二日目(3)
祭りの会場は凪子の家からほど近いところにある小さな神社だった。境内からずらっと露店が立ち並んでいて、その上には無数の提灯が吊るされていて、まさに日本の夏祭りという感じだ。しかも、凪子から聞いていた通りに、昨日の町の様子からは考えられない程の人がひしめき合っていて、すごくにぎやかだった。そんな中を、俺は凪子にひっぱられながら、あっちへこっちへ夢中で見て回った。手持ちの小遣いが少ないせいで、ほとんどが見物だけになってしまったのが悔やまれるけれど……。それでも、いろんな屋台を見て回るのは本当に楽しかった。
「あ、修一、わたあめ!おっきいね!」
「ホントだ、でかい……」
凪子の指差した先には、軒先にぶら下がったたくさんの綿菓子があった。ひとつひとつが俺の頭よりふた回りくらい大きい。
「食べよう!一緒に食べよう!」
ぴんと延びた凪子の人差し指が、上機嫌にピンク色の綿菓子を指していた。
「いいけど、でもいくらか見てからでいいか?」
「二百円だから、ひとり百円だよ」
「あの大きさで二百円か……よし。行くぞ、凪子!」
「おー!」
俺と凪子は人波をかき分けて、屋台の前まで行く。するとガタイのいい鉢巻をまいたおっさんが威勢よく声をかけてきた。
「おう、いらっしゃい!」
野太い声色に少しだけ圧倒されたが、俺もそれに負けじと、祭りの賑やかしさに負けない様に叫ぶように返した。
「綿あめください!」
「はいよ、二百円だね」
俺が財布の中の十円玉を数えていると、遅れていた凪子がやっと人ごみの中から屋台の前に競り出てくる。するとおっさんは少々芝居がかった様子で、おおっ、と大げさに凪子の登場に反応して見せた。どうやら凪子の知り合いらしい。
「こりゃあ、凪子ちゃんじゃないか。いらっしゃい!」
「おじさん、こんばんは!」
凪子の高い声は祭りの雑踏のなかで、何故だかよく通った。
「綿あめかい?」
「そうだけど、この男の子と一緒に食べるから」
「おい、じゃあまさか坊主、凪子ちゃんの彼氏なのかい?」
やっと百円分の十円玉を数え終わったところに話題を振られて反射的に固まってしまった俺を傍目に、凪子は笑ってあっさり違うよと返す。そこまでさらりと流されてしまうのも少しさびしいかもしれない。
「でも、大事な友達なの。ほら、修一お金渡して」
「あ、これ百円分です」
「私も、はい」
「はいはい、毎度!それじゃ凪子ちゃん、坊主、楽しんでいきなよ!」
「はーい!」
凪子は満面の笑顔でおじさんに返事をする。俺も軽く会釈をして、その場から立ち去った。
「それじゃ、修一だいたい出店も回ったし、そろそろ時間だから花火見に行こう!」
「えっ、でもまだ綿あめしか買ってないけど、いいのか?」
「まあ確かにちょっと寂しい気もするけど、でも修一お金ないんでしょ?」
俺はぐっと言葉に詰まった。小銭だらけの財布が憎らしくて恥ずかしくて、ポケットの中で握りつぶす。まあ夏休み調子に乗って散在したのは俺の責任なんだけれど。
「べ、べつにないことないけど」
「えー、でも昨日駄菓子屋さんですっごく値段気にしてたじゃない」
「あ、あれは」
「かくさないでいいよ。それに私、今日ちゃんと他に食べるもの用意してきたもん」
「食べるもの?」
食べるものを用意してきたと凪子は言うが、凪子は何にも持っていない。ポケットに財布は入っているようだったが、どういうことなのだろうか。
「神社の境内の奥にね、すっごい花火が綺麗に見られる場所があって、場所取りのついでに置いてきたの」
なるほど、そういうことか。心の中で俺は勝手に納得する。
「ね、だからはやく行こう!」
「そうだな」
差し出された凪子の手をとって、俺たちは境内へと走り出す。お祭りの色とりどりの賑やかな景色がつぎつぎに脇を通り過ぎて行った。まるで万華鏡のなかにいるみたいだね、と言った凪子の横顔が提灯に照らされて、キラキラと輝いて見えた。