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4. エイデンと生活魔法

 セイランの誘導でたどり着いたエイデンの部屋は、大きく扉が開け放たれ、天井のはりからあれやこれやと垂れ下がられた異国の布が、風が通るたびにゆらゆらと揺れていた。

 他のエルフたちの自然に溢れる部屋とは違い、色が賑やかで、長閑のどかとはほど遠かったが、揺れる布が視覚的にも風を感じさせてくれる。


「そろそろくると思ってたよ!」


 ソファにどかりと座り、両手を広げからからと快活に笑うエルフが迎え入れてくれた。

 少し灰色がかった銀の髪に同じく灰色がかった緑の目、よく笑うせいか、よく喋るせいなのか、はたまたよく酒を飲むからなのか、少しれたハスキーな声が、この色鮮やかな部屋の賑やかな雰囲気と馴染み、彼が正しくこの部屋の主人なのだと思わせる。


 エイデンの広げられた胸にマルが遠慮なく、どちらかといえば待ってましたとばかりに飛び込み、それに応えるようにエイデンの大きな両手がマルをぐりぐりと撫でまわす。

 他者に対して友好的でありながらも基本的には受け身の体勢をとるマルが自ら飛びついて行ったことに驚きを隠せない。

 目をぱちくりと瞬かせる椎名に大きな口ではははと笑い、エイデンは自身のふところをごそごそとまさぐった。


「これだ、これ!」


と、取り出したのはひとつの果実。

 黒っぽくてちくちくした細かい毛に覆われていて、椎名の知る限りではキウイと呼ばれるものだ。

 それも枝葉つきなのがなんともファンタジーな見た目だ。


「これの枝とか葉が、猫はみんな好きなのさ!」


 猫が来るんだからこれくらいは準備いるだろう?と、目を輝かせて、小さなナイフで枝と実を切り離す。

 実はまたふところへしまい、マルへ枝をほいっと渡してやると、それはそれはご満悦な表情でエイデンの膝の上でガジガジと噛みつきはじめた。


 キウイはそうか、マタタビと同じ種の植物だっけ。椎名は現世でマタタビに喜ぶ猫たちを思い出してほっと安堵の息を吐いた。

 マルが嬉しそうなのはなによりだ。


「教えてほしいことがあってきました」


 来訪の目的を椎名が告げると知っていたとばかりにエイデンが頷く。


「生活魔法なんざセイランも知ってるけどな!」


 愉快そうに笑う声は、だが嫌な気はしない。逆にどこか懐かしく親しみやすくもあった。


 セイラン曰く、エイデンは『旅するエルフ』なのだそう。

 空のエルフが住む空の隠れ里(スカイベール)や海のエルフが住む海の隠れ里(シーブルーム)、ドワーフたちの岩山や鉱山、地底の竜人や人の街に住む獣人たちとの交流や情報交換をする役目を担っているのだとか。

