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7. カロンの未来予知

前回はシオンに装備を作ってもらったよ。

シオンがカロンに会ってと言っていた。

 その日の午後、椎名とセイランはシオンに言われたとおり森のエルフの隠れ里(フォレストムーン)唯一の子供であるカロンに会いに向かった。


 みんなに愛されていて、みんなを笑顔にしてくれて、みんなを幸せにする存在。それはもはや神と本質的に変わらないのでは?と思う。

 かわいいんだとはシオンから何度も何度も聞かされていたが、それに関してはセイランからの言及は特にないし、自身を引き合いに出されて「椎名のようにかわいい」と言われると、シオンの言うかわいいに疑問符が付く。

 しかし、今、椎名の目の前にいるその存在は、身長や体格はほぼ椎名と同じくらいだったが、どこかこの世のものとは思えない佇まいだった。

 極上の蒼玉(サファイヤ)を嵌め込んだような、曇りのない清浄な目に、ふわふわと風にさわめく金の髪、肌は透けるように白く、まるで天使がそこにいるようで、声をかけるのも躊躇ためらわれるほどだ。


「あの、あなたの未来を見たんだ。あの、夢、夢で、その、夢見妖精が、見せてくれて。それで、伝えなくちゃって、あの、それで、ほんとは、いとし子様にお願いなんて、ダメなの分かってるんだけど、あの•••!」


 控えめで小さな声は、だが脳に響くように届く。

 オロオロとしながらもなんとか伝えようとするのは、初めて会った異種族である椎名の反応が予測できないからだろうか。


「お、お願いが•••あるんだ•••!」


 言葉と共に目が涙で潤み、蒼玉(サファイヤ)がみるみるうちに水に沈んでいくようだ。金の睫毛まつげがひくひくとふるえ、大きな雫を頬へ落としてゆく。


「えっちょっ••・!まっ•••!」


 いくつもいくつも押し出される雫に、言葉にならない声をあげて椎名は衝動的に抱き寄せ、腕の中に包み込む。頬に触れるふわふわの髪はまるで光を浴びた雲の切れ端のようで、ほんのり陽だまりの匂いがした。


「•••大丈夫?」


 耳元に小さく鼻を鳴らす音が聞こえ、自然とカロンの背を上下にさする。

 セイランが椎名の肩をそっと引っ張って、ソファの方へ誘導してくれたので、カロンの背中に触れる手に力を入れてそっと自分に押し付け、ゆっくりとソファの端に腰を下ろした。涙を流すその体が離れないように、ただ自分の動きに巻き込むようにゆっくりと。

 カロンもそのまま引き寄せられるように隣に座る。ふわふわの髪をゆっくりいて未だ肩にうずめられた頭を撫でる。


「(これはしばらく無理そうだな)」


 それならば、と、椎名は指先を髪に絡ませて感触を堪能しながら室内を見渡した。カーペットやタペストリー、膝掛け、クッション。見える限りの布製品にそれは見事な刺繍が施されており、おそらく全てシオンの手によるものなのだろう。


「(まるでシオンの展示会みたいだ)」


 ちらりと目線だけで見下ろしてみれば、カロンの着用している黒のボトムスにも可愛らしい花の刺繍がされている。そういえば自分の手元にもこれの色違いがあったな。もしやカロンとお揃いに作られたのだろうか。


 ワゴンをカラカラと押して、ひとりのエルフの女性が身動きの取れない椎名のそばに、どうぞ、とハーブティを持ってきてくれた。


「この部屋の管理をしています、アマリアと申します。いとし子様にお会いできて光栄です。どうぞお見知りおきを」

「(いや、俺、代理です•••)」


 思うが此処(フォレストムーン)では既に何度も口にした台詞だったので、もはや口には出さない。

 彼女はおっとりと穏やかで、丁寧で、声はなぜか音楽的に軽やかで、まるで森で聴く鳥たちのさえずりのようだ。

 アマリアはカロンを授かった、人で言うところの親のような存在なのだそう。


 エルフの出生は人のものとは根本的に異なる。経膣出産をせず、神の意思によって、唐突に親になる者の手に子供が授けられる。

 経膣出産ではないので、当然母乳は出ず、授乳期は皆、樹液で育つ。やがて死を迎える頃、森のエルフは木に姿を変え、一生を終えるが、その時は授乳期に自らを育てた木に姿を変える。森のエルフは森に産まれ森に還りまためぐるのだという。


 彼女のおだやかな話口調は、なぜか音楽のように節があり思わず聞き入ってしまう。育児に関わるより前はずっと歌に関する記録に従事していたのだそうだ。部屋のあちらこちらに楽譜があり、竪琴が置かれているので今も心を寄せているのがよく分かる。

 人の感覚で言えば、育児をしている間は研究の時間が減るものだが、エルフにとっては20年は一晩寝るのとなんら変わらない時間感覚のようで、アマリアはたいしたことではありませんわと穏やかに笑った。


「カロンはまだ感情の操作が上手ではありません。どうぞ戸惑われませんよう」


 「100年、200年も経てば形になるのだけど」と頬に手を当ててなんでもないことのように言う。そんな姿もまた優雅だ。


「(やはりエルフでも15歳くらいだとまだ不安定なのか)」


 自分の15歳の頃がちらりと脳裏によぎってなんだか少しくすぐったい。


「気にしないで。人も同じです」


 穏やかに微笑んで言葉を返すと、自分が久しぶりに大人の対応をしていることに気づいた。いつの間にか甘やかされるのが当たり前になっていたんだと改めて実感する。


 ふと、そっと肩を押し返す感触がある。


「ごめん•••なさい•••」


 小さくこぼれる声に「大丈夫」とそっと告げた。


「話してもらえる?」


 まだ濡れる白い頬を椎名は親指でぬぐって顔を覗き込む。

 小さく頷いたカロンの頭に優しく手を添えてよしよしと撫でた。


「ねこ、ねこが•••」


 口を開いてすぐに閉じる。椎名はアマリアの出してくれたティーカップをカロンの手にそっと持たせる。カロンは口をつけてゆっくりと傾け、ひと口、それから大きく息を吸って、吐いて、顔をあげた。


