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一日目(2)

昨日の記憶を頼りに墓地の手前の脇道を進むと、やはりそこには舗装の剥がれかけた道があった。記憶の通り、遠くに海が見える。あの後母さんに詳しく話を聞いたところ、もっと便利な場所に新しい道路が出来たから使われなくなってしまった道らしい。

俺はその奥のトンネルを目指して、ぐいぐい進んでいく。道が悪いのでいちいち自転車がガタガタ揺れたけど、気せず進む。


しばらく行くと、立派なトンネルが姿を現した。全体的に埃まみれではあるが、劣化している様子はない。自転車から降りて中をのぞくと、トンネルの中のアスファルトはいままで来た旧道に比べて、はるかに舗装がきちんとしているようだった。

「よしっ」

自分自身に気合を入れて、俺は自転車を再び漕ぎだした。若干の期待と緊張を抱いて、トンネルの中に入っていく。トンネルの中は思ったより暗くて、そして長かった。ライトを点けてもせいぜい三歩くらい先までが照らされるくらいで、ちっとも明るくならない。多分トンネル自体がカーブしているので、自然光がうまく入らないんだろう。

「平常心、平常心だ」

そう言い聞かせながら、俺は黙々と自転車を漕ぐ。不思議になめらかな道を、どんどん漕いで行く。前も後ろも横もすべて黒く塗りつぶされたように真っ暗な空間を、自転車のライトだけを頼りにしてただただ進む。いくらかすると、やっと小さく出口が見えてくる。内心で大きくガッツポーズをとり、俺は張り切って立ち漕ぎを始めた。スピードがぐいぐい上がり、小さかった出口はどんどん大きくなってくる。そして俺は、やっとトンネルの向こう側に出たのだった。



「海だ……」

トンネルを抜けた俺を迎えたのは、かなり近くなった海と、穏やかな潮騒だった。トンネルに入る前はあんなに遠かったと思ったのに。今はもう、道路脇のガードレールを越えれば、すぐそこに海岸が広がっていた。

俺はひとまず、自転車を道路の隅に止めて、浜辺まで行ってみることにする。


浜辺の砂は内地の砂浜にしては白くて、そして綺麗だった。ゴミなんか少しも落ちていない。掃除好きのおばさんでもこの辺に住んでいるのだろうか。

手近にあった平たい石をつかんで、海へ投げた。石は三回ほど海面を跳ねて、そして沈んでいった。それを見届けた後、俺はまた石を海へ投げた。今度は五回跳ねた。もっと平たくてよく跳ねそうな石を探そうとあたりを見回すと、遠くの方に人がいるのが見える。何をしているか良く分からないが、じっと佇んで海の方を見つめているようだった。

俺はせっかくだから声をかけてみようと思い立ち、その人の方へ駆け寄る。近づいてみると、どうやらその人影は俺と同じくらいの女の子だったらしい。白いワンピースに、揃いのつばの広い帽子をかぶっている。そのまま近づいていくと、あっちもこちらに気づいたらしく、少女は俺の方を向いた。

