前触れ
光の少ない薄暗い路地裏。そこに、初老の男がいた。白髪でオレンジ色のレンズの眼鏡、この都会とは似合わない 神父服、首には黄金に輝く十字架。
「おいおい、やめてくれよ。悪魔の端くれ如きが人様の血を貪り吸うなんてよ~」
気軽な調子で目の前の『何か』を見る。そこには口の周りを赤色に染め鋭い牙猛獣のような目。まるで人ではないような容姿。
ガルルルルル、と飢えたライオンのような鳴き声を出す男。同時に餌を守るような態度をとる。
男はそんな猛獣のような男の態度を気にせず目線を下へ向ける。視界にはコンクリートの地面を染める深紅の液体。それと同時、冷たい地面に倒れている一人の女性。微かに息がある。
「貴様は・・・・・・」
血まみれの男はつぶやいた。それに応じたのか神父服の初老の男は言った。
「祓魔師、桐生龍一郎だ」
エクソシストという単語を聞いた血塗れの男は少し驚いたような態度をとったがその後、微かに笑い言った。
「魔神様を冒涜する神の狗か」
「・・・・・・四方を守る守護神獣よ」
龍一郎は血塗れの男を無視して言った。
「ここに罪ある者を禊ぎ祓う聖域を作り出せ。玄武、青龍、朱雀、白虎」
冷徹に淡々と言葉を出す。この状況を無視してわけの分からない単語をすらすらと言う龍一郎。
「聖域は完成した。次に術式を作成する」
「黙って見ていれば・・・・訳のわからねぇこと、言ってんじゃねぇよォ!!!」
すると人間離れしたすさまじいスピードで龍一郎に急接近する。
だが―――――――――。
「跪け」
重苦しい言葉と共に血塗れの男は地面に押し付けられた。まるで何十トンの錘を押し付けられたかのように。何万トンの水を被ったかのように。
「なっ・・・・・何が・・・・」
血塗れの男はつぶやいた。
「言っただろ。ここはもう、『普通の場所』じゃない、『聖域』だ。お前みたいな堕天使にここは自由に歩くことさえできない」
それだけえを言うと血塗れの男を見下しながらあの詠唱の続きを言う。
「我はこの聖域に居座る者。この聖域を汚す者に裁きの炎を、始まりにして裁きの象徴、それは迷える子羊を導く灯火。それは悪しき者を苦しめる裁きの業火。そして始まりを示す原初の炎。光を、祝福を。今ここに、魔を禊ぎ祓れ『絶対聖域』」
すると地面が赤く輝く陣を表した。血塗れの男は何が起こったのか状況が分からず回りをキョロキョロする。すると深紅の光が血塗れの男を包み込んだ。裁きの象徴。魔の者を殺す業火。
「神の裁きを受けろ」
すると光が突如、炎へと変わった。
ぎゃぁあああああ!!!と叫ぶ血塗れの男。全身が炎に包まれ暴れても炎を消えやしない。
「終わったな・・・・・・」
炎をが消え後に残ったのは灰だけだった。だがその黒い炭となった体から声が聞こえた。
「なぜ、こんなに炎が舞ったのにあの女は生きている!!」
「・・・・この術式は十字教と風水術を混合させたものだ。裁きと聖域。絶対破壊と絶対防御。人はけして傷付けることはない術式だ。お前みたいのに使うのは勿体無い代物なんだぜ?」
「人間如きが!魔神様の御使いを殺してただで済むと思うなァ!!」
「魔神は死んだ。もういない」
下半身を失い、体が半分しかない血塗れの男に哀れみの目で見つめる龍一郎。
「お前ら堕天使は元々、神がオレ達、人間に信仰心を試しそして信仰心を高めるための地位だった・・・・・・嘗てお前らはオレ達『人間の敵』だった。いつからだ、お前らが『神の敵』になったのは?」
それを聞いた血塗れの男は気を取り乱し怒り狂い叫んだ。
「神は我々を見捨てた!!我々は地獄に落とされ!地位も名誉も奪われた!!神は我々の敵だ!!憎むべき相手だ!!」
「それでも、神はお前らを信じていたはずだ。お前らに罵声を受けようと、憎まれようと、信じていたはずだ」
