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神のいとし子(代理)と申します。  作者: かもしか


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20. ダンジョン研修に水の神殿(その後)

 その夜、椎名とセイラン、レックスの三人、そしてマルは宿屋の二階の一室に集まっていた。

 窓の外では夜のとばりがすっかり下り、家々の灯りが石畳をかすかに照らしている。昼間のダンジョン研修を終えてようやく腰を落ち着けた三人は、宿の女将さんに頼んで酒と数種類の料理を持ち込んでセンターテーブルに広げていた。部屋の中には香ばしいベーコンの匂いと、香辛料の香りが漂い、疲れて一足先に横になっていたマルの鼻だけがひくひくと動いている。


 話題は、先ほど探索を終えた水中神殿のことだ。

 女神との邂逅かいこうを終えた後、祭壇の奥に水が滝のように流れている場所があった。神殿内部は空気に満ちていたため、水に包まれた場所を外だと判断していたが、その向こうには小部屋が隠されており、そこには転送魔方陣が床に直接刻まれていた。

 魔方陣をみた瞬間、椎名はその苦手感から反射的に「うわっ」と思ったが、今までの地図にない未知の場所だということで、レックスが言うには「ギルドに報告を上げなくてはいけない」のだそう。

 またその小部屋には小さな花が二輪咲いていた。この神殿内に植物があったことも発見の一つなのだそう。どこからか流れくる小さな風に細い茎がそよぎ、かすかに揺れるピンク色の丸い花はなぜだか誇らしげに見えた。「これは報酬がいっぱい出るかもな」とレックスも嬉しそうだった。

 水の季節は滝が壁のように部屋を隠し、氷の季節には閉ざされていて通れない。そのため今まで誰にも気づかれなかったのだろう。


 転送魔方陣の方もレックスがおそるおそる試してみると、それは自分たちが神殿に入ってきた最初の場所に飛ばしてくれるものだったらしい。吹き抜けの上から大げさなジェスチャーで懸命に伝えようとしてくる様子が可笑しくて、セイランと目を合わせて少し笑った。ちなみに、マルを魔方陣に乗せた時には神殿の一階、礼拝所の入り口に転送されたため、入ってきた最初の場所に飛ばされるものだと断定した。


 椎名はと言えば、相変わらず転送魔方陣とは相性が悪いらしく、覚醒にはセイランと比べるともう一呼吸かかってしまう。初めてその様子を見たレックスに心配されてしまう始末だ。とはいえ、転送距離が短い分、酔いが軽く済むと分かったことは大きな収穫だった。


 神殿を後にしたときは、まだ冒険者ギルドが開いていた。だがさすがに疲れていたので、報告は翌日に回すことに決め、そうして辿り着いた宿の部屋で、今こうして食事を囲んでいる。


 普段、レックスはBランク冒険者として高い評価を得ていることもあって、ギルドの隣の上級冒険者のみが泊まれるという待遇の良い宿を定宿としているが、今夜は「話が長引く」と予測してあえて椎名とセイランの宿に泊まることを選んだ。今回は前回と違い、宿の女将さん公認のため、レックス用にエキストラベッドまで用意してくれている。


「・・・いとし子のこと、いとし子が猫の理由はだいたい分かったよ」

 レックスはそう言いながら、椎名の膝の上で丸くなって眠るマルにそっと手を伸ばし、柔らかい毛並みを撫でた。


「要するに、あちこち歩きまわる役目を与えられているんだな、マルは」


 撫でる指先は優しく、目をつぶりながらもマルは満足そうに小さく鼻を鳴らした。


「もう何年もずっと猫がその役目をしているんだな」


 人のことわざに『猫と友達になる方法を知れば、いつでも幸運が訪れる』というものがあるが、それはいとし子を失った人が長い年月の間に辿りついた真実なのだということだ。


「で、マルは体が弱いから、シーナが手伝ってると。でも人がそういう力を持ってるって知られると厄介だから知られないようにしたい、と」


「そういうこと」


 椎名は頷きながら、炙りベーコンと野菜の串焼きを口に入れる。香ばしい煙と脂の匂いが鼻を抜け、思わず表情が緩む。


「シーナが魔法使えることは隠さなくていいんだよな」

「それは問題ない。俺たちエルフが教えたものだからな」


 セイランの言葉にレックスは「ふうん」と小さく唸り、腕を組んだまま天井を見上げる。目だけが動き、思案の色を浮かべていた。


「神様が途中から見えるようになったのも?」

「あー・・・」


 椎名は言葉を切り、迷うように口をつぐむ。その様子は次に何を言えばいいのか迷っているようにも見える。


「人は知らなくてもいい。どうしてもというなら今夜子守唄代わりに聞かせてやろう」


 セイランは最初に開けた酒の瓶を傾け、椎名とレックスのグラスに注ぎ切る。その口元には、どこか意地悪そうな笑みが浮かんでいた。手には次の酒のボトルが用意されており、開ける手つきが軽やかだ。


