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守護者  作者:
メッセンジャー
6/88

ランダース

手紙を読み終えたエリザベス・フィリップスは溜息をついてステイトリーホームの窓の外に広がる庭園を見る。


(来るべき時が来たのね)


現イギリス国王の「再復興主義」で建てられたこのステイトリーホームはエリザベスが生まれた年に

完成した、ここに来てから二階にある書庫のテラスから見下ろせるこの景色が好きだったが、

この5ヶ月間は彼女がこの部屋から1マイルも動く事は叶わなかった。


好きな乗馬も出来ず、親友でもあるエイミーとシェリー、ローラ達が持ち寄ってくる社交界での情報をここで待つか、自分の寝室にいるかのどちらかだった。

王宮の中とは言え彼女は「籠の鳥」だった、その理由は半年前に起こった襲撃事件まで遡る。


半年前エリザベス達はハイスクール卒業後に宿泊先のホテルで生まれて初めて人に狙われる経験をしていた。

偶々エリザベスの好みで通路の反対側の部屋に変えていた事で難を逃れたが、気の毒な事に通路で警護していた警官が4名射殺されていた。


乗り捨てられていた盗難車の台数から見てそれはエリザベスを殺すと言うより誘拐を目的にしていた事が警察の調べで分かった。

イギリス政府はこの事件を重く見てエリザベスをイギリス王室の別邸であるステートリー・ハウスに避難させ、国王陛下の声掛かりで近衛連隊の海兵隊が護衛につくことになった。


エリザベスはイギリスが統治しているニューエセックス星系の星系議長であるメアリー・フィリップスを母に持つ、イギリス王室と血の繋がりがあるとは言えそれは3世紀も昔の話でその時点で王位継承権を放棄していた。


エリザベスは何故自分達が狙われる事になったのか判らなかったが、母から託された事を成して行く内に世界情勢を知り、この事件によってエリザベスは自分の役目を良く思わない国家の存在とその手法を知った。

この日以来エリザベスはこの建物から出る事が出来なかった。


エイミーとシェリーがお茶セットを持って来た事で彼女の思考は過去から現在に戻った。


「ローラは5時には戻れるみたいよ」


「彼女が戻ったらまた打ち合わせね、ピール夫人と何を話したのか知らないと

 今日は陛下がいらっしゃる日だから着る服のチェックもしなきゃね」


手紙を封に戻してデスクに置くエリザベスを見たシェリーが聞く。


「メアリー小母さんは何て書いてたの?」


この手紙は昨日来たシェリーの父であるハーベイ議員が持ってきたものだったので

シェリーはその手紙が誰から来たものか知っていた。


「危険な情勢になりつつあるから帰ってきなさいですって」


「当然と言えば当然よね、先週あんな事があった位だし」


先週、国王陛下の在位26周年を祝ったパーティの帰りで彼女達は激しい銃撃戦に遭ったばかりだった。

英国情報部は武器商人の動きを監視していた事で今夜辺り襲撃があるだろうと準備していた事で撃退できたが、この件でエリザベスを狙う勢力はまだ諦めていない事を示唆していた。


「私達の帰国の護衛は海兵隊の人達ではなくてハイガード軍みたいだわ」


「ええっ! それって・・・」


「ハイガードって昔イギリスと戦争してた軍隊でしょ?

 そんな所に私達の護衛を頼むってどうなってるの?」


エイミーは元海軍の父を持つだけにこの話には敏感だ。

イギリスにとってハイガードは前大戦より冷戦状態が続いており、未だに仮想敵国である。


「そうね、でも母さんが決めた位だから何か理由があるはずよ、

 今晩陛下がいらっしゃるのもその事かもしれないわ」


エリザベスは母からの手紙と国王陛下の来訪は関係があるとみていた。


「迎えに来る人はランダース大尉って人ね、マイスターらしいわ」


「マイスター?」


「マイスターと言う言葉は職人って意味らしいけど、ハイガードでも数人しかいない存在らしいの」


「エリートって事?」


シェリーの言葉にエリザベスはちょっと首を捻ったが答える。


「母さんの書き方からするとちょっと違うみたい、私達にとってこれから

 大事な人になるかもしれないですって」


「そんなにいい男なのかしら?」


エリザベスは苦笑しながらも返した。


「そうだといいわね」


エリザベスにとってランダースと言う名前は特別な響きになる、何故ならこの名前程異なる評価の名前は無く、エリザベスがこの部屋で歴史に傾倒するきっかけとなった。


エリザベスが初めてランダースの名を聞いたのは大好きな大叔父の口からだった。

大叔父はフィリップス家を訪れる度に山ほどの御菓子と大きな熊の人形を買ってきてくれる、母と三人のお茶の場で出た戦争の時の思い出話の中にランダースの名前があった。


母も会った事があると言う、母は講和のきっかけとなったこの人物の事を「誠実な人だった」と言っていたが、トーマス大叔父はこの人物と直接戦った事があるらしく多くは語らなかったが「敵として会いたくなかった」と言った時の大叔父の表情が幼かった彼女の記憶に残った。


歴史の授業で再びランダースの名を聞いた時はセチやフランドルの星系独立に関与した人物となっており、最近聞いたものの多くはピール首相を始めとして大戦を経験した人達の間ではいい顔をされず確答される事は少なかったが人によっては「悪魔のような男」と言う人が何人かいた。


