11. 農村イ・ラ → 領主街アウレウィア → 王都
前回は農村イ・ラで村長の猫が行方不明なことを聞きました。
農村イ・ラから小麦を納品しに領主の街アウレウィアへ向かいます。猫の捜索依頼を受けた冒険者もなぜか一緒です。
領主街アウレウィアまでの道中、護衛が必要な場面には出くわさなかった。
ただ、途中の昼休憩で急に冒険者の青年が「肉を食いたい」とクロスボウを取り出し野うさぎを狩ったところだけがイレギュラーだった。
椎名にとってクロスボウというものは初めて見た代物だ。
見た目は弓に似てるのに、随分と機械的だし、小さくどこか玩具のようにも見えた。引き金を引いて矢を飛ばすと言う仕組みも知ってはいたが目にすると驚きに溢れていてすごくワクワクした。
男の子というものはだいたいこういう機構のものが好きだ。椎名も例外ではなく、しばらくの間、目を輝かせて面白いと眺めたり、そっと触らせてもらったり、装備させてもらって試し撃ちなどして遊ばせてもらった。
野うさぎ自体は獲った本人が慣れた手つきで解体していたので、これまた椎名は横で皮を剥ぎ、肉を切り分けるところをじっくりと見させてもらった。こういったものを目にするのも初めてだ。
この冒険者の青年は冒険者活動のほとんどを1人で活動すると聞いたが、ソロだと自分の食事のための狩りやその処理も、生活におけるすべてを自分1人でできなくてはならないのだ。
冒険者になろうと漫然と思っていたが、ここで初めて現実の姿に触れることになった。
また、椎名は初めて外で魔法を使った。生活魔法ではあったが、火を熾し冒険者の青年に提供した。
冒険者の青年は助かるよ、と、串を打った肉を火にかけていく。焼き上がった肉の一切れは当然のようにマルの前に出され、マルは満足そうにふんふんと匂いを嗅いで口に運んだ。そして椎名にも「せっかくだからどうぞ」と差し出された串をありがたく受け取って、マルと並んでご相伴に預かった。
アウレウィアは堅固な外壁に囲まれた大きな街だった。騎士の確認を経て外壁をくぐり、まっすぐ城内へ荷馬車を進めていく。
とても賑やかな街区を通り抜け、内壁のところで椎名とセイラン、冒険者の青年は降ろされた。これより先の上級街区は許可証を持つ者しか通れない。
「お世話になりました。皆さんにもよろしくお伝えください」
椎名は農夫の手を取り丁寧に挨拶をする。特に椎名はなにもしてないのにすっかりお世話になってしまった。申し訳ないなとは思うが、農夫はそんなことを感じさせない笑顔で、しっかりと握り返して上下に振った。
時刻は昼過ぎという頃。
上級街区にほど近い内壁のそばということもあり、人通りはそれほど多くない。
「キミら冒険者になるって言ってたな。よかったらこれやるよ。王都のギルド職員に渡して」
同行していた冒険者の青年が名刺サイズほどの小さな紙片になにやら書きつけて椎名にくれた。
鳥の羽とRを模したマークが書かれており、「登録よろしくね」と記載されていた。所謂紹介状のようなものか。
「知り合ったばかりなのに、いいんですか?」
「いいさ。人を見る目には自信があるんだ。将来有望な新人は大歓迎だしな!」
椎名の肩を気軽に叩き、人好きのする笑顔を見せる。それから、宿屋はあっちの方にあるから言ってみと下町の方を指差して教えてくれる。
そして彼はアウレウィアの冒険者ギルドに用事があるからと指差した方向とは違う、あらぬ方向へ颯爽と去っていった。
「ここにも冒険者ギルドがあるならここで登録させてくれるといいのに」
セイランを振り返って少しぼやく。冒険者ギルドがあるどころか、冒険者の青年が去っていった方向に宿屋までも見える。
「素性のわからん奴を登録するわけにはいかないんだろ」