「あ!それエイデンにもらった貴重なお酒でしょ!特別な日に飲むんだと思ってた」


 椎名が目ざとく見つけて声を上げる。自身のグラスは今注がれたばかりだというのに好奇心で目を輝かせている。


「そいつを引きずり込むんだったら、特別な日だろ?」

「ちょっと!言い方ひどい!!」


 レックスが呆れたように突っ込むと、セイランがははっと笑った。椎名は既に自身のグラスを飲み干し、すっと差し出してきた。


「飲むのかよ」

「俺にとっても特別な日だからね!」

「あ!俺も!」


 レックスも慌ててグラスをからにし、差し出す。思ったより二人とも酒が強いらしい。結局、セイランは三人分のグラスに、白樺しらかばの樹液から作られた酒を注いだ。


「これでレックスはもう抜けられないってことで」


 椎名は注いでもらったグラスをレックスのグラスにかちりと合わせ、挑発するように笑う。その響きにレックスは呆れ半分の苦笑を浮かべた。


「しゃーないし、一緒に行くよ。あんま役には立たないけど」

「そんなことないよ。聞きたいことあったしね。ま、それは明日ギルドに行くときにでも」


 椎名の声は、酒にほころんで歌うような調子になっていた。

「ご機嫌だな」とセイランが返すと椎名の口元がふにゃりと緩む。

 樹木酒の森を思わせる香りと清涼感が体にすっと広がる。キノコのローストや、ベーコンを挟んだハッセルバックポテトを口に入れるたびに笑みが深くなる。


「難しい話の続きは明日だな」


 セイランの声に椎名とレックスが頷いた。

 食器が触れ合う音と外から聞こえる夜風、そして誰が寝起きが悪いとか、酒に酔った時のこととか、明日の朝食への期待とか、どうでもいいことへと移っていく。三人の笑い声がまじりあい、心地よい眠気はまだ訪れることはなさそうだった。






 翌朝、既に「おはよう」の時間はとうに過ぎ、「こんにちは」の時間に差し掛かる頃、三人と一匹はそろって冒険者ギルドへ姿を現した。

 昨夜は酒も会話も尽きることなく、最後にはセイランによる子守唄代わりの説明で眠りにつくことになったが、どの顔にも飲み明かした朝の気怠けだるさと、充実感が残っている。


 朝一番の賑わいが過ぎたギルドは、今は嘘のように穏やかだ。ざわめきの余韻を残した室内には昼前特有の緩んだ空気が漂っている。


「こんにちは!ダンジョン研修いかがでしたか?」


 明るく挨拶をしてくれたのは、すっかり椎名たちの担当になってしまったマリエルだった。彼女は元気よく頭を下げると、レックスから報告書、椎名とセイランからはギルドカードを受け取り、内容確認のために奥へ姿を消した。


 研修の内容としては特に問題はないはずだ。すごく模範的な生徒だったとさえ思う。指摘されるとしたら、新しい発見をしたところだろうか。

 しばらくすると、やはり予想通りレックスが呼び出され、マリエルに詳細を請われて奥へ連れていかれた。この研修における責任者はレックスなのだから当然といえば当然だ。


 残された椎名とセイランは手持無沙汰を紛らわすように掲示板を眺める。

 そこには、以前Fランクでも見かけた『猫探し』という依頼がEランクにも多くはないものの存在していた。


「猫探しってこんなにあるもの・・・?」


 椎名が小さく呟く。この世界では基本的に猫は放し飼いで、姿が見えなくなることは日常茶飯事だ。わざわざ依頼を出すのは特殊なことのように思える。銀貨を何枚も払って探されるほどの猫となればそれは『地位のある者の猫』か、あるいは『なんらかの力を持った猫』以外ではあまり思いつかない。


