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神のいとし子(代理)と申します。  作者: かもしか


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33. アウレウィアの領主との再会

 その日、冒険者ギルドでひとしきり掲示板を眺めた後、椎名とセイラン、レックスの三人とマルはそろって冒険者ギルド奥に設けられている応接室で待ち時間を過ごしていた。


「ここで話すのとかなんかイヤなんだけどーーぉ?」


 椎名は背もたれに体を預け、だらしなく足を伸ばしたまま、不満を語尾にこれでもかとたっぷり詰め込む。


「しかも、ちーーーーーっとも来ないし」


 最初は何かを壊しても嫌だからという理由できっちりスリングに収めていたマルも、あまりの待たされようにいささかかわいそうになり、もはや応接室の中を自由に探索させている。柔らかな絨毯に吸い込まれる小さな足音は、レックス以外の誰にも感じることができなかった。


「そうは言うけど、本当は領主のタウンハウスへ呼び出しもあり得たのに、ここで済ましてくれるってんだから、気ぃつかってくれてると思うけど」


 レックスが肩をすくめてそう言うと、椎名は不満げに頬を膨らませながらも、渋々と口をつぐんだ。


 先日、レックスの元に届けられた椎名宛の手紙は、農業都市アウレウィアの領主マーカスからのものだった。以前依頼を受けた『白猫探し』についてのその後のことについての概要と、それに関する今後のことを、一度顔を合わせて相談にできないか、というものだった。


 その手紙の中で『依頼』という文字がなかったことに椎名は引っ掛かりをを覚え、了承の返事を送った。そこから二十日。かなりの時間をかけて、ようやく会う日程がついた。

 現代日本に生まれ育った椎名にとって、手紙のやり取りを前提としたこの緩慢な時間感覚は、どうにも馴染み切れないものだった。待たされる時間が長い程に気持ちが落ち着かなくなっていく。


 椎名は暇をもてあそぶように、すぅと指を持ち上げ、空中で何かを持ち上げる仕草をしてみせる。するとそれに呼応するように壁際のティートローリーのティーポットの蓋が静かに浮きあがった。

 続いて、茶缶から茶葉がひとつまみ、ふわふわと宙を舞いながらポットの中へ落ちていく。そして空中にどこからともなく現れた、湯気を立てる水球が傾き、音をたててポットに注がれると、やがてティーカップと共に宙を漂い、そっとテーブルに降り立った。


「またお前はそうやっていらん事ばかり覚えて」


 椎名の魔法に苦言を呈しながら、セイランが手慣れた手つきでティートローリーからソーサーを取り出し、椎名が並べたカップの下に差し込む。


「この程度のこと、わざわざ魔法でやらずとも手でやったらどうだ」


 その分ほかの魔法を覚えればいいものを、とぶつぶつ文句を言いながらも、セイランはポットを手に取り、きちんと紅茶を注いで椎名の前に差し出した。


「できそうって思ったら試してみたくなったんだよ」


 椎名は悪びれる様子もなく、差し出されたカップに手を伸ばす。


「なあ、魔法ってさ、俺が想像していたのとだいぶ違うんだけど。もっとこう、炎の矢ーとか、なんとかのかんとかー、とかじゃねえの?」


 椎名の様子を黙って見ていたレックスが、セイランからティーカップを受け取りながら、心底不思議だというように問いかける。

 椎名はレックスと目を合わせ、ぱちぱちと目を瞬かせると、どう答えたらいいのかよく分からないと、曖昧に笑ってセイランに視線を移す。その途端にセイランの眉間に少し皺が寄ったのが見えて、しまったこれは習ったことだったかと思わず首をすくめた。


「いいか、魔法というものは、本来そこにある自然の力を精霊に仲立ちしてもらって操るものだ。だが、ある時を境に精霊はこの世界から姿を消した。自然の力はあるが、精霊の仲立ちなしでは魔法は使えない。ここまでは理解わかるか?」


