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歪な笑顔

作者: 春波

「なんでにいにいは笑ってくれないのかな」

 と、妹はオレによく質問してくる。話が途切れた時、友達が笑っている時、あるいは何の前触れも無く、妹はオレにそう質問してくる。

 「笑ってくれないのかな」と言われても、ただ単に話が面白くないからとか、そんなふうに答えるしかないわけなのだが。しかし、そう返すと妹は怒り出すのだ。真面目に答えろとかなんとか言って、突然不機嫌になる。妹が拗ねると手がつけられないので、なるべく怒らせないようにはぐらかして答えるようにしているのだが。

 そして今日も、突然唐突に妹はオレに問うた。

「にいにい。なんでにいにいは笑ってくれないのかな」

 オレは鬱陶しく思うが、妹の機嫌を損ねさせたくないので、無理矢理どうにかはぐらかそうとした。

「にいにいはよく笑ってるじゃないか。ほら、輝いてるだろ」

 無理矢理、にっと歪に口の端を吊り上げるようにした意味の無い表情を――こんなもの*うとは言わない――妹に晒す。そんなこと、やりなれていないので、頬がぴくぴくと痙攣するような感じになる。2秒で限界だった。

 肩を竦めて妹から視線を逸らし、読みかけの本にしおりを挟んで机に投げ捨てるように置いた。長くてぐだぐだで、2,3ページ読めば最後の展開がわかり切ってしまうような、特別に極上にくだらない、どーでもいいですねみたいな話。そんなもんを丁重に扱えと言う方がどうかしている。本はバウンドするようにしてから、床に落ちた。

 妹はそれを拾い上げ、机の上に置いた。

「駄目だよにいにい。お父さんの本をぶん投げるのも、わたしの質問にちゃんと答えてくれないのも」

「はいはいそーだね。悪いけどにいにいは勉強するため部屋に引きこもりますんで、邪魔しないこと。よろしく。あーちゃんの質問にはいずれ答えるよ、気長に待っててくれれば嬉しいんだけどね」

 あーちゃんとは、妹のあだ名だ。妹の友達が呼んでいるのを真似して言ってみた。すると妹は嫌そうに首を振るのだった。拒絶を示すかのように。

 そして、言った。

「にいにいには――そう呼ばれたくない」

 胸くそ悪いから……とでも付け足しそうな声で、表情で、妹は続ける。

「やめてね、あーちゃんって呼ぶの。わたしのことをあーちゃんって馴れ馴れしく呼ぶんだったら、ちゃんと笑ってよ。にいにい。いっつも無表情で、いっつも適当に人に合わせて……面白いことがないとか言って。面白いことがないから笑えないなんて、言い訳するんだったら、わたしのことあーちゃんなんて呼ばないで。本当に、やめて」

 妹ははっきりと拒絶した。

 まあ、笑わない限り妹をあーちゃんと呼べなくても、特に不自由はないのでいいのだが。妹も進んでオレにそう呼ばれたいとは思っていないだろうから。肩を竦める程度で流せる話だ。

 オレは肩を竦めてから、ふうんと鼻を鳴らし、ひらひらと手を振りながら部屋に戻ろうとした。が、狭い廊下を妹が行く手を妨げるように立ちはだかって、どうにもこうにも動けない。進路方向が真っ直ぐなわけで、後ろに下がる義理はこれっぽちも無い。

 どうやって妹を退かそうか思考していると、妹が口を開いた。

「部屋に戻るんなら、どうやったらきちんと笑えるのかちゃんと考えてきて」

「………。……はあ?」

 多分この時、オレの顔はとても変な感じに歪んでいただろう。

 オレはしばし妹を見つめ、ガジガジと頭をかいてから、腕を組んで疲れたように息を吐き出して、妹に言った。

「あのさ。オレがそんなこと考えると思う?真剣に。そんなことしたら天変地異の前触れだぞ。つぅか、なんでお前さあ、笑うっていうのにこだわるの?はっきり言ってお前みたいな奴の気が知れねぇんだけど。なんで自分の利益にもならないこと考えなきゃいけないんだ?」

