誰がこまどり生かしたの?
「グレイさんっ! 大変です、大変なんですよおーっ!」
朝っぱらから扉を開いた瞬間、モニカが騒いでいる。砂糖たっぷりコーヒーをオレに淹れながら、ひんひんとわけを話し始めた。色々とわかりにくいが、とにかく、例の『連続殺人』が異能者の仕業じゃないかってNDに回って来たらしい。めずらしくクマ上司が出払ってるってのに、騒がしくて落ち着きそうにない。
「女ばっかり殺してるっていう?」
「そう、そうです! あの変態っ!」
騒ぎながらも仕事はしっかり、ホチキスで止められた資料を手渡してきた。
殺害方法はネクタイによる絞殺、使われたネクタイが必ず現場に残されている。どのネクタイも最新モデルのもので、ブランドの店を捜査班が総当りにしてるらしい、大変だな……。
死体には犯人のものと思われる体液が残されており、まあ捕まるのは時間の問題か。手がかり残りまくり、これで捕まえられなかったらただの間抜けだな。
で、こっちに回って来た理由ってのが……、これまでは外科医の仕業と思われていた、内臓を抜き取るための手術痕、それがすっかり無くなったまま、ごっそり内臓が消えている。どこにも傷、なし。しかし腹の中はスカスカ。こりゃおかしいとこっちに回って来たらしいが。
「オレはリアルファイト専門だもんなぁ。犯人出て来るまでやることねェーよ」
「あ、あ、あたし、あたしっ、こんなすっごい事件はじめてで! 捕まえたいですよね! これ捕まえたらすごいですよー! がんばりましょう、ね、グレイさん!」
「頑張りましょうって、オレは犯人出て来ないと……」
「そうだ、普段ずっとこの部屋に居て暇でしょ? たまには捜査班にまじって、現場、行ってみませんか?」
い、いいのかっ? モーガンは捜査班の部屋にいるし、クマ警部もいない。オレたちは自由だ!
「でも、モーガン一人で大丈夫か?」
「モーガンだって、もう一人前だし、捜査班が連絡はとってくれるし平気平気。さっ、行きましょう!」
鼻歌歌いながら車に乗り込み、エンジンがかかると気分が高揚した。車に乗るのは好きなのだが、なかなか機会がないのだ!
「どこ、どこ行くんだっ!?」
「グレイさんたら、落ち着いて。ついさっき捜査班が出ていきましたからね、そこに行きます」
ビル街を抜け、住宅街の多い南署近くに来た。少し走らせると小学校があり、たくさんのパトカーが止まっている。降りてみると、南署の警官がたくさん……、あ、うちの捜査班もちらほら。
オレは本当に関係ないので聞いていないのだが、ここでモニカが連れてきたとくれば、あの連続殺人に違いなかった。オレの登場で、なんで異能班が来たものかとざわつく。モニカを追いかけると、モニカはうちの捜査班と何やら話していた。……奥から、血の臭いがするな。
血の臭いに誘われるまま見に行くと、小学校の花壇に行き着いた。花壇に、人間の手足が花みたいに植えられている。血が塗られてわからなかったが、真ん中に半分埋まってるのは、ありゃあ人の顔だ。黒髪の女性、だと、思う。それしかわからないくらいひどい……。不自然に凹んだ胴体部分が、これはいらないと犯人が言ったみたいに投げ捨てられている。
血でぐちゃぐちゃなのだが、体を切り落とす時に使ったらしい斧と、絞殺する時に使ったらしいネクタイが脇に置かれていた。
被害者女性は、この小学校の教師らしい……。第一発見者は、サッカーをするためグラウンドを取りに早く学校に来た生徒たちだ。その生徒たちは市が雇ったカウンセラーと話をしているらしいが……。
「グレイさん。どうですか?」
現場を眺めているオレの後ろから、モニカが話しかけてくる。
「どうったって、たち悪いよな。こんな、子供に見せびらかすようにして」
「被害者の教師の方、結構なヒステリーの持ち主で、子供からの評判はよくなかったみたいですよ」
