25. アウレウィアで猫探し(3)
椎名がカフェに戻ったときには、セイランとレックスの二人は既に店内席でテーブルでくつろいでいた。昼頃にいたテラス席とは違い、斜めに差し込む夕日がテーブルを金色に照らす。
椎名は先ほど見た光景の残滓を振り払うように、ミント水を注文した。
「繁殖場か・・・」
「まあ、効率的っちゃ効率的だけどさあ」
椎名は自分の見たことと、昼には濁した推測を二人に話して聞かせた。この世界には『猫を繁殖させる』という発想はないらしく、二人が嫌悪感に塗れた反応を返す。
「ケド、そんな都合よく白猫って産まれるもんか?」
なんだか腑に落ちないという顔でレックスが疑問を口にする。
「両親が白猫なら7割から10割の確率で白猫が生まれるよ。それは確か」
「じゃあ白くない子猫はどうすんだよ。放流すんの?現実的じゃなくね?」
「うん・・・それもあるとは思うんだけど・・・」
椎名は言葉を濁す。胸の奥に沈む不快感に手元のミント水がやけに早く減っていく。
「そいつらの足を切って闇市場に流すのか」
セイランの静かな声に、椎名は小さく頷いた。
ローゼンタール伯爵家の双子の妹、リリアナから『マルの足を切る』と言われた時には怒りで頭に血がのぼったが、三毛猫のマルの足でいいということはその『猫の足のお守り』は色の指定がないということだ。もしこの『猫の足のお守り』がこの件に関係しているのだとしたら、白猫ではなかった猫たちの足で作られているのだろう。
「ん、ん、ん・・・、そっか」
いつも比較的賑やかなレックスだが、なにか考え込むように唸り、それから納得したようにひとつ頷く。
「猫の足の話なら、こっちでもあったぞ」
カルシレオール男爵について冒険者ギルドに話を聞きに行ったセイランとレックスだったが、時間に余裕があったこともあり、追加で情報屋に話を聞いていた。
貴族がらみの話ならば、街のウワサより情報屋の方が圧倒的に早く、確かだ。しかも男爵家などの下位貴族のことならば料金もさほど高くない。
だが、今回は相場の分からないセイランが最初から金貨を出した。これはもちろん情報量のほかに口止め料を含めたとしても相場をはるかに上回る金額だ。結果として気を良くしたのか情報屋があれやこれやと話してくれ、かなり充実した内容が得られた。
「まず、依頼はカルシレオール男爵家で間違いない。ただ依頼主は男爵夫人だ。年のころは三十後半から四十くらい。ギルドの受付のウサギが言うには、『儚げでつい手を貸したくなるような色気のある美人』だったらしい」
ふぅんと椎名はミント水を口に含み、話の続きを促す。
「男爵は元は平民の騎士でな、武勲を立てて男爵位と嫁を貰ったらしいんだが、最近になって奥さんと三人の娘を残して魔獣討伐で亡くなってるんだそうだ。それで残された女たちは今は資産を食いつぶしながら生きてるんだって」
レックスが紅茶に口をつけ、一息つく。
平民の女性であれば当たり前のように働くが、貴族の夫人は請われてもないのに仕事をするのは家名が傷つくことになるし、娘たちも嫁入り前の行儀見習いとして仕事することはあれども、嫁入りの準備もできないのに行儀見習いをするのは恥となるのだそう。
「んで、すごく倹約はしてるみたいなんだけど、要は金に困ってて・・・」
「それにかこつけて子爵家当主が既婚であるにもかかわらず、男爵夫人に言い寄っているらしい」
セイランの補足に椎名はああ、と声を漏らす。それで最初のほうに出てた男爵夫人の容姿の話があったのか。
「夫人は断ってたらしいけどな。でもアルフェンド子爵は相当気に入ってるらしくて、今はなんか仕事させて報酬を出しているらしいよ。それが猫集めなんだとは思うけどそっちは証拠なしだ。だけど、報酬で生活が助かっているのは事実だし、夫人は善良な人柄らしいし、いずれ恩義に負けて愛人にならざるを得ないだろうね」
レックスの説明に椎名は唇に手を添え、考えこむように聞き入る。
