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 夕方、交代の時間になって署を後にした。倫太郎の頼みを断り、署に戻ってからは特に何も起きなかった。あのスライダーの女の子は放っておくわけにはいかないので、かわいそうだがオレが処理した。あいつが犯人なのは間違いないし、あれの死体を上げれば、警部も満足することだろう。スライダーの女の子の遺体は車に乗せられ、その先で身元の調査を行うそうだ。遺体が無事に、家族の元に渡ればいいが。


 署のロビーに、あの金髪おぼっちゃまの姿がある。あいつ、追いかけてここでずっと待っていたのか。無視しようとするが、見つかってしまう。


「あっ! お仕事お疲れ様です!」

「おい、やめろ、帰れ!」

「かばん持ちますよ」

「やめろやめろ、触るな、やめろ」


 倫太郎の手を振り払って一人で帰ろうとするが、まだついてくる。しつこいな、悪魔になりたいなんて、オレがそんな方法知るはずないだろうと怒鳴りつけても、『じゃあ、方法を一緒に探してください。俺、おまわりさんを助けましたよね。俺が来なかったら死んでましたよ』と恩着せがましい。


「だいたい、なんでそう思うんだ? オレたちよかずっといい暮らしだろ、敵兵に怯えることもない」

「……俺、父親を探してます。昔、堕天したってお母さんが言ってました。それだけ言って、お母さんは亡くなりました。たぶん、まだ、生きてます。探したくとも、今の体じゃ探せません」


 顔に似合わず、案外苦労してるんだな。でもオレが助けたくとも無理な話だ、わかりっこないんだから!


「でもずっとそうなんだぞ、戻れないんだぞ」

「それでいいですよ。だってこのままじゃ、父親が見つかったとしてもハグさえできないんですから」

「……」

「どうですか? 俺、家事は一通りできます。タダで家政婦雇うもんだと思ってくださいよ、とにかく、悪魔の方たちのこと知らないとって思って……」


 ええいくそ、命を助けてやったんだぞって言われれば断れるものか。家は幸い、おじさんが大きいものを用意してくれていたのでスペースはある。後から来る予定の補佐のためのスペースなのだが、仕方あるまい。こいつを補佐にする勢いでこき使ってやる。


「わかったわかった、帰れ、な? 一回帰れ!」

「なんですかそれ、何にもわかってないですよ!」

「一回帰って、頭冷やして、それでも来たいなら、荷物もって戻ってこい!」


 そう言うと倫太郎の顔はぱあっと明るくなって本当ですか、ありがとうございます、やったやったとオレの周りを飛び跳ねた。さっさとしろと怒鳴りつけると、「すぐ戻ってきますからね、家はわかるので先帰っておいて下さいよ」とウキウキで、背中から白い翼を伸ばして飛び立っていった。

 はあーっ、疲れた。なんだよ、もう。ずるずる体を引きずりながら、おじさんにどう説明しようか考えた。

『こんにちは総統閣下、ご機嫌いかが? このたび私は新しい家族をこの生活に迎えいれることになりました。都会暮らしの荒んだ心を癒すペットの天使、倫太郎くんです!』てか、はは、バカらしい。スペースはあれど、総統閣下のお許しが頂けるかどうかが本当に気が重いな。


 中央署から歩いて十分ほど、家族向けのマンションに一人暮らししているので、お隣さんからは妙に思われているだろう。こっちにやってきたばかりなので、自分の寝室とリビングしか物がない。完全に空き部屋がひとつあって、ここに本来は補佐の寝室になるはずだった。家具も揃っている。電気をつけて、軽く掃除機をかけておく。……閣下には、ギリギリまで隠しておこう。

 外が何やら騒がしく、窓からのぞいてみれば、右隣は家族が住んでいるのだが、左隣は空き部屋だった、そこに新しく誰かが住むらしい。引越し業者がひたすら荷物を運び入れる姿が見える。ちょっと探してみたが、新しいお隣さんの姿は見えなかった。まあ、じきに顔を見せに来るか。小さい子供がいたらうるさいから、嫌だな。どうだろうか。マンションの入り口にこのあたりで見たことのない赤いスポーツカーが止めてあって、それはまさか家族を乗せるものではないだろうから、小さい子供が居なくてよかったと思った。……でも金持ちか、なんかヤダな。


 ぼんやり外を眺めていると、居間のほうで物音がした。家族の洗濯物を干すための大きなバルコニーに、リュックに手提げにと大荷物の倫太郎だ。鍵を開けてやると、ふうっと一息ついて、荷物を運び入れる。