まるで神と同じ気持ちを語るように悲しげに言う龍一郎。それを聞いた血塗れだった男は高ぶる気持ちを抑えることができない。
「じゃぁなぜ、神は我々を地に堕とした!?なぜ、あんな辛い思いをしなくちゃいけなかった!!!」
「・・・・・・・」
「もうすぐ・・・・・もうすぐだ・・・・この地にルシファー様がこの地に降りられる。魔神様は、まだ、生きている!!さぁ、人間ども!!魔の光に脅えるがいい!!ひゃっひゃっひゃっひゃっぁあ!!!」
それだけを言い残すと血塗れだった男は灰と化し風と共に吹かれていった。
龍一郎は風の流れを見届けるとポケットから携帯を取り出した。
「恋夏、オレだ。被害者の手当てと現場の処理を任せる」
それだけを言うとパタンという音と共に携帯を閉じる。
ポケットに携帯をしまうと倒れている女性の前へと向かった。膝を突き十字架を空中で描くように指を動かした。
「すみません、我々が貧弱がためにあなたのような人を巻き込んでしまった、赦しを・・・・。そして神の祝福があるように」
聖職者の言葉を被害にあった女性にかける。早く救えることができなかった自分に怒りを覚えながら。
▽▽▽▽▽▽▽▽
「派手にやりましたね~龍一郎さん」
さっき紅い閃光を放った路地裏で龍一郎と同じ格好をした祓魔師達が集まっていた。
その中できわめて目立つこの娘、草薙恋夏。もう、三年近く草薙と仕事をしているが未だにありえない、と龍一郎は思う。赤色の髪の毛、二三歳とは思えない身長。だいたい一三二センチでもはや黄色い安全帽をかぶせて赤色のランドセルを持たせればもう小学生としか言いようが無いことになる。だがそんな可愛らしい(?)容姿に似合わない物があった。
刀。しかも本物の。
「派手なお前にいわれたくねぇよ」
「やだ~龍一郎さんったら~私を褒めても何もでもせんよ~」
照れながら赤く染まった頬を両手で抑える恋夏。
別に褒めたつもりはねぇんだが、と付け加える龍一郎。周りは、はははは・・・・と苦笑いをする。
「・・・・ここのところ、悪魔が多くなってるな」
「ですね。今日でも五件ありましたよ」
「・・・・・・・・」
「如何しました?黙り込んで」
「・・・・あの吸血鬼・・・・変なこと言ってたぞ。もうすぐ、ルシファーが降りてくるってな」
「『ルシファー』・・・・・大天使『ミカエル』の双子の兄弟だった。ミカエルの地位よりも高い地位にいた堕天使ですか・・・・・」
「降りてくる前触れかもな」
恋夏はしばらくだまった後、龍一郎に言った。
真剣な顔で最悪の可能性を述べた。
「もしかして、本当にサタンが本当に・・・―――――――「ありえねぇよ」
恋夏がしゃべってる途中に邪魔するかのような感じで言う龍一郎。
とある昔話。ある町の天空で異形の羽を持つ神と裁きの光を纏う神が嵐のごとく戦っていた。嘗て契りを結んだ、神の殺し合いだった。
魔神。異形の羽を持つ神。
戦いの末、魔神は死んだ。神に心臓を貫かれ。
「あれで魔神は死んだんだ」
「ルシファーは何と融合をするのでしょう・・・・・・」
「まず、あんな強大なエネルギーの集合体を取り込める魂なんてねぇだろ?」
「ですが・・・・この『世界』に一人います・・・・・」
龍一郎は首をかしげた。
「佐崎王真、ですかね?」
その言葉を聞いたとき回りの祓魔師はビクッと体を震わせた。
「魔神の化身にして『神の右手』を持つ者。貴方の教会にいるじゃないですか?」
龍一郎は黙り込んだ。
息子同然の王真。
「俺がさせねぇよ。オレはあいつの義父だ。神に誓って死んでも守り抜く」
そうですか、と笑顔で龍一郎を見る恋夏。
龍一郎は恋夏に目線を逸らさず目つめる。
「龍一郎さん~、そんなに見つめられると照れちゃいますよ~」
真剣な空気の中で最後の最後でボケをかました恋夏だった。