22. 再度アウレウィア
「ねえ、こんなに猫いたっけ・・・?」
日が傾いて夕焼けに染まる頃、夜は閉門されてしまう街の門を椎名とマル、セイラン、レックスはぎりぎりでくぐり抜け、アウレウィアの街に入った。その瞬間、街中にあふれかえる猫に、椎名は目を丸くする。
以前にも確かに猫は多めではあったが、これほどの数ではなかった。右を見ても、左を見ても、上を見ても猫が視界に映る有様だ。
ひとまず貸し馬屋に馬を返して、宿の確保をすませたあと、アウレウィアの冒険者ギルドへ到着の報告に行こうというところだが、あまりにも猫が多い。猫は薄明薄暮性で明け方や夕暮れから夜半にかけて活発になる性質があることを思えば、これからさらに数が増えそうだ。
「イ・ラの村長の猫探した時はこんな感じじゃなかったけどなあ」
レックスはおよそ3週間ほど前のことを思い出しては首を捻る。マルも何やらスリングから顔を出しては警戒するようにきょろきょろとあたりを見回しては、耳を懸命に動かして引っ込む、といったことを繰り返している。
アウレウィアの街は淡灰色や濃灰色に囲まれた石造りの建物が多い王都ニウェルとは打って変わって、木やレンガで作られた家が増す。農耕都市らしい温かみのある街並みだ。
冒険者ギルドもその例にもれず温かみのある色合いの木造になっていて、柱に無数にある傷がかつての冒険者たちの喧嘩の様子を物語っていた。
「こんばんは」
椎名はもはや店じまいの雰囲気を漂わせる受付カウンターに声をかける。
「はーい!」
すぐに返事をして対応してくれたのはマリエルと同じくウサギの獣人と思われる、白くふわふわとした髪をした女性だった。
「どういったご用件でしょうかー?」
いかにも元気!と顔に書いてあるような溌剌とした表情と、薄くピンクがかった頬が可愛らしい。
「ニウェルで依頼を受けてきました。こちらに到着したら報告をと言われたんですが」
「あ!猫ちゃんの件ですね!お話伺っています。到着の報告ありがとうございます♪今日はもうギルド閉めるので、また明日からですね!頑張ってくださいね♪」
語尾にハートがつきそうな愛嬌のある口調に、椎名は少し驚きを覚える。この女性と比べると同じくふわふわとして可愛らしいマリエルも、随分大人びて見える。
「マリエルさんもそうだけど、冒険者ギルドの受付って、あんな可愛らしい女性で大丈夫なの?」
快く受け入れられているようで軽く帰るように促される流れに逆らわず、冒険者ギルドをあとにしつつ、椎名は素朴な疑問をレックスに投げかける。可愛らしい女性が、荒くれ者が多い冒険者の中で働くなど、どうにも無謀なことのように思える。
「あー、ウサギの獣人だしなあ。平気だろ。種族特性っつーの?」
レックスが目を泳がせて少し言いづらそうに視線を逸らす。察してほしそうな気配はわかるものの、椎名には一切察することができず、レックスを見返すことしかできない。
「あー・・・だからな、あいつら性欲、激ツヨなの。ウサギと一緒。オスはそりゃ見境ねーレベルだけど、メスは強いやつだけ選んで食いまくりよ。貞操観念とか皆無よ」
「え、ウサギってそうなの?」
レックスの言葉に椎名は目を瞬かせる。考えてみれば野生環境において常に捕食される側であるウサギの生存戦略としてはたくさん産んで数を増やすのは確実な方法ではある。
「そ、ウサギは年中発情期だし、出産期も短い。ドンドン強いやつに乗り換えてガンガン産んでくのがフツー。その種族特性が獣人に進化していても残ってんだ。
強いヤツなら容姿問わないし、強さだけを選んで食うから、ウサギの獣人に惚れ込んでるヤツは気張るし、セクハラされても強いとこ見せるチャンスだから誰かしら守るしな。そもそも、あいつら多少のセクハラなんてウェルカムだし?冒険者なんて女に縁の薄い連中惚れさせて手玉に取るのとかヨユーよ。冒険者の相手させるならウサギの獣人ほどの適任は他にいねーよ」
あんな純情そうな可愛らしい容姿なのに、あまりに意外過ぎる特性に椎名は若干引きつりつつも苦笑する。
「あ、じゃあレックスはご縁があったんじゃない?ソロでBランクってなんかみんなすごそうに言うし」
椎名の言葉にレックスは「ないない」と手を振って笑い飛ばす。
