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 三人で騒いでいると、本部の扉がノックされて警官と一人の女性が入ってきた。


「あ、あのおー、すみません。何度ノックしてもお話中みたいで……」

「やだ、すみません。こちらはどなた?」


 モニカがそそくさと前に出て、応対をしてる。こういうのが一番得意なのはモニカだ。オレだったら強面だし、モーガンはもじもじするからな。しかしあの後ろの女性、変わった髪の毛してる。少し伸ばしたおかっぱと言ったらいいだろうか、でも右目を髪の毛で隠していて、しかも髪色は原色のブルーだ。それ以外は白い春に着る薄いセーターとロングスカートと、本当は冴えない文学少女といったところか。彼女は何に影響されてこんなパンキッシュなヘアスタイルにしたのだろうか。


「こちら、ストーカーの被害にあわれているそうで、相談に来られたんです」

「え、うちにですか? うちはストーカーとか、そういうの専門じゃないんですけど。もしかしてそのストーカーの方って……」


 パンキッシュな彼女を連れてきた警官は苦笑いした。な、なるほど。異能者につけられてるってことね。警官は彼女を置いて、職務に戻ってゆく。とりあえず、応接室に通して、オレたちも話を聞くことにした。



 モニカがコーヒーを入れてる間、オレはペンとメモをとってくる。久しぶりに、すっきり悪い奴を殴れそうだとわずかに気分が高揚していた。


「ええっと、お名前は?」

「……ドロシィ、ドロシィ・ドレイパーです」

「そうかドロシィ、オレはグレイ・キンケード。詳しく話を聞かせてくれるか?」


 予想通り、細くて高くて、可愛らしい声だ。長身にくわえてヒールを履いているので、背はオレと同じかちょっと高いかもしれない。女性らしく出るとこ出て、引っ込むとこは引っ込んで。色白で目は大きくアイスブルー、鼻筋は通って、顔を髪で隠すのは勿体無い。うちのモニカにも少しくらいわけてやればいいのにと思うくらい。

 モーガンが彼女の顔をじっと見て動かなくなった。なんだ、惚れたのか? 確かになかなか見ないレベルの美人だけども、若いな、一目惚れなんて……。


「グレイさん、『ドレイパー』って聞いたことないですか?」


 はて、どこかで聞いたかな。モーガンが妙に慌ててる。いいとこの娘さんか? オレはこっちの常識についてはよくわからないからな。名門の娘かもしれないが、オレにはわからない。


「いいや、知らね」

「警部ですよ! 警部! たしか、ファミリーネームがドレイパーでした。結婚はなされてないですけど、養子の娘が一人いるって言ってました。この間、娘が美大に受かったって大喜びでしたもん」

「オレが来る前の話だろ? 知らねえよそんなことっ!」


 警部の一人娘がやってきたと応接室はパニックだった。慌てるオレたちを見て、コーヒーを持ってきたモニカも巻き込んで慌てる始末。


「あ、あのさ。きみのお父さんって警察務め?」

「はい、ええ、そうです。NDの……」

「マジか……」


 はあ、なるほど、あのクマ警部はこんな美人の娘を隠してたんだな。モニカもモーガンも、黙って深刻な顔。さっさと犯人捕まえないと、まずいぞ。三人でぎゅうぎゅう詰めになったソファーは身動きできないほど。対して、ドロシィは黒革のソファーに上品に腰を下ろしている。せめてパンツスタイルなら、その長くて美しい妖精のような足を拝むことができたのだろうが、今は想像で補完するしかあるまい。


「あ、あのですね……、学校の広場でスケッチしてると、いつも少し離れて男の人が同じようにスケッチしてるんです。最初は同じ学部の人だろうと思ったんですけど。目立つ見た目をしてたんで、友達に聞いてみても、そんな人はクラスにいないって」

「どんな見た目なんですか?」


 オレが口を開くより前に、モーガンが尋ねた。オレの持ってきたペンとメモを無理矢理奪う。


「身長はちょっと高いかも、細身で、髪の毛は緑色で、顔に大きな傷があるんです。皮膚を縫い付けたみたいな。歳はたぶん、三十いかないくらい……。あ、絵が、あるんです」


 トートバッグからファイルが出てきて、そのファイルからまた小さなスケッチブックが出てくる。ぱらぱらめくって、オレたちに突き出してきたのは一人の男の絵。さすが美大生と言ったとこ、髪質とか質感までリアルに再現してある。

