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神のいとし子(代理)と申します。  作者: かもしか


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17. ブローチを渡そう

 カーテンの隙間から差し込む朝日がテーブルの上を斜めに照らし、まだ冷たい空気が窓から入り込む。窓の外で鳴く小鳥の声にマルの耳がぴっと立ち、まんまるの目で窓の外を見やる。

 それから宿の看板犬のマックスと連れ立って、女将にご飯をねだりに行った。


 椎名が座るテーブルにはフレンチトースト、ベーコン、フルーツの皿がそれぞれ三組並び、湯気の立つカフェオレが追って置かれた。


「急にごめんね」

「いいのよ~!気にしないで!」


 給仕をしてくれた宿の女将にレックスが明るく声をかける。その足元ではマルとマックスがしつこくアピールをしていた。


「ホントはあのまま話聞きたかったんだけどな。ひと口で寝るとは思わなかったわー。寝酒ナイトキャップかよって」


 昨夜、マルがもう寝ていたこともあって酒場に行くのは自重して、酒やつまみを買い込んで宿に戻ってきたものの、椎名があっという間に寝てしまったのだ。気が付いたら朝で、横になった覚えもないのに綺麗にベッドに収まっていてレックスと添い寝をしていたのだから椎名自身も驚いた。


「もしかしてお酒、弱かった?」

「普通だと思うんだけど・・・」

「昨夜、だいぶ緊張してたみたいだったからな、疲れてたんだろ」


 淡々と食事を始めるセイランに椎名とレックスも続く。

 ふわふわのフレンチトーストは中までしっかり卵液が染みこんでいて美味しい。何時間も染みこませなければならない料理なだけに、レックスの分は他の誰かの分だったのかな、などど邪推してしまう。


「んで?ローゼンタールの性悪に会ったんだ?」

「会ったよ。まだ子供なのにすごいね」


 椎名はフレンチトーストをフォークで口に放り込みながら昨日のリリアナの様子を思い浮かべる。猫のことでついカッとなったが、平民をあざけるあの姿はまさに悪役令嬢といった感じで子供ながらにいっそ見事なくらいだった。


「違う違う。そっちじゃなくて、お・お・お・く・さ・ま。あのババア、まだ世間をよくわかってない孫娘二人を対立させて遊んでんだ。タチわりい」


 椎名の印象に残る大奥様はただ静かで落ち着いた人だった。穏やかな声とゆっくりと流れる空気感、背筋の伸びた佇まいや、貴族めいた仕草に品格が見て取れた。おおよそそんな趣味の悪いことをする人には見えなかった。だがレックスには違うように見えているのだろうか。


「あの家、女しか生まれないの。だからずっと女が跡継ぎでな。だけどアイツが男生んだから、今の当主は男なんだ。だから当主に女を跡継ぎにするノウハウがなくってやむなくあのババアに娘を託してるんだよ。跡継ぎのほうは騎士学校へやって教育してもらって、跡継がない方は嫁に出すための教育を自分でしてるらしいよ」

「詳しいね」

「あの家の情勢が冒険者ギルドに直結するからな。ギルド職員がいつもハラハラしてる」


 なるほど、それでマリエルがあんなに受けてほしそうにしていたのか。椎名は自分から見た印象も含め、レックスに一部始終を話した。二人を対立させて遊んでいるというよりはおそらく見極めているのだろうなと感じる。貴族は貴族で責務のために負わねばならないなにかがあるのだろう。


「でもまぁ、これで三つ依頼完了したわけだし、もうダンジョン研修じゃん。俺、張り切って案内するからねー!楽しみだね!」


 声を弾ませて話す顔はまるで遠足前の子供のようだ。正式に冒険者となるためにはEランクに昇格しなければならないが、そのためにはダンジョン研修をする必要がある。そしてそれは既に冒険者である者による引率と教育が必要となる。それをレックスは担うつもりでいるのだ。


「残念だが、そうはいかない」

「へ?え?なんで?」


 水を差すようなセイランの言葉と、ぽかんと呆けた顔で返事をするレックスを尻目に椎名はすっと顔をそむけた。


「昨日の依頼、断ったんだ」

「は?じゃあ『それ』なんで拾ってたの」


 レックスが椎名のポーチを指差す。そこに昨夜のブローチが収まっている。


「だってかわいそうじゃん」

「はーーーーあ?バカなの????」

「バカなんだよ」

「そうだよ、バカなんですーぅ」


 呆れかえるレックスの声と、くつくつと笑うセイランの声につい不貞腐れた声を上げてしまう。


「ヤバいな。シーナ悪い女にコロッと騙されそう」


 からかってゲラゲラと笑うレックスだったが妙に楽しそうだ。


「じゃあ今日もういっこ受けてくるんだ?俺、付き合っていい?」

「え、一緒に来るの?」

「むしろなんでヤなんだよ。一緒の布団で寝た仲だろ」


 レックスは基本的に戦闘職ではないから戦えないと前にも言っていたがさすがにFランクであれば、どんな仕事でもこなせるよ!と余裕そうな表情を見せる。

 申し出はありがたかったが、椎名には別に気になることがあった。


「イ・ラの村長さんの猫、見つかった?」


 リリアナの話を聞いて真っ先に頭をよぎったのはイ・ラの村長さんの猫のことだった。それからカロンに伝えたもらった夢見妖精の予言を思い出す。

 猫の足を切るなど、そんなことをする意味が分からなかったが、どこかで『猫の足を持っていると幸運に恵まれる』という触れ込みで、猫の足を切って売っている不届き者がいるのだと考えれば合点がいく。


