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守護者  作者:
メッセンジャー
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306号室



「ランダース中尉を連れて参りました」


フォレスト少佐と一緒に306号室に入ったリックは思わずのけぞった、なんとそこにはいつもの伝達士官ではなくレスター司令と憲兵隊長のムーア大佐がいたからだ。

ムーア大佐は軍事法廷で顔を見知っている、彼もマイスター所持者である。


リックは戦慄した、5人しかいないと言われるマイスターがこの部屋に4人もいるのだ、マイスターを持つ者は特例として不正な上官告発の為に軍法会議の動議資格を持っている。

これがハイガードの中でマイスター所持者が一目置かれると同時に恐れられる理由の一つだ。

軍法会議は一人の将官と2人の佐官がいれば成立する、軍法会議の処分は終わっている筈なのに何が始まるのか。


「来たな、この悪ガキめ」


笑いながら声をかけてきたのは憲兵隊長のムーア大佐だった。


「二週間の休暇は楽しめましたか?」


レスター司令はリックが二週間をどう過ごしていたか知らないはずがないのだが揶揄しながらも問いかけるレスター司令の眼は笑っていない、 フォレスト少佐はいつも通りの「氷の仮面」に戻っている。


「イエスサー、反省しております」


直立不動のリックの前にムーア大佐は立つ。


「今回の処置に関して憲兵部でも激しく議論された、成文化された規律を取るか、

 不文律の伝統を守るかだ」


ムーア大佐は二週間前に軍事法廷で言った事を再度口にした。


「我が軍が他の軍と決定的に違うのは軍隊である前に守護者であり審判者であることだ、

 軍事活動は手段に過ぎない。

キム大尉の不純な動機に対しては伝統である守護者としての精神が優先される」


ハイガードは星間紛争の実力行使で有名だが調停者の立場が多い故の決まり文句である、他の軍制度なら先任士官への暴行は上官反抗罪で銃殺刑にされてもおかしくない大罪だ。

しかし現場は酒場であり、この宣言こそがキム大尉の軍人生命にとどめを刺したと言えるのでリックもよく覚えている。


彼の乗艦にキム大尉と言うリックより先任の大尉がいた、甲板長である彼は日頃から女性に対するイビリを好む男だったが、先月リックの小隊がフューゲル号奪還作戦で戦功を上げてから、キム大尉のフィンケ伍長への挑発はエスカレートしていた。


そしてその危険は酒場で爆発したのだった、酒場までつけまわしてきたキム大尉に堪忍袋の尾が切れたフィンケ伍長が襲いかかったのだが、彼女の拳がキム大尉に届く前にリックが殴り倒したのだった。

顎を割られたキム大尉は待ってましたとばかりに先任仕官である自分への上官反抗罪を盾にリックの銃殺刑を憲兵部へ言い立ててきた。


「酒場では上官反抗罪に該当する要因を満たさない」との理由で憲兵隊は通常の喧嘩扱いでキム大尉の欲望を受理した。

当初、憲兵隊では双方略式の営倉入り10日で済まそうとしたがこの件を知った憲兵隊長ムーア大佐の指示で軍法会議となった。

結果は乱闘罪の適用で双方降格処分、追加としてリックは重営倉入り二週間の判決だった。



ムーア大佐はリックの眼を凝視しながら続ける。


「キム大尉は職権乱用し、貴官はマイスターである事を本来の目的以外で使おうとした」


法廷で出なかった言葉にリックはギクッとした。

同階級ではマイスターの判断が優先される不文律を判例等でリックは知っていた、4年後の昇級が確定しているリックは乱闘罪で事を荒立ててキム大尉を破滅に追い込む意図で殴ったのだから。

伍長が殴るのとマイスターである同階級のリックが殴るのでは適用法律が違う、伍長では銃殺の可能性が高い。

計算外は一発でキム大尉が気絶してしまった事だった、乱闘罪にするには立ち向かってもらわねばならなかったが、判決で乱闘罪が適用された事で結果オーライと思っていたリックだった。


「部下を守った守護者として軍規より伝統が優先される事になった、

 しかし貴官は先任士官は上官扱いにはならないと言う判例を作った事になる。

今後この判例が我が軍にどういう影響を及ぼすか、貴官はその後始末を

していかねばならない」


昔ムーア大佐は色男として名を馳せ、大佐自身も過去に二度軍法会議を受けたと言う、憲兵入りしたにも関わらず軍法会議の決定をミスとして認め、自らを罰すると言う事例を作り上げた硬骨漢だ。マイスターとしては昇進が遅れた人物なのでその言葉は重い。


