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神のいとし子(代理)と申します。  作者: かもしか


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21. 猫探しの依頼

 下町の東側、中央広場にほど近い通りに冒険者向けの鍛冶屋や道具屋、武具店などがあり『石造りの道具屋』はそこに店舗を構えていた。武骨で人が通るには少し小さな鉄の扉をくぐると、カウンターではにこやかな表情のシグマートが小さなランタンを器用に直している。


「こんにちは」

「いらっしゃい。何?鑑定?」

「うん。お願いしたいです」

「はいはい。ちょっとまってね。バルク!!鑑定だよ!!こないだの猫とエルフがいるヤツ!!」


 シグマートが前回と同じくカウンターの背後に大きな声で呼びかけると、奥からのそりとドワーフのバルクが姿を現した。


「今日のはなんだ」


 低く渋い声と、深い彫りの奥に沈む眼光に委縮してしまいそうになるが、これがドワーフの通常の様子であるらしいのは何も動じないセイランの様子から分かる。

 セイランは自身の手荷物からガーゴイルの魔石を六個と剣を二振り、カウンターの上に並べ、剣にかけていた荷物を小さくする魔法を指を鳴らして解除する。突然ぽんっと大きくなる剣にレックスが「おお」とくぎ付けだ。バルクはその横で魔石をひとつずつ太い指に取り確認する。


「で、本題は?こんな程度のものギルドに売却すればいいでしょうに、ここに来るってことはなにか別にあるんでしょ?なんだった?」


 我が物顔でカウンターの上に寝そべるマルを撫でまわしながら、シグマートがにこやかに椎名に問う。


「(どうしようかな)」


 問われて初めて椎名は迷う。闇市場のことなど聞いてすぐ教えてもらえるならそれはもはや『闇』市場ではない。かといって、なにか聞き出すための方策もなく、逡巡しつつもそのまま素直に聞くしかなかった。


「普通じゃ手に入らない物の、入手経路を探しているんですけど、シグマートさんならなにか知ってるかなって」


 闇市場に関係しているのではないのか、と問われていい気のする人はいない。椎名も自分で聞いておきながら、シグマートの目から輝きの消える様子に汗がにじむ。


「何が欲しいの。あんなとこ、坊ちゃんが行くとこじゃないよ」


 案の定、すんなりと教えてもらえるわけもなく、シグマートは口角だけをわずかに持ち上げた。それは笑みと呼ぶにはあまりにも薄い。


「猫の足です。欲しいんじゃなくて、入手ルートが知りたいです」

「ここにあるじゃない」


 シグマートはマルの前足を撫で、声を立てて笑った。だがその笑いはどこか芝居じみていて揶揄からかいの色が濃い。

 椎名の目が一瞬ひやりと冷える。しかしすぐに瞼を伏せ、気持ちを切り替える。持ち上げた時には既にその冷たさはない。一歩も動かずそこに立ち、静かにシグマートの目を捉える。ただそれだけ。それだけなのだが、シグマートは無意識に息を詰め、先ほどまでの貼りつけたような笑顔がなりを潜める。椎名の困ったような微笑みさえも最期通牒のようにも思えて身をこわばらせた。


「やめんか、シグマート」


 我関せずとばかりに静かに鑑定していたバルクの重厚な声が口を挟む。


「お前さんが持て余している案件でちょうどいいのがあるじゃろう。紹介してやったらどうじゃ」

「えっなんであんな割のいい仕事をこんなヒヨッコにくれてやらなきゃなんないのさ」


 バルクの進言にシグマートは不快感を隠しはしない。ついでに椎名たちへの不信感も増していく様子が見て取れる。


「猫がらみの仕事が割がいいわけないよね。いねーし、みつかんねーし、誰もみてねーし、あんなのめちゃくちゃ面倒な仕事じゃん。割がいいんだとしたら猫の手を闇市場に流してる胴元だけだろ」


 物怖じしないレックスの、ケロリとした言葉にシグマートがさらに嫌そうな顔をする。


「そんな見え透いた挑発には乗らないよ。レックス・デザグランデ。精進してきな」


 椎名に話すよりずっと鋭さと冷たさの感じる声音なのは同業者スカウト同士だからだろうか。言われたレックスは特に気にするほどのこともなく舌打ち交じりに笑い、肩をすくめる。