 横髪を伸ばして、後髪は短い。睫毛は女みたいにばさばさ、目の色はオレより濃い黒ずんだ赤だ。両頬に、眉から顎まで大きな、本当にぬいぐるみをなおしたような縫いあとがある。アンニュイな雰囲気で、ちょっと女性的。


「こんな目立つ奴、すぐに捕まえられそうだけどな」


 とてもこの口から出せないが、ドロシィと並んでもあんまり違和感がないかもしれない。文学少女と文学青年、休日は図書館デートで本を読んだり、お互いをスケッチしたりする。オレには到底、真似できないな。


「か、かっこよくないですか? このヒト……。傷はちょっと不気味ですけど、これがなかったら、俳優レベルですよ。そんな人が異能者で、でもストーカーなんて、勿体無い……。グレイさんと変わってくれればいいのに」

「オレはストーカーなんてしねーよ」


 モニカはイケメンに目がない! 本部に散らかってる雑誌はモニカのものだ。普段暇なものだから、雑誌を切り抜いて自分のお気に入りのファイルを作っている。NDにオレがやってくると聞いた時は大はしゃぎだったそうだが、実際見た瞬間、微妙にテンションが下がっていたらしい。オレはお前に言われたくはないけどな。


「お、俺はグレイさんのほうがいいです! こんな女々しいのより!」


 モーガンがフォローを入れるが、……モーガンはきっとそう思ってくれてるだろうから良しだ。ドロシィがスケッチブックから男の絵を切り取りオレ達に手渡す。


「あの、わたし、名前も知ってるんです、この人の」

「なんていうの!?」

「え、えっとですね、『セオドア』」


 食いつきのいいモニカに若干引きつつ、ドロシィの可憐な唇から出たのは対して珍しくもない、普通の名前だ。次はオレが聞こうとすぐに口を開いた。


「頬っぺた修繕したテディベアくんか、顔に大きな火傷でもしたのかも……。どうやってその名を?」

「……家にいる時、電話が、かかってきたんです。非通知で。出てみたら、窓を開けてごらんって、男の人の声で。気になって開けてみたら、この人が、……居たんですよ。わたしの部屋は三階なんですけど、浮いてたんです。『僕の名前はセオドアだよ、お父様によろしくね』ってそれだけ言って、どこかに飛んでいったんです……。信じられないかもしれないですけど、腕から羽根がはえて、骨格はヒトじゃないみたいでした。鳥みたいな、爬虫類みたいな、獣みたいな……」


 げ、そいつ、悪魔だ。どうしたもんかな。悪魔には複数の動物の血が混ざってるので、例えばオレだったら鼻がよくきいたり、耳がよかったり、高層ビルのてっぺんに細い鉄骨が置いてあって、ちょっとバランスを崩せば落ちるって状況でも楽々渡り切れる。

 天使でも違いはないが、ポイントはわざわざ腕からはえた羽根で飛んでるってとこ。奴らは産まれた瞬間から飛ぶ魔法を使える、魔法って呼び方はまた色々反論があって、魔法って呼ぶと悪そうだから我ら天使が扱うのは白魔術、奴ら悪魔のは黒魔術だとか言ってる、らしい(別に呼び方変えても根本的に一緒なんだからわけるラインがない)。

 普通は、天使どもはその飛ぶ魔法について誇りを持っているので、自分が鳥に似てようがコウモリやらモモンガに似てようが、必ず白魔術を使って飛ぶのだ。こいつは自分の翼で飛ぶから悪魔ってこと。説得してわかってくれりゃあ、いいけど。


「なあ、この件はオレが解決する。他のNDに回すのは少し待ってからにしてもらえないか?」

「え? なんでですか?」

「オレの知り合いかもしれない」

「またですか? グレイさんの知り合いって危ない人多いですよね。グレイさん、もしかして元悪い人ですか?」

「なんだよ、元悪い人って……」

「あたし、噂なんですけど。異能刑務所でNDに入る訓練して、出所したらNDに来るって聞きました。異能者はいつも足りませんから」


 警部の娘がいるのにそんな話するか!? 肘でつつくと、自分がまずいこと言ったと気づいたみたいで、モニカはとっさに自分の口を塞いだ。フォローのうまいモーガンは、すぐに次の話題を持ち出した。


