15. 依頼の報告と新しい依頼
翌朝、椎名とセイラン、そしてマルは再度、冒険者ギルドを訪れていた。
昨夜ローゼンタール伯爵邸から冒険者ギルドへ完了の報告へ寄ったが、忙しいとのことで追い返されたので、改めての訪問だ。そのため、今朝は掲示板には寄らず直接カウンターに向かう。
「昨日の報告なんですが、今日は大丈夫ですか?」
今朝もカウンターにはマリエルがいる。むしろマリエルのほうが椎名たちの訪問を見てカウンターに来ているのでは、と思う。どうやらマリエルは椎名たちの担当になったようだ。これもFランク支援の一環なのだろう。
「はい。昨日だいぶ雑に追い返しちゃったみたいで、すみませんでした」
カウンター越しに丁寧な謝罪を受ける。そもそも夜は職員が少なくなるのだから、忙しくて扱いが雑になるのは致し方ない部分もある。
今後は夕方以降の冒険者ギルドの利用はよっぽどのことがない限りは翌朝にしたほうがお互いに良さそうだ。
「昨日の依頼の報告ですよね。ローゼンタール伯の大奥様から完了報告のお手紙をいただいています」
完了報告の際にこちらから渡すものがなくて不安だったが、すでに話が通っているようだ。
「えと、大奥様から『大変よくしていただいた』という評価をいただいておりまして・・・」
前回と同じように大きなファイルをカウンターにばさっと広げて、その横にトレイを出すとそこに銀貨を2枚並べる。
「報酬は銀貨1枚でしたが、大奥様からのお心遣いで2枚になりました。こちら、お受け取りとサインをお願いします」
椎名は一度セイランと顔を見合わせる。
「なにか特別なことをしたつもりないんだけどな、ねぇ」
椎名の言葉にセイランもわからんというように頷く。それでもせっかく高く評価していただけたので、ありがたく銀貨2枚を頂いて、セイランに渡す。
「で、ここからは昨夜追い返してしまった理由なのですが・・・」
カウンターのファイルを引き寄せ、別のファイルをカウンターの上に広げる。
「大奥様が是非あなた方に、ということで依頼をいただきました。こういった形での依頼を『指名依頼』といいます。AランクやSランクの方ではよくあるんですが、Fランクでは初めてでして、ギルド職員のほうでパニックになってしまったようでして、ご迷惑をおかけしてすみません。
受けるも受けないもシーナさんたちの自由ですので、ひとまず依頼内容のご確認をお願いします」
指名依頼というものがどれだけありがたいものなのか、駆け出しの椎名たちにはさっぱり分からなかったが、前回がよっぽどお気に召していただけたということなのだろう。
マリエルの勧めに従ってファイルをじっくり確認させてもらう。相変わらず背後に立つセイランも、椎名の肩越しにカウンターに手をつき、資料に目を落とす。
『ランクF №1325612
失せ物探し
分水路にアクセサリーを落としてしまったため、見つけて欲しい。
銀貨10枚 期限なし』
「分水路ってなんですか?」
早速、マリエルに質問を飛ばす。
「上級街区と下町を分離している川があるのはお分かりになると思うんですが、その川のことを分水路と呼びます。人工の川といいますか、街に水をいきわたらせるための水路なんです」
なるほど。下町の北、上級街区の南に存在している川のことだ。それは下町の一番北に位置するギルドから出ればすぐに見える。上級街区からの眺望にも関与する川なので比較的綺麗にされている川だ。
「どうする?」
セイランの声が耳元に落とされる。椎名は手を口に当て少し考えるそぶりを見せ、即答を避けた。
「これ、アクセサリーの種類によってはとんでもなく難しいと思うんだけど、やってみて無理だったらどうなりますか?ペナルティがあるとか?話を聞きに行ってみてやっぱり無理そうだから受けませんとか言ってもいいものなのかなぁ?」
「断っても失敗してもペナルティはないですよ。目の前まで行って断るというケースは聞いたことないですけども規約上はペナルティはありません」
的確な返事をくれるもののマリエルが困惑している様子が見て取れる。おそらくそんなことをしたら依頼主、マティルダからの印象も悪いし評価も下がるだろう。
不自然に渋る椎名にセイランが呆れたように見下ろしてくる。
「何はともあれ、Fランクの方で指名というのは初めてのことですし、評価を上げるチャンスだと思います」
マリエルはけして受けろとは言ってこないが受けてほしいのだろうなという気持ちが表情に滲んでいる。
「じゃあひとまず受けることにして、無理だったら無理ですって言おう」