「子供がやったっていうのか?」
「まさか……。グレイさん、異能者ですから、何かわかるかなと思って」
証拠は色々と上がっているのだけど、目撃証言がバラバラでいまいち決定打に欠けるとか。身長は高めで体格も少し細身というのは共通してるのだが、髪の毛を緑色に染めているだとか金髪だとか、ラテン系だとかアジア系だとか。変装や整形にしちゃあ、短期間で変わりすぎ。ただの見間違いじゃないのか? ……こんな狂ったことするような奴のことなんて、わからないね。
「まあ、子供じゃなくても、親がやったってのは、ないわけじゃない、かも、です。あたし的にはやっぱり、もっと変な……、薬やってそうな……」
どっか、引っかかるんだよな。この臭い、血の奥にある犯人の臭い。どこかで嗅いだことのある臭いだ。
「モニカ、あのネクタイ、切れ端でもいいからもらえんだろうか」
「え、何かわかったんですか?」
「……いや、どこかで覚えがある……」
「あたし、聞いてきますね」
モニカが南署の警官に話してる間、思い出していた。すっごく、すっごく嫌な臭いだから、たぶん、倫太郎の仲間だな。それは違いない。帰ったら倫太郎に聞いてみるのがいいか……。
南署の警官が手袋をして、ネクタイの端っこをハサミで切り出すと、透明な袋の中に入れた。オレに手渡してそそくさと去っていく。なんだ、案外簡単にもらえるものだな。モニカが戻ってくると、妙にぐったりしていた。
「あー、グレイさん、もらえましたか? 大変でしたよ、お願い。そりゃね、確かに無理言ってるのはわかりますけど、あんなに怖い感じでうるさく言わなくったって。……何か、わかりそうですか? それで……」
「ひとつ、心当たりがあるんだ。帰ったらそいつに聞いてみる」
ぐったりしていたモニカは急に顔を輝かせて、戻りましょう今すぐ戻りましょうとパトカーに飛び乗った。
中央署のND本部に戻ると、モーガンが一人不機嫌に座っている。チャールズ警部を真似してるのか、視線があっても見てないフリして、タバコを吸う……が、モーガンは喫煙者でないので、プレッツェルを口にくわえてまるでタバコを吸ってるみたいに燻らせる仕草をしていた。
「どこ行ってたんですか? 二人で」
怒ってるようだが、モーガンが怒ってる様子は子猫が怒ってるみたいに怖くない、むしろかわいいのだ。機嫌が悪い時はいつもこうして、デスクチェアに大きな体を折りたたんで座り、ぐるぐる回る。
「モーガン、ふふ、違うのよ。現場に行っていたの」
思わずモニカが笑うとモーガンの機嫌をますます損ねたようで、椅子の回転速度が速まった。
「なに笑ってるんですか。大変だったんですよ、グレイさんまで出払ったら、出動要請が出た時どうするんですか」
「そりゃ、そうだ。悪かったな。で、きたのか? 出動要請」
「いや、無かったんでよかったんですけど。ただでさえ連続殺人がこっちに回ってきて電話対応もこっちにきてるんですよ。捜査班も結構出てるし、警部も警視もいないし、俺一人でやれっていうんですか、無茶ですよ」
ほらな、だから言ったんだ。涙目でプレッツェルくわえて椅子に乗ってぐるぐる回ってるこの大男が警官なのか、なるほどなあ。おかしい。しかし、悪いことしたな。
「モーガン、次はモニカ置いて二人で行こうぜ」
「……ほんとですか?」
椅子がぴったり止まって、プレッツェルをもぐもぐ口に吸い込む。
「ちょっと、あたし嫌です。グレイさんが残ればいいじゃないですか」
「おい、なんでだ。お前ら二人が出たら出動要請の時バディ組む奴がいないだろ」
「運転くらい捜査班に頼めばいいじゃないですかーっ」
「オレ捜査班に嫌われてるし。絶対嫌だ!」
ふとモーガンが持っていたプレッツェルをオレとモニカの口に入れると、食うのに必死で黙り込んでしまう。それが面白かった様子で、モーガンは機嫌を直したらしく、残りひとつのプレッツェルを自分でくわえるとオレたちを押しのけて資料をめくり出した。
