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 アーティは順調に訓練を積んでいます。私が綿密な計画を立て、型にはめているのですから当然ですが。


「魔法のようではないですか。この短時間で、アーティ様の貴族的な喋り方はめきめき上達していますよ」

「立ち居振る舞いもそうです。ほら、たったいまジェンセン伯爵のお嬢様のペンの持ち方を真似ましたわ」


 礼儀作法担当のトーラ夫人と言語学者のハンソン博士が、常にアーティの様子を観察しています。


「でもまだ、いくつか直すべき部分がありますね」

「当然です。駄目な部分を見つけては直す、それを続けていきましょう」


 先生方がうなずき合います。

 ここから先は、これまで通りの『耳で覚える勉強法』と『視覚に訴える授業』に、令嬢たちとの『実践学習』をプラスし、それらの相乗効果でアーティを淑女に仕立てることに専念します。


 実践経験を積むことで、アーティの頭の中で知識が蜘蛛の巣のように繋がっていく。それぞれの記憶が、さらに別の記憶を引き出すのです。

 小説内の言葉を上手く使えるようになれば、平民言葉の使用頻度が減っていく。令嬢たちとの交流で、無意識に行われる所作の水準が着実に上がる。

 フレデリック様の言う通り、アーティは加速度的に成長していくでしょう。


 次の伯爵令嬢のテストでは、アーティは王族と貴族の名前をそらんじて、ワルツを披露する予定です。この調子なら、義父となるジェンセン伯爵と気の利いた会話のひとつもできそうですね。


「イブリン様の右に出る女性はいない。イブリン様こそが淑女の理想像。お友達も、お店の店員さんも、皆がそう言います。私、なれるものならイブリン様になりたいです」


 伯爵令嬢テストを四日後に控えたディナーの席で、アーティがそんなことを言いだしました。

 ディナーの時間は、アーティが遠慮なく本当のことを言える時間、何を言っても怒られない時間です。しかしその場に居合わせた人々は戸惑ったように顔を見合わせました。


「そんな大それたことを言うなんて!」

 エリスが叫びます。憤慨する彼女を、私は右手で制しました。


「アーティは私みたいになりたいの?」

「はい。イブリン様みたいになって、バーナード様の素晴らしい妻になりたいです」

「まあ、これほど嬉しい言葉はないわ」


 私はにっこり微笑みました。


 ハンソン博士が咳払いをします。

「さすがにそれは見果てぬ夢だと思いますが」


「イブリン様をお手本として選ぶことが、高すぎる目標であることをわかっていませんね」

 トーラ夫人も困ったような顔で言います。


 アーティが『異常なまでの空想家』で『究極の身の程知らず』だと、皆がそう思っているのは間違いありません。

 確かに、そこがアーティとたいていの平民の差です。カークレイ王国に──いえ、恐らく世界中にも二人といない。そんな性格だからこそ、彼女はバーナード様を射止められたわけです。


「やってみたらいいじゃないか。どこまで近づけるか見てみたいし、目標設定は高ければ高いほどいいからね」


 一緒にディナーを楽しんでいたフレデリック様が、愉快そうに言います。

「アーティは令嬢たちとの交流で、イブリンの価値を正しく感じ取ったのだろう?」


 アーティはこくりとうなずきました。

「それもありますし、自分の目で見てもイブリン様はフェリー・ルイスの小説のヒロインそのものだから」


「まあ、全部イブリンがモデルだから当然だけど」

 私の前に座るフレデリック様が小さくつぶやきました。


 謎の小説家フェリー・ルイスは、やはりフレデリック様でしたか。正体を暴こうと躍起になっていたわけではありませんが、ちょっと謎解きが簡単すぎるのではないでしょうか。


「お友達が言うんです。イブリン様には他の淑女にはない美しさがあるって。それを磨きに磨き上げているから完璧なんだって。私も本当にそうだなって思って」

 アーティは憧れと尊敬の念を隠そうともせず、うっとりと私の顔に見とれています。


「愛人からここまで尊敬されるのって、前代未聞だよな……」

 レイクンが薄気味悪そうに眉を顰めました。


「略奪女をいじめ抜くのではなく、全エネルギーを教育に向け、学ぶ手助けをするとこうなるのか……」

「鞭を振るうことなく辛抱強く接して、どんな望みにも耳を貸し、徹底的に優しくしてやった結果ですね。こういう方法で全面的に服従させるなんて、斬新すぎる」


 フレデリック様とレイクンがひそひそ喋り合っています。


「アーティは私のファンになったのね?」


 私はにこっと笑って、隣に座るアーティに話しかけます。

 アーティが顔を真っ赤にしました。崇拝の眼差しで私を見つめ、うなずきます。


「世界中で一番素敵なお姫様だと思います」

「うれしいわ、そんなふうに思ってもらえるなんて」


 どうやら彼女、すっかり私に心酔しているようですね。この展開を利用しない手はありません。


「それじゃあ、私と一緒にいる時間をもっと増やしましょうか。『視覚に訴える授業』に、『私』を見学することを追加するの」

「本当ですか? イブリン様とずっと一緒にいたら、私は完璧な令嬢になれますよね?」

「そうね、これからは似てくる一方ね」


 今の状態なら、アーティはいじらしいほど一生懸命私の真似をしようとするでしょう。

 いつかのフレデリック様の言葉を思い出します。


『ねえ、これってバーナードに対する秘かな復讐じゃないかい? 君が手本となれば、勢いアーティは君の複製になる。つまり、あの男の好みとはかけ離れてしまうわけだ』


 あの時は、アーティの魂まで変わるわけではないと思っていました。所作が私に似るなんてささいなことだと。でも──。


(ここまできたら、内面も完璧に、徹底的に作り変えましょう。私そっくりに)



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