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二日目(4)

凪子が場所取りをした場所は、境内の奥も奥。境内の裏の茂みの中にあるほとんどけもの道のようなところを通った所にあった。蚊に食われながら、草で切り傷を作りながらやっとたどり着いた場所は、なるほど、それだけの価値のある場所だと思った。そこは境内よりもすこし高い丘のような場所で、この町と海が一望できる場所だった。遠くの祭り会場の明かりが、まるで地上の星のように光っている。空に浮かぶ本物の星も、紺色の空に無数に浮かんで、見事の一言だった。

「綺麗でしょ?」

凪子が俺に問いかける。

「ああ」

俺は凪子の問いかけに、視線をその景色からそらせないまま返した。黙って景色に圧倒されている俺を、凪子はおかしそうにくすくす笑っていた。

「そんなに珍しいかなあ、この景色。まだ花火も上ってないのに、そんなにみとれちゃってさ」

「珍しいっていうかさ、綺麗じゃん」

「そっか。ずっと当たり前にある景色だったから、そんなに意識したことなかったかも」

「なにそれ、もったいねー」

「そうだね、もったいないね。さあさあ、修一、いつまでも突っ立ってないで、シート敷くの手伝って。もうへとへと!」

場所取りの為にその辺に置いてあったのだろうビニールシートを手渡しながら、凪子はそう言う。確かに今日はずっとはしゃぎっぱなしだったから、言われてみれば俺も疲れているかもしれない。意識すると急に立っていることがだるく感じてきて、俺はさっさとビニールシートをひいて座ってしまった。凪子も俺がビニールシートをひき終わったのを見ると、大きなバスケットを抱えて俺の横に座った。

「凪子、なんだそのでかいの」

「これ?これはね、カステラと麦茶の入った水筒だよ」

「あー、これが綿あめの他に食べるものか。っていうかまたカステラと麦茶かよ」

「持ってきてもらってるのに、文句言わないの」

「そうだけどさあ」

「おいしいからいいでしょ?修一昨日すごいおいしそうに食べてたじゃん」

「まあ、確かに……」

確かに、昨日のカステラは美味かった。卵黄の風味が濃厚で……いや、それ以前にめちゃくちゃ腹減ってたしな。麦茶も喉が渇いてたのもあって最高に美味かった。そしてそれは今も同じだから、きっと今日も凪子のカステラと麦茶は美味いに違いない。

「さっさと食おう」

「あ、待って!カステラよりも綿あめ先に食べた方がいいんじゃない?しぼんじゃうよ」

「そういえばそうだな」

俺は手に持っていた綿あめをあらためて掲げてみる。確かにさっきよりしぼんでいる気がする。俺は綿あめのフィルムを剥いで、豪快にかぶりつく。べっ甲あめより少しだけ甘いような絶妙な味が口に広がる。

「うまい!」

「ちょっと、修一ばっかりずるい!私も食べる!」

「わかったわかった、ほら」

綿あめを差し出すと、凪子は俺の手から奪うようにして綿あめを手に取った。そしてすぐに綿あめにかぶりつく。

「あまーい!」

「当然だろ」

「うまーい!」

「だよなー」

口々にほめちぎりながら夢中になって食べると、凪子の頭より大きかった綿あめはあっという間になくなってしまった。のこった棒っきれを名残惜しげに加える凪子は、なんだか満足気だった。

「ほんとにおいしかった!」

「あのおっさんプロだな」

「プロだねえ。でもさ、私は修一と食べられたからおいしかった!」

「えっ」

一瞬、固まる。

「修一もそうでしょ?誰かと一緒に食べるのって、おいしくて楽しいよね」

「あ、ああ。そうだな。そうだともさ。さあ、次はカステラも食べよう」

「修一はホント、食いしん坊なんだから」

凪子は呆れた声色でそう言って、わざとらしくため息をつきながら、バスケットを取り出した。ふたを開けると、そこには昨日と同じ厚く切られた黄色いカステラと、麦茶が入っているだろう水筒と、カステラを食べるためのフォークがふたつ入っていた。

「はい、修一。カステラだよ」

凪子が差し出したカステラが乗った皿を、俺は受け取る。

「どうも」

「どういたしまして。この調子じゃ、花火が上がる前にカステラ食べ終わっちゃうかなあ」

さっそくカステラを頬張る俺を見て、凪子はクスクスと笑った。

「そういえば花火っていつ始まるんだよ」

「境内にあがってくるときはもうすぐだと思ったんだけどね、去年が今くらいだったから。でも今年はもう少し後になるみたい。ほら、あそこ見て。海辺の、テトラポットがたくさんある所の脇」

「テトラポット?」

聞き慣れない単語に、俺は首を傾げた。喉元まで出かかっているのだけれど、どうにも思い出せないので、正直に凪子に聞いてみる。

「テトラポットってなんだっけ」

「えー!修一、テトラポット知らないの?あれだよ、なんだっけ…えっと、しょ、消波ブロックのことだよ!」

「そっちの方がわからない」

「えっ、そう?えーっとねえ。白くて、足が四つの……とりあえずあれだよ!」

俺はすっきりしないまま、凪子の指差した方向を見る。遠くだから形まではしっかり見えなかったが、何か白いブロックみたいなものが無数に積まれているのが分かった。

「わかったような……わかんないような……」

「テトラポットはもういいよ。とにかく今は花火がいつ始まるのかって話だから!」

「あ、ああ。そうだったな」

「とにかくほら、あの白いブロックがいっぱい積んである横見て」

もう一度、テトラポットがある方向を見る。すると、そこには大きな筒がいくつか並べられていて、その周りに人が居た。

「あれ、打ち上げ花火の準備してるんだよ。今年は去年より遅いみたいだけど」

「ふーん、なるほどな」

筒の周りでちまちま動く人影を見ながら、俺はおもむろにカステラを口に運ぶ。やっぱりうまい。凪子もそれを見て、同じようにカステラを口に運んだ。しばらくお互いに無言でカステラを食べていたけれど、なんだかぜんぜん気まずくなかった。それは凪子も同じようで、俺が凪子の方に黙って目配せをすると、凪子もいたずらっぽく笑って、俺の目配せに応えてきた。