「今日忙しくってね、これ全然見てないんですよ」
例の連続殺人の資料だ。
「これ、全然役に立たないぞ。なんせ、言ってることが全部バラバラだ」
「グレイさんの心当たり、そうだといいんですけどね」
ポケットから袋に入った端切れを取り出すと、モーガンは不思議そうに見つめている。そりゃ、そうか。それなんですかと尋ねてきた。
「ネクタイの端切れ。どうも、気になる臭いがするんで、頼んで端っこをもらってきた」
「気になる臭いって、イヌですかアンタは……」
「イヌとでも何とでも呼べばいいさ。事実、オレの鼻はイヌくらいきくんだからな。ひとつ、心当たりがあって、オレの知り合いとよく似た臭いがする」
モニカがオレの肩を掴んで、力強く揺さぶった。
「じゃあその知り合いさんが犯人ですか!」
「い、いやっ、それは気が早すぎだろ。お前らにはわからんだろうが、こっちはこっちの世界の常識ってのがあってだな」
モニカとモーガンが目を見合わせ、いやいやと首を振る。
「リズさんは、そういうこと言ってなかったわ。ね、モーガン」
「ええ。前々から思ってたんですが、グレイさんってちょっと変ですよね。どこか遠いとこの出身ですか?」
リズさんってのはオレと交代の少し歳のいったおじさんの異能者だ。オレや倫太郎のように完全に違う世界からやってきた異能者も居るっちゃ居るが、今地上にいるほとんどの異能者が、リズさんのように人として産まれ人として育って、人として生きている。たったちょっと、何にもない所から火をおこせるとか、植物と仲良しで自分の思うままに扱えるとか、そんな感じだ。身体能力なんかは人よりちょっと優れているくらいで、ほとんど同じ。
オレや倫太郎はそもそも違う生き物で、体のつくりも違うし、体を動かすことに長けている。……説明しようかと思ったけど、やめといた。リズさんに聞かれたならまだしも、異能者でもないモニカとモーガンに話してもな。
「……えーとな、オレは田舎の産まれなんだよ。その、田舎の常識で、うちじゃあちらほら都会に出てくるのが居て、それでだな……」
説明『せず』説明『する』ってことの難しさを知る。どう言ったものかな。
「やっぱり、思ってたんですけど、グレイさんってあたし達に嘘ついてないですか?」
「嘘?」
「なんて言うか、出身だって田舎としか言わないし、そのくせなんかちゃんとした英語話してるし、家はでっかいマンションだし」
嘘は言ってないよな、誤魔化しはしてるけど。しかしオレの粗暴な立ち振る舞いとか言葉使いに似合わないお上品なアクセントとか発音が皆気になるらしくって(オレんとこじゃこれが普通だ)、実は貴族の産まれなんじゃないかとか言われてる……、らしい!
「なんかすっごい、とんでもない嘘をつかれてる気がします、あたし」
「別に、嘘なんてついてねえよ。でも、訳ありなんだ、いろいろな。だから悪いけど、言えないことはあるんだ」
むっとして、いかにも納得いってないですよといった感じのお二人。
「わかりましたよう。もう聞かないですから」
「そうですね。言いたくないことを無理やりには聞きません。もちろん、気にならないわけじゃないですけど……、あ、俺だけに教えてくれてもいいんですから。男どうしの友情の秘密っす」
無理やりには聞かないって言ったそばから、これだ。モーガンが喉でくくくっと笑った。しかもオレ、男じゃないしな。ちゃんと性別は正しく書類に記入したはずが、あまりにもそうは見えないらしくって男扱いが自然に。まあ、確かに体つきはがっしりして背も高いし、声も低けりゃ立ち振る舞いも粗暴とくれば、仕方ないか。別にいいんだ、どっちでも。
こんな所で女扱いされなくったって、ちゃんとわかってくれる奴はいるからな。