「奥の、右の部屋な」

「あ、ああ。どうも。では、これから、よろしくお願いします」

「さっさと荷物入れとけ、邪魔だ」


 お互い手が触れられないので、よろしくの握手もなしだ。このために手袋をするのもバカらしい。……なぜ触れられないのかというと、まさに、倫太郎のようなケースにぴったり当てはまる『罰』なのだ。主に歯向かい堕天した天使は翼をもがれ、家族や恋人、友人が会いにいっても指の一本さえ触れられなくした。まあ確かに、倫太郎は裏切って堕天はしてないのだから、かわいそうな話ではある。自分勝手に、自分が幸せになるために生きるか、主のために全てを犠牲にするのか。……今じゃ少し古い考えで、ちょっとゆるくなってるんですけどね、と倫太郎は笑った。


 テレビをつけて、すぐチャンネルはニュースに回した。ニュースってのには本当世話になっていて、地上の様子がぼーっとしていてもよくわかる。しかもただの事件とかだけじゃなく、流行りのお菓子とか、ファッションとか、イルカショーの日程とか、どうでもいいことも。どうでもいいこととは言うが、どうでもいいことが割合の殆どをしめているので……。家にいる時は、ずっとニュースを付けっ放しにしている。バラエティやクイズやドキュメンタリー、悪くはないが、見ても仕方が無い。

 他のNDの様子も気になるので、ニュースは欠かさずチェックしなければならない。なんたって、オレの目標はこの世界で一番の警官だ。ライバルはチェックしておく必要がある。人気のND異能班の警官は、雑誌で特集が組まれたり、警察のイメージアップのためという名目で肌を晒したカレンダーなんかが売られていたり、インタビューがテレビ放送されたりする。アイドルと何が違うかわからないな。

 とにかく、だ、今一番人気は、少し離れた街でやってるらしい『アントニオ』という男。イタリア系のガタイのいい清潔感のある短髪の色男、ってまあ……。オレとは全然違うな、とにかくこの痛みきった髪をどうにかしたほうがいいだろうな。おじさんは大丈夫だって言うけど、自信なくなってきたや。あの倫太郎と顔面が入れ替わればなんとかなるかもしれないが。言葉遣いだって『お上品』だ。


 荷物の整理が終わったらしい倫太郎が部屋から顔を出した。


「おまわりさん、お腹減ってますか?」

「まあ、それなりには。お前は?」

「それなりですね。キッチンお借りしてもよろしいですか?」

「ああ、勝手にしろ」


 また視線をニュースに戻す、なんとなくだが、来たばかりのころに比べれば物騒なニュースが多くなった。最近よく流れてるのが、このあたりでも少し被害が出ている連続殺人だ。オレは担当でないのでよく知らないのだが、結構な範囲で被害が出ていて、中央署が問い合わせの電話でパンクしそうだって聞いた。

 被害者は全員若い女性で、手足はバラバラに切り落とされている。腹の中からいくつかの臓器が抜かれ、しかも内臓の抜き取りが可能な範囲ギリギリに切り開かれ、それから完璧に縫い合わされているので、優秀な外科医が犯人なのではという予想、うん、もっともだ。

 医者か医大生か、まあ妥当である。オレもそれ以外は思いつかないかな。とにかく、こういうのはうちに回って来ないだろうし担当にがんばっていただくしかないが。


 ……ふと、スライダーの女の子の顔が思い浮かんだ。死ぬ時の顔は安らかで、やっと解放されてよかったなと声をかけてやった。倫太郎は黙って手を合わせ、女の子の腕から力が抜けるまで見届けてやった。

 まさかね、まさか。スライダーの女の子の死体をいじくった犯人はまだ見つかっていない。手がかりはゼロだし、女の子を問いただすわけにもいかなかった。


「パセリ……」


 パセリ、セージ、ローズマリー、それからタイム。悪魔除けのおまじないか。スレイダーの子は、どこでオレが悪魔だと知ったんだろう。勘か、偶然か?


「セージ、ローズマリー、……」

「おまわりさん、死にますよ、自分で悪魔除けなんてして」

「自分の声で死ぬバカがいるか」


 二人目三人目のスライダーの子が出なけりゃいいが。


「タイム」

「あ」

「あ、じゃ、ねえよ。平気に決まってんだろ」


 キッチンからくすくす笑い声が聞こえる。しばらくして、真剣なトーンの声が帰ってきた。


「……幸せだったでしょうか? あの子は。死ぬ瞬間は幸せだったでしょうか?」

「知らねえよ。自分の家戻ればお化けと会えるんじゃねえの?」

「誰からそんなこと聞いたんですか?」

「ニュース、ニュースで見た。ナントカ教だ。忘れたけど」

「実際はね、土に帰るんですよ。それで、おわり。天にのぼるとか、べつにそんなことないですよ。そんなね、おとぎ話やファンタジーじゃないんですから」


 お前からの言葉で一体どれくらいの人間が絶望するだろうな。真実はつらくて悲しいものだ、いつも。



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