「しかし、つけられてるのに、警察来て大丈夫ですか? もしかしたら煽ってしまったのではないですか?」

「おとうさんに車で送ってもらったので、たぶん、大丈夫だと思います」


 警部、きっと娘には激甘なんだろうな。こんな綺麗な娘と二人暮らしなんだもんなぁ。オレだってドロシィと同じ養子だけど、総統閣下はオレに『閣下の娘』らしく、スパルタとまで行かなくとも、なかなか厳しかったように思う。ファフリー家という名門の息子をおちょくった事があって、その時は三日メシ抜きだった。流石にこたえたので、今はファフリーの家の一人息子とはそこそこ仲良くやっているのだが。


「でもねグレイさん、あたしたち三人で捕まえられますかね?」

「警部がいない今のうちだが……」


 つまり、隠れてこっそり追いかけてきてるなら、奴を怒らせるようなことをして引きずり出せばいい。たぶん車なんかじゃ振り払えなくて、そのへんにまだいるはずだ。警察に来たくらいじゃ、『人間なんて怖がる必要もない』とそう、思うはず。人間でないオレが狙った女の周りをちょろちょろしてれば、『取られるんじゃないか』って不安になって、出て来るのでは?


「ドロシィ、オレと、外に行こう」

「外……、ですか?」


 流石に警察署の中に入ってくることないだろうし、どこかそれっぽい場所に出よう。


「ちょっと、グレイさん、またサボタージュ? あたし知らないですよ?」

「ストーカー男は、好きな女が男と歩いてたら、怒って出て来るだろ」

「子供みたいな理論です、それ。でもグレイさんがやるんですか?」

「だめなのか?」


 モニカが馬鹿にした様子でくすくす笑う。失礼な奴だと思う、ほんとに。


「グレイさんより、モーガンがやったほうが! 男前だし、おしゃれだし、でっかいし」

「お、お、俺ですかっ!?」


 そんなにオレってビジュアル悪いかね。まあ、チンピラみたいだと言われたら否定できないかな。モニカだって人のこと言えないくらいだ、べつに美人じゃないぜ。なんて言わないけどね、オレはモニカと違ってできてるから。


「相手はその、飛んだりするんですよ。いきなり襲いかかられたら一溜まりもないでしょう。俺はグレイさんが適任だと思いますよ。ねっ?」

「ああそっか、そうでしたね。しかもグレイさんの知り合いかもしれないんですもんね。あたしは納得いきませんけど」


 一言余計だな、これがなきゃもう少し可愛らしく見えるものを。ソファーから立ち上がり、モーガンに声をかける。


「モーガン、行くぞ」

「え。ご指名ですか?」

「さっき、次はお前と行こうって」

「なるほど!」


 モニカはまた気に入らないらしく、オレにつっかかってきた。


「あたしも!」

「いや、誰か本部に居ないと駄目だろ、それにお前、納得いかないんだろ。納得いかない奴はついてこなくてよろしい」


 返す言葉もないのか、頬をふくらせている。いつも言われっぱなしなんだ、たまには反撃させてくれい。

 ドロシィを連れてパトカーに乗り込むと、ドロシィはくすくす笑っていた。


「あの婦警さん、お二人のこと大好きなんですね」

「……そうか? オレは嫌われてると思ってる」


 だって妙に突っかかってくるし、オレのすることに文句ばっかり。『グレイさん、そのチョコ、ストロベリーですか? グレイさんがチョコでいちごって、ふふ、おかしい』なんて、別におやつくらい何食っても構わんだろう。

 モーガンが驚いたようにこっちを見てるので、オールバックにしてガラ空きのデコを指で弾き飛ばしてやった。


「なーに、見てんだ」

「嫌われてると思ってるんですか?」

「違うのか?」

「いやっ、なんでもないですよ。ふふ、そうですか。グレイさん、意外と真面目っていうか……。ますます謎が深まるというか」


 バックミラーの奥じゃ、ドロシィも笑ってる。ちくしょう、人間のこういう所がイマイチわからないし面倒くさい。好きなら好きってちゃんと言えばいいものを!



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