 特にエイデンはそのついでに人との交流も楽しんだりするので、現状では森の隠れ里(フォレストムーン)で最も外の世界に詳しい人物だった。


 森から出たことがなく、魔法をただ知っているだけのセイランと実際にそれを使用して旅をしているエイデンではあまりにも違う。

 実体験からでる言葉を椎名に聞かせておきたかった。


「つまりセイランが居れば、生活魔法を覚えなくても大丈夫ってこと?」


 それを知ってか知らずか、椎名の言葉は妙に無邪気だ。


「居ない時に必要だろ」

「居なくなるの?」

「そんなつもりはないが」

「じゃあいいじゃん」


 セイランが手の甲で椎名の額をぺちりとはたく。


御託ごたく並べてないでいいから覚えろ」


 仲良しだねえとエイデンがからから笑う。

まるで小学生男子のじゃれあいを見てる親戚のおじさんみたいだ。


「じゃ、ま、おじさんが教えてやるから、黙って聞けよ、ガキども!」


 いつの間にやら取り出された猫じゃらしをブンブン振り回して、マルを挑発しながらエイデンはソファの向かいの席に2人を座らせ、意気揚々と実演を含めた解説を始めた。






 生活魔法というものは、長命のエルフにとっては比較的最近発生した魔法であった。

 精霊がこの世界から姿を消し、それまで使えていた魔法が全て使えなくなったことで、生活の多くを魔法に依存していた人が困りに困って何年もかかって開発したものらしい。

 エルフのように術式を熟知していなくても、決まった魔法陣を書き、決まった文言を言うだけで発動させることができる。

 中身を紐解いてみれば、ごくごく簡単にまとめた術式魔法で、式の部分を魔法陣に書き、魔法を発動させる指示語をより簡素化して詠唱としている。

 簡素化を極めたあまりに威力は極限に小さいが、生活への利便性は戻り、今でも重宝されていて、人は意味もわからないままおまじないのように気軽に使うのだという。


 なるほど『いたいのいたいのとんでけ』とか『ないないのかみさま』とか、そういったものと同じだ。


 そんな可愛らしいが便利な魔法は多岐たきに渡り、それこそ『いたいのいたいのとんでけ』のような痛みを少し減らす魔法から始まり、ライターのような小さな火を起こす、小さな灯りをつける、少しだけ水を淹れる、お湯を沸かす、服を洗濯する、体を綺麗にする、持ち物を小さくまとめる、無くしものが見つかる、迷った時に家に帰れる、などなど、真偽の程は定かではないものもあるが、どれも生活に浸透して親しまれてきたものだった。

 ちなみに、人はこの生活魔法を研究してさらに強力なものを組み込んだ装置を作り上げており、一般的な家庭では灯りや風呂、調理、洗濯などかなり依存している。


「ま、使えるのも使えねぇのもあるけどな」


 テーブルの上で椎名の魔導書をぱらりぱらりとめくりながら、からからと笑うエイデンの目が優しい。

エルフの里ではあまり見られないが、こうした仕草は人っぽい。人と交流をしたことがあるからだろうか。


 ひとまず何か試してみようかと、エイデンに提供を受けた小さな紙に魔法陣をひとつ書いてみる。

そして、その小さな紙片に手をかざし、


火が(イグニ) ある(セスト)


 ボウっと紙片が一気に燃え上がる。

途端に目の前の火をセイランの手のひらがダンっとテーブルに押しつけて消した。


「なんで火だよ危ねぇな!」

「ちょちょちょまってまってまって!」


 椎名は目の前で起こったことに慌てて、セイランの手を取る。セイランが家の中で火をつけるやつがあるか!と容赦なく叱りつけてくるし、全くもって正論なのだが、今はそれよりも火を直接叩き消したセイランの手のひらの方が重要だ。

 幸い、剣を握り慣れて皮膚の厚くなった手のひらには黒くすすがついているだけで大きな火傷はなさそうだった。

念の為セイランの手のひらに回復魔法ヒールを掛けておく。


「それ、そんな大きい火の出る魔法じゃないんだけどな。神様の魔力のせいかね」


 部屋の持ち主であるエイデンは火を出したことを特に咎めるでもなく面白いものを見た程度の反応で、あっけらかんとしている。

本人が気にしていないとはいえ、たくさんの布が垂れ下がっている部屋だ。しかもテーブルには椎名の魔導書も開いたまま置きっぱなしだった。危ない。燃え移らなくて良かった。


「よく使うやつは先に魔法陣書いて持っておくと楽でいいぞ」


 火は調理に使うし、持ち物を小さくするのは野営でテントや寝具を出すたびに使う。体を綺麗にするのは人に会うなら気にしておきたいところで、交流を役目としているエイデンは個人的によく使うらしい。

 霧になっていた時ほど、誰かが「なんか臭いな」と遠慮なく言ってくるものだから、かえって傷つくのだそうだ。


「同じものを食って、同じ場所で生活してるとだんだん同じ匂いになってくるから、気にならなくなってくるが、やっぱ他所から来たヤツは他所の匂いするからな。せめて臭くない方がいいよな」


 猫も匂い気にするしな。と、すっかり酔っ払ってお腹を丸出しにしているマルに顔をうずめ匂いを嗅ぎ、次いで椎名の頭に顔を寄せ、くすぐるように髪に鼻をうずめる。耳元を呼吸がかすめ、椎名はくすぐったさに少し首をすくめた。さらにセイランの頭にも同じように鼻をうずめ、最後に自分の服を摘んで匂いを嗅ぐ。