 セイランがレックスの目を正面から見据え、淡々と説明を続ける。その声には感情の起伏こそないが、理解を置き去りにしないようにという配慮が窺えた。レックスも学はないが呑み込みが悪いわけではない。経験に基づく理解力にも長じており、特に問題もなく話についてきているようだ。


「だが、椎名は精霊の仲立ちがなくとも直接自然の力を操ることができる。神の御力みちからせるわざだろうが、椎名は具体的に想像ができることであれば、なんでもできる。神がそうであるように」

「なる・・・ほど・・・?ってことは際限なく色々できるってこと・・・か?」


 レックスの言葉には、理解はしているものの、常識の枠を超えた話に掴み切れない不安の色が混じる。


「いや、あくまでも想像できる範囲内のことしかできないな。・・・例えば、椎名は争いのない世界から来たと聞いたが、そのせいか他者に攻撃する想像イメージができない。炎の矢を投げる魔法は使えても、標的に当てる想像イメージができないから、炎の矢で攻撃する魔法は使えない。そういうことだ」

「あー。攻撃魔法が苦手ってそういうことだったのか」


 レックスは腑に落ちたようにぱっと明るく笑い、それから手にしたティーカップに口をつけ、次の瞬間、はっきりと眉をしかめた。


「・・・マズすぎない?」

「紅茶のれ方とか知らないし、しょうがなくない?」

「なるほど、万能じゃないワケね」


 素直な感想に対して反論するようにつぶやく椎名に苦笑をこぼすと、レックスはカップに残った、色のついただけのお湯を一気に飲み干した。

 対照的に、椎名はふと何かに気付いたように、口にしていたカップを静かに下ろす。


「それって、俺にできるんだから当然マルにもできるんだよね。そう思うと、こないだ話してたマルの意識が俺の意識に介入したかもって話も現実味を帯びてくるよねえ」

想像イメージできればそうかもしれないが、あの時マルはその場にいなかったという話になっただろう」


 椎名の言葉にセイランが先日と同じ返答をするが、椎名は深く考える様子もなく、「そうだったっけ」と軽く返してカップをテーブルに戻した。


「じゃあ今、魔法を使ってる人とかエルフとかはどうなってんの?使える人とかもいるよな。偉いヤツとか」

「それは術式魔法を使っている。これは精霊にこちらの世界に来てくれるように『請い願う文言』と『何を』、『どのくらい』、『どのようにしたい』を明確に明言することで発動させる魔法だ。この精霊を呼び出すのが人には難しく、そこまで身につけるのに膨大な年月がかかると聞いている。寿命の短さから考えても人では一つか二つの魔法が使えるようになるので精いっぱいだとか。そのせいか、回復魔法は人の歴史上では消滅したと記録がある」


 セイランは説明を終えると、手にしたカップの紅茶をレックスにならって一気に飲み干し、静かにテーブルに戻した。それからテーブルの上に残された椎名のカップに手を伸ばす。


「エルフは使えんの?」

「エルフは使える。およそ一万年を生きるエルフは魔法に費やせるだけの時間があるからな」


 セイランはそう言って、再び手にしたカップの紅茶を飲み干す。渋みも苦みも感じさせない顔のまま、空になったカップを静かにテーブルの上に戻した。その所作には、長い年月を生きてきた者特有の落ち着きが滲んでいる。


「じゃあセイランはなんで魔法使わねーの?」

「俺はまだ500年程度しか生きていない。剣は300年ほどやったが、魔法はまだ勉強中で簡単な物しか使えない」

「300年も剣をやってるだけですげーよ。そりゃ強いわけだわ」


 呆れたようなレックスの声をなんとなく聞きながら、椎名はセイランが自分と一緒にいる時間よりも、別れた後の時間の方が圧倒的に長いことに気付いて、いまさらのようにその寂しさに胸に引っ掛かりを覚えた。だが、それは自分自身とマルにも当てはまることなのだと思い直す。