目があったので、なんとなく手を振ると、少女は立ちあがってこちらに駆け寄ってきた。互いの距離が一気に縮まる。

「君、だれ?」

近づいてくるなり、その少女はいきなりそう言った。

俺は突然の事でしばし言葉に詰まったが、じっと見つめてくる少女の黒い瞳に急かされて、とりあえず名前を名乗った。

「修一……だけど」

「私は凪子」

凪子、と少女は名乗った。遠くから見たときは俺と同じくらいかと思ったが、顔立ちがクラスの女子より幼いので、もしかしたら俺より少し年下なのかもしれない。

「ここら辺の人?」

俺は凪子にそう聞いた。凪子は一つ頷いてから答える。

「うん、ここの近くの町に住んでる」

「親とかの帰省で帰ってきてるわけじゃないんだ」

「ちがうよ、君はそうなの?もしかして、あのトンネルの向こうから来た、とか?」

「まあ、うん」

俺がそう言うと、凪子は大きな目を更に大きく開いて、えっと小さく漏らした。そんなに驚くような事を言っただろうか。

不思議に思う俺を、凪子は少し疑った風にこう聞いた。

「……本当に、トンネルの向こうから来たの?嘘じゃない?」

「嘘じゃないけど、なんで?」

「えっと……だってこの町に帰省する人なんていないもん。帰省しに行く人ばっかり」

「えっ、こんなに田舎なのに?」

そう言うと、凪子はむっとした顔つきになる。そりゃそうか、自分の住んでるところを田舎と言われていい気分になる奴なんかいないだろう。

「まぁ、確かに田舎かもしれないけど……とにかく帰省する人がいっぱいいるの。友達も近所の人もみーんな帰省しちゃって、今町には全然人がいないの。だからすっごい暇!」

田舎にもそんな町があるのかと少し感心する。そう言えば俺の住んでる団地も、お盆の時期にはガラガラになる。

友達だってなんだかんだで田舎に帰ったり、旅行行ったりする奴が一杯いるし。田舎に帰ると暇だからって毎年ゴネるけど、家の方に残ったら残ったでじいちゃんとばあちゃんが居ない分、暇なのかもしれない。

なんて、目の前の不満そうな顔を見て思った。

「ねえ、だから、私と遊んで!」

そんなことを言いながら、急に凪子が詰め寄ってきた。肩をひっつかまれて、がくがくとゆすられる。

「な、なんだよ急に」

「だから、私と遊んでって言ってるの!どうせそっちだって暇なんでしょ!」

その勢いに少し戸惑ったが、断る理由が特に思いつかないので、俺はとりあえず頷いた。

すると凪子の顔が一気に明るくなる。

「よし、決まり! 決まりだからね!」

「わ、わかった」

凪子は俺の手を握って、ぶんぶん振り回してはしゃいでいる。よっぽど暇だったんだろうな、女の子だから俺みたいに自転車漕いでぶらぶらなんて事もしないだろうし。

凪子の白い肌は、彼女の夏休みがいかに退屈なものか代弁しているようだった。

「じゃあ、あのね。修一って呼んでいい?」

「なんだよ、いきなり」

いきなり名前を呼び捨てにされる。年下の奴にいきなり呼び捨てにされるのは、あまりいい気がしなかった。

「名前の呼び方くらいはっきりさせておきたいじゃない?ね、修一って呼んでいいよね?」

けれど、呼び捨てにするな、なんていって凪子の上機嫌に水を差すのも悪い気がして、俺はそれを許すことにした。

「別にいいけど……」

「よかった!じゃあ修一も私の事、凪子って呼んでね」

握った手にぎゅっと力を入れて、凪子はそう言った。俺はその手の予想外の力強さに、少しだけびっくりする。

「えっ、ああ、うん」

「そうと決まったら、さっそくこの町を案内してあげる!さ、行こう!」

そう言うとすぐさま凪子は俺をぐいぐいと町の方へひっぱりだした。仕方ないので、引っ張られるままに何歩か歩いた後、俺は唐突に置いてきた自転車の事を思い出す。

さすがに道路わきに置いたまま遊ぶのはまずいだろう。万が一自転車がなくなりでもしたら、何時間も歩くはめになってしまう。そんなのはごめんだ。

「ちょ、ちょっと待って。俺、自転車で来てるから、遊ぶ前に自転車どっかに置きたいんだけど……」

「あーうー、うーんと、それじゃあとりあえず私の家の前に止めておきなよ。どうせ最初は私の家に行こうと思ってたし。お中元に貰ったおいしいカステラ、麦茶と一緒に出してあげる」

麦茶とカステラ。

その単語を聞いた後、瞬時に俺の頭の中は厚く切られた黄色いカステラと、涼しげな硝子のコップに注がれた麦茶で満たされた。そう言えばそろそろおやつの時間だったかもしれない。

「わかった、そうする。じゃあ、自転車持ってくるから」

「あ、待って。私も行く」

俺が自転車の方へ向かおうとすると、すかさず凪子は俺についてくる。会ったばかりなのに、どうして凪子はこんなに俺にかまうのだろうか。少し疑問に思ったが、別に悪い気はしなかった。



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