 きつめに、そう妹に問うた。

 妹は少し俯くようにして、唇を微かに動かした。何も聞こえるわけがなく、オレは数歩、妹に近付いて、妹の顔を覗き込むようにした。妹は少したじろぐようにしてから、呟くように小さくぽつりと言う。

「……。……にいにいが笑ってくれないと……わたしも笑えないから」

 そう喉の奥から絞り出すように言うと、オレを押し退けてどこかへ逃げてしまった。逃げた。そう表現する他ない。

 それにしても――「にいにいが笑ってくれないと自分も笑えない」か。そんなことを言うのはさぞ恥ずかしかったのだろうななどと適当に考えながら、オレは自分の部屋へと戻る。鍵をかけて、誰も出入りが出来ないようにした(入って来ようとする奴は、いないと言ったらいないのだが)。

 妹に宣言したとおり勉強でもしようかと、教科書や問題集に手を伸ばすが、やる気は起きなかった。

 畜生が、と毒づいて椅子に体重をかけるようにしてから腕を組んだ。したくはないが、妹の命令どおり「どうやったらちゃんと笑えるかきちんと考える」という作業をしなければならないようだった。10秒ぐらい黙って何も考えないでいたが、ふと無理に勉強をすることによって笑うなんぞというくだらないことを考えろと言われたことを、すっかり頭から追い出そうかと考えたが、もっとよくよく考えて、勉強とか何か考えるとかそんなのをすること自体を放棄しようという決断をくだすことにした。

 ベッドからタオルケットと枕を引きずりおろし、枕は机の上に、タオルケットは身体に巻きつけて春巻状態になった。芋虫の如くもぞもぞと動いてしばらく遊んでいたがすぐに飽き、机の上に置いていた枕に頭をのっけて寝ることにした。きっと、他人から見れば非常に滑稽な格好をしているのだろうが、見てくれる人は誰もいないので気にしない。

 ゆっくりと瞼を閉じると、気付いた時にはすでに夢の中にいた。


 …………。

「……ぉう」

 夢の中でそんな風な声を上げていたので、眠気覚ましに言ってみた。

 現実逃避の睡眠を始めてから2時間ほど時間が経っており、多少お昼より少し過ぎている感じがしたので、昼飯を食べるために起きる事にした。いや、散歩でもいいな、散歩。今日は晴れているしきっと気持ちがいいはずだ。

 思ってもいないことを考えながら、とにかくリビングにでも行って菓子でも摘んでおこうと首を回す。寝違えたらしく、痛かった。

 タオルケットと枕をベッドに戻して、部屋から出た。そりゃもう、亀並みにゆっくり。否、それじゃあ亀に失礼か。オレが遅いのは怠けてるからで、亀は怠けているわけではないはずだから。適当な動物園にでも行って適当な亀に土下座しながら謝ってこようか。

 よくわからないことを長々と思考していると、いつの間にかリビングに居た。丁度菓子パンが置いてあったので、それを一個食べたら散歩にでも行こうかと袋を開ける。が、その行為はソファーで眠っている妹の姿をとらえたことによって、一時中断。その袋を机に置いて妹の方に歩み寄り、しばらく寝顔を堪能させていただいた後、軽くやさしく鼻先を突いてやった。妹は少し顔を動かしただけで、それ以上の反応は無く、非常につまらなかった。

 それでは宣言どおり菓子パン食ってさくさく散歩にでも行きますかと、妹に背を向ける。

「――にいにい……、………」

「はい何か……って」

 寝言だろうがそれくらいわかってろオレ。

 それはオレのことを呼んだというより、オレが信じられないようなことをしたような、驚いたような、妹の寝言。

 立ち止まって観察していると、妹の唇が少しだけ歪んだような気がした。微笑むように。なんだ、オレが夢の中で笑えるようなことをやっているのだろうか。「コマネチ!」なんてやらかしてやらかしていないだろうか。無性に心配になってきたぞ。

「……て、――にいにい」

 何度も確認するが、これは寝言で、オレを呼んでいるわけじゃない。だからまあ、現実世界のオレがこの場を去ろうが、夢の中の妹には関係ないのだろう。しかし、こう何度も名前を呼ばれていると「傍にいなきゃなー」なんて思ってしまうわけだ。というわけで、オレはシスコンじゃないシスコンじゃない、決してシスコンではないぞ。

