14. おばあさまのおつかい
食事のあと、2人は無事にギルドカードを受け取り、銀貨を2枚ずつに分けた。残りの1枚は食事で利用したため、お釣りの銅貨が手元に残ったが、それはひとまずセイランの財布に収めることにした。とはいえ銀貨2枚では宿代だけであっという間に消えてしまう。
マリエルの話によると虹色鶏の依頼は実は難易度が高く、Fランクではクリアできる者がほとんどいないため、評価が高かったのだそう。そのため、あと2・3個の依頼をこなせばすぐにでもEランクに上がれるのでは、とのことだった。
それならば、もうひとつすぐに受けてしまおうとセイランと意見が一致したので、また今朝と同じくFランクの掲示板を眺めてみる。
見ている限り、雑用といったものがすごく多い。冒険者たちが好みそうな討伐系の依頼がほとんどなかった。この様子ではあったとしても午前中のうちに取り合いになっているのかもしれない。
「これがいいかな。お手軽な感じ」
『ランクF №1325594
用事の代行 案内付き。
依頼主の足が悪いため、代理で所用を済ませてほしい。
孫娘を案内につけるため、その護衛も含む。
銀貨1枚 本日中期限』
「どうかな?これなら街内で済みそう。今から街の外に行く依頼はちょっと厳しいよね」
「いいんじゃないか?」
セイランが張り紙をピッと剥がしてカウンターに向かう。
「本日2回目ですね。がんばりますね」
マリエルがにこやかに迎えてくれる。Fランクは職員の手厚いフォローがあるのだろうか。常に受け入れ態勢でいるようだ。
「マリエルさんも食事は摂りましたか?お昼ですよ?」
「はい。今日は早番なので、早めのお昼だったんですよ~」
セイランから依頼の紙を受け取り、小間使いの少年に渡す。彼らの一生懸命な様子が微笑ましい。
「かわいいですね」
「孤児院の子供たちです。社会福祉の一環としてギルドで雇っています。真面目でよく働いてくれて助かっているんですよ」
そんな雑談をしている間にファイルがカウンターに届けられる。
「ありがとう」と頭を撫でると少し照れくさそうにぺこりと会釈をして下がった。
「さて、この依頼ですが、依頼主様はローゼンタール伯爵のお母さまです。ローゼンタール伯爵は今お話ししました孤児院の関係などを管理なさっています。ちなみに冒険者ギルドの総括もローゼンタール伯爵です。ご自宅はこちらに地図がございますので、こちらまで行って指示に従ってください」
マリエルが指さした先の地図をメモに取る。
「これ、上級街区ですが、許可証とかいただけるんですか?」
「もちろんです。本日限りの許可証を出します。上級街区の住民の安全を考慮して、依頼主のお宅までは監視がつくこともありますのでご了承くださいね。
また、お二人のことなので大丈夫だとは思いますが、万が一依頼主を害することや、上級街区での不法行為があった場合、処罰の対象になりますのでその点もご理解ください」
笑顔のマリエルの目の奥が鋭く光る。
ランクが上がってくれば信用度は増すだろうが、Fランクの駆け出しはギルドから見てもほぼ知らない人だ。至れり尽くせりでサポートしてもらえているようでいて、逆にがっちりと監視をされているとも言える。
「こちらが許可証です。紛失しないようお願いします」
「ありがとうございます」
「はい。ではいってらっしゃい!」
きっちりと締めるところは締めるが、基本的には元気で明るいマリエルの満面の笑顔に見送られる。受付の鑑のような人だ。マリエルの笑顔にやる気をもらって、椎名はセイラン、マルと一緒にギルドを後にした。
ローゼンタール伯爵邸は上級街区の入り口からそう遠くない場所にあった。
依頼人のローゼンタール伯爵のお母様は伯爵邸の門からひとつ建物を超えた離れにお住いのようだった。門を入って左右に様々な花が植えられ、その奥に進むと大きな玄関がある。
椎名は地図の通りに道を進み、ローゼンタール伯爵家のドアの前でノッカーに手をかけて、ふと止めた。
「ねえ、礼儀とかわかんないんだけど」
「そんなの、俺も知らん」
何らかのルールがあるならそれに従ったほうがいいのではないかと思ったが、わからないものはどうしようもない。
「あなたはどうしたらいいと思いますか?」
セイランのさらに後方に監視でついてきている騎士に話を振ってみるが、ちらりと一瞥されただけでまるっと無視された。
「冒険者の総括の家なんだから、冒険者が平民で荒くれ者で態度悪いのくらい知ってるだろ」
「ちょっと、言い過ぎじゃない?」
セイランは特に意に介する様子はない。言い過ぎではあっても言うことは尤もだし、ひとまずできるだけ丁寧にしておけばいいかな。
椎名は深く考えるのはやめにして、ノッカーでごんごんと扉をノックした。
