地に堕ちた鳥
ニワトリがまだ大空を飛べたころのお話。
神が鳥を創造したころの話。
ニワトリは自分を憎んでいた。
けたたましい声、真っ赤な鶏冠、その鶏冠との対比で嫌なほど映える白い翼。いくら周りが励まそうとも、ニワトリの自己嫌悪は揺るがなかった。愛らしい黄色い雛だった頃を思い出しては、涙を零す。
そんな日々を情けなく思いながらも、自己陶酔に陥らない自分にどこか誇りを感じていた。
鳥というのは自慢げに派手な羽を広げたり、鳴き散らす輩が多いからだ。
ニワトリは、率直に言うと、自分はあいつらとは違う、という劣等感と、優越感という相反する感情を同時に抱いていた。こんな複雑な感情を持つ鳥がどこにいようか。鳥にしては、とてつもなく気難しい性格なのである。そんなニワトリには、当然友人もおらず、彼女もいなかった。孤独に耐え続ける日々でもあったのだ。
ある日のことである。ニワトリが、大空を羽ばたいていると、鳥の大群に遭遇し、肩がその内の一羽とぶつかってしまう。
痛い。咄嗟にそう口にすると、つややかに青く輝く羽を持つ鳥が、すまなさそうな顔をして軽く一礼した。目は黒々として光をよく通し、琥珀色に反射する。くちばしは小さく柔らかなクリーム色である。
まるで作り物のようだ。こんな美しい鳥がこの世にいたのか。しりごみしそうになりながらも、直感的に早く群れにお帰りなさいと命令していた。
すると、澄んだ美しい声で意外な答えが返ってきた。
「もとから、僕は仲間はずれなのだよ。」
話を聞くと、彼は美しすぎるが故、嫉妬され、周囲に溶け込めない様だった。よくある話である。少し反感を持って耳を傾けていると、彼は美しさを鼻にかける訳でなく、ただただそれがコンプレックスである様子で、ニワトリはつい目を大きく見開いてしまった。
彼とはほどなくして友人と呼べる仲となった。容姿に対するコンプレックスを抱えているという点でどこか共鳴する部分があったのだろう。かといってお互いそれに触れることもなく、むしろ極力避けるようにして二羽の時間を過ごしていた。傷の舐め合いといったような、かえって自分たちが惨めになることは、避けるべきであるのかもしれない。
交友関係は良好で、ニワトリは孤独を感じることも無くなり、彼の性格の良さで、自分の容姿を、彼と比べて卑屈になったりせずにすみ、一方彼は、ニワトリが自分の姿にどうこう言うそぶりも見せず貴重な友を得たと喜んだ。
ともかく、二羽は種は違えど心を通わせたのである。
しかし、それには終わりが来る。
きっかけは、美しい彼が茶色い地味な鳥とつがいになっている姿を目撃した時だ。その瞬間、ニワトリに、もやもやした不透明な感情が渦巻いた。羨ましいとか、嫉妬とか、簡潔な言葉では言い表せない混ざり切った感情。
それ以降、彼とはなんとなくよそよそしい雰囲気になってしまった。ニワトリは、自分を責めた。彼は悪くない。悪くないのに、何故……。
ああ、なぜ神はなぜ私たちを平等にお創りにならなかったのだろう。平等だったら、こんなに悩まされることもなかったのに。そんなどうしようもない考えが頭を駆け巡った。
極めつけは、彼のつがいの雌が卵を産んだという話を聞いた時だ。
彼がくちばしをゆるませて嬉しそうに報告してくるので、ニワトリの憎しみの念はより一層増した。
ニワトリは、どこかの、姿は醜いが心は美しい鳥ではない。彼は思い付く……常軌を逸した、狂気の沙汰の、計画を。
薄暗い朝方である。
丁度、彼は出掛けている頃である。
彼の巣にたどりつくと、彼の妻が卵を温めていた。主人はいません、という彼女を強引に押しのけて、
ニワトリは、彼の巣から、落とした。---------------卵を。
その瞬間、彼の全身に快感がはしった。恍惚と、言えるかもしれない。増長した負の感情を発散した、後先なぞ考えない感情である。
ニワトリも、彼に出会わなければここまで恐ろしい鳥にはならなかっただろう。
自分の優越感が通用しない優れた彼に出会わなければ……
地に落ちて、殻が砕け、中身が零れ落ちた卵とはもう言えないそれを見た彼女は、声にもならない悲鳴を上げて、その場で気絶してしまった。
そんな彼女を嘲笑い、空へ飛び立とうとしたその時。
ニワトリは、地に堕ちた。
全身を強打し、何回もごろごろと坂道を転げ落ちる。自然と止まったところで、もう一度はばたこうとするが、体は一ミリも浮かばない。
そして、
地平線から、太陽が頭を出したとき、ニワトリは、大声でコケコッコーと反射的に叫んだ。
ニワトリは動揺する。なんなんだ、これは……?!
まばゆい光が空を覆う。
それは、お前への裁きだ。罪を二度と繰り返さないために、空は飛べないように。罪を忘れないために、罪の時刻に鳴くように。罪の重さを身をもって感じるために、お前の卵はヒトに食べられるように。罪を償うために、肉体は食されるように。
天から響く声が聞こえる。
神様!!あなたが鳥を平等にお創りにならないから!!あなたの無慈悲に世界中が苦しんでいるんです!!
ニワトリは、残り少ない力を振り絞って糾弾した。
平等でない意味は、各々が考えるべきことだ……
降り注がれた光が弱まっていく。
ニワトリは、嗚呼、とだけ呟いて息絶えた。
これは、神が鳥を創造したころの、悲しい話である……
拙い作品を読んで下さりありがとうございました。