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 アーティがミルバーン邸に来てから二週間が過ぎ、子爵令嬢になるためのテストの日を迎えました。

 課題は『新たな義父となる子爵の前で三十分程度、申し分のない作法で振る舞う』こと。

 当日はアーティに関わりのある人をすべて招いていました。

 ウォーレン男爵家、ブレント子爵家、テイラー公爵家の皆様方。そして前日に急遽参加が決まった、ジェンセン伯爵家の皆様です。もちろん彼らも、私が探したアーティの引受先。ルネド通りにオープンさせた薬屋でご縁ができました。

 我が家の大広間に、骨折して療養中のバーナード様以外の面子が揃ったわけですね。


「いやはや、素晴らしかった」


 三十分間の作法披露を終えてアーティが退室すると──覚えたこと以外の動きや会話でぼろを出さないうちに退室させるしかない──深く感じ入ったように、ブレント子爵が言いました。


「子爵家の養女になる娘として、相応しい礼儀作法が身についていた。高貴な生まれでない者を一時的にでも家族として迎え入れることに、抵抗がなかったと言えば嘘になるが……」


 ブレント子爵が安堵したようにため息をつきます。

 たしかにアーティの振る舞いに不自然さはなかったですし、子爵令嬢として立派に通用するレベルでした。

 たった二週間でのアーティの変わりように、テイラー公爵夫妻も目を見張っておられましたわ。


「では、アーティは合格ということでよろしいですか?」


 私が尋ねると、ブレント子爵が「ええ」とうなずきます。


「ちょっとした欠点でもあろうものなら、容赦なく指摘するつもりでしたが。アーティ嬢の所作はまったく問題ありませんでした。喜んで義父になりましょう」

「これでアーティも子爵令嬢か!」


 テイラー公爵が「わはは」と高笑いをします。


「二週間前は下品極まりなかったが、すっかり変わったな。あと二か月半でウエディング・ベルが鳴って、めでたしめでたしだ!」


 この二週間でテイラー公爵家が支払った金額はかなりのものです。ゴールまでにはさらに多くの経費がかかる。

 しかしアーティの成長によって、テイラー公爵家が抱えている問題が一気に解決するわけですから。上機嫌なのも当然でしょう。

 現段階で安心するのは時期尚早、と水を差すのは止めておきました。次の受け入れ先であるジェンセン伯爵も同席しておられますし。

 そのジェンセン伯爵が、まぶしそうな目で私を見ます。


「イブリン嬢、私は本当に驚きました。貴女があらゆる点で非凡であることは知っていましたが、教育者としても天才的な資質があるとは……」

「光栄ですわ」


「今日この目で見るまで、とても信じられませんでしたよ。平民の孤児が子爵令嬢になるなど、不可能に挑むも同然でしょう。さらに二週間後に我が家の……伯爵家の養女にするなんて」

「確かに、むちゃくちゃな話ですわね。私が薬屋で声をおかけしたとき、絶句なさっていましたもの」

「ええ、生まれて初めて」


 ジェンセン伯爵は苦笑しました。

 我が家の秘薬を売る店を開くよう、スタントンに指示したのも二週間前。アーティを我が家に迎え入れた日です。

 その店に何度も繰り返し通ってこられたのがジェンセン伯爵でした。なんでも四歳の嫡男が病弱で、風邪を引いただけで死の一歩手前まで行ってしまうのだとか。

 店で売っているのは、病弱だったレイクンを奇跡的に回復させた薬です。ずっと飲み続ければ、レイクンのように健康な未来が約束される。


 ところが問題は、いかに伯爵家でも桁外れの資金が必要になること。

 なにしろ我が領地にしかない極めて珍しい薬草を、薬剤師の並外れた技術と門外不出の製法で調合した薬です。同じ重さの純金よりも高価なのですよ。ジェンセン伯爵の財力では、ずっと買い続けることはできない。


 四歳の幼子が命を落とすなんて、想像するのも辛く、同情に堪えません。そこで薬の援助と引き換えに、アーティの受け入れを打診したわけです。

 しかし伯爵家ともなると、血筋に大きな誇りを持っている。アーティの出自と行いに拒否反応が出るのは当然で、ジェンセン伯爵も大変悩んでおられました。そこで急遽、子爵令嬢テストの見学をお勧めしたのです。