暫くの後、ドアが内側に開かれ、姿勢の良い年老いた男性が姿を現す。おそらく執事と呼ばれる人なのだろう。
「冒険者ギルドから、依頼のことで伺いました」
「お待ちしておりました。お入りください」
今の自分にできるだけの丁寧な振る舞いに老執事が穏やかに答える。彼の目配せで後方に控えていた騎士も背を向けて去っていく。
「ご案内します。どうぞこちらへ」
離れとはいえ広い玄関ホールにふかふかの絨毯が気持ちいい。土足で絨毯を踏む経験があまりない椎名は罪悪感に少しそわそわしてしまう。
老執事が飴色の扉をノックし、ひと呼吸、ふた呼吸置いてから音もなくそっと開けた。
「冒険者様をお連れしました」
老執事の静かだけれど通る声のあと、入室を促される。
室内は薄い金糸の刺繡の入ったカーテン越しに午後の日差しが差し込んでいる。曲線の多い優しい印象の椅子に腰かけた老婦人とその横に寄り添うように姿勢の綺麗な少女がこちらを見ていた。
「冒険者ギルドからきました。椎名と申します。こちらはセイランです。依頼内容を伺いに来ました。平民なもので失礼なところがあるかと思います。すみません」
できるだけ丁寧に紡いだ言葉は柔らかな笑顔に受け止められる。
「私はマティルダ。こちらに控えておりますのは孫娘のイリーナです。どうぞお座りになって」
勧められるがままにソファに腰を下ろし、セイランは椎名の右、扉側の背後に立つ。座位になるとスリングが緩み、マルがひょこっと顔だけを覗かせた。
「あ!猫ちゃん!」
イリーナが思わず声を上げ、はっと口元を押さえる。
「あらあら、イリーナお行儀がよくないわ」
「ごめんなさいおばあさま。とてもかわいらしかったのだもの」
「そうね。けれどお客様に失礼よ。淑女としてきちんとお詫びをなさい」
目の前で繰り広げられる言葉の応酬が終始穏やかでファンタジー映画を見ているようでほのぼのと見入ってしまう。
「シーナ様、失礼いたしました。お詫び申し上げます」
目を伏せ、小さな手を胸に膝を軽く折り謝罪の言葉を口にする。
「いいえ、こちらこそかわいらしいと言って頂けて嬉しいです」
かわらずひょこっと飛び出したままのマルの額を指先でそっとなぞり、ごろごろという声に促されるまま喉の下を撫でる。その間イリーナの視線はマルにくぎ付けだ。
「で、依頼のお話なのだけれど」
穏やかだけれど芯のある声に、椎名はマルにでれっとした気持ちを引き締める。
「冒険者ギルドの依頼に出した通り、私のかわりにあちらこちらの用事を済ませてほしいのです。
行先は近い順から、王立図書館へ本の返却、薬師の先生の診療所でお薬ももらってきて頂いて、そのあと下町の市場でアストランティアの種を受け取ってほしいのです。場所はご存じかしら?」
「いいえ。王都に来たばかりでまだわかりません」
「結構。ではイリーナを案内につけますので、イリーナの護衛もお願いします。よろしいかしら?」
扇を持ち首をかしげるように傾ける。
「わかりました、精一杯務めますね」
どう言うのが正解なのかはわからないけれど、椎名は言質を取らせない返答を人好きのする笑顔で包んで依頼を受領した。
「ごめんなさい。おばあさま形式にうるさくて。平民の方には息苦しいよって伝えているのだけれど、伝わらないの」
椎名やセイランの前を歩くイリーナが困っているという風な口調で謝罪をしてくれるが、それがまた妙に大人びていてかわいらしい。逆に伯爵家のお嬢様でありながら形式ばらない会話ができることも驚きだ。
上級街区の中でも最も王城に近い所にある王立図書館の用事を終え、次の目的地へと向かう道すがら、イリーナの手にはスリングから出たマルがしっかりと抱き留められ、彼女は猫という生き物を堪能していた。
「マルは本当にいい子ね。ちっとも暴れないわ」
「そうですね。マルは体が弱いので運んでもらうことには抵抗しないんです」
しかし万が一急に飛び出して、イリーナに傷でもつけたら大変なのでさりげなく抱き取り、再度スリングに戻ってもらう。マル自身もひと安心といった風に毛繕いをして体を横たえた。
「薬師の先生はこの先で合っていますか?」
明らかに行き止まりに向かって進んでいくイリーナに後ろから声をかける。
「あっているわ。この先の階段をのぼるの」
イリーナの指さす先に細く長い階段が続く。
「うぇ」と悲鳴めいた呟きに、後ろからくるセイランがはははと笑い、慰めるように背中をぽんぽんと叩いた。
「マルを俺が連れて行こうか?」
セイランの配慮を、だが椎名は首を振って返す。依頼はイリーナの護衛も込みなのだから、セイランの手を埋めてしまうわけにはいかない。マルの飼い主として責任もって+3キロと一緒に階段をのぼる。