 静かに妹の隣りに腰をおろす。

 小さな妹の身体は、足を伸ばしても頭2つ分余ってしまうくらいで。足を折りたたむようにして眠っているから、オレが座れるくらいのスペースなんて、目茶苦茶あるわけだ。

 妹はまた呟く。

「もっと……て――、にいにい」

 聞き取れない。

 いや――聞き取れてはいるのだが、その単語が嫌いだからというか、とにかく脳味噌が聞こえないということにしている。妹のことをあーちゃんと呼んで妹がそれを拒絶した時のような感じ。その言葉はオレが最も拒絶するもの。

 だがこう、やんわりとした表情でそうお願いされるのは――悪くはない。不覚にもそう思った。

 妹のこの表情から見て、夢の中のオレは妹の望んだとおりに*っているのだろう。夢の中だけではこいつは満足しそうにないけれど、一時のでも、少しくらいは幸せと感じているのだったならば――特に何の感情も持たないか。よくわからないけれど。

 しばらくして気が付いたら、ただただ寝息しか聞こえなくなっていた。

 さて、そろそろ寝顔を見るもの飽きてきた。散歩をしてこよう。ソファーを揺らさないようにゆっくりと腰を上げ、もう一度妹の顔を見つめてから頭をくしゃりとひと撫で。そうすると、とてつもなく嫌そうな顔をする可愛い妹だった。


「ん……」

 妹はぱちりと目を開ける。

「おはよう」

「ひぁっ!……に、にいにい……」

 顔を覗き込んでいたら、かなり引かれた。

 あれから妹は、オレが散歩から帰って来ても眠っていた。何があってそんなに眠れたのだかは謎だが、とにかく眠っていた。そして今やっとこさ起きだしたのだが、最悪なお目覚めになったらしい。俺の方を見て思いっきり眉を顰めるのだった。そりゃあそうだと言われたら、返す言葉が無いのだけれど。

 妹はきょろきょろと視線を泳がせ、それからガシガシと頭をかいた。何か思い出そうとするようにぼぉっと天井を見上げ、諦めたようにため息をついた後一瞬だけオレの方を見、唇を尖らせ視線を逸らした。

「……なんだよ。オレの顔を見て変な顔するな。そこまでオレの無表情はヤバイのか?それとも夢の中でオレが変なことをやっていたのを思い出して恥ずかしくなってしまうのか?ん?」

「にいにいがわたしの夢の中で変なことやってたら、うなされてるよ……ここまで寝ない」

「あ、そう……」

 オレが一般的に変なことと言われる事をすると、夢の中であろうと嫌らしかった。そんなにうなされるくらいなら1回、この現実世界で実際に妹の前で適当なコントの一発ネタでもやって見せようか。うん、考えただけで妹が可哀相だ。やめておこう。やりたくもないし。その代わりと言ってはなんだが、

「なあ。どんな夢見てたんだ?にいにいとかにいにいとか。寝言言ってたぞ、お前」

 そう言った。途端に、妹は信じられないと言わんばかりに目を見開き、こっちを見てきた。

「……う、嘘だ……嘘でしょ?にいにい……」

「いや、オレこういうことに関しては嘘吐かねーんでな。ずーっとにいにいって言ってたから、嫌がらせがてら隣に5分くらい座ってたんだけど。気付かなかったか、やっぱり。気持ち良さそうに寝てたもんな」

 鼻を突いたことと頭を撫でたことは言わないでおいた。なんとなく気まぐれで。

 妹は更に頭をガジガジとぐしゃぐしゃに引っかき回すようにして、突然オレの方を見て頬を真紅に染め上げた。そして何やら唇を動かしてからまたも顔を隠すように、長い黒髪をかき回す。