「本当に、イブリン嬢の才能には圧倒されます。行動力、交渉力に優れ……途方もない計画を成功させる力があることを、私に納得させた」


 ジェンセン伯爵の言葉に、ウォーレン男爵とブレント子爵が同時にうなずきます。


「鋼のような強さをお持ちだ」

「あと十年遅くお生まれだったら、完璧な王太子妃、さらには完璧な王妃になられたことだろう」

「まあ皆様、それは褒めすぎというものですわ」


 私は淑やかに答えます。

 それぞれの事情でお金に困っていらしても、皆様立派なお人柄。心からの褒め言葉であることは確かでしょう。


 アーティの淑女教育の最終目標は、八大公爵家のひとつミルバーン公爵家の養女になること。その前段階の養子先も、それなり以上の貴族でなければならない。

 当主自身が女好きのろくでなしや、野獣のような放蕩者では困るので、私の目から見ても信頼できる方々を選びました。


「イブリン嬢の手腕なら、二週間後の伯爵令嬢テストも問題ないはずだ。私はアーティ嬢の義父になるでしょう。次の侯爵令嬢になるまでの四週間だけとはいえ、養子縁組は軽んじていいものじゃない。一度縁を結んだからには、これから先ずっとアーティ嬢を助け、守る必要がある。関係するすべての家の名誉が保たれるよう、できる限りのことをしなければならない」

「ジェンセン伯爵の言う通りだ」


 テイラー公爵がうなずきます。


「しかし受け入れ先の侯爵家が見つからなければ、成功は見込めませんよ」


 ブレント子爵が言いました。

 テイラー公爵が顔をしかめます。


「問題はそこだ。侯爵は高位貴族だからな。私は社交界の重要人物をひとり残らず知っているが、アーティの義父になってくれそうな侯爵は思い当たらない」

「八大公爵ほどではなくとも、侯爵家はどこも裕福でプライドも高いですしね」


 ウォーレン男爵が悩まし気な表情になります。

 私はにっこり微笑みました。


「侯爵令嬢のテストまでまだ一か月半ありますわ。私が責任もって、受け入れてくれる侯爵家を探します。どこの家も、蓋を開ければ問題のひとつや二つはあるものですしね」

「イブリン嬢がそう言うと、本当に大丈夫な気がするから不思議だな。あなたはどんな難しいことでもさらりとやってのける」


 テイラー公爵がそう言うと、父が私の肩を抱きました。


「ああ。私の賢い娘は、すべてのことを鮮やかにやり遂げるだろう。では紳士諸君、遊戯室に移動してカードゲームをしながらワインと葉巻を楽しもう」

「ご夫人方は私と一緒に、応接室でくつろぎましょう。信頼できる同志になるために親睦を深めなくてはね」


 母の言葉に、ユリアナ様以外のご夫人たちが緊張した面持ちになります。貴族の女の世界は八大公爵家の奥方が牛耳っているわけですから、緊張してそわそわするのも当然ですね。


「じゃあエドモンド、僕らは厩舎を見に行こうか」


 レイクンがエドモンドの肩を叩きました。


「はい、ぜひ!」


 エドモンドが喜びに顔を輝かせます。

 私は残りの面子を見回しました。奇跡的に、三つの受け入れ先に同年代の令嬢がいるのです。

 十七歳のウォーレン男爵令嬢フラニー、十八歳のブレント子爵令嬢イリーナ、十九歳のジェンセン伯爵令嬢テリサ。それなり以上に美人で、性格がよくて、社交界で臨機応変な対応ができる娘たち。


 彼女らにはアーティの『取り巻き』になってもらいます。社交界で成功し、輝くためには、個人の力だけでは十分ではないのです。


「それでは私たちも、楽しくお茶を飲みましょう。テラスに席を用意したから、まずは私たちだけで。後からアーティも交えて、仲良くしましょうね」


 私は令嬢たちに微笑みかけました。



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