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ミルバーン公爵邸までの道のりを馬車が走る間、私はずっと物思いにふけっておりました。頭の中で慎重に計画を練っていたのです。
馬車が玄関の前に横付けになると、双子の弟レイクンが玄関の石段を下りてきました。十八歳の青年にしては小柄で細身、おまけに髪を腰まで伸ばしているので、まるで生き写しのように私にそっくりです。
いつもは長い髪をリボンで結んでいるのですが、今は下ろしたまま。私の帰宅を察知して、慌てて出てきたようですね。
小走りで近づいてきた執事が馬車の扉を開けると、レイクンが私のために手を差し出します。
「おかえり、イブリン」
レイクンの眼差しは、私の心の中を覗き込んでいるかのよう。
私はレイクンの手に自分の手を滑り込ませました。その手を、レイクンがしっかりと握り返してくれます。
「ただいま、レイクン。お父様とお母様はお出かけになった?」
レイクンに助けられて馬車から降りながら、私は尋ねました。
ミルバーン公爵である父アンドルーは、カークレイ王国の宰相です。母ラフィアと一緒に一年のほとんどを王都で過ごしています。特に今は社交シーズンですから、家でゆっくり休んでいる暇はありません。
「いや、いるよ。僕が『イブリンが傷ついている気がする』って言ったら、二人とも予定を取りやめたんだ」
レイクンは心配そうに、小さな声で続けました。
「バーナードのところで、何かあったんだろう?」
「ええ……そうよ。やっぱりレイクンにはわかるのね」
私より十五分遅くこの世に生を受けたレイクンは、ミルバーン公爵家の嫡男ながら病気がちで、人混みが苦手です。そこで父は私に男子並みの教育を受けさせ、同等レベルの勉強仲間かつ遊び相手に仕立てることにしました。
心の拠り所が私しかない期間が長かったせいか、レイクンは私については専門家と言ってよいほど詳しくなりました。
おまけに私の心が激しく揺れ動くと、レイクンの『勘』が激しく反応してしまいます。逆に私がそうなることもありますから、双子の以心伝心とでも言うのでしょうか。両親は長年の経験を通して、私たちの勘を無視するべきではないと学んだのです。
「レイクンと双子でよかったわ。お父様とお母様に、できるだけ急いで報告したかったの」
「応接室で待っているよ」
「居間じゃなくて?」
「あー、うん。いつものお客様が来ているものだから」
「またなの?」
私は来客が誰なのかをすぐに察して、苦笑を浮かべました。 八大公爵である我が家が緊急時に追い返すわけにもいかない客人となれば、それはもう王族しかいません。
「まあ、王家に知られずに済む話ではないし、手間が省けるけれど……」
カークレイ王国において、王家は絶大な権力を持っています。今日の出来事を隠そうとしても、いずれ必ず彼らの耳にも入るはず。
私はレイクンにエスコートされて石段を上り、玄関ホールに入りました。エリスとテッドが後に続きます。
一階の廊下をしばらく進んだ後、レイクンが屋敷で一番豪華な応接室の扉を開きました。中で待っていたのは父と母、そして、どこから見ても魅力的な少年。
「やあイブリン、今日もおとぎ話から抜け出てきた女神のように美しいね!」
立ち上がって両手を広げた少年は、非の打ちどころのないほど整った顔立ちです。袖口と襟元に刺繍の入った黒い衣装が、銀の髪と紫の瞳を際立たせています。身長は私よりほんのちょっと高いくらいですが、運動で鍛えられたしなやかな体が見事です。
その顔、その声、その佇まい──すべてに人を圧倒する威厳があるこの少年こそが、我が国の王太子フレデリック・カークレイ殿下。弱冠十四歳にして、策略の才能と鉄の意志をお持ちでいらっしゃいます。
「ごきげんよう、フレデリック様」
「うんイブリン、愛しているし尊敬しているし崇めているよ。やっぱり他の女性のことなんて目に入らない!」
「嬉しいことをおっしゃってくださること。今日も縁談から逃げていらしたんですか?」
大袈裟な誉め言葉を軽く聞き流してから問いかけると、フレデリック様が顔をしかめました。もう十四歳になったのだからと、彼が国王夫妻から婚約者を決めるようせっつかれているのは有名な話です。
「私より年下で、家系的に子供をたくさん産めるという理由で選ばれた相手なんて、絶対に嫌だ」
フレデリック様はふんと鼻を鳴らし、肘掛椅子に深々と沈み込みます。私は思わず苦笑しました。
「そうは言っても、王族や貴族の男性は年下女性と結婚するのがしきたりですし。でもフレデリック様は、目下のところ七・八歳のお嬢様には関心がないということですね」
十四歳のフレデリック様のお相手なら、そのくらいの年齢差が適当でしょう。そして選ばれた令嬢は、未来の王位継承に何の不安もないくらいたくさん息子を産めなくてはなりません。
フレデリック様は、四歳年上の私にとても懐いてくださっています。けれどそれは弟が姉を慕うようなもの。結婚相手としてはお互いにふさわしくないのです。
「女性が持ちうるありとあらゆる美点を備えた、理想の相手が目の前にいるのに。決して自分の手には届かないなんて、私の人生はむなしすぎる。あーあ、バーナードは本当に運がよかったとしか言いようがないね」
バーナード様の名前が出て、私は胸の痛みを感じました。どうやらレイクンの『勘』について、誰もフレデリック様に伝えなかったようですね。
「どうしたの、イブリン。バーナードの奴が馬鹿な振る舞いでもしたのかい?」
フレデリック様が物問いたげに私を見ました。屋敷に戻って安心したのか、胸の内が少し顔に出てしまったようです。
「ええ、その通りですわ」
私は両親の向かいのソファに座りました。隣にエリスが腰を下ろし、テッドが壁際に立ちます。レイクンが左側の椅子に落ち着くと、右側の椅子に座るフレデリック様が「さて」と腕を組みました。
「何があったんだい?」
「フレデリック様……つい先ほどの出来事を、個人的な考えや感情抜きで、あるがままにお話しします。お父様、お母様、そしてレイクンも、まずは黙って聞いてほしいの」
両親、そしてレイクンがうなずきます。私はひとつ息を吐いてから、冷静に事の一部始終を報告しました。
父アンドルーは四十六歳の働き盛りで、私と同じ金色の髪にちらほらと白いものが混じっていますが、それがかえって魅力を増しています。
母は三十九歳で、白に近いプラチナブロンドの髪と、優しげな灰色の瞳の持ち主です。若い頃は国一番の美女と評判でしたが、今なおその容貌は色あせていません。
私が話を進めると、いつもは穏やかな父の顔が憤怒に歪み、青い瞳に冷たい炎が燃え始めます。母の震える唇と固く握った拳を見て、私の胸はさらに痛くなりました。
彼らはミルバーン公爵夫妻なのですから、この屈辱的な話を聞けば落ち着いてなどいられなくなるでしょう。
私だってできるなら、こんな話を聞かせたくなかった。悲しい思いをさせたくなかった。
両親は非常に貴族的な人たちで、誰よりも体面や名誉を重んじています。家名に傷をつけてはいけないと、彼らは私とレイクンを厳しくしつけました。
「少年の頃のバーナードは気骨があり、自分に厳しい点が好ましかった。成長してからも、他の若い男たちと同じように未亡人を追いかけたりもしなかった。誠実で、ひとりの妻だけで満足できる男なのだろうと思っていたが……」
そう言って、父は指先で眉間を揉みました。