衆院解散に添えて――不都合な真実に目を向ける覚悟
令和八年一月二十一日、安倍晋三元総理銃撃事件の被告に、求刑どおり無期懲役の判決が下された。事件をきっかけに、日本社会がそれまで直視してこなかった問題――政治と宗教、とりわけ旧統一教会と自民党との関係が可視化されたのは確かだろう。
判決を機に、現在の政治を考え直す入口としたい。
あまり大きな記事になっていないが、いわゆる「TM文書」と呼ばれる旧統一教会内部文書の存在が、一月十四日付の週刊誌で報じられた。まず当該文書の性格を以下のとおり確定しておきたい。
一、教団トップ(True Motherトゥルーマザー)に向けた内部報告書であり、外部向けの広報資料ではないとされていること。
二、日本の政治家や選挙情勢についての評価、教団側の期待や戦略が記されていると複数の媒体で報じられていること。
三、高市氏については
「安倍氏が強く推薦する人物」
「高市氏が自民党総裁になることが天の最大の願いである」
などと記され、文書内で三十二回名前が出てること。
四、教団側はこの文書について「信憑性を欠く」と否定していること。
五、ただし、どの部分が事実と異なるのか、あるいは文書自体が存在しないのかといった具体的説明はなされていないこと。
以上のとおり、
「内部文書とされるものが存在し、教団が全面的に否定している」
という前提事実そのものは押さえておく必要がある。
TM文書に名前が頻出していたからといって、
「高市氏が教団と組織的に関係していた」
と直ちに断定することはできない。
しかし少なくとも、教団側が高市氏を政治的に強い関心の対象として認識していた点は、軽視できないだろう。
一方で、高市氏自身は旧統一教会をどのように認識していたのか。
高市氏はこれまで、自身と教団との関係について、
「教義も教祖の名前も知らない」
と述べ、関与を否定してきた。
また、旧統一教会をめぐる問題についても、全体としては距離を取った姿勢を示しており、その深刻さを比較的低く見積もっている。
はたして高市氏は教団とつながっていたのかいなかったのか、本当のことを私は断定できない。しかし、反社会的行為が長年指摘されてきた団体に対し、政治家としてどの程度の警戒心と問題意識を持っていたのかという危機意識は厳しく問われてしかるべきだろう。
なんといっても高市氏の師匠ともいえる故安倍晋三氏が、日本人を食い物にしてきた旧統一教会関連団体の集会に、わざわざ祝賀メッセージを寄せていたことは紛れもない事実なのだ。
「知りませんでした」
という説明で十分だといえるのだろうか。
奇しくも判決に先立つ一月十九日、高市氏は内閣総理大臣記者会見において
「高市早苗が、内閣総理大臣で良いのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めていただく、それしかない。そのように考えたからでございます」
このように述べた(自民党ホームページ「衆議院解散について高市内閣総理大臣記者会見」より抜粋)。
だとすれば私たちは、見たい部分だけを見るのではなく、都合の悪い材料も含めて判断しなければならない。
旧統一教会という団体が我々日本人に何をしてきたのか、そんな教団がどういった政治家に期待してきたのか、そして当の政治家がそれをどう受け止めてきたのか。
これらを知ったうえで、なお支持するのかどうか。
その選択の結果について、責任を負うのもまた、私たち自身なのである。




