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一日目(3)

と凪子は自転車を押しながら、凪子の町を歩いていた。この地方にしては珍しく住宅地と呼べるくらいに密集して家が建っていたけれど、凪子の言っていた通り町はほとんど無人だった。たまにお年寄りとすれ違うのだが、家の数の割には不自然なほどに人の気配が感じられない。

「ね、人全然いないでしょ」

凪子は何故か少しだけ得意げだった。俺は凪子の言葉に対して、素直な感想を口にする。

「本当にいないな」

「つまんなそうでしょ、私かわいそうでしょ」

「確かに、暇そうだよな」

同意を得られたのが嬉しかったのか、凪子は「だよねっ」と語気を弾ませた。

「あ!そういえばさ、修一はどの辺に住んでるの?」

「じいちゃんの家はトンネルくぐって自転車で30分くらいのとこ。普段住んでる家はこっから車で3時間半くらいいったとこ」

「へー、ずいぶん遠くから来てるんだ。二つの意味で」

「まあね」


凪子は俺を先導するように、少し前を歩いていたのだが、ある家の前で唐突に足をとめた。そして、俺の方を振り返ってにっこり笑う。

「修一、ここが私の家」

見ると茶色いタイルの外壁の、趣味のいい一軒家があった。そこそこの広さの庭もあって、花壇にはたくさんのひまわりの花が咲いている。

「ほら、早く入って!」

「えっ、ちょっと待てよ」

そう言うと、凪子はさっさと家の中に入ってしまう。俺は慌てて庭先に自転車を止め、その後を追いかけた。玄関のドアに手をかけて、思い切り引くと軒先に吊るされていた風鈴が涼しげに鳴る。

「おい、勝手に入るぞ」

「どうぞー。まっすぐ行ったら居間だから、座ってて!」

奥の方から凪子がそう言うので、俺はサンダルを脱いで言われたとおりに廊下を真っ直ぐ歩く。素足で歩く廊下はひんやりとしていて気持ちが良かったが、俺は妙な居心地の悪さを感じていた。

冷静に考えれば、今日会ったばかりの女の子の家にさっそく上がりこんでいるという状況なのだ、今は。ただ、凪子はおそらく俺より年下で、ということは小学生くらいなんだろう。

小学生だったらいきなり自分の家に新しい友達を呼んだって不思議ではないと思うし、そもそも小学生相手にそんなに意識をしなくてもいいような気がする。というか、そうだ。意識する必要なんてない。

俺はただ、暇つぶしの為に年下の奴と遊んでいるだけなんだから。

そんなことを悶々と考えていたら、いつの間にか居間らしきところについていた。テレビと、その向かいにテーブルと椅子がある。そこには凪子はまだ居らず、その代わりに別の人間が居た。

俺よりいくらか年上の男だ。浅黒く焼けた肌に、真っ白なワイシャツがなんだか眩しい。

「お前、誰だ?見ない顔だな」

男は、いきなり俺にそう問いかけてきた。この町の人間は、他所の者の顔を見たら名乗らないままに名前を聞くようにしつけられているのだろうか。いずれにしろ家の人に挨拶しないわけにもいかないので、俺はそれに答えた。

「野田修一です」

「トンネルの向こうから来たのか」

こっちが名乗ったにも関わらず、名乗り返さないのに腹が立つ。きっと年下だからって舐めてるんだ、俺の事。

「はい」

「なるほどな」

そいつは、そこで自己紹介もせずに本当に黙ってしまった。俺はむっとして、ぶっきらぼうにそいつに訪ねる。

「そっちの名前は?」

「信彦。凪子の両親が居ない間、面倒見てる」

「へえ、そうなんですか」

「ああ」


俺が口を閉じると、相手も口を閉じる。しばし気まずい沈黙が流れる。たぶん信彦は気まずいなんて思っていないのだろうけど。開き直って蝉の声に耳を澄ませていると、信彦が再び不意に質問してきた。

「歳はいくつだ」

「14、ですけど」

「俺は18」

「そうなんですか」

「ああ」



信彦の答えがそっけなさすぎて、会話が続かない。自分から話しかけて来たくせに、どうだろう、この有様は。そもそも、普通面倒見てる子の友達が来たらもう少し愛想よくするものじゃないのか。

気まずさからどこを見るでもなく何となく視線を迷わせていると、不意に信彦が手を差し出した。手のひらの上には何か、茶色くて四角い、小さな固まりが一つ乗っかっていた。

「キャラメル、ですか?」

「ああ、食え」

「え?」

食え、と言われて改めて信彦の手の上のキャラメルを見る。そして、信彦の顔を見る。すると、無表情で俺の顔を見ていたらしい信彦と真正面から目があった。

「どうしてですか」

「いいから、今すぐ食え」

俺が質問すると、信彦は少しいらついた様子で更にキャラメルを勧めてきた。どうやら質問に答える気は無いらしい。正直ムカついたが、ここでこの申し出を断っても子供っぽいかと思ったので、ここは素直に受け取ってやることにする。

「それじゃあ、いただきます」

信彦の手からキャラメルを取り上げ、すぐさま口の中に放り込んだ。奥歯でぐにゃぐにゃに噛んで、小さくして、あっという間に飲みこむ。信彦は俺のその様子を見て、少しだけ口元を緩めたような気がした。