セイランの言うことは正しい。冒険者は元々身分のない者、素性の分からない者も多い。それをこんな上級街区のそばにうろつかせるわけにはいかないのだろう。いずれここの冒険者ギルドにくることをあるだろう。その時のお楽しみだ。
ひとまず2人は宿を探しに冒険者の青年が指差した下町の方に足を進める。
「宿は必須だとして、どこか行っといた方がいいとことかある?買っときたいものとか」
椎名の問いかけにセイランは少し上を見上げて考えるそぶりを見せる。
「地図がいるな。あと馬だ。貸し馬があるか知りたい」
「貸し馬?」
初めての言葉に椎名は首を傾げる。
「そのまんまだ。馬を貸してくれる。王都に返す場所がある店がいい。歩くよりずっと早く着くぞ」
なるほど。レンタカーのシステムだ。目的地に同じ店の支店があれば借りた車(この場合は馬だが)をその支店に返せる。元の街まで返しに来なくていいという便利なサービスだ。
それはすごく便利かもしれない。だが、もちろん椎名は馬に乗ったことはない。
「俺、馬に乗ったことないよ」
「だとしたら相乗りだ。速度は落ちるが徒歩よりは早い。スピードは置いておくとしても、お前、6日も歩けないだろ」
「6日!?えっ!6日っ!?」
椎名の声のあまりの大きさにすれ違う人たちが椎名の顔を見る。スリングの中からお昼寝中のマルが身動ぎしたのが伝わってくる。慌てて口を押さえるが、そのくらいの衝撃があった。
「いやいやいやいや、無理だよ?絶対無理だよ?」
椎名の慌てっぷりにセイランが喉の奥でくつくつと笑った。
「だから、貸し馬なんだよ。いい馬いるといいな」
なるほど。馬か。
「(いい馬が借りれますように)」
椎名は心の中で小さく、だがしっかりとお祈りをした。
翌朝、理想通りの相乗りに耐える足腰の強い馬に乗って、アウレウィア東門を出発した。
前にセイランが乗り、馬の様子を見ながら手綱を握る。椎名はセイランの後ろに乗った。貸し馬屋の店員の説明では、重い方を中心に乗せた方が馬への負担が少ないらしい。
相乗りは馬への負担がどうしても大きくなるため、重さの管理もさることながら、休憩も多めに、ご褒美の砂糖も忘れずにとのことだったので、休憩の度に椎名が回復魔法をかけ、砂糖をあげることになった。
マルはご機嫌でセイランの前に座っている。落ちそうで意外と落ちないのはさすが猫だ。
急ぎの旅でもないし、使命を考えたら歩いた方がもちろんいいだろうとは思うが、今は気持ち的に無理だ。
「(そのうち歩くのに慣れたらたくさん歩こう)」
椎名は小さな反省を胸にセイランの背中に身を預けながらのんびり考えた。
さて、アウレウィアから王都への道は徒歩や乗合の馬車などではおよそ6日かかる。その1日の行程を終える頃合いにそれぞれ村や宿場があり、屋根の下で一夜を過ごす施設があった。
さすがはシルヴァラン王国の農業を一手に担うアウレウィアと王都二ウェルを繋ぐ大動脈。官道としての側面も持ち、道を行き交う人に不便がないよう整備されている。
椎名の一行は馬のため、2日目の夜には道程の3分の2を踏破していたが、そこの宿場、ドレイクドレッドノートではちょっとした諍いがあった。
そのあたりは遥か遠く地平線の彼方まで見渡せる広大な草原で、強い風が吹くため政府直轄の粉挽き風車が何基も建っている。地元では有名な観光名所ではあったが、その大きな作業音を不快に感じる者がいるのもかねてより知られていた事実だった。
その日も夕食の時間にまで響く重低音に痺れを切らした荒くれ者が、酒の勢いに任せて負けず劣らず大きな声でがなり立てていた。
「ゥうるせぇなァ!!!テメェ黙ってろ!!!」
酔いが火をつけたような怒鳴り声が大声の文句に噛み付く。
音に苛立つのは誰しも同じだが、それ以上の声をぶつければそれもまた新たな火種になる。
