24. アウレウィアで猫探し(2)
カフェを出た後、椎名はセイランとレックスが向かったギルドの方向とは逆に、下町の方へと足を向けた。これまでセイランと離れて行動したことはなかったため、少しばかり心細さを感じるが、マルのぬくもりをぎゅっと抱きしめ、気を取り直して顔を上げる。
アウレウィアは農業都市なため、昼過ぎともなれば、農作業を終えた人々や、作物を使った商品などを売る人々も少しずつ街に戻ってきているはずだ。
石畳に差し込む午後の光は柔らかく、通りに並ぶ小さな商店の木の看板が風に揺れる。パン屋の窓からは香ばしい匂いが漂い、先ほど昼食を摂ったばかりだというのに、その魅力的な香りにふらふらと誘われそうになる。遠くからは子供たちの元気な笑い声が聞こえ、椎名は軽く頭を振って雑念を追いやり、子供たちの声が聞こえる方向へ向かう。
案の定、通りの角には買い物かごを抱えた母親たちが立ち話をしている。子供たちはやや離れたところで、石畳にチョークで絵をかいたり、ボールを転がしたりして、楽しげな笑い声を響かせていた。
また手前の路地からは、子猫たちが子供たちの遊びに興味を示しているのか、母親たちの買い物かごの中身に興味を惹かれているのか、ちらりちらりと顔を見せている。
「こんにちは」
椎名は生来の柔和な顔に柔らかな笑みを浮かべて、母親たちに声をかけた。
「あの、ちょっとお聞きしたいんですが、依頼で猫を探しているんですけど、このあたりの猫について聞かせてもらえませんか?」
母親たちは顔を見合わせるとすぐににこりと微笑みを返してくれる。農作業の手伝いや害獣の駆除などで冒険者を雇うこともあるらしく、冒険者に対する抵抗感が少ないようだ。
「最近、猫が増えてるから探すの大変そうね。どんな猫を探してるの?」
「ほんとね!増えて困っちゃうけど、ネズミ捕ってくれるからいいのかもしれないわね。でもこんなに猫が増えちゃうとネズミのほうが足りなくなって、猫たちがご飯に困らないか心配になるわ」
「うちなんか、朝と夕とご飯をねだりに来るわよ!ネズミいなくなったってあの子たち飢えることなんてないわよ!」
「わかるわ~!ネズミ捕ってよ!って思うのだけど、ついあげちゃうのよね~」
「足にすりすりされるともうダメよ。負けちゃうわ」
猫が多いせいなのか、誰しも猫に関するエピソードがあるらしく、さっそく母親たちは猫の話題で盛り上がる。
「えと、白い猫を探しているんですけど・・・」
「白い猫?最近は見ないわね」
椎名が控えめに尋ねると、すぐに返事が返ってくる。
「私が子供のころにはいた気がするけど、最近見かけないわねえ」
「淘汰されちゃったんじゃない?カラフルなのもかわいいわよ」
「そう!うちに来る子はね、黒いんだけど足だけ靴下を履いたみたいに白いの!かわいいでしょ?ひとつは半分くらいしか履けてないんだけどね!」
「すごい!靴下を三枚も履けてるってことよね?おりこうね!うちの子なんて靴下嫌いですぐぽいぽいって脱いで投げるのよ!一枚も履けないうちの子よりずっとおりこうだわ!」
どこの世界でも母親たちの愛とパワーは圧倒的だ。言葉の濁流に飲まれそうになるが、これほどまでに猫が増えているというのに白い猫はどうやらいないらしいことは理解できた。
母親たちは再びお気に入りの猫の話に花を咲かせている。
「にーちゃん、俺、とびっきりのねこのはなし、知ってるよ」
椎名のローブの腰にドスンと抱き着いてきた少年が自信満々の笑顔を見せる。
「あ!あんたまた適当なこと言って!お兄さんは白い猫探してるんだから、邪魔しちゃダメよ!!」
すかさず飛んでくる母親の声に、少年は「ジャマじゃないもーん」と憎たらしい表情で舌を出し、椎名の手を引き、少し離れた場所にしゃがみこんでいる子供たちの円陣の輪に入れる。椎名も子供たちに倣って輪の中でしゃがんだ。
「にーちゃん、いいか。おとなにはナイショだぞ」
もったいぶるように指を立てて、少年は低く声を潜める。