本来なら困窮した下位貴族を救うのは上位貴族の努めた。婚姻を結ぶことで救済することもあるのだが、それならばアルフェンド子爵の息子と、カルシレオール男爵の娘が結婚する方が現実的だ。にも拘らず、男爵夫人の方に言い寄るとは夫人はよっぽどの美人なのだろう。
絶世の美人の集まる森の隠れ里で数か月暮らしていた椎名は、いまさら人の美しさには驚かないが、つい「セイランとどちらが美人だろう」などという不謹慎なことを思ってしまった。
「猫の足の話はここからだ」
レックスの声が少し強張る。
「この街では春に豊穣を祈る祭りがあるんだけど、貴族の娘はそれに奉納品を出す習わしがあるんだ。貧しいカルシレオール男爵家では無理があるのはみんな知ってるから、誰も期待していなかったらしいが、男爵の末娘がまともなドレスにまともな奉納品を用意してきた。それで列席したご令嬢方々はすごい驚いたんだと。で、その理由をその末娘自身が『猫の足のお守りのおかげ』だと話している」
「・・・・・・猫の足のお守り、ね。猫の足を持ってたら幸せになるっていう流行の始まりはそこか」
「だろうな。金のねえ家が急に羽振りよくなった上にそう言われちゃ、お子ちゃまたちの中では流行ることもあるだろうな」
椎名は納得したように静かに頷き、セイランとレックスの顔を見る。
「ありがとう。おかげで情報は充分だよ。あとは子爵の家をこっそり覗いてセラフィちゃんの無事を確認したら完璧かな」
「猫集めてるっていう証拠はねーけど?」
「いいんだよ。その情報で充分。あとは領主様が確認するべきことだから。俺らは依頼通りセラフィちゃんを見つけることを優先しよう」
満足したように微笑む椎名にレックスは気を抜いたように背もたれに背中を預けた。
「セイも頑張って情報集めてくれたんだよ」
レックスの意外な言葉に椎名はつい「え?」と聞き返す。午前中、自分と共にいた時は全くなにも進まなかったのだから当然といえば当然だ。
「ずっと男爵家で働いてたばあさんがいてな、男爵家の人柄とか生活っぷりはそのばあさんに聞いたの。のんびりゆっくりな話をな、こう手を重ねてゆっくりゆっくり聞き出してくれたんだよ。俺だったら、待ちきれなくて無理だけどな〜」
まるでその状況を再現するかのように椎名の手を取って、両手で包み込み、レックスは感心したように続ける。
「老齢の方は敬うべきだろう。経験に基づく話は貴重だ」
「でもセイより年下じゃん」
生真面目なセイランの返事もレックスの言葉で混ぜ返されてつい笑みが漏れる。
それから、完全に日が落ちてライトの灯されたカフェで、ミント水ですっかり体の冷えた椎名は新しくカフェオレとフィンガーケーキを注文した。
夜の上級街区は、下町と比べるとはるかに静かでその静寂は重ささえ感じさせるようだ。
黒髪の椎名はいつもと変わらぬ姿だが、目立つ容姿のセイランと鮮やかな髪色のレックスは深いフードの上着を着ていた。
アルフェンド子爵の屋敷は、整った並木道の突き当りにあった。隣には納税管理官らしく巨大な小麦の保管庫が並んでいる。
上級街区は巡回の兵がいるためか、正門には門番の姿が見えるが裏門にはそういった人影は見受けられなかった。
今の今までずっと浅い眠りを繰り返していたマルは今はしっかりと起きていて、降ろせ降ろせとばかりにスリングの中で暴れている。
「どうする?俺一人で行ってもいいけど・・・」
レックスがもはや制御不能に陥りかけているスリングに目をやり苦笑する。
「そういうわけにはいかないみたい」
「・・・だよな」
レックスはすこしだけイヤそうに眉をひそめたが、諦めたように息をつき、被っていたフードをさらに深く被り直す。
「すぐ開けるからちょっと待ってて」
そういうと何の足掛かりもない壁に片足をかけて軽々と登り、いとも簡単に塀の向こうに姿を消す。それから間を置かず、内側から鍵が外れる音がして裏門がそっと開かれた。
