする人間の女は、落ち着かなくて嫌なんだ。悪魔のにおいが嫌いなわけではないんだ、気を悪くしたなら謝ろう、レディー」


 じゃあその腕を抜いて頂けると、ありがたいんだがっ! なんて言う元気もない。だ、誰か来ないか、誰か……。力が抜けて仰向けに倒れる、ブザーに手を伸ばすが、緑髪の男はオレの指ごと踏み潰した。鋭い痛みに叫ぶこともできない、ブザーも少し音を出したが、すぐに粉々に砕け散ってしまった。……左手の指の骨がいったなと、冷静にそれだけ思った。


「グレイさん! グレイさん、大丈夫ですか?」


 モーガンの声だ、きっとオレが気になって戻ってきたんだろう。ドロシィを一人にして大丈夫か、オレなんて放っといて近くの警察に逃げ込まないと……。


「きみ、この子を木陰に連れていってやりな。そうしたら、怪我も治るだろうから」


 汗と血とで、アスファルトはぐちゃぐちゃだ。息をするのもつらい、このまま意識を飛ばせればどれほど楽だろうと思うが、あまりに痛むのでそれすら許されなかった。腹の中がズタズタで、立ち上がれば血肉が落ちていくかもしれない。


「グレイというのか、きみにまた会えるよう祈っておくよ……」


 緑髪の男は軽くジャンプすると、ああ、ドロシィの言ったように鳥とも爬虫類とも獣とも言えない化け物に変わって飛んでいった。すぐにビル街に紛れて見えなくなる。モーガンはぽかんとその様子を見つめて、そして気付いたように大慌てだ。


「生きてますか?」

「……あ、あぁ。気分最悪だが、一応は」

「救急車いります?」


 医者が見て、オレらの体治せるもんかね。一晩寝てりゃ、どんな怪我も治るくらいには再生力に自信がある。


「いらねェー。うちで寝てれば、治る」

「お腹から色々出ちゃってますが……」

「気にすんな。じきに塞がるから、とりあえず、うちで……」


 モーガンは少し考えて、電話を出してくる。モニカに連絡を頼んだようだった。うん、正しい。あんなやつ野放しにしてたらマズすぎるもんな。……いやしかし、NDなんて所詮はほとんどが人間だ、人間じゃないオレがこんなにも簡単にやられちまって、どうにかできる奴がいるか?

 あいつはオレが始末せねば……、怪我を早く治して、すぐにでも。オレができなきゃ、誰がやる?



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