「俺、弱えーもん。あいつらの強いは純粋に腕っぷしだよ。そういう点で言うならセイは食われそう」
普段の快活な笑いをきししと人の悪い笑みに変えてレックスがセイランに話を振る。だがセイランもレックスと同じように「ないな」と即座に否定した。
「エルフは生殖機能がないからそういったことは起こりようがない」
「えっ!?なんで!?」
「なんでって、エルフは動物より妖精に近い。そういう種族特性だ」
周囲に大きく響いたレックスの驚きの声にセイランがさらりと告げる。
「しかし、椎名が森の隠れ里にいる間に生殖機能について知られなくて良かったな。知られてたら女どもに研究対象にされて里から出られなかったかもしれないぞ」
「やめてよ。あんな美人な方々に弄りたおされたら俺もう立ち直れない」
メソメソと泣くふりをしてふざける椎名にレックスが半分本気の顔でエルフの里に行きたいと呟き、それをセイランが「そのうちな」と流す。
その年頃の男性にありがちな下ネタ交じりの軽口を叩きながら三人は宿の方へ足を向けた。その間もマルはずっとスリングの中でそわそわと落ち着かない。
「(なにか気になることがあるみたい・・・?)」
軽口に耳を貸しながら、スリングの上からマルを撫で、何やら過敏になってるマルを宥める。いつもならスリングから出して街路を歩かせるのだが、今日はどこかへ行ってしまいそうな危うさがある。
足元にオレンジ色の縞模様、いわゆる茶トラの猫がすり寄ってくる。この模様の猫は人懐こい子が多い。椎名が見下ろすとこちらを見上げ、にゃーと鳴いた。
「なつこい子だね。君もご飯を食べておうちにおかえり」
しゃがんで手を伸ばすと、猫の方でも椎名の膝に前足をつき、体を伸ばしてスリングにすりと頬をこすりつけた。それからタッとあっという間に走り去る。
マルがスリングの中で耳をひくひくと動かして様子を窺っている。
「レックスみたいな色だね。よく目立つ」
上級街区に向かって走っていった猫の背中を見送って、椎名は再度宿へ歩を進めた。
夜、椎名はベッドの上で何度目かの寝返りをうち、天井を見上げた。
その日宿で食べた羊肉のクリームシチューはとても美味しくて、この地で豊かに採れる小麦で作られたパンもふわふわで美味しく、シチューに浸して食べるとさらに絶品だった。
マルも羊肉を焼いてほぐしたものと羊乳のチーズを食べて満足そうにしており、今は椎名のベッドで丸くなっている。本来猫は薄明薄暮性であるが、幼いころから人と共に生活することに慣れきっているマルは普通の猫たちとは違い朝型だ。そして体力もないため、夕方を迎えるころには疲れてぐったりしていて、夜にはぐっすり眠っていることが多い。それでも今夜は寝ていながらも時折耳をひくひくと動かしていて、何か様子が変だ。
かくいう椎名もなにやら気が張って寝られずにいる。マルのことが気になっていることもあるが、それよりも前回寄った時には感じなかった違和感がざわざわと心を刺激して眠れそうにない。
再度ごろりと寝返りを打ち、今度は視界をマルで埋める。小さなため息がマルの毛を揺らした。
「どうした、寝れないのか」
背後からセイランの声がする。隣のベッドにいたはずのセイランの顔がすいと近づいて顔を覗き込む。
「そっち寄れ」
言われるがままにマルを窓側に少し移動させて、自身もずりと体を寄せる。その横の空いたスペースにセイランが体を滑り込ませ、マルを抱っこする形で横になる椎名を背後から抱き寄せる。
「ちょっと、狭いよ」
「何があった」
椎名の抗議は軽く流される。
耳元にそっと落とされた低い声は密着した体に響くような気がして意外と大きく聞こえた。
「わかんない。・・・けど、なんか変な気配だ。前はこうじゃなかったよね。よく分かんないけどなんかイヤな感じがする」
「気配か。俺は感じないが、それも明日調べてみよう」
腰に回されたセイランの手がトントンと一定のリズムを刻む。
「マルの様子がおかしいし、お前も様子が変なら何か関係あるんだろう」
「そうかな・・・?そうかも・・・?」
おなかと背中にあるぬくもりと心地よいリズムに、徐々に瞼が重く下がってくる。
「猫の種族特性ってのはどんなんだ」