「このまちにはな、ネコのバケモノがでる小屋があるんだ」
椎名をこの円陣に連れてきた少年はどうやら一番年長らしく、彼が「なっ」と子供たちに声をかけると、皆、怖そうだったり、面白そうだったりしながらも「うんうん」と一様に頷いた。
「あのね、よるになるとね、こわい声がするの」
「なんかね、あかちゃん。ぐあいわるいみたいな泣きかたなの」
「でもね、でもね、ネコがおこってるみたいな声もするの」
「ギャーーーってさけび声みたいな声もするし、こわいの!」
円陣のあちらこちらから口々に発せられる言葉をひとつひとつ受け止めながら、椎名は安心させるようにそっと頭を撫で、慰める。
「それでね、こわいっていったらね、おにいちゃんが・・・」
涙を浮かべて訴える少女の目線が、隣に座るやんちゃそうな少年に移る。
「ネコのバケモノがね、人のあかちゃんと入れかわるために、泣くれんしゅう、してるんじゃないかって・・・。うちね、あかちゃんうまれたばかりなの。かわいいの。だいすきなの。入れかわっちゃヤなの・・・!」
「だいじょうぶだよ!いれかわったとしても、赤ちゃんはじぶんで歩けないから、どこにもいけないもん!」
言いながらだんだんと目から涙があふれて止まらない。やんちゃな少年とは反対側の隣に座る少年が、ハンカチを取り出し、少女を慰めるように声をかける。
「そりゃネコのバケモノがくっちゃうに決まってるだろ!・・・って!!!」
恐らく少女の兄と思われるやんちゃな少年が怖がらせるように声を荒げるが、それは年長の少年のゲンコツによって制裁された。
「だから、俺たちで退治してやろうって計画してたんだよ。そしたらかーちゃんが・・・」
年長の少年が、背後で話に花を咲かせている母親たちに視線を投げ、渋い顔をする。
「バレて、すっげえ怒られたんだよ。話するのもブチ切れるし、こっそり抜け出すのもできねーしさ。兄ちゃん冒険者なら強いんだろ?場所教えるから倒してきてよ!」
少年の勢いに椎名は苦笑する。彼は正しくこの子たちのリーダーなのだろう。意志を同じくするだろう他の少年たちも期待のまなざしで椎名を見てくる。だが・・・
「俺、強くないから、倒すのは無理だと思うなあ・・・」
椎名の言葉に、子供たちの目が「あ、やっぱり?」と言いたげな視線に代わる。明らかに彼らが普段見る冒険者たちより椎名はずっと華奢で、見るからに頼りない。
当然想像していた反応に少し申し訳ないが、本当のことだし、仕方がない。
「でも、心配だから様子は見てくるね」
そう告げて少年から詳しい場所を教えてもらう。椎名の予測が正しければ、その小屋の存在こそが椎名の求めていた情報だった。
「ありがとう」
子供たちにそっと礼を告げると、彼らは得意げに笑って、また遊びに戻っていった。母親たちも変わらず楽しげに話しこんでいて、足元にまとわりつく子猫たちにパンをちぎってあげたりしている。
椎名はその日常の光景に目を細め、穏やかに微笑むと、少年に教えてもらった小屋へ確かな足取りで歩を進めた。
北の路地のさらに奥の細道に踏み入ると、急に静けさが増し、舗装されていない土の道には猫ばかりが目に付く。
道の片隅で丸くなって眠るもの、塀の上から見下ろしてくるもの、物陰から様子を見るもの。居心地の悪さを感じながら細い道を縫うように奥へ進むと、やがて子供たちが言っていた小屋が現れた。古びた木と漆喰でできた壁は薄汚れ、屋根には苔と鳥の糞が混ざる汚れが見える。お世辞にも管理されているとは言いがたい。中からは弱々しい子猫の声と成猫の低く唸る声が聞こえ胸をざわつかせる。
この状態においてもマルが起きてこないのは、昨夜よく寝られなかったのだろうか、この街の猫社会の緊張感が熟睡をさせてくれないのか、随分と消耗しているように感じる。
「(ごめんね、もうちょっと我慢して)」
椎名はぴくぴくと耳を忙しなく動かしながらも寝る姿勢を崩さないマルをそっと撫でた。胸元のぬくもりが、一人ではないことを感じさせてくれて少し心強い。
