13. 虹色鶏は蕩ける美味さらしい。
王都ニウェルの城門の外に広がるのは風にそよぎ、さわさわとなびく広々とした草原だった。街道をすれ違う相乗り馬車の人たちがニウェルの王城の美しさに感嘆の声をあげているのが聞こえる。
王都を出て1時間くらい、街道をはずれ、草原の中を歩き2人と1匹は目的の場所に辿り着いた。
遠くに王城が霞んで見えて幻想的だ。また別の方向には朽ちてなお色褪せない、白亜の遺跡がぼんやりと見える。ニウェルは観光都市と聞いていたが、外からの景色も美しい。
「おい」
セイランの声に振り返り、丘を仰ぎ見れば、ちょうも頂上あたりに目的の虹色鶏が見えた。
草原に異質な派手な羽がとても豪華で、普通の鶏よりは丸々として見える。
何はともあれまずはマルをスリングから下ろし、草原に放すと常と同じように姿勢を低くして鼻をひくひくふんふんさせて周囲の確認をし、ゆっくり探索をし始める。
「えーと、警戒心が強く近づくことは難しい、だったね」
ギルドで見た情報を諳んじる。どの距離まで近づけるのかな。とりあえずものは試しとそっと近づいてみる。
丸々としたその派手な鶏は全く動じることなく草を食んでいる。あと4.5メートルくらいの所まで近づくとさすがにこちらを警戒する様子を見せるが、まだ動かない。
さて、どうしよう、と思った矢先にマルが音もなく駆け寄り飛び掛かる。
それよりも数瞬早く、虹色鶏が大きく羽を広げて飛び上がり、マルの猫パンチを華麗に避け、額に強烈な足型をつけた。
そのままマルの頭を踏み台に、バサバサっと羽ばたいて遠くに着地した。
「飛ぶの?」
「少しだけっぽいな」
椎名は羽ばたいて落ちた青と黄緑の羽を拾い上げる。
「これ、傷つけたことになるかな?」
「どうだろうな?この程度のことまで言われると、なかなか厳しいぞ」
しおしおと椎名の元に戻ってきたマルに回復をかけつつ、毛並みを整えてやる。マルが気持ち良さそうに目を閉じ、椎名の手のひらに額を押し付けた。
マルがかわいいが、こんなに警戒心の強い鶏、近づくこともできないし、どうしたらいいのだろうか。
「これ、どうするの?」
「いいか、見てろ」
セイランが手のひらを上に向け、ひとつ息を吸って吐くとそこに魔力によって作られた風が集まる。ぐるぐると渦を巻いて球状になり、一見個体のようでもあったが、椎名が指を差し込んだらすうと通り抜けたのでただの風の塊でしかなかった。
「これをあいつらに投げる」
「投げる?ぶつけて攻撃するってこと?」
「違う。あいつらの頭の上を通り過ぎるように投げるんだ」
セイランが虹色鶏に向かってその風のボールを放る。投げると言っても魔法でコントロールされているため、風のボールは綺麗な軌道で虹色鶏の頭上30センチのところを通り過ぎて消え、その刹那、虹色鶏がバタンと倒れた。
「ほら。捕まえろ」
「えっ?えっ?なんで??あたってないよね??」
疑問はあるがせっかくのチャンスなのでしっかり1羽ゲットして、ギルドに借りた鳥籠に寝かせる。死んでるように見えるがひとまずこれで1羽だ。
「これ•••何•••?」
「鶏の習性で、急な恐怖で強いストレスがかかると仮死状態になるんだ。里で飼ってた鶏がそうだったから、多分そうだと思ったんだ」
セイランは意外と行き当たりばったりなことをする。こういう所が里のみんなに若造扱いされる所なんだろうな、と思うと少し微笑ましい。
「これなら傷つけないし、攻撃魔法ではあるがぶつける必要はないからできるだろう。風を球状にするイメージ、虹色鶏なら頭の上を通るイメージ、これだけだ」
「風をボールに、風をボールに、ね」
ぶつぶつと口に出しつつ、手のひらの上に旋風を作り出す。それを、カプセルトイのカプセルに入れるように連想したらすんなり丸くまとまってくれる。
「できた」
次はそれを虹色鶏に向かって投げるわけだが、そもそもの対象が見あたらない。くっとセイランが笑う。
「見つけてからのやり直しだな」
せっかく作ったのにやり直しはちょっともったいない気はしたが、球状のイメージを壊したら、風はすうと周囲に散ってキラキラとしたものを地面に振り撒いて消えた。
「のんびり探すさ」
セイランが虹色鶏を入れた鳥籠の前にどさりと荷物を置く。その横に小さなクッションを置いたらマルがその上に鎮座した。
「荷物の番、よろしくね」
椎名の手がマルの頭を撫でる。マルは大きな欠伸ひとつを返すと丸くなってお休みタイムのようだ。まぁ大丈夫かな、とそのままそっとしておくことにして、椎名とセイランは小高い丘を2人で歩いていく。このあたりをぐるりとまわれば既定の数くらいは集まるだろう。
ほどなくして予想通り、虹色鶏の群れを見つける。
「風をボール・・・にして・・・虹色さんの・・・目に映るように、ひゅっ・・・と」
ゆっくり1羽ずつ、ぶつぶつと呟きながら確実にこなしていけば難しいことはなく、あっさりと捕獲することができる。セイランと違うところといえば、風のボールが消えるたびに都度キラキラを振りまいて大地に吸われていく。
椎名が魔力を使えばそれだけ大地に還元されると聞いていたけれど、その様子を目にするのは初めてだ。
「派手」