 マルと過ごせる時間は、きっと長くはない。恐らくあと数年で寿命を迎えるだろうマルを、その時、椎名は忘れてしまうのだろうか。・・・・・・そんなはずはない。椎名は自身の思考を即座に否定する。これほどまでに愛おしい存在を生涯忘れることなどできる気がしなかった。


「マル」


 椎名は呼びかけると、ソファの袖に自分の匂いを付けるのに夢中になっているマルに手を伸ばし、その小さな体を抱きあげる。なんだか急にさみしくなった心を埋めるように、その背に顔を埋めた。迷惑そうに目を細めたマルが前足で椎名の頭を懸命に押し返すが、それもまた愛おしくてより深くぐりぐりと頭を押し付けた。






 ソファに座る椎名の横にマルがちょこんと澄まして座り、その横に領主家の猫、セラフィがまるで当然のようにマルに寄り添って座る。


「(なんだろうこの配置・・・)」


 言葉にしない戸惑いが胸の内に広がる。どうしてこうなったかわからない自分の立場が妙に居心地が悪く、落ち着かない。そんな椎名の様子をアウレウィア領主、マーカスが向かいの席からにこやかな笑みで眺めていた。


「アウレウィアではそちらのエルフ殿にすげなく断られたから、またこうして話ができることに感謝しよう。見ての通り、セラフィも喜んでいるようだ」


 領主であるマーカスは、まるで孫娘を見るように穏やかな目でセラフィを見守り、相変わらずの愛猫家であるのが見て取れる。


「改めて聞くが、どうかね、うちのセラフィと椎名殿の猫をつがいにするとい「お断りします」


 言葉を最後まで言わせない、被せるような即答に、一瞬きょとんとした顔をしたマーカスは、腹の底から愉快そうに笑い声をあげた。その朗らかな表情につられて、椎名の肩からも知らず力が抜ける。


「理由は、病気でということだったかな?それであればお主の回復の力で治せるのではないか?うちの執事補佐官の報告を見る限り、筆舌に尽くしがたいものだったそうだが?」


 大柄な体躯と、貴族らしからぬ日に焼けた顔に快活な笑みを浮かべ、表情に合わない詮索めいた言葉に、椎名は警戒すべきか否か分からず、苦笑する。


「病気というより、遺伝と言った方が正しいです。本来、この柄の猫は雌しか産まれません。ごくまれにこの子のように雄が産まれることがありますが、この柄の雄はほぼ間違いなく生殖能力を持っていません。なので申し訳ないですがつがいにするのは不可能です」


 椎名は自身の回復魔法については意図的に触れずにあくまでも淡々と事実だけを返答したが、マーカスはそれ以上回復魔法に触れてくることはなく、ただ「残念だな」とだけこぼすだけだった。てっきり回復魔法について聞かれると思っていた椎名はその反応に軽く首をかしげる。そんな椎名の前に領主の執事であるダリオが穏やかな表情を崩さず、優雅な所作で音もなく紅茶を置いた。


「では本題といこうか。セオドア、報告を」

「はい」


 扉の前で控える執事補佐官のセオドアがマーカスと椎名の間に置かれたセンターテーブルの脇に進み出る。手にした小冊子に目を落とすと静かで穏やかな声が滑らかに発せられる。


「アルフェンド子爵家は長く納税管理官として代々アウレウィア家に仕えておりましたが、数代前の着任当初より小麦の数量は僅かに誤差があり、長年着服していた模様です。もっとも今回は近年豊作続きだったため、その着服量も多く、罪に問えるほどの量であり発覚に至りました。例年通りわずかな量の着服では発見も難しかったかと思われます。