「マイスターである貴官が本件を起こした事で同じことが発生したら、

その者は銃殺刑となる可能性が高い」


リックは冷や汗を感じながら聞き入っている。そのとおりだ、今後同階級で起こる確執でマイスターの手でどう悪用されるかわかったものではないからだ。

マイスターと言えどその強権は管理されねばならない、抑止効果として次の違反者は死ぬ可能性が高い、いや死なねばならないかもしれない。


「と言う訳でこの者をお渡しします、これだけ脅せばもうやらんでしょう」


カラカラと笑いながら座るムーア大佐、憲兵隊長の宣言でリックは囚人の扱いから中尉になったのである。


「有難う大佐、今回の事件は瑣末な事件に見えますが、我がハイガード軍の

根幹を問う形になりました。

フィンケ伍長を止めただけでは再度同じ事が起こると判断した貴方は貴方なりに

事の決着を図ろうとした事は問いません、事件の本質を噛み締めて同じ事が

起こらない様に予防策を張りなさい」


「イエス・サー!」


今回の件は明らかに自分への戒めとしてなされた決定である事を思い知らされた、ならばそれに応える決意として気合を入れた返答をするリックだった。


「でも、キム大尉の行為を取り締まる規定も作らないといけませんね」


「最終草稿を準備中です」とムーア大佐


リックは心からほっとした、リック自身も経験があるだけに軍隊の出世コースを外れた人間の悪さには万国共通で全士官の悩みの種だからだ。

リックに向き直ったレスター司令は諭すように


「これからはこのような法の無いトラブルは悪化させる前に私のところに来なさい、

それがマイスターの努めですよ」


レスター司令は独身だがハイガード全軍から「マザー」の愛称で讃えられる笑顔を見せた。


「イエス・サー」


階級を威厳と勘違いして振り回す人間が多い中でレスター司令は女性と言えど修羅場を踏んできた者特有のオーラがある。


「暗い話はこれで終わるとして、新たに紹介するわ」


ムーア大佐に眼を向けたレスター司令は


「今度新設される第16艦隊にムーア大佐が准将として率いる事になります、

ランダース中尉はその所属になるわ」


憲兵隊の長がフラッグオフィサー(艦隊司令官)になるのは能力重視のハイガードならではの事だろう。

あっけにとられたリックを見て楽しむかのようにレスター司令は含む様に言う。


「ロイは中尉をおねだりしてきたのよ」


「マイヤーには悪いが小隊ごと貰うことにしたよ、俺の艦隊にはお前みたいな

糞ったれが欲しいからな」


打って変わったムーアの聞きなれた慣用句の発音にムーア大佐が装甲兵あがりを示していた。


「宜しくな、坊や」


手を差し伸べてきたムーア准将にリックは力強く握り返した。同じカンプグルッペ上がりの提督に求められるのは軍人として能力を買われた栄誉だ。


「光栄であります!」


その光景にフォレスト少佐は含みのある笑顔で見つめていた。



フォレスト少佐とリックの去った306号室では話が続いている。


「しかし、本当にそっくりですな。」


「でしょう?私も初めて見た時驚いたもの」


「ランダース中佐の隠し子が入ってきたとは聞いていましたが、

声も顔も瓜二つですな、法廷で見た時は腰が抜けそうでしたよ」


「忘れ形見と言いなさいな、彼は死ぬまで自分に子供が出来たとは知らなかったのよ」


 苦笑する司令はたしなめる。


「悪知恵の働く所も似ている」


「運命だけは似て欲しくないわ」


故人となったランダース中佐を思い起こす二人に間が空いたところで、ムーアは話題を変えた


「しかし、中尉を引っ張った事でメッケルの親父がうるさそうですが」


「彼は私と同じでもう年よ、いつ引退してもおかしくはないわ、

それにランダース中佐をよく知っている将官クラスは彼以外あなたしかいないわ」


ムーアはランダース中尉の引き取り先の事を言っていた、メッケル中将は今第二軍管区の指揮官でムーアとは所属が別になる。ため息をつきながらムーアは


「皆いなくなってしまいましたね」


その言葉は戦死以外で死んだり、去っていく者が多い事を示していた。艦長クラスになると商船企業に転出するものが少なくないからだ。

平時の軍隊はポスト不足で悩むがハイガードに限っては支援企業からの要望として人材供給の側面もあることで軍の質の維持がされている。


レスター司令が憲兵上がりのムーアを機動部隊の司令官に抜擢した理由は他の将官達も知っている、今度新設される艦隊の主任務には軍事と政治の判断が必要になると。

その判断はハイガード軍の意思として国際間で受け取られるからには出資者達のみならず多くの人間の共感を得られる必要がある。


前大戦で戦死したランダース中佐はその判断を以って多くの出資者や中小国家の協力を得られた経緯がある、戦訓を生かす為の人事が必要なのは全ての関係者の一致したところだった。

レスター司令は戦死したランダース中佐と行動を共にした事のある数すくない将官として、ムーアなら現場での政治判断を誤らないだろうと確信していた。



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