「お前さんもマルも、もうすっかり里の匂いだな」


 嬉しそうにふにゃと緩んだエイデンの顔に、なんだか急に照れくさくなって、椎名も同じようにふにゃりと笑った。


 あとなんかわかんないことないのか、と嬉しそうに魔導書をぱらぱらめくる姿は、頼られることの喜びを隠すことなく伝えていて、椎名は自然と居心地の良さを感じていた。


「あとは転移魔法と、浄化魔法かな」

「あ、そりゃ無理だ」


 椎名の呟きにエイデンから即座に否定が入る。

驚いて反射的にセイランの顔を見ると、わずかに目を見開いていたから、おそらくセイランも知らなかったのだろう。


「そいつは空のエルフと海のエルフの秘伝だ。あっちの里へ行かなきゃ覚えられねえよ」


 そんなはずは、とセイランが自身の記憶を呼ぶように目を彷徨さまよわせる。


「確かにあるっちゃあるが、気休め程度のものだろう。知りたいのはそれじゃないんだろ?」


 全くもってその通りだ。セイランは悔しげに口をつぐんだ。

対して、近くに寄った時にでも教えて貰えばいいさ、と、エイデンの声は軽い。


「そんな大切な魔法、なんでこんな真ん中のページにあるんだろ。大事なことは1番最後にあるものじゃないの?」


椎名の声もエイデンにつられて軽い。


「ばーか。お前さん魔法使う時これ持つんだろ?はしのページにあったらバランス悪すぎて開いて持てねえぞ」


 腕、鍛えとけよと笑うエイデンの声は明るい。

この明るさが居心地の良さに繋がっているのだろう。

 精一杯遊んでもらっていたマルもエイデンの膝の上ですっかり寝てしまっている。


「森のエルフの秘伝は載ってないの?」


というか、ぽっと出の椎名に秘伝なんて気軽に教えてもいいものだろうか。椎名の言葉を受けてセイランが魔導書を前のページに戻るようにぱらりぱらりとめくり、回復攻撃の章の1番最後、攻撃魔法の章の前で止まる。


「これだ。特大回復量の範囲回復(エリアヒール)。お前、使えるようになってただろ」


 そういえば、練習した記憶がある。

確かその時は範囲を森の隠れ里(フォレストムーン)を指定したはずだ。回復の総量はかわらないので、範囲を広げると回復量は減るが、狭い範囲を指定すれば回復量が多い、割りと自由度の高い魔法だ。

 だがその回復の総量があまりに多いために、とんでもない魔力を消費してしまう。

 通常、魔力というものは無尽蔵にあるものではなく、随時回復しながら使うものらしい。

使い過ぎて魔力が枯渇すれば強制的にシャットダウンするように眠りについてしまう。実際その時も椎名は結局丸一日眠りっぱなしになってしまった。まるでスマホのバッテリー切れを起こした時のような感覚で。


 そんなことを思い出していると、エイデンが声をかけてくる。


「最後にひとつ、おじさんからのお願いだ。いいか、これだけは絶対覚えとけよ」


 エイデンは椎名の魔導書をぱらぱらとめくり、『家に戻れる魔法』の項目を開く。椎名の目を正面から捉え、低く落とした声のトーンは静かで、まるで別人のようだった。


「死にそうになった時とか、神様の魔力終わった時とか、じいさんになってもう何もできなくなった時とか、こいつ使ってここに戻ってこい。看護でも介護でもなんでもしてやるよ。

ここの連中みんなそれだけお前さんに感謝してるんだ。

•••人ってのはあっという間に死んじまうから困る。死に目くらい会わせろよな」


にやりと笑って椎名の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。真面目なトーンはいつの間にか消え去り、冗談みたいに笑って流しているが目が少し寂しげだ。


「そんな頃には俺が普通に連れ帰るけどな」


セイランの冷静なツッコミに「違いない」と笑い飛ばし、年若い2人を慈しむように目を細める。

言葉も、ぬくもりも、香りも、やがては薄れ消えてゆく。

それでも、今は確かにここにあった。

「2人の未来に幸あれ」とエイデンは祈りにも近い気持ちで願った。


エイデンが好きです。

若者の味方、チャラおじさん。

自称おじさん、年齢はハイパーお爺ちゃん、でもエルフなので見た目は20代です。

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