小屋からは人の気配は一切感じられなかったが、椎名は息を潜め、慎重に小屋の壁に身を寄せる。室内からは誇りと湿気が混じりあった匂いと共に、腐敗臭や排せつ物の匂いなどの悪臭が漂ってくる。
『あのね、よるになるとね、こわい声がするの』
『なんかね、あかちゃん。ぐあいわるいみたいな泣きかたなの』
子供たちの言葉が頭をよぎる。その言葉は椎名の予想を裏付けてくれたが、真実を確かめるように椎名はそっと窓から中を覗き込んだ。
窓枠にはめ込まれたガラスは長年の風雨で曇り、ところどころに細くひび割れが走っている。汚れと曇りのせいで中は見通しが悪く、日の光も鈍くしか差し込まない。
その薄暗い室内にはいくつもの目の細かいケージ(動物用の檻)が置かれており、一つには数匹の子猫と母親と思しき成猫が入れられている。また別のケージにはまだ幼さの残る若い成猫が入れられているものがいくつかあり、それとは別に番と思われる二匹の成猫が入れられているケージと一匹の成猫のケージがあった。その成猫のほとんどが白猫だ。
成猫はどの子も皆どことなく疲れた顔をしているように見え、ぐったりと体を休めているものもいれば、同室の猫に怯えて縮こまっているもの、落ち着かず狭いケージの中をうろうろと動き回り唸るものもいる。
若い成猫は皆が何に苛立っているのか分からないようで怯えて目をそらし耳を伏せているのがほとんどだ。状況の分からない子猫の小さくか弱い声だけが虚ろに響き、重苦しい空間に不協和音のように浮かび上がる。
ケージはおよそ綺麗とは言い難い状況で、床は埃と木くず、猫の毛で埋め尽くされ、あちこちに乾いたネズミの死骸や落ちた羽毛が散らばっている。餌は散乱し、虫が湧いていたり、たかられたりしている。小さな水皿は埃や嘔吐物で濁りとても飲めるものではない。もちろん排せつ物も垂れ流しのようだ。
隙間から差し込むわずかな光も埃で濁り、薄暗い室内で猫たちの目だけがぎらりと光り、椎名の胸は痛む。せめて水だけでも綺麗にと、椎名は水皿に水を満たすイメージを脳内に作り上げ、すいと魔力をのせた指先を水皿に向けた。小屋自体を清潔に掃除することもきっとできるだろうが、そこまでしてしまうと家主が違和感を覚えるだろう。現状で椎名にできることは水を綺麗なものに入れ替えるだけで精いっぱいだった。
街には一切存在しないといわれる白猫。冒険者ギルドで探されるほどに求められている白猫がこの劣悪な環境にだけ存在する違和感。
「(ここは『白猫』の繁殖場だ)」
やっぱり。と椎名は自身の推測が正しかったことを確認し、胸に広がる苦いものを嚙み締める。『赤ちゃんが苦しんでいるような泣き声』とは発情期によく聞かれる猫の声だ。
『白猫に力が宿る』と勘違いしているのならば、お金を出してまで白猫を集めるのも納得はいくし、その白猫がなかなか存在しないとなれば増やしてお金に変えようとする者が出るのも理解できる。
しかも、白猫は両親が白猫であればおよそ7割の確率で子猫も白猫が生まれるため、量産するのが容易だ。だが、予想していたとはいえ気持ちのいいものではない。何もできない自分に怒りさえ覚える。
この猫たちがどこに『出荷』されているのか確認はしておきたいとは思ったが、ずっとおとなしくしていてくれるマルにとってもこの環境は良くない。二人にもこの情報を共有しておいた方が良さそうだ。
椎名はマルのぬくもりを胸に感じながら、小屋から少し離れ、深呼吸をひとつ落とす。
「二人のところへ戻ろう」
自身の心に沁みいる冷たいものを振り払うように小さく呟くと、椎名は細い路地を抜け、街の賑わいに足を踏み入れた。街の光景はいつもと変わらない穏やかで、先ほどの場所とはまるで違う世界かのように賑やかだ。
「(できるだけ早く、なんとかしてあげるからね)」
椎名は白猫たちを憂い、手を合わせる。あの環境では無理があるとは思うが、それまでせめて少しでも心安らかでいられますように。と強く祈った。