「種族特性・・・猫の・・・?」
そうか。猫の種族特性を考えればマルの異変やこの街の猫たちの様子に説明がつくかもしれない。領主様の猫の行方も分かるかもしれない。
「・・・えっと、たと・・・えば・・・」
猫は一日のうち16時間以上は寝て過ごすのだとか、九割がA型だとか、そういえば勤務していた猫カフェにいた猫たちはみんなA型だったが、アズキだけはB型だった。個人主義のように見えて、夜中に集まって会議したりとか実は社会性の高い生き物なのだとか、人には聞こえない周波数の声を出すことができて、離れた相手ともコミュニケーションをとることができる、とか・・・店ではキナコがボスで、泊まり込みをした日など、どの猫も無言なのに変に目力が強くて妙な空気になっていたこともあったな・・・
あとは・・・
「(ああ、そうか。そういうことか)」
様々な特徴をあれやこれやと思い浮かべて、そのたびに現地で働いていた猫カフェの猫たちの顔を一匹ずつ思い出して、などとしていたら、ふとマルの行動が腑に落ちた。今もひくひくと動く耳を遠のく意識の片隅で見やり、椎名はそっと意識を手放した。
翌朝。
小麦で作られたふわふわのパンを、椎名は五つ目にかぶりついていた。セイランとレックスはあきれ顔だ。昨日の妙な気配はすっかり鳴りを潜め、いったい何だったのだろうと思えるほどに爽快な気分だ。
「朝からよくそんなに食えるな」
「落ち着いて食え。腹壊すぞ」
セイランが椎名のカップにカフェオレのおかわりを注いでくれる。
「今日はどうする」
「ひとまずギルドへ行きたいな。猫の手について調べたいのはやまやまだけど、依頼は猫探しだからそれを優先するべきかな。そのためには上級街区をうろうろできる許可が欲しいな。あと精巧な地図も」
椎名の目の前のパンの籠を遠ざけようとするセイランの手が止まる。椎名がその隙にすばやく籠からもうひとつパンを取った。
「その言い方、目星がついてるのか?」
「なんとなく?」
「いつわかった」
「確証はないよ。マルの様子を思い返してみたら、なんとなく」
急に名を呼ばれテーブルの下のマルの尻尾がぱたりと椎名の腿をはたく。見下ろせばポーチドエッグに夢中のマルの耳だけがこちらを向いている。
「今日、ちゃんと確認しようと思って。そのために地図が必要なんだ。入手できるかな」
「それはもうもってる。俺、専門分野だし」
パンにカスタードクリームを塗りながら、レックスが「任せて」と目を輝かせる。さすがは世に名を馳せたマッパーである。
「また夕方くらいからマルの様子がおかしいと思うんだ。ほかの猫たちもおかしくなると思う。それを上級街区で一軒ずつ確認をしていこう」
皆が頷き、今日の方針は無事に決まった。
ひと安心とばかりに食事に戻ろうと、椎名はサツマイモペーストをすでに塗ってしまったパンを見下ろして、ふとレックスの手にあるカスタードもよかったかなと首をかしげて悩む。
パンをもう一個・・・とセイランを見るが無言のままパンの籠をより遠ざける。椎名は小さく肩を竦めるが、セイランの揺るがぬ姿に諦めるしかなかった。
アウレウィアの宿屋では三人一部屋でした。
ベッドは早朝から外の監視をしたいマルのために、窓際にマルと椎名、ドア側にセイラン、壁側にレックスのコの字型配置です。
夜のアウレウィア、レックスの様子をチラッと書いてみました↓↓
暗い室内にふふとひそめられた笑いが漏れる。一部始終を密かに見守っていたレックスだ。
椎名が完全に寝入ったのを確認してセイランは体を起こし、ベッドを抜け出す。夜空を切り取ったような黒の髪をくしゃくしゃとかき混ぜ、その後頭部に唇を落としたところでレックスはこらえきれないという風に吹き出した。
「母親みてえ」
エルフの生活においてごく当たり前にする動作は人にはこらえきれないほどの笑いになるのか。懸命に笑いをこらえようと顔をゆがめるレックスにセイランもにやりと笑みを見せる。
「お前もやってやろうか」
「やめて、勘弁して」
いつまでも笑いが止まらないレックスを尻目にセイランは自分のベッドに戻る「よくわからんが楽しそうでなによりだ」と心の中で独りごちて目をつぶった。