「あれ。レックスをご存知ですか?」

「そりゃ知ってるよ。ソロでBランクまで上りつめたヤツだし、その間一回も戦闘してないってウワサじゃん。国にもギルドにも信頼の厚い、超有名人じゃないか」

「そうなの?」


 シグマートの言葉に目をまたたかせ、レックスを見やるとまたしても肩をすくめて苦笑する。


「戦闘しないとか、あんま褒められた言われようじゃないけど」

「えっ、そんなことないよ!すごいことだと思うよ!」


 無邪気にレックスを褒める椎名に、マルも同調するようにレックスに近づいて頬を肉球でペタペタと触れる。


「マルにまで褒められると照れるなぁ」


レックスはにこにこと嬉しそうに頬を緩めてマルの額を撫でた。マルがごろごろと喉を鳴らし、レックスの手に頬をすり寄せ存分に自分の匂いを擦り付ける。


「なんなの、こいつら・・・」


 毒気を抜かれたようなシグマートに、バルクが髭の奥で低く笑う。


「わーかったよぉ。あの猫の案件をこいつらにやればいいんでしょ。なーんかヤル気失せたわぁ・・・」

「ヤル気もなかったくせに、難儀なヤツじゃ」


 カウンターに突っ伏し、大きなため息をつくシグマートにバルクが今度は遠慮のない大きな声でと笑い飛ばす。


「命のやり取りが多い方が褒められるとか、何百年経っても、人はよく分からんな」


 セイランの嘆息交じりの言葉にバルクは「まったくだ」と答えた。






 シグマートの持っていた『猫の仕事』とは、詳しく話を聞いてみると、やはり『猫探し』だった。ただ相手はアウレウィアの領主で、一般的な冒険者では会うことのできない人物である。

 既に冒険者を引退しているシグマートであるが、元Sランクの腕前を借りたい者から個人的に依頼が来ることが未だにあるのだそう。

 シグマート自身もかつてのお得意様の依頼をすげなく断ってしまうと、今の商売に関わることもあるので、極力代理を立て、指名手配という形をとって冒険者ギルドに流しているのだという。


「じゃあ最初から素直によこせば良かったじゃんなあ」


 レックスは面白くなさそうにぼやく。


「まぁ、よく知らない人には任せられないのは本当だし、俺たち二人はEランクになりたてだし、信用がないのは仕方がないと思うよ」


 椎名とセイラン、レックス、そしてマルの三人と一匹は、シグマートの指示で紹介状を冒険者ギルドへ持って行った。王都ニウェルにはアウレウィアの領主が登城する際に住まうタウンハウスがあり、現在領主は仕事の都合でこちらに家族で居住しているのだそう。三人はそのタウンハウスの執事の指示により冒険者ギルドの応接室に待機しつつ、のんびりと雑談をしていた。

 いつもの通り、椎名がソファに座り、セイランはその後ろに立つ。レックスは座らないセイランに最初こそ気を使ったものの、護衛だからとかたくなにそのスタンスを崩さない様子に諦めて椎名の左隣に腰を下ろしていた。

 ほどなくして、扉が二度、軽く叩かれる。


「お待たせいたしました」


 落ち着いた声と共に現れたのは、三十代半ばほどの男だった。亜麻色の髪を後ろになでつけ、ヘーゼルナッツ色の目は柔らかな光を帯びている。濃紺の執事服をすっきりと着こなし、タイには銀糸でおそらくアウレウィア伯爵家のものと思われる家紋の刺繍が施されている。すっと伸びた姿勢と、優雅な一礼に気品が漂う。


「アウレウィア伯爵家、執事補佐官のセオドアと申します。本日は当方の依頼につきまして、領主様より仰せつかっております内容をお伝えに参りました」


 告げる声音は端正で聞き取りやすく、淡々としながらも冷たさを感じさせないものであった。椎名もセオドアの一礼にならって立ち上がり丁寧に頭を下げる。すすめられるままに再びソファへと腰を下ろしたが、正しい作法がよくわからないため、いつものように緊張してしまう。


「まず最初に、Sランク冒険者であるシグマート殿に依頼した件であるのに、Eランク冒険者を紹介されたことに対し、領主様は『大変遺憾である』とお伝えするよう申し遣っております。

 しかしながらかねてよりご高名を伺っておりますレックス殿がご一行にいらっしゃる事、またレックス殿は同様の案件を完了させた実績がある事、シグマート殿の紹介状によりますと、シーナ殿は大変な猫好きであると記されておりました事を鑑みまして、貴殿がまさしく猫好きであると確認できるのであればお任せしたい、とのご意向でございます」


 穏やかな口調ながら否を認めない圧に椎名は目をぱちぱちとまたたかせる。


「猫が好きなことを証明する・・・ですか・・・」


 マルはいるけれど、とスリングからずるりとマルを持ち上げる。応接室に入るときにいたずらをしては困るとスリングに入れられたため拗ねていたマルだったが、ソファの上に降ろされると、急に許されたことに驚き、前足を椎名の腿に乗せてすり寄る。