「イ・ラの村長の猫も放し飼いだったな」

「足が泥で茶色に染まっちゃうくらいヤンチャな子だよね」


 顔を合わせる二人はその光景を想像するだけで自然と口元を緩ませる。実物を見たことはなかったが、そのエピソードだけで、なんだか懐かしい空気を共有できるのが心地良い。


「受けるのか?」


 セイランの問いかけに椎名は口元へ手を添え、うーん・・・と悩むばかりで明確な答えを示さない。そのうちにレックスが二人のギルドカードをひらひらさせながら戻ってきた。


「なに?次、受けんの?」

「いや、悩んでる」


 レックスの声にセイランが目線で椎名を示す。


「今、見てるやつって昨日俺に聞きたいって言ってたことと関係ある?」

「たぶんな」


 レックスは椎名の横に立ち、目線の先をたどるがよく分からない。もはや目は掲示板の依頼書を見ておらず、思考の中にあるようだ。


「猫のこと?」

「ああ」


 セイランは横に戻ってきたレックスの言葉に短く頷く。


「何とかしてやりたいと思っているが手がかりが見つからないんだろう」


 断片的な言葉に「何のことやら」と掲示板を見る椎名の背中を眺め、それからレックスの興味はセイランに向かった。


「セイはシーナの護衛みたいだけど、前のいとし子の人とかもずっとエルフが護衛してんの?」


 不意の呼びかけにセイランの眉がかすかに動く。だがそれ以上の反応はなく、まるで精巧な人形のように静かだ。


「本人の求めるものによる。魔法を求めればエルフのもとに、剣や力を求めればドワーフのもとに送られる。護衛するのだとしたらそのどちらかだろうな」


 とはいえエルフは『不変』をつねとする種族であり、これまで護衛を付けた例はない。剣や力を求めた者はドワーフの手により熟練の戦士に成長することもあって、護衛は不要と判断されたのだろう。セイランの知る限り護衛を付けられたという記録はなった。


「じゃあ、どっちもイヤってヤツは?」

「それなら竜人のもとだ」

「竜人って?」


 椎名が掲示板に見切りをつけると二人の会話に口をはさむ。

 三人はそのまま示し合わせたわけでもなく冒険者ギルドの扉を出た。


「竜は分かるな?昨日、神殿で見た像のような、あれだ」


 セイランが淡々と説明する。竜とは神の次に巨大な力を持つ存在であり、神の従僕であったり、世界の粛清することのできる執行者でありながら、普段は地底深くに潜み、地脈に魔力を注ぎ続ける役割を担っている。地脈の中を魔力が巡ることで大地が潤い、その地は豊かに繁栄する。現在では魔法を使えなくなった者のほうが多くなった種族である人も、大地から出る微量の魔力を無意識に利用することで、日常生活における転送魔方陣やコンロや冷蔵庫、洗濯機に該当するような魔法道具が使えるのだ。


 その竜の世話をするために竜自身が自ら創り出した生物が『竜人』という獣人族である。そしていとし子もまた、竜と同じく竜人守られながら地脈に魔力を注ぐ存在になるのだ。


「(それ、楽そうでいいな)」


 一瞬、怠けがちな思考をしている椎名の頭にそんな考えがよぎった。だが、自分はマルの代理としてここにいるのだから、そもそも最初からそんな選択肢はなかったことを思い出し、心中で苦笑する。


「猫のこと、知りたいんじゃねーの?なんかあった?」


 レックスが問いかける。依頼を受けなかったことによる開放感からか椎名は妙にご機嫌だ。


「・・・猫の前足の入手経路が知りたいんだよね。レックスは何か知ってるかなって」


 椎名の声にマルがひょっこりとスリングから顔を出す。広場へ続く道に降ろしてやれば石畳の上をひょいひょいと足取り軽く先導し始める。


「マルなんか知ってんのかな?」

「どうだろ?」


 レックスがマルの足取りを真似するように石畳を足音も立てずひょいひょいと下町の方へ向かうマルを追う。


「石壁の道具屋じゃないか?」


 セイランの言葉に椎名はなるほどと頷いた。元Sランク冒険者のスカウトなら、闇市への何かしらの伝手を持っていそうだ。


「マルはかしこいな」


 椎名の言葉に応えるように、マルの尻尾がふわりと揺れる。思わず笑い声をこぼし、三人はマルの小さな足音を追っていった。




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