「猫ね。いたよ!アウレウィアの上級街区になんかやたら猫が集まる家があって、そこに尋ねたらいたよ。すっごい痩せちゃってたけどね」


 あの日レックスが冒険者ギルドに用事と言っていたのは上級街区に入る許可を取りに行っていたらしい。


「白猫なんだけど、いつも畑に突っ込んでいくから足が泥で染まっちゃって、足だけ泥の色に薄汚れてるんだよ。洗っても取れないんだって聞いてたけど、ほんとにそんな感じで!一目見てこいつだ!!って。

 すぐ保護して、翌日にはイ・ラに連れ帰ったよ。

 村長さんたちだってまさかよその街に行ってるとは思わないよなあ」


 村長さんの悲しみを思い出して安堵する。家と外を行き来する猫がいなくなって見つからないとしたら、死んでいるかもしれないと思うのがごく普通だ。日本でさえそうなのだから、魔物が生息していて捕食される可能性のあるこの世界ではより一層そうだろう。


「そっかよかった」


 マルに優しくしてくれた村長ご家族が心安らかに過ごせることを思うと嬉しい。

 自然と顔がゆるくほどけて緩む。


「お前といられてマルは幸せだな」


 セイランの何気ない言葉が本当にそうだなと思わせてくれる。

 日本にいたときは仕事している日中などは家で留守番だし、夜もすぐ寝てしまうからほとんど一緒に過ごせてはいなかった。今は四六時中一緒だし、ずっとそばにいられる。マルだけじゃなくて、椎名にとってもとても幸せなことだ。


 キッチンのほうからトトトと軽い足音がしてマルがやってくる。テーブルの上にすたっと飛び乗り、椎名の皿の横に手のひらくらいの小さな魚をぽとりと置く。そしてその横に座ってドヤ顔で胸を張った。

 貢ぎ物だ。大好きな人に時折やる、猫の習性だが、この魚はいったいどこから持ってきたのか。あとで女将さんに謝っておかないといけない。


「マル、ありがとね。えらいね。嬉しいよ」


 にこにこと微笑みながらマルを撫でまわす。

 視界の端ではレックスがテーブルに顔を伏せて「猫に餌付けされてる」と爆笑しているのが見えた。






 朝食の後、三人とマルは冒険者ギルドの外でイリーナを待っていた。もしかしたら本人ではなく使用人が来るかもしれないと思っていたが、意外にもちゃんと本人が来た。

 幼いながらも悲しんでいるような、申し訳ないような、複雑な表情で、昨日悲しませてしまったことに罪悪感を覚える。


「おはようございます、シーナ様。昨日はリリアナがごめんなさい」


 イリーナは何も悪くないのに謝らせてしまうのも申し訳ない。椎名は自身の唇の前に人差し指を立て、しーっとイリーナの謝罪を止める。

 冒険者ギルドの中へ入って椅子を勧めようかとも思ったが、そこまでの用事でもないかと思い直し、椎名はイリーナに一歩近寄りポーチからブローチを取り出した。


「手を出して?」


 子供らしいきょとんとした顔でイリーナが右手を差し出す。手の甲を上にするのが貴族らしい。その手を掴んでくるりとひっくり返し、手のひらにブローチを乗せる。落とさないように両手でぎゅっとイリーナの手をブローチごと包みこんだ。


「もうなくさないでね」


 にこりと微笑んで手を離す。

 イリーナは手のひらに載せられたブローチを見下ろし、瞬間、驚きで目を見開く。椎名の顔を確認するようにぱっと顔を上げて、それからすぐに瞼を伏せた。


「・・・ありがとう!」


 精一杯抑えたような声音だが、頬は赤らみ年相応の笑顔が喜びを雄弁に物語っていた。


「さぁ、もう行きな。あまり平民と長くいるとまた何か言われるかもだし。依頼のことなら俺が勝手にしたことだから気にしないで」


 それにそのことに言及されると分水路に下りたこととか、他人のものに触れたこととかいろいろ言われて困るし、と子供に聞かせたくないような言い訳をポンポン付け加えてしまうところは格好がつかない。

 椎名の胸のスリングからマルがひょこっと顔を出して、ちょうど目の前のイリーナの顔に頬をすり寄せる。


「ちょっとマル、くすぐったいよ」


 にこにこと笑うイリーナの子供らしい笑顔に椎名も思わず笑顔になる。


「騎士学校に行くんだね。大変だろうけど、応援してるね」


 そして願わくばイリーナの未来が笑顔であふれていますように。椎名は無意識に祈りの言葉を小さく口にする。マルにマーキングされていたしきっと大丈夫だとは思うけれど。


「いろいろありがとうございます」


 イリーナの丁寧な礼にまたねと手を振って、どことなく白く淡く光る小さな背を見送る。その様子を席から見守ってたレックスが腕を組んで呆れに近いような表情で見ていた。


「なんかシーナってすげえな。貴族マナーとかルールとかなんも知らんのになんとかなるんだな。変なヤツ」

「えっ。できるだけ丁寧にしてるつもりなんだけど、ダメだった?」

「まあ、うん。いろいろダメだったけど、なんとかなってるし、別にいいんじゃね?」


 そうなのかな。よくわからないけれど、どちらにせよしばらくはこんな気を遣う依頼は勘弁したい。


「ほら、終わったんなら次の依頼探すぞ」

「えー、俺も一緒にいきたーい」

「まだ冒険者以下のFランクなのに一緒に行ってもいいものなのかなぁ」


 レックスの冒険者レベルはBランクだった。戦闘をしないので褒められたBじゃないけど、と本人は言うけれど、それでも一緒にFランクをこなすとなるとこれはかなりなチート行為(ズル)にならないだろうか?考えてみてもいいかどうかはわからないけれど、マリエルに聞いてみよう。


 椎名は先を行くセイランとレックスが開けていてくれる冒険者ギルドの扉をくぐった。




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