「凪子さ、去年もここで花火見たのか?」

「うん、見たよ。毎年ここで見てるもん」

「去年は誰と見たんだよ」

「ひとりだよ」

「信彦は?」

「毎年この日、信ちゃんは里帰りなの」

「じゃあ、一昨年もひとりで見たのか?」

「……うん。まあ」

「寂しい奴」

わざと、意地の悪い感じで言ってみる。すると、凪子はそれを真に受けたようでむっと顔を険しくして、そっぽを向いてしまった。

「修一、感じ悪い!」

俺はその絵にかいたような拗ねたしぐさがおかしくて、声をたてて笑った。すると、凪子は恨みのこもった目でこちらを睨んでくる。

「だって仕方ないでしょ!この日はみんな、私くらいの子はみんな里帰りしたままなんだもん。帰ってくるのはおじさんおばさんばっかり」

そういえばお祭り会場にいたのは、ある程度年齢の言った人たちばかりだったかもしれない。やっぱりこの町に愛着のある年配の人じゃないと、わざわざ帰省中に町に一度帰ってくるなんてことはしないのかもしれない。

「まあ、それじゃ、仕方ないな」

「そう、仕方ないの」

「でもさ、今年はよかっただろ。俺が居たから」

凪子がはっとしたような、驚いたような顔をする。それからいつもみたいに元気いっぱいにほほ笑んで、大きくうなづいた。

「うん、うん。修一がいて、今年のお祭りはホントに楽しかったよ!」

まっすぐこちらを見ながら、あんまりいい笑顔でそんなことを言われたもので、俺はつい凪子から顔を逸らしてしまう。頬が少しだけあつい気がした。

「そりゃよかったな」

「うん、だからね、ず―――」


そこで、大きな音を伴って、夜空に大きな花火が打ちあがった。俺と凪子は突然の事に驚いて、そろって空を見る。紺色の空に次々と打ち上がる花火は、もう見事の一言だった。

「綺麗だな」

「だね、修一。夜空に咲く、大輪の花だね」

「なんだよそれ、くさすぎだろ」

「あ、ひどーい!」

ひどいと言いながら、あからさまにポーズだけむくれてみせる凪子。そんな凪子がどうしてかおかしくて、楽しい。

「お前ってさ、面白いよな」

「そ、そう?そんなこと言われたことないけど……」

「いや、面白いよ」

「そ、そうかな。面白いかな」

大きな瞳を輝かせながら、凪子は嬉しそうにはにかむ。

「面白いって言われて嬉しがるって、変な奴だな」

「だってさ、それって一緒にいたら楽しいってことでしょ?」

「まあ……うん」

「それってすごい嬉しいことだと思うから」

「そ、そっか」

凪子のこういうストレートさというか、幼いからこその純粋さが、俺はやっぱり苦手だった。でも、俺も小学生のころはそうだったかもしれない。素敵なものを素敵と言って、嬉しかったら素直に嬉しがって。その時その時の感情をそのまま表に出して今よりずっと気楽に生きていたような、そんな気がする。凪子も、そうなのだろうか。

「凪子さ」

「え?」

「凪子はさ、嬉しいとかさ、結構ストレートに言うよな」

「うん、言うよ」

凪子はさも当たり前のことのように、俺の期待した答えを返した。しかし凪子はでも、と続ける。

「でも、お父さんとお母さんの前ではそれが上手くできないんだ」

そう言った凪子は表情を少しだけ固くしたけれど、それでも笑顔は崩さなかった。

「私ね、今はお父さんとお母さんと、別々に住んでるの」

そういえば、信彦がそんなようなことを言っていた気がする。凪子の両親は今居ないから、自分が面倒を見ているのだと。

「えーっと、仕事とかの関係で?」

「まあ、そんなかんじ」

「大変だなあ」

「ううん、別に。信ちゃんもいるし。でもね、やっぱりたまに寂しくなるんだ」

凪子は大きな瞳に花火を映しながら、とつとつと語りだす。花火の打ち上げはまだ終わる気配を見せず、海岸の方から絶えず鈍い音とパラパラと火の子の爆ぜる音が聞こえてくる。

「でも言えない、そんな事言ったら迷惑かけちゃうから。だからその分、普段は嬉しいとか寂しいとか、はっきり言いたいのかな。普段はそんな意識とかしてるわけじゃないけど、改めて考えたらそうかもなって。ごめんね、こんなどうでもいい話しちゃって」

誤魔化すように凪子が笑う。俺はそんな凪子に、なんて声を掛ければいいのか分からなかった。俺は小さいころから父さんも母さんもずっとそばにいて、夏休みにはじいちゃんとばあちゃんにも会えて。こんな俺が、今凪子にかけられる言葉ってあるのだろうか。あるのだとしたら、どんな言葉をかければいいのだろうか。俺は考えて、考えた末に、こう言った。

「心配すんな。凪子みたいないい奴を、凪子の父さんも母さんもほっとかないって。だから、そのうちまた一緒に暮らせるよ。きっと」

凪子はきょとんとした表情をした後、今日見た中で一番の笑顔で言った。

「ありがとう、修一」



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