「ねこが、たくさんいるんだ。すごく暗くて、みんなすごく痩せてて•••。足のない子は血がすごく流れてて、ごはんも食べれなくて、すぐ死んじゃう。みんなすごく苦しんでて、助けてあげて欲しいんだ•••」


 一生懸命言い募るその間にもまた新しい涙が蒼玉(サファイヤ)の目から玉になってこぼれる。

 伏せた睫毛まつげが濡れてきらめき、痛ましいほどの姿はどこか現実離うきよばなれしていて、夢を見ているのではと錯覚する。現実苦しんでいるカロンがここにいるのに。夢ではないのに、夢で流すわけにはいかないのに。

 椎名は再度カロンを抱き寄せ、その無垢な悲しみを自身の胸に押し付けた。ぬくもりが椎名にその悲しみが現実のものだと教えてくれる。


「場所はどこだ。わかるか?」


 セイランがソファの背もたれに手をつき、後ろから声を掛ける。カロンは椎名の胸に顔を埋めたまま小さく首を振った。


「ほんとに暗くて、よく分からなくて。時々、上が開いて、ごはんとか、新しい猫とかを投げ込んでる」

「光は入ってる?」

「上が開けば、光が入るけど、それ以外はずっと真っ暗、だと思う」


 長く猫と関わる仕事をしていた椎名の知識と照らし合わせてみれば、その状況で起こりうることがすぐに思い当たった。

 食事の内容によっては必ずしもそうなるとは言えないが、光が入らないということはビタミンD欠乏症になっている可能性が高い。

 これは、猫だけではなく、犬や鳥、爬虫類、人にも起こりうる病気で、症状はそれぞれだが、猫では骨折や関節の破損、重度になれば筋肉を動かす機能の低下も起こる。もしかしたら、立ち上がることさえ出来なくなっている猫もいるかもしれない。やがてそれは心臓の筋肉にも差し障る。

 カロンの話が本当に起こっていることなのだとしたら椎名にとっては到底許し難い行為で、怒りで手足がすうっと冷えてくる。冷たい空気が体の中から外に漏れ出しているのではないかと思えるほどなのに、心はふつふつと湧き上がる。

 カロンの肩越しにセイランを見ると、椎名の冷たい光を宿した目に一瞬驚いたような顔をして、すぐに仕方がないというように嘆息して頷いた。

 

「そこに、マル、俺の猫はいるかな?ちょっと色の薄い三毛猫なんだけど•••」

「マル、知ってるよ。時々ここにも来るから。そっか、あの子はマルって名前なんだね。夢の中にはあの子は居なかったと思う」


 椎名でさえこの部屋に来たのは初めてだというのに、マルは本当に森のエルフの隠れ里(フォレストムーン)を堪能してるんだな。ご機嫌に歩くマルを想像したら思わずふふりと笑みがこぼれる。

 その声にカロンが様子を窺うように頭を上げ、おでこ同士がコツンとぶつかった。カロンの目がぱちぱちと瞬く。それから椎名と同じようにふふりと笑った。

 つられるようにアマリアも微笑ましそうにふふと笑い、セイランだけは笑わなかったが、厳しかった目が少し緩んでいる。


「(マルってすごいな)」


 椎名はしみじみ実感しながら少し自慢げに頷く。


「マルは光ってるんだ。だから居ればすぐに分かると思う」


 えっ、と思わずセイランを見る。視線を受けてセイランは分からんとばかりに目を伏せ首を振った。これはカロンだけの感覚なのだろうか。それか暗いと言っていたから、普段明るい中ではマルの光に気づかないが、暗いところなら光ってるのが分かりやすい、とか?


「他にも光ってる猫はいた?」

「マルほどじゃないけど、少しだけ光ってるねこはいる。けど、そういう子は足を切られちゃってる子が多くて、あまり長く、その、えっと、持たなくて•••」


 話を聞いているだけでも、子供が見る夢にしてはあまりにもむごくて、血にまみれている。口を開くたびに苦痛に歪む表情にこれ以上聞くわけにはいかないと、椎名は口をつぐんだ。


 椎名は強い意志を持ってセイランを見る。


「セイラン」

「分かってる」


 きっとセイランには負担をかける。それでも、この気持ちの抑え方がわからなかった。

 セイランは椎名の全てを受け入れるように、一瞬のわずかな動揺以降、既にいつもと変わらない様子に戻っている。


「時間はかかるかもしれないけど、なんとかしたいと思うよ。ちゃんと俺が覚えておくから、だから、心配しないで」


 椎名は再度カロンをぎゅっと抱きしめ、安心させるように耳元で静かに囁いた。


「それで、難しいかもしれないけど、できれば夢のことは忘れてちゃんと寝てね」


 カロンの美貌に目を奪われて、決意が霧散してしまわないように、カロンには悪いけど心が落ち着くまでこうしていよう。カロンの陽だまりの匂いのする髪に頬を擦り寄せて、椎名はしばらくその感触を堪能することにした。

エルフの子供の髪はみんなくるくるかふわふわです。

絵画の天使の絵のように。

あんなに無愛想なセイランもくるくるカールヘアの天使さんだったよ。


次はいよいよ旅に出るはず。

夜と朝と、長老様と。

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