 何をやっているのだか。オレは、妹のおでこをげんこつで軽く殴って落ち着かせてやった。

「落ち着いたところでもう一度聞かせていただくがな、一体お前はどんな夢を見ていたんだ?にいにい、にいにいって連呼して」

 オレはしつこいくらいに、聞く。少しくらい、わかっているのに。無理に追求しなくても、わかっているのに。

 想像だけど。

「らしくねぇ……」心のどこかでそう呟きながら、オレは妹の返答を待った。この返答に関してなら、何時間でも待ってやれると思えた。

「………。……にいにい、が――」

「オレが?」

「……わたしに、わたしだけに………」

「お前だけに?」

「…………笑いかけてくれたの!……っ、にいにいのバカ!寝言聞いてたんなら、わかってたんでしょう?いじわるにいにい!」

 いじわるばあさんかよ。

 どうでもいいオレの突っ込みは無視していただくことにして――妹はむ、と頬を膨らませてそっぽを向いた。その頬はほのかに赤く、普段オレの前であの質問の時に見せる表情以外はあまり見たことが無かったので、何となくだが新鮮だ。

 ……まあ、これが普通のありきたりな――そう言ったら失礼だろうが――お話ならば、オレはこの後妹にはにかみながら、恥ずかしい台詞のひとつやふたつ吐き捨てて慌てて部屋に戻って行くのだろう。しかし、オレはそんな気の変わりが早いお話の主人公や、ある時急に正義の味方に成り代わってしまうような悪役ではない。主人公は初期の頼りないまま、悪役は正義を挫く悪役のまま。そんな感じだ。捻くれているなんて言われても、そんなもん否定するほどのことじゃない。

 だらだらだらだら、捻くれたまま――オレは自分の物語を終わらせるだろう。そんなことは、実に簡単だ。

 ――ああ、そうだ簡単なんだ。

 じゃあそれにさっさとピリオドを打ってしまおうか。

 くだらない、妹との*うことについての、実に長かったお話に。

 書き上げるまでに、実に14年間もかかってしまった、くだらない上に下手で面白くも無い、このお話に。

 無駄に拒み続けたことにピリオドを。

 思えばただ疲れただけなのだった。

「…………」

「………なあ」

 面倒くさそうな呟きのようなものが、オレの口から吐き出される。

「……?何?」

「全部が嘘でも、全部が偽りでも、お前は受け入れる?」

 それでもいいなら――

 と、ちょっと格好つけて。

「それでもいいなら――笑ってやるけど」

 もしこれで許してくれるのなら、今からでもオレは妹をあーちゃんと呼ばせていただこうなどと考えていた。

 あーあ。結局はどれとも同じオチ。つまんねぇな――妹はなんと返してくるのか。楽しみだ。わくわくしてきた。早く答えてくれよ。

「――、………」

 妹は戸惑うようにし、ふと微笑みながら――オレがお目にかかった色々な微笑より何倍も美しいと感じてしまうくらいの微笑で――言った。

 ゆっくりと唇が動く……否、動き始めた。もどかしい。物語の終盤は無駄に長いような気がして嫌いだ、早く言え。スローモーションのようだ。やめろ。なんで勝手に映像の動きを遅らせるんだ、オレの脳味噌めが。終わるのならば、終わればいいのに。

 妹は言った。

「それなら笑わない方がマシだと思うよ、にいにい」

「――クク、ありがとう。お前には感謝するぜ」

 思わず嫌らしく笑っていた。


「わたしは、にいにいが心からやさしく笑ってくれるようになるまでずっと聞き続けるよ」

 そう言って、妹はオレに問う。前とは少し違うけれど。

「なんでにいにいは笑えないのかな?」

 それにオレは肩を竦める。

「何言ってるんだ、にいにいは心を込めて笑っているぞ?」

 永遠に続く、オレと妹の楽しくつまらないお話。きっと最後は――      。

 想像できるだろ?簡単だ。


 今のオレの、3つの願い事をお聞かせしよう。

 妹に納得のいく答えを。オレに納得のいく理由を。永遠にピリオドを。




無理があったですが書き上げたので温かい目で見ておいてください。

意味わかんねぇといわれましたら、私自身も意味わかんねぇと返すばかりです。

このお話に意味は――きっとないのでしょうね。ごめんなさい。

最後の方はお見苦しかったでしょう。すみません。

でも、もう終わりです。目茶苦茶でぐちゃぐちゃで意味がわからなかったお話は、

もう終わります。ここまで読んでくださってありがとうございます。

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