 椎名は顔を近づけてくるマルにつねにしているように、鼻を寄せると、マルも椎名の鼻に鼻を寄せてちょんと触れさせるとまた頬を服にこすりつけて甘える。いわゆる『鼻チュー』と呼ばれる、猫による愛情表現の一つだ。


「好きって感情は主観なので、証明するって難しい気がするんですが・・・」


 困惑するように言い淀む。そんな椎名の姿に背後でセイランがふっと少し笑った。


「いいえ、よくわかりました」


 セオドアは苦笑交じりに告げ、手持ちの革のかばんから書類を取り出した。


「では、依頼内容をお伝えいたします」


 感情を挟まぬ口ぶりで、ひとつひとつ丁寧に説明をしていく。依頼内容、対象の名前、特徴、期限、報酬、求められる行動。説明は簡潔で正確で時折書類から顔を上げては全員の顔を見回し「ご不明点はございますか」と聞いてくれる。

 依頼に対する誠実な姿勢から、この家の猫はさぞかし愛されているのだと感じられて、行方の分からない猫に心が痛んだ。

 猫の特徴に関してはメモを取ろうと思ったのだが、セオドアが絵姿を提供してくれた。

 ふっくらとしたシルエットに真っ白な被毛、両の目は青と金のオッドアイで神に愛された猫と言われればまさにその通りとすべての人が言うだろうと思えるほどに美しい猫だった。

 最初、椎名はつい「撮っておこう」とスマホを探して自身の尻をさするという、この世界では意味の分からない行動をとってしまったため、絵姿を譲っていただけたのは大変ありがたかった。


「それでは以上で説明は終了でございます。ご不明な点はございますか?」


セオドアは書類を整え、穏やかな声で最後に確認をしてくれる。


「念のための確認ですが、どんな状態であれ連れ帰ることを優先する、という認識でいいですか?」


猫を愛しているであろう人にこのようなことを聞くのは心が痛むのだが、それでも聞いておかなくてはいけないことだろう。

瞬間、セオドアの眉が僅かに寄り、痛ましげな顔を見せるが、それはすぐに元の平静を保った表情に戻る。


「もちろんです。連れ帰ってください」


補佐官とはいえ、執事というものは感情をあらわにしてはいけないとされている職業なのだろう。悲しむ顔さえできないのはいっそ哀れにさえ思う。


「(できる限りの最善を尽くそう)」


椎名は猫探しの依頼の説明に依頼主本人ではなく執事補佐官のセオドアが来てくれたことに、そっと感謝する。もし最悪な事態になっていた場合、そのしらせを待つ飼い主にどう伝えるのか、その悲しみを目にするのが怖くて意識的に猫探しの依頼を避けていた椎名だったが、今回は違う。セオドアであれば感情をあらわにすることはなく静かに受け止め依頼主に報告してくれるだろう。だからこそ、なおさら無事に見つけ出したいと強く思った。


「王都での仕事が終わり次第、わたくしどももアウレウィアに戻る予定でおります。おそらく3日ほど遅れるとは思いますが、何かございましたら冒険者ギルドを通してご報告をお願いいたします。わたくしはこちらで失礼いたします。依頼のほうどうぞよろしくお願いいたします」


入室時と同じ気品の漂う一礼と共に、セオドアが応接室をあとにした。扉の向こう側に見える廊下には昼の光が差し込むのが見える。

ギルドの職員が手続きがあるので待機をと言い置いて去っていったので、することもなしにソファに体を沈める。


「おなか減ったなぁ」


椎名のなにげない呟きに、俺も俺もとレックスが声を上げる。


「もう昼だしな。その時にでもアウレウィアへの移動手段を考えよう」


セイランの提案に、それがいいと椎名は頷く。おなかが減っていてはいい案が出てこないのは周知の事実だ。


「はやくこないかなぁ。手続き後回しにしちゃダメかなぁ」

「お前は腹が減るとほんとにダメだな。いい大人なんだろ?」


セイランの言葉に椎名は少しむくれる。窓の外を見やれば太陽はすでに真上に近い。もはやギルド職員も昼休みなのでは?とさえ思える。

結局、暫くの間、彼らはギルド職員を待ち、所在なさげにソファに腰を掛け続けるしかなかった。



バルクとセイランはほぼ同じ年くらいという設定です。

ドワーフは500年ほどの寿命と想定しているのでバルクはだいぶおじいさんだけれど、エルフは一万年の寿命と想定しているのでセイランは若造です。

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