椎名の結論にセイランが耳元で小さく息をつき「わかった」と了承してからカウンターから背を起こす。無意識かもしれないがマリエルは安堵したように微笑んだ。
「ではこちらの件、よろしくお願いします」
マリエルの丁寧な礼に見送られ椎名たちは冒険者ギルドを後にした。
ギルドを出た後、まだ午前の早い時間なこともあって、二人は広場のベンチに場所を移した。足元ではマルが石畳の隙間から生えた雑草をかみかみして遊んでいる。
「お前、この依頼だいぶ渋ったな。なぜだ」
セイランは眉を寄せ訝しむような視線を向ける。
椎名が視線を受け止め再度考えるような姿勢を見せる。冒険者ギルドでは「難しい依頼だ」と言ったものの、椎名にはひとついい案があった。
かつて友人が室内でコンタクトを落とした時に使った技で、透明なコンタクトが見つけづらいのはよく言われていることだが、上からの光ではなく、横からの光を当てるとコンタクトが普段とは違う反射をするので見つけやすくなる。これを使えないだろうかと考えているのだ。
だが、その場合、屋外である以上は実行は夜でなくてはならない。そうなると夜までは体力の持たないマルは共に行動するのが難しくなる。
水に浸かる作業もあることを考えるとスリングに入れておくのも危ないとなると、そもそもの実行自体が難しい。
さらにエルフには種族特性として暗視の能力がある。セイランは夜の森を歩ける程度のわずかなものだとは言うものの、やはり見えるというのは大きい。明かりで照らし、セイランに指示を出してもらって椎名が水路から引き上げる、という手順で考えているが、それだと集中してほしいセイランにマルを任せるわけにもいかない。となるとやはり依頼の完了が難しくなる、と椎名は考えたのだ。
「それはお前が明かりを出して、俺が水路に下りればいいんじゃないか?」
椎名の作戦をじっくり聞いていたセイランが提案する。だが椎名はそれを却下した。絶世の美男子が水路を浚っている姿など見たくないし、他人様にも見せたくない、というとても個人的な理由だ。もちろんセイランはひとかけらも理解してはくれないが。
「それは最終手段ってことで、とりあえず作業している間、ローゼンタール伯爵邸でマルを預かってもらえるか確認してみよう」
と、方向性は固まったものの、一般的な冒険者に倣って早朝から活動を始めたので、日が落ちるまでにはまだだいぶ時間がある。
「ちょっと歩いてみようか」
椎名はぶらぶらと広場を抜け、まだよく知らない通りを歩きながら周囲を眺める。マルはいつの間にかセイランの肩の上に捕獲されていた。
先日のイリーナ嬢の説明では広場の東側は地元住人たちの生活の場になっている、と言っていた。冒険者相手の店もこのあたりだ。
西側は観光客向けになっており、東側に入ってすぐに冒険者向けの店が並ぶことでその奥の地元民のエリアまでは観光客が入りづらい並びになっている。
防具屋、武具屋、薬屋に道具屋、宿屋、酒場と冒険に必要なことはこのあたりですべて事足りる。そのいくつもある店の中に『鑑定・買取します』と札の下げられた小さな石造りの店があった。
どうやら道具屋のようで『石壁の道具屋』の看板がかかった軒先にはランタンや水袋などがぶら下げられている。窓枠が鉄製で、ほかの店よりもずっと頑強な店構えだ。
「ドワーフの店か」
「えっ?なんでわかるの?」
「入口が小さい」
セイランの言葉にまじまじと店を見てみると、確かに入り口の扉が少し小さくて、椎名がギリギリ通れるくらいだ。
「寄っていい?」
セイランが頷くのを確認してから鉄製の枠に囲われた扉をくぐる。
「いらっしゃーい」
ニコニコ顔の痩せ型のおじさんがカウンターから声をかけてくる。白いシャツにブラウンのエプロンがよく似合う。「人じゃん」とセイランを振り返ればちょうどかがんで店内に入ったところだった。
椎名は店主ににこりと笑みを返し、店内を見回す。内側も外と同じく石造りで、なかなか硬派な見た目の棚に空き瓶や薬草の束、小さなランタン、籠や野営道具など、商品がひとつずつ丁寧に置いてある。
セイランは入店後、まっすぐに店主のほうへ向かうと、荷物から虹色鶏の羽とグリーンモンスターの核を取り出した。
「鑑定をお願いしたい」
そういえばそんな物があったな、とついこの間のことなのにだいぶ前のことのように思い出す。
「いいよ。素材だね。ちょっと待って。
おーいバルク!!鑑定してーーー!!」
カウンターから背後に大きな声で呼びかける。と、奥から椎名の半分くらいの背丈だが、岩のようにごつごつとした見るからに硬いがっしりとした体格の男が出てきた。灰色の長く豊かな髭が三つ編みにされ、
