一日目(5)
その後、俺と凪子は一緒にトンネルの所まで行った。トンネルまで辿りついたころには、もうずいぶん日も暮れて、あたりは紫色に薄暗かった。
トンネルの前まで来て、俺を先導していた凪子が不意に脇にそれて、自転車を降りた。俺も一旦自転車を止める。
「ここまでで、いいかな?」
「うん、あとは来た道だからわかる」
「そっか。じゃあ、ここまででいいね」
凪子が俺に薄く笑う。俺もそれにぎこちなく笑い返す。
「それじゃ」
短く言って、俺はそのまま自転車を漕いで行ってしまおうとする。けれど、凪子が俺の服の端をつかんでいるのに気づいて、止めた。
「修一」
「なんだよ」
「今日はごめんね」
震える声で、凪子は呟いた。小さな声だったが、その声は微かな潮騒にまぎれることなく、しっかり俺の耳に届いた。俺は凪子のほうに向き直して、我ながらぶっきらぼうに答えた。
「何、あやまってるんだよ」
「最後、だまっちゃってて、楽しくなかったでしょ」
確かに、駄菓子屋から家に帰ってここに至るまで、凪子はあまり喋らなかった。気まずい思いをしなかったといったら嘘になるけれど、別に特別嫌だったわけじゃない。
「そんなの、別にいいよ」
「許してくれるの?」
そもそも怒っていないのだから、許すも許さないもないと思ったが、俺はとりあえず頷いておくことにした。
「じゃあ、明日も遊びに来てくれる?お祭りがあるの、人も、明日はいっぱい居るよ」
「別に、暇だからいいけど」
「ほんと?」
俺はもう一度力強く頷いた。
「じゃあ、今日修一が来たくらいの時間に、私ここで待ってるから」
「わかった」
「ありがとう」
薄く微笑んで、凪子は俺の服から手を離す。
「またね、ばいばい、修一」
俺は再び、自転車を漕ぎ出す。真っ暗なトンネルに向かう俺の背中を、たぶん凪子は、ずっと見つめていた。