意気込みはしたものの、体がそれについていけるわけではなく、のぼり切った時には椎名はヘトヘトだった。逆にイリーナのほうが元気なくらいだ。
「こんなで冒険者やれるの?」
イリーナのあきれ声が膝に手をつく椎名の上から降ってくる。
「そのうち体力つくだろ」
「そういうものなの?」
セイランとイリーナの会話に突っ込みたくても突っ込めない。
「大丈夫?いけそう?」
イリーナがしゃがみこんで下から椎名の顔を覗き込んでくる。
「・・・い、じょ・・・ぶ、です」
絞りだした言葉は明らかに大丈夫ではない。
「自分に回復魔法かけたらどうだ」
そうだ、その手があったか。王都に来るときに貸し馬にさんざん使った技だ。すかさず自分の胸元に手を当てて回復魔法をかける。
きらきらとした空気が椎名の周りにふわりと浮かんで、胸に吸い込まれる。途端に重かった何かが取り除かれたようにすっと軽くなった。
「お待たせしました。大丈夫になりました。行きましょう」
背中を起こし、イリーナに先を促す。イリーナははてなマークをたくさん飛ばしている顔をしていたが、釈然としないまでも、立ち上がり、細い腕をすぃと伸ばして遠くを見渡す。
「ここから、街が一望できるの。後ろに見えるのが王城よ。隣接しているのはニウェル湖。湖底には古代の神殿が沈んでいてダンジョンになっていると聞いているわ。前に広がっているのは下町ね。広場があって、そこでは時々旅芸人がなにかイベントをやっていたりするわ。住宅街はその奥ね。右手側は観光客向けが多いみたい。それでこちらが上級街区よ。あ、ほらあそこ。あそこが私の家だわ」
遠くまで見渡せる風景に思わす見入ってしまう。目に焼き付けるように街を見渡し、案内されるまま薬師の診療所までの歩みを再開させた。
薬師から薬を無事に受け取り、次の目的地は下町の市場だ。薬師の診療所からは真反対の方向で少し距離がある。だが、道中はイリーナが慣れたように街の案内をしてくれていたので退屈はしなかった。
「お祖母様はこういう依頼はよくされるんですか?」
椎名の質問にイリーナの目がくるりと興味深げに動く。
「そんなこと聞いてきた人初めてだわ」
イリーナの目が面白いものを見つけたように楽しげにくるりくるりと椎名の隅々を眺めるように動く。
この反応を見るに、やはりマティルダ様はよく依頼をして、いつもイリーナに案内を任せているのだろう。
「おばあさまの趣味なの。新しく来られた方に街を紹介して、好きになってもらって、護ってもらいたいとお考えなの。街を愛していらっしゃるのよ」
街を守る憲兵や警備隊は主に子爵の管轄だが、冒険者ギルドを総括する伯爵家としてはそれに少し物足りなさを感じているのかもしれない。そのために、ギルドに依頼することで個人的にも寄進をし、力ある者の育成に少しでも寄与しようとしているのだろう。
しかし冒険者は自分で言うのもなんだが荒くれ者もいるし、割とアウトローが多いが大丈夫なのだろうか。
「あなたは大丈夫なんですか?危ないこともあるんじゃ?」
「一度だけ。でもうちの衛兵がずっとついてきてるし何かあっても守ってくれるから大丈夫なの」
・・・・・・気づかなかった。椎名は初めて知った事実にきょろきょろとあたりを見渡すがそれらしい人影が見つからない。セイランはこの話に髪の毛一本揺らさないほどに全く動揺を見せないのでおそらく気づいていたのだろう。
「(知ってたなら教えてくれてもいいのに)」
無意識に頬を少し膨らませる椎名と対照的に、横目でちらりと椎名を確認したセイランが頬を緩ませた。
「家に戻ったらマルと少し遊んでもいいかしら?」
「マルが嫌がらないならいいですよ」
それから半刻、椎名とセイランはローゼンタール伯爵邸の離れに戻っていた。約束通りマルはイリーナに預け、途中で摘んだ狗尾草で遊んでもらっている。やはり野草はマルの食いつきがいい。今まで使っていた作り物の猫じゃらしに比べたら段違いだ。
「ご苦労様。街は堪能できたかしら」
「はい。ご配慮ありがとうございました」
マティルダの隠された意図に気付いたと言外に伝えながら、素直に礼を告げる。
マティルダは口元を扇で隠し目を細めた。そしてゆるりと目が弧を描く。
「またすぐにお会いすることになりますね」
・・・それはどういう、と口にしようとしたがすぐさま手元の鈴をしゃりんと鳴らして遮られ、呼び出された老執事が音もなく現れる。もはや質問を許される雰囲気も霧散してしまった。
「冒険者ギルドに大変よくしていただきましたと完了の報告と、新たな依頼を」
え、と顔を上げた椎名を見ることなく手元の紙になにやら書き付けると、老執事に手渡す。イリーナがマルの相手をしながらふふと小さく笑った。




