夢を語って現実を語らない危うさ――政治が寝言になるとき
一九四五年四月、ソ連赤軍の重囲に陥ったベルリン。その総統地下壕から、ヒトラーは各部隊にベルリン救出命令を下している。しかしそれらは、地図上にしか存在しない師団や架空の兵器によってでしか達成できない、極めて実現可能性の乏しい命令であった。
追い詰められたヒトラーは、命令の名を借りて「こうあって欲しい」という願望を口走っていたにすぎなかったのである。
いま、我々は似たような絵面を目の当たりにさせられている。
食料自給率一〇〇パーセントを目指す。
食料品限定で消費税を減税する。
自国でレアアースを産出する。
軍事力で隣国を圧倒する。
責任ある積極財政で国力を増進する。
今次衆院選で高市氏が掲げたこれらは、公論により決定された正式な政策目標というより
「こうあって欲しい、私の考えた日本」
を羅列しただけの願望と解釈した方が理解しやすい。
これら願望のなかには、達成不可能な嘘が多く含まれているが、もしかしたら高市氏本人には、嘘を言っている自覚はないかもしれない。
「単に目標を掲げているだけなのだから、達成できなかったとしても嘘を言ったのではない」
この程度の詭弁は言うだろう。
もっとも、個人の願望に引きずられて実現可能性に期待し、一票を投じた有権者からしてみれば嘘であることに違いはない。選挙期間中に高市氏がなにを言っていたか、有権者は記憶にとどめておくべきであろう。
ついでに言っておくと、公約不履行を難じられた高市氏が無視、恫喝あるいは他責で切り抜けようとするところまではこれまでの行動パターンから容易に想像できる。
大戦末期の総統地下壕を舞台としたドタバタ劇は、他人事だから笑えるのである。自国であれをやられてはかなわない。国家運営において願望と政策を取り違えることほど、滑稽で、そして危険なことはないのである。