「え、綺麗でいいじゃん」
2人で2羽ずつ抱えながらマルのもとへ戻る。
クッションの上にいたはずのマルはいつの間にやら鳥籠の上におり、目を覚ました虹色鶏をちょいちょいして遊んでいた。
「マル、やめなよ。また仮死状態になっちゃう」
セイランが鳥籠を荷物から2つ、荷物を小さくする魔法を解除して設置する。その中に手にしていた2羽ずつをそれぞれ入れた。
「これで5羽だね。これで完了でいいかな」
「これ以上は持ち帰るのが大変だな」
生き物は荷物を小さくする魔法がかからないしなと、ため息をつく。
「だよね。次から捕獲系の依頼はちゃんと考えて受けないと、だ」
セイランが鳥籠を片手に1つずつぶらさげ、椎名はマルをスリングで抱っこしてから右手に1つ持つ。まだ太陽は高く、光が草原を照らし、爽やかな風に髪を揺らしながら、2人は丘を下って街道へ向かった。
「はい。おかえりなさい!早いですねー!」
冒険者ギルドで再度マリエルに話しかけると、すぐに受付のカウンターに案内してくれる。
昼前の冒険者ギルドは朝に比べたら随分とすいている。置くところもないのでひとまず虹色鶏の鳥籠3つはカウンターの上に置いて渡した。帰路も行きと同じく1時間かかったので、虹色鶏の仮死状態はすべて治っていて、非常に元気な5羽がギャーギャーとやかましい。
「では朝の続きになりますが、依頼が完了しましたらこちらのカウンターに持ってきてください。今、こうなってる状態で合っています。そうしましたらこちらで確認や鑑定をします。鑑定の難しいものは専門機関に鑑定に出しますのでお時間をいただくこともあります」
受付の時にも見た大きなファイルの情報と照らし合わせながら、マリエルが1羽ずつ確認を進めていく。
「確かに5羽。生け捕りでしたね。羽もそろってますし、どれも元気で傷もないようです。依頼は2~10羽でしたが、5羽でいいですか?」
「はい。これ以上持てなくて」
「条件がありますが、荷車や荷馬車の貸し出しもありますので、そちらもご利用ください」
マリエルは手元のファイルになにかしら書き付けてぺらりと剝がし、カウンターの虹色鶏の鳥籠に貼りつけると背後によけた。小間使いのような見習のような幼い少年がその鳥籠を抱えて、虹色鶏にギャーギャー騒がれながらもそっと運んで行った。
それから空いたカウンターに手元の大きなファイルを広げ、椎名の前に差し出す。一番下にサイン欄が2つあり、ひとつには既にマリエルのサインがされている。
「では、こちらが報酬です」
ファイルの横にトレイに乗せた銀貨が5枚、差し出される。
「確認の上、お受け取りになったら、こちらに受け取りのサインをお願いします」
椎名は銀貨をひとつずつ指で触り、「1,2,3,4,5」とマリエルに聞かせるように声に出す。
「はい。確かに受け取りました」
指定の場所にサインをして、銀貨をセイランの手に渡す。
「では最後に、お二人のギルドカードをお預かりします。こちらの依頼の内容、完了の内容、お二人の完了1という情報、受領が済んでいるということを第三者の目で確認をとり、こちらの記録簿に写しをいただきまして終了になります。
少しお時間かかりますので、お昼ですしお食事でもしてお待ちください」
マリエルが椎名とセイランの2枚のギルドカード、依頼の詳細が乗っていた大きなファイル、それとは別の台帳のようなものを抱え、ぺこりと頭を下げて席を離れる。
椎名とセイランも席を離れ、マリエルに促されたようにフードコート側のテーブルに移る。昼時ではあるが、冒険者はみんな午前中に依頼を受けて出かけているのでフードコートは朝の喧騒などなかったように静かだ。
昼休憩と思われる職員さんがちらほらと訪れている。
「せっかくだから、お昼にしよう」
椎名の提案にセイランが頷き、椎名を椅子に座らせ、フードコートのカウンターに向かった。
ほどなくして、セイランはフードコートのカウンターから戻ってくる。手にしたトレイにはアメマスのクリームパスタ、フェアリーパンケーキ、林檎のコンポート、それとマル用のアメマスのグリルが乗っている。
アメマスの香ばしいにおいにマルもスリングからのそりと顔をだした。
「マルもごはんにしようねえ」
セイランが椎名の足元に置いたアメマスのグリルの皿の前にマルをそっと降ろす。アメマスの香ばしい匂いに、香辛料の匂いが混じっていない。猫への配慮がありがたい。
椎名は直径5センチくらいの小さなフェアリーパンケーキを1枚手に取り、林檎のコンポートを乗せてくるりとつまんで口に放り込む。甘い林檎の香りが鼻に抜けて待ち時間をあっという間に穏やかにしてくれる。
向かいの席からセイランがアメマスのクリームパスタを取り分けた皿を寄せてくれる。アメマスは川と湖に隣接したこの街ではよく見かける食材だ。サイズは数倍大きいが、味も見た目もサーモンに似ていてとても美味しい。
「いつもありがとう。セイラン」
パスタをフォークでくるりと巻き取って口に入れる。とろりとほどける味にふわりと微笑む。おっとりとした笑顔で空気がほどけ、椎名の輪郭が白く淡くにじむ。武骨な冒険者ギルドの空気が椎名の周りだけが柔らかく溶けるようだった。