「食べましたけど」

「ああ、それでいい」


信彦がそう言ったのとほぼ同時に、凪子がお盆にカステラと麦茶を載せて現れた。

「信ちゃん!なんでここにいるの?!」

凪子は居間に入ってくるなりそう言った。驚いた様子の凪子に対して、信彦は相変わらずの仏頂面で答える。

「心配になって帰ってきた」

「心配になってって……もう、私も子供じゃないんだから、ひとりでも大丈夫だよ」

「そうか」

そう言うと、信彦は俺と凪子をそれぞれ一瞥してから、何も言わずに居間を出て行った。凪子は信彦の背中をしっかり見送ってから、俺の方を振り返る。その表情はいかにも不機嫌そうだ。

「修一、信ちゃんさ、いつ来たの?」

「俺が入ってきた時には今に居たけど」

「ふーん……あ、修一。どうぞ座って」

俺は促されるままに、一番近くにあった椅子に腰かける。凪子もカステラの乗ったトレーをテーブルの端に置いてから、俺の真向いに座った。

「いや、なんか悪いな。急に押しかけた上に色々出してもらって」

「ぜんぜんだよ。そもそも、私が誘ったんでしょ」

「そうだけどさ、なんか、わかるだろ」

「まー、確かに出してもらう側だったらそう思うかも」

凪子はテーブルにカステラと麦茶を並べる。カステラはきちんと厚く切られていて、麦茶のコップにはたくさん氷が入っている。うん、なかなかどうして感心なことだ。


凪子はカステラと麦茶を観察する俺がおかしかったのか、くすりと笑った。

「おなか空いてるんでしょ、どうぞ」

「いただきます!」

俺はさっそくカステラを口に運ぶ。程良い甘さが単純においしい。次に麦茶に手をつけるが、こちらも乾いた喉をしっかりうるおしてくれた。俺はしばらく夢中でカステラと麦茶を楽しんだ。凪子と言えば、自分の分を食べることもそこそこに、俺を見て機嫌がよさそうに微笑んでいのだった。

「どう、おいしい?」

「めちゃくちゃうまい」

カステラを頬張ったまま答えると、凪子はほっとしたようにひとつ息をついた。

「それならよかった!」

「昼から何も食べてなかったからなおさら」

昼ご飯を食べてからたぶん三時間強、俺は自転車をこぎ続けたわけだから当然腹が減っている。しかも中途半端な減り方じゃない、胃袋が空っぽという表現も生ぬるいくらいに、俺のおなかはペコペコだった。

そんな時に食べるものならなんだって美味しい。まあ、それを抜きにしたってこのカステラと麦茶は美味しいものだと思うけれど。そういう主旨のことを凪子にいうと、一言余計だといって怒られてしまった。


「そういえば、さっき信ちゃんと何話してたの?」

「いや、話してたって言うか、俺が色々聞いてただけっていうか」

「ふーん……何聞いたの?」

「えーっと、年とかなんで凪子の家にいるのかとか……あと」

なんかいきなりキャラメル貰ったから、その理由とか。そう続けようとしたのだが、俺はそこで口をつぐんだ。きっと俺だけキャラメル貰ったなんて聞いたら、凪子は更に拗ねるに違いない。だから、このことは言わない方がいいだろう。

「あと?」

「特になし」

凪子は探るように俺の顔をじっと見つめる。俺はなるべく平静と無表情を心がけて、その視線を受け止める。

「……ほんと?」

「本当」

「それならよかった!」

凪子の質問に俺が即答すると、凪子は唐突ににっこりと笑った。突然変わった表情にびっくりして、胸のあたりが少しだけどきりとする。

「あ、そうだ!このあとなんだけど、駄菓子屋さん行かない?」

「駄菓子屋?なんで?今食べたばっかりじゃん」

「いーじゃん、珍しいでしょ。今時駄菓子屋さんなんて。修一、見たことないんじゃないの?」

「まあ、確かに」

「じゃあ決まり!私、自分の自転車外に出してくるね。カステラの残りは修一にあげるから、全部食べたら外に出てきてね」

矢継ぎ早にそう言うと、凪子はさっさと外に出て行ってしまった。凪子の皿を見ると、カステラがほとんど残っていた。凪子はカステラが嫌いなんだろうか、だからカステラを残して駄菓子屋に行こうというのだろうか。


俺は自分の皿のカステラをさっさと食べ終わり、さっそく凪子の分のカステラに手を伸ばす。凪子のカステラもあっという間に食べ終わってしまった俺は、一応飽いた食器を下げてから、急いで居間を出た。玄関に行くと、そこには俺の自転車と、たぶん凪子のものだろう銀色のフレームの小さなママチャリがあった。

「ほらほら、早く乗って!」

凪子に背中を押されたので、俺はさっさと自転車に乗る。そして凪子も、こなれた様子でママチャリにまたがった。

「それじゃあ今から駄菓子屋さんに行くから、着いてきて」

「わかった」

「私の自転車漕ぐの早いから、気合入れてね!」

俺の自転車がママチャリに負けるわけないだろ。そう反論しようとしたときには、もう凪子のママチャリは数十メートル先まで行っていた。早いというのは本当らしい。


俺は遅れを取り戻すためにサドルから腰を浮かせて、凪子を追った


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