「てめぇの方がうるせぇよ!!座ってろ!!!」
2人の酔っ払いの額が付き合わされる。
次の瞬間、椅子が蹴り倒され、拳が飛ぶ。倒されたテーブルから落ちた皿やグラスの割れる鋭い音が耳を刺した。
周辺からは「やれやれ!」と煽る声とか、口笛とか、賭け事をし始める声とか、乱闘騒ぎを楽しんで焚き付ける者が多くいたが、少数の非戦闘民である観光客や、旅商人などは元々奥まった席に通されていたが、それでも青ざめた顔をして縮こまっている。
逆に厳つい風貌の酒場の店主は慣れているのか、ひどく落ち着いついて「追い出してくれ」とひとこと静かに告げただけであとは無視だ。
椎名は荒事に慣れていないため最初は盛大にびくりと肩を振るわせたが、店の中央で始まった乱闘に、そっと店から出ることもできず困ってしまった。
「どうしよう?」
目線は乱闘に向けながらそっとセイランに囁く。
「怖いのか?」
「そりゃ怖いよ。俺はセイランがいるから大丈夫って思えるけど、普通は怖いよ」
乱闘を全く意識していなかったセイランは椎名を一瞥して小さく息を漏らすと、じっとしてろと告げて席を立つ。
およそこの酒場には似つかわしくないほどの美貌の持ち主が躊躇いもなく荒々しい空気の中に割って入る。その動きに誰もが一瞬手をとめた。
「なんだ兄ちゃんすっこん•••ぐっ!!!」
威勢のいい罵声は首を掴まれて最後まで発することができない。そのまま片手で吊り上げる。罵声を上げなかった方の荒くれ者はセイランの長い足によって足元を刈られ勢いよく床に頭を打ちつけていた。
「外に出せばいいんだったな?」
セイランの静かで威圧的な声に、扉の横の席の男が反射的に扉を開けた。
と、同時に足元に転がる男を蹴り飛ばし店の外へ叩き出す。釣り上げた方の男ももはや泡を吹いて目は虚であったが、こちらも店の外へ放り投げた。
乱闘の主犯の2人は店の外で仲良く折り重なって転がる。
「ちょっ!やりすぎ!」
椎名が慌てて2人に駆け寄る。
「別に死んでもいいだろそんな奴ら」
「いいわけないでしょ!」
2人のそばに片膝をついて右手は1人の床にぶつけた頭に、左手はもう1人の首に手をかざす。
淡い光が椎名の手からこぼれる。
溢れ出す光に包まれた男たちの傷がじわじわと癒やされ、火がついたように赤く激っていた顔色もおさまっていく。
「飲み過ぎ、気をつけてくださいね」
椎名のおっとりとした声と、少しひんやりとした手に触れられて、荒くれ者2人は毒気を抜かれたようにただ呆然とそこにいた。
「おい、戻るぞ。メシの続きだ」
椎名の行動に呆れを見せつつも扉の前でセイランがじっと待っている。
「セイラン。ありがとう」
先ほどやりすぎと言われて納得のいかない顔をしていたセイランだったが、椎名の言葉に満足げにふっと笑った。
「別に殺しても構わなかったが」
かつてSランク冒険者で斧使いであったと言う噂の店のマスターもセイランと同じことを言い出して、もしやセイランが動かなければマスターが2人を殺していたのかもという事実に、椎名はセイランに頼んでよかったと心から思った。
たった数人で運営されているこの宿場が成り立っているのも、このマスター、ドレイクの実力あってのことなのだろう。
「冒険者ってのは荒々しくて困るな。お礼に一杯ご馳走しよう」
大して困っていない様子でにやりと笑うマスターの好意に果実酒をお願いして、セイランの勧める羊肉の串焼きにかぶり付いた。
遠くに見える一般の観光客の方々も徐々に食事に戻り始めているようだ。
なんにせよ大事にならなくて良かった。椎名は未だ切り替えのつかない気持ちを振り払って、セイランが渡してくるデザートのメニューを手に取った。
セイランは人に興味がないので、椎名さえよければなんでもいいという価値観。