飾り紐でくくられている。店主とそろいのブラウンのエプロンがこちらもよく似合っていた。
「・・・エルフか。久しいな」
バルクと呼ばれたドワーフが深い彫りの奥から鋭い目でセイランをちらりと見る。
「神の救いがあったのじゃな」
低い呟きは深いひげに阻まれて誰にも届かないまま、ドワーフのバルクは踏み台を使用してカウンターに顔を出し、彼の前に店主が数枚の虹色鶏の羽とグリーンモンスターの核を2つ並べる。
エプロンのポケットから取り出したルーペを瞼に挟み、核をその小さな手に取ると傷の具合を確認する。
「これはふたつともお前さんが採ったのか」
鋭い目がセイランを捉える。
「いや、片方だけだ」
「ならば、こちらがお前さんが採った方だな。真ん中に一本傷がある。核の深さを見誤るとはまだ若いな」
バルクとセイランの間をぴりとした空気が漂う。椎名だったらこの空気には耐えられないが、セイランが何も反応をしないので、ぐっとこらえる。
「だがこの程度の傷、たいして価値は下がらん。ふたつで金貨1枚じゃな」
バルクの言葉に驚きでひゅっと息を吸い込むが、声は出ない。威圧感にそっと息を吐きだす。
「バルクー。お客さんを怯えさせないでって言ったじゃーん。睨んじゃダーメ」
重い空間に店主の軽い口調が差し込まれ、ぴり、とした空気が霧散したような気がして椎名はようやく引きつりながらではあったが少し微笑んだ。
「そんなつもりはないのじゃが」
「猫ちゃんも怯えてる。かわいそうに」
セイランの肩で小さく縮こまり耳を伏せているマルに店主が優しく手を差し伸べる。怯えてさらに縮こまるマルの鼻先に指を伸ばして匂いをかがせて、害意がないことを伝え、それから指先だけでそっと撫でた。
「こっちは合わせて銀貨1枚じゃな。七色揃っていればもう少し上がるんじゃが」
虹色鶏の青い羽根を一本、店主が持ち上げ、左に、右に、と揺らすとマルの目がそれを追って左右に揺れる。
「これ、大変だったでしょ。虹色鶏を捕ってこいって依頼でしょ?アレ、釣り依頼なんだよねぇ」
Fじゃほぼ不可能なんだよなぁとけらけら笑って店主がこぼす。
「釣りですか?」
「そ。ほかの雑用に比べて華やかだし?駆け出しの子たちは受けがちなんだよね。楽そうに見えて虹色鶏は普通には絶対に捕れないから、すっごい苦労するんだよな。で、挫折して冒険者を諦めるんだ。アレのおかげで気の短いヤバい奴らは冒険者になれないって仕組み。雑用依頼を地道にこなせるやつじゃないと、手っ取り早く稼げるようにはなれないってことさ」
青の羽をくるくると振り回してマルが前足を伸ばしてくるのをからかって遊びながら店長が軽やかに笑う。まるでよく知っているかのような気楽さがなんだか居心地がいい。
「どうする、これは買い取りでいいのか」
「お願いします」
バルクの小さくてごつごつした手がごとりごとりとグリーンモンスターの核をカウンターの後ろの棚に引き上げ、椎名の目の前に金貨と銀貨を1枚ずつ並べる。
「(金貨、初めて見たな)」
手に取って照明に掲げ、表に裏にくるくるしながら眺める。
「キラキラだね」
2枚ともセイランの手に渡し、椎名は受取証にサインをする。その間、バルクの鋭い目が何か言いたげに逡巡しているように見えたが諦めたように伏せられる。
店主がまるで手品のように虹色鶏の羽を何枚もをひゅっひゅっとマルに見せては消し、新たに出しては消し、くるりくるりと入れ替えたり回したりときょろきょろくるくるまわるマルの目に合わせて遊んでいたが、バルクの様子に肩をすくめて、意味ありげに椎名に視線をよこした。
「俺はシグマート。こっちはバルクね。俺たちも昔、冒険者やっててさ」
気軽な口調はまるで何でもないことのようだったが、ちらりと横目で促された視線の先にはSランクのギルドカードが掲示されている。
「困ったことがあったら寄ってくれ。相談乗れるからさ。頼りになる先輩だと思うぞ」
意外な申し出に椎名とセイランは思わす目を合わせる。
「猫ちゃんもまたな」
シグマートがぱっと伸ばした手にマルが素早く猫パンチを繰り出して、楽しげにケラケラ笑う。
「またきます」
椎名がぺこりと会釈をしてセイランがくぐった後の扉を抜け、背中にシグマートとバルクの視線を受けながら軋む扉を閉じる。
ここで起こった自分ではよくわかっていない色々をセイランに教えてもらわなくては。椎名はセイランの肩に居座ってしまったマルを抱き上げ、ふわふわの毛に残る道具屋のにおいを吸い込んだ。