庭は沈黙に包まれていた。雑草が生い茂り、手入れがされていないことがひと目でわかる。その生い茂った雑草が足音を吸収してくれて、足音には気を配らなくとも大丈夫そうだ。
また何匹もの猫が既に入り込んでいるらしく、静かではあるものの生き物の気配はそこかしこからしており、気配についても細心の注意を払わなくてもよさそうだった。
「シーナ、こっち」
外灯もなく、ただただ真っ暗闇な場所をレックスが迷うことなく案内をしてくれる。後ろからはエルフの基本能力で暗視ができるセイランが、途中足を取られそうになる椎名をサポートしながら危なげなくついてくる。
「・・・・・・ここだと思う」
やがて歩みを止めたレックスが指す先には、ただの鉄板が地面に横たわり、その銀色の表面には月を映して光っていた。よく目を凝らせば、ただの鉄板ではなく取っ手がついていて、上に持ち上げる観音開きの扉だということが分かる。
「すごいね、その地図。地下牢の場所まで書いてあるなんて」
「そりゃ、俺が作った地図だからなー。さすがにこのレベルの地図は外に出せねーよ。あちこち忍び込んだのがバレちゃう」
低く抑えた声で軽口を叩きながらも、手は真剣に地下牢の鍵を探る。暗くてほぼ見えていない状況だが、さほど待たずにかちりと小さな音が鳴って解錠された。
「ほら、開いた。二十センチ以上は開けるなよ。バレる。俺、周り見張っとくから、終わったら言って」
「うん。色々させてごめんね。ありがとう」
「気にすんな!気配読むとか、一番の得意分野だからまかして!」
レックスは言うが早いか、手近な木に飛びつくとするすると登り、枝葉の中に姿を消した。
「二十センチと言ったな」
セイランは地面に伏せると、鉄の板を持ち上げ薄く開く。目を凝らして覗き込んでも椎名にはただただ底の見えない深淵の闇にしか見えない。
「見える?」
「ああ、いるな。白い猫。7匹・・・?か。領主の猫らしき猫もいる。足のないのが2、あと死んでるやつが数体だ」
「俺も見たいな。見えるかな」
「光球をこの中に入れれば見えるだろ。球状のものを作るのはもうできるだろう」
「うん」
椎名は手のひらを鉄の板の隙間から地下牢内へ差し入れ、いつもどおりカプセルトイに詰めるようなイメージで光を集めて球状にまとめる。そこからそっと手を戻せば青白い光を発する光球は地下牢の中でふよふよと浮いた。
それから、スリングのマルを自身の脇にぎゅっと抱きしめて、椎名もセイランに倣い地面に伏せ中を覗き込む。
光球の光の届く場所しかよく見えないが、猫たちの目がその僅かな光を反射してギラリと光る。その数からして確かに7匹ほど、足を切られた2匹はもはや死が間近なのか、顔を向ける気力もなさそうだ。
その中に、一匹だけ淡く光を放つ猫がいた。そちらに光球をすいと動かすと、毛並みも汚れて見る影もないがふわふわと長い被毛と、こんな環境にいるにもかかわらず気品を感じさせる佇まいを見せる。この子が領主様の猫、セラフィちゃんだろう。
汚れてはいるものの強い意志の目がまさしく猫たちのボスなのだと感じさせる。
「いた。・・・ちょっと光ってる」
椎名の声にセイランが小さく頷く。
「マルやお前と同じだ。間違いないだろう。・・・どうする?助けるか?」
椎名は再度地下牢内部に手を差し入れる。
「ううん。かわいそうだけど、今はこのままで」
消耗している様子がかわいそうではあったが、大幅な回復は子爵家に違和感を与えて警戒されてしまうかもしれない。だがせめて少しだけでも回復をしておきたい。ごくごく小さな回復ではあるが、椎名は一匹ずつ丁寧に癒していく。
「ごめんね、また来るからね」
地下牢の猫たちに声をかけ、そろそろ戻ろうと椎名は木の上に潜むレックスを見上げた。
「いたっ!」
その一瞬の隙に腕の中で急に暴れたマルが椎名の腕にかみつき、脇からするりと抜け出した。
「あっ、マル!だめっ!!」