 なお、この小麦はほぼ太陽王国ソルテアへのルートで売り渡されておりました」

「ということだ。まずは我が国の食を預かるものとして、貴殿の進言に心からの感謝を」


 セオドアの言葉をマーカスが継ぎ、椎名に対して軽く頭を下げる。それは本来、平民である冒険者相手に示すものではない礼であった。


「我らの方でもこれを引き続き調べさせているが、分からないことも多くてな。お主らに差し支えなければ、ソルテアへ行って噂程度のことでも構わないので、なにかしら情報を教えてくれないかと思うのだが、どうだ?」


 誠実さを感じさせるような視線と、椎名の目立ちたくないという意思を尊重するかのような控えめな内容に、椎名は窓際で腕を組み傍観を決め込んでいるレックスに視線を向けた。目が合ったレックスも問題なさそうだと判断したのか、小さく頷いて応える。


「領主家からの依頼となると否応なしに目立ってしまうからあくまでも『依頼』ではなく個人的な頼み事になってしまうが、そちらのレックス殿は容姿を見るにソルテア出身と見受けられる。さほど難しいことではないと思うが、頼まれてもらえないだろうか」


 体を前に乗り出し、両手を膝の上に組む。威圧感を与えるわけでも命令するでもなく、ただまっすぐな視線に、それが伯爵位にある者が平民である冒険者に対して示しうる、最大限の誠意なのだと、椎名は理解した。だがそれでもソルテア国民であるレックスを思うと返答を躊躇ためらってしまう。


「やー内容はそんな難しくはないっすけど、あそこは冒険者需要がないから先立つものがないと厳しいかなあ」


 名指しで容姿に言及されたレックスが僅かに悪戯めいた笑みを浮かべ、椎名に代わって応じる。その口調には場を和ませる余裕があった。


「もちろん路銀に関してはあらかじめ渡そう。物資の方がよければそちらも対応しよう」


 明らかに揶揄からかっているようにも、ともすればたかっているようにも受け取れる言い回しにもかかわらず、マーカスの姿勢は終始変わらない。条件を提示する声音も、表情も、どこまでも真摯しんしだった。


「だってよ、セイ?」


 レックスが余裕の窺える流し目でセイランに視線を投げる。


「俺は椎名が良ければ構わない」

「シーナ?」


 次いで向けられた視線を受け止め、椎名は気遣うようにレックスを見返した。


「レックスには国を出る理由があったんでしょう?レックスがいいのであれば俺はいいけど」

「じゃあ、問題ないな。っていうことだそうだよ、領主サマ」


 決断を躊躇ためらう椎名に代わり、レックスが不遜ふそんともいえる態度でマーカスに言葉を投げる。だが、そんな態度に驚くことも憤慨ふんがいすることもなく、ただマーカスは軽く笑みを浮かべ、膝の上で組まれていた手をほどいた。


「・・・貴殿の譲歩に心から感謝する。報告の方法や路銀ことについては、セオドアに一任するので、セオドアに言ってくれ。私に言うより歳の近いセオドアの方が言いやすかろう。なんならセオドアを連れていくか?」


 レックスの受託の返事に、マーカスにもようやく余裕が戻ってきたのか、再度快活な笑みを浮かべて冗談交じりに言葉を添え、椎名は思わず苦笑をこぼして首を振った。

 背後に控えるセイランの「戦えないものが増えるのは困る」と言いたげなしかつらが目に浮かぶようだ。


「貴殿の猫を撫でてもいいかね?」

「もちろん、マルが嫌がらなければ、どうぞ」


 椎名はひと息つくと、マルを撫でようと手を伸ばすマーカスを横目に、改めてテーブルの上のカップに手を伸ばす。

 口に含んだ紅茶は、先ほどとは比べ物にならないほど滑らかで、豊かな香りに、椎名は心の底から美味しいなと至福の吐息をこぼした。


ーーーーーーーーーー

前回の手紙の内容を今回の話に合わせ調整しました。

アウレウィア領主の名前も、少し変えました。


先週から引き続き激しい咳をともなう風邪で、なかなか時間取れず、あとがきに書きたいなあと思ってる話が書けずにいます。

もう少ししっかり治ったら書こうと思います。

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