その理由は今いる書庫で見つける事が出来た、王宮の書庫にある本は現国王陛下の海軍時代に集められた本が主にあるらしく海戦史や歴史書が主に所蔵されていた、ローマ時代から現代にわたり各時代ごとに分けられた書棚はイギリスの歴史というよりは人類史をテーマにした観があった。


エリザベスがこの書庫で最初に手にしたものは前大戦の戦史書である「星系大戦史」だった、その中のフランドル戦の項目でランダース中佐の名前を見つけた。大戦中期にあたるこの戦いでランダース中佐は巡洋艦を駆って通商破壊に従事しており、戦略物資を積んだ貨物船を拿捕した時に船長にこう言ったらしい。


「ハイガードにこの船を破壊されるのと物資を売るのと、どちらがいい?」


拿捕された船長がその要求を拒否した場合、乗組員を脱出艇に詰め込んで放り出して貨物もろとも砲撃で船を破壊するが、要求を受け入れた場合はその場では貨物だけ船外投棄させて乗組員には手数料と称して現金を渡して契約リストを残して立ち去って行く、そしてその契約リストは船主に渡る事になる。


エリザベスはこの記載を見つけた時吹き出してしまった、母とランダース中佐の出会いもこの拿捕時だったが、この時は母から身代金を払うから貨物共々解放してくれと言ったのに対し、その数年後では押し入った強盗が武器を片手に契約をせまるような姿のランダース中佐に滑稽さを感じたからだ。


(母さんとの事をヒントにしたのかしら?)


貨物船の乗組員にとって船を失う事は職を失う事に繋がり易いので殆どの者がその場限りの口約束だけでも応じるだろう、問題は船主である。


エリザベスの母はプリマス・ベースと言うニューエセックス星系の玄関口でもある宇宙港の所有者でもある、船主に倉庫を貸す事で収入を得ている関係上、エリザベスは船主と乗組員、荷主、荷受人の四者の関係を知っている。


船主の多くは輸送料だけで成り立っている、輸送料金と積荷の代金ではその金額は二桁以上の開きがある、月々200万ポンド程度の稼ぎのところへ、荷主や荷受人である国家群には「ハイガードに物資を奪われた」と言うだけで一回の輸送で数千万ポンド以上の稼ぎになるこの誘惑に断ち切れる人間は何割いるだろうか?


エリザベスはまた「銀河大戦概論」でこんな記述を見つけた、「フランドル星系は各種の燃料物資を産出する事で国連管轄で数十カ国の開発の手が入った、各国が資源開発に奔走した結果が食料自給率2%と住民の国家帰属意識の希薄さだった故に、ハイガードに段階を踏んだ経済封鎖と兵糧攻めで弱点を突かれることになった、その結果がフランドルの独立に引き起こし、大戦の主導権は国連軍からハイガードへと移った」


戦後の海軍白書で書かれた「フランドルにおける経済戦」と言う論文の終わりには「ランダース中佐の作り上げた経済情勢は、燃料物資の売り惜しみによる価格高騰とフランドル星系への燃料物資の集中を産み出した、異常な燃料相場高騰のあとに行われたフランドル海戦でこの星系の制海権は失われ、ハイガードの完全封鎖で飢餓状態に陥ったフランドルは独立した、この影響で国連軍は艦艇の稼働率が30%を切る形になり可動戦力が逆転した」と締めくくられていた。


(ランダース中佐は最初から独立を狙ってたのね)


文書における記録だけでエリザベスの推測は確定出来ないが、文書の記録だけではランダース中佐が「悪魔のような男」の表現は出てこないだろう。

ランダース中佐はあの一言を発するだけで通商破壊と燃料相場の高騰、そして独立への協力者を作り出すと言う軍事目標を実現させた結果が「悪魔のような男」だとしたら・・・。


エリザベスは思う、国家への忠誠心を代償にして利益をチラつかせるこの戦い方は確かに「悪魔の契約書」を撒き散らす様なものかもしれない、しかしハイガードに制海権を握られた事で国家の義務である「安全保障」が無くなったら「忠誠」と言う国民の義務は守られる筈が無い。

本を読んでいくうちにエリザベスは気がついた。


(陛下もランダース中佐と言う方向性で本や資料を集めていたんだわ)


大戦時の書庫にはどの本にもランダース中佐の関連した事柄が書かれていた、真実に至るまで多くの書物を読まねば得られない事もあれば、自らの経験で照らし合わせてこそ真実を知る事が出来ることをエリザベスはこの書庫で知った。


「悪魔のような男」と言う言葉はランダース中佐が軍人であるが故に多くのイギリス人の命を奪った事と、国連側の勢力圏であるセチやフランドル等を独立で星系ごとひっくり返した事による評価かもしれない。


だが彼女は知っている、独立とは政治と経済で下地が出来上がってしまった以上、誰の引き金でも起こり得る歴史の必然だと、その結論はこの書庫にある歴史書を読んでいく内に強くなっていく。

「独立」、それは彼女の故郷であるニューエセックスがその危機に瀕している事でも証明されつつある。


誠実と狡猾を併せ持ったランダース中佐はニューエセックス星系のハーデル小惑星帯で戦死した、ランダース大尉とはあのランダース中佐の息子になるのだろうか、遠からず会う事になるであろうランダース大尉とはどんな特徴を持っているのだろう。

エリザベスはまだ見ぬ人物の名前に想いを馳せる。



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