止めようとした手を軽々と躱し、マルは地下牢の中へひょいと飛び降りる。
「・・・・・・っ!」
思わずマルを呼びかける大きな声はセイランの手にふさがれて音にならない。マルの小さな体はあっという間に光の届かない奥へ沈んでいく。
椎名の作った光球も椎名の動揺と共にぱちんとはじけ、地下牢の中は再度闇に包まれた。
「なに、どうした?」
木の上から音もなく戻ったレックスが、鉄の扉をセイランから引き受け、静かに閉める。
「マルが中に入った」
「えっマジか・・・!でももう人来るぞ。一旦戻らないと・・・!」
セイランの言葉にレックスが焦るように伝える。
「先に行く。後ろを頼んだ」
すかさずセイランが鉄の扉を前に座る椎名を有無を言わさず肩に担ぎ上げ、素早くその場を後にする。
「りょーかい」
レックスが来た時と同じように鉄の扉にカチリと鍵をかける。
既に後方に遠ざかるその音に椎名は目の前にあるセイランの背を強く殴りつけるが、びくともしない。それから無反応な背に諦めたようにだらりと腕を伸ばして体を預けた。
外の空気は冷たく乾いていた。
椎名はもはや気力もなく、セイランに担がれたままだらりと弛緩していた。
ぐずぐずと鼻を鳴らして明らかに泣いている気配に上級街区入口の衛兵が引いていたが、レックスの「飲みすぎたみたいでー」という曖昧な苦笑に、同情の目で通してくれた。
宿屋に戻る頃には少し落ち着いてはいたものの、椎名は「マルが・・・マルが・・・」と繰り返すばかりで、先のことを話す余裕はなかった。
「・・・椎名」
セイランが椎名の腕にあるマルの噛み痕に手を添え声をかける。
明らかに甘噛みではない、血が流れ出る傷に清潔な布を当て、大きな手のひらで止血するようにぎゅっと抑える。
「マルにはマルの考えがあって、お前にこんな怪我をさせるほどの強い意志で動いた。尊重してやるべきだろう」
椎名は小さく唇を噛む。
「でもあの子は体が弱いし、外の世界をあまり知らないのに・・・」
「だがあいつも大人の猫だろう。ましてや神に愛された猫だ。お前はお前のやるべきことを為し、その間マルが猫たちを守る。それをあいつ自身が選んだ」
椎名はまだ涙に濡れる目を伏せた。指先が震える。マルにつけられた傷がセイランから流れてくる回復魔法でじわじわと熱を持つ。
やがて小さく息を吐き、セイランの手をそっとどけた。
「・・・・・・分かった」
椎名はセイランが苦手とする回復で治した傷を見下ろし、少し残るマルの牙の後を撫る。こぼれる涙を戻すように天井を見上げた。
「できるだけ早く、迎えに行く。あの子たちも、みんな」
椎名の声には確かな決意があった。セイランとレックスも黙って頷き、ようやく前を向いてくれそうな椎名にそっと安堵の息をついた。
「・・・もう少し。もう少ししたら立ち直るから、もうちょっと待って。それから状況の確認と明日のことを話そう」
こらえきれない不安を噛み殺すように椎名の歯ぎしりがかすかな音を立てて響いた。
おまけ:
猫たちが証拠隠滅に協力してくれてる様子です(笑)
風がやんだ庭先で、雑草がいくつも淡い傷を残して倒れていた。人の歩幅でつながる折れ曲がりと、月を反射する鉄の扉の前に残る大きく倒れた雑草の数々。
明らかに人が踏み荒らしたような形跡と何かしらが寝ころんだような形跡があった。
だが、次の瞬間。黒猫がふわりと音もなく雑草の上に体を滑らせる。続いて3匹、別々の柄の猫たちがやってきて、折れ曲がってしまっている雑草に体をこすりつけたかと思うと、大げさに喧嘩を始めて、大きな声で騒ぎながら庭中を駆け回る。
次から次へ違う猫たちがやってきて、庭の雑草にそれぞれ違うアプローチで絡みつき、やがて庭は『人』が歩いた痕跡があったとは思えないほどに雑草が散り散りになり、荒れ果てた。
猫が騒ぐ庭に屋敷内の者が顔をしかめて庭を眺めたが、いつものことだと首を振って、見るに堪えない荒れた庭から目をそらした。




