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「いきなり何だ、エドモンド」
「兄さん大変だよ! イブリン嬢からこの屋敷に、サプライズプレゼントが届くんだ!!」
「はあ?」
イブリンと婚約した十三年前の私とそっくりな弟に向かって眉をしかめる。エドモンドは両手とも拳を作り、興奮した面持ちで上下に振っている。
「両家の友好のしるしとして、青鹿毛のサンブルーって馬を譲ってくれるんだって! 僕いてもたってもいられなくて、馬運車がもうすぐ到着するって伝えに来たんだ」
エドモンドは見るからにわくわくしていた。私は兄貴らしく見せようと、必死で平静を装った。
「ふうん、サンブルーか。父はデビルブルー、母はサンローズ、非常に優れた血筋の馬だな。ミルバーン公爵領産の馬には、稀にとんでもなく優秀なのがいる。サンブルーが素晴らしいかどうかは、見てみないことにはわからんが」
私はゆっくりと立ち上がった。そしてにやりと笑う。
「イブリンがすり寄ってきたか……面白い。あの女が下手に出るなら話が変わってくるぞ」
私が小さな声でつぶやくと、エドモンドが首をかしげた。
「兄さん、何て言ったの?」
「いや、何でもない。早速乗馬服に着替えよう」
血液が全身を駆け巡り、腹の底から興奮が湧き上がってくる。イブリン絡みでは初めての経験だ。
エドモンドはそんな私を見て、なぜか戸惑ったような顔になっている。
「兄さん……お酒を飲んでいたんだよね? 馬に乗るのは不味いんじゃないかなあ」
「馬鹿言え。ブランデーを二、三杯飲んだ程度で酔うわけがないだろう」
私は口元に笑みを浮かべたまま自室へ戻った。
(イブリンのやつ、新居では取り乱すことも感情的になることもなかったが、実は傷ついていたのか? それともアーティの愛人教育が上手くいかず、己が私の添え物でしかない事実に気が付いたか?)
イブリンが媚を売ってきたと思うと、えもいわれぬ勝利感を覚えた。心が洗われ、私自身が光を放っているような気分になる。
(イブリンが私にへつらってきた。その気持ちを汲んで、サンブルーがいい馬なら受け入れてやらなくてはな)
自室に戻ると、朝食をぶちまけた自室の床はすっかり片付いていた。まだ室内にいた侍女頭と、従僕たちはエドモンドの顔を見て妙に嬉しそうだ。
「何だ、お前たち。仕事中にへらへらするな!」
私は厳しく一喝した。
乗馬服と乗馬靴、乗馬手袋を身に着け、帽子と鞭を手に庭へ向かった。無駄に広い新居の庭に調教場を作っておいてよかったと心から思う。
厩舎の中から、馬丁たちが大騒ぎしている声が聞こえた。
「こりゃあ見事な馬だなあ!」
「ああ。これほどの馬を、ぽんと譲ってくださるなんてなあ」
イブリンが贈ってきたサンブルーはすでに厩舎に入っていた。興奮しているのか、跳ねたり頭を振ったりして暴れている。
「これはバーナード様。見てください、すこぶるつきの良馬ですぜ。ちょっとばかり手こずることになりそうですが」
私の存在に気づいた馬丁たちの顔がほころぶ。私は彼らをかき分け、サンブルーをじっくりと見た。
「何という素晴らしい馬だ……」
艶やかな被毛、力強い筋肉、美しい体のライン。荒々しくぎらつく目は、自分は誰の命令にも従わないと宣言しているかのようだ。
「この馬はとてつもない力を秘めているぞ」
私はうっとりと呟いた。今この瞬間、興味があるのは目の前の若い馬だけ。
「でも兄さん、調教するのは大変そうだよ」
エドモンドの言葉を聞いて、私は鼻で笑った。
「お前は調教の仕上がった、大人しい馬にしか乗ったことがないからな。国一番の馬の産地として定評があるテイラー公爵領で育ったくせに、情けない」
エドモンドが顔を赤くする。
「兄さんが知らないだけで、最近はそうでもないよ。でも僕、うちの領地の調教方針が好きじゃないんだ。必要以上に鞭で殴りつけるのがさ。イブリン嬢のところみたいに、ゆっくり時間をかけて、愛情を持って馬に接する方がいいと思う」
「本当にお前は馬鹿だな。馬は人間の心を敏感に感じ取るからこそ、鞭を使って徹底的に上下関係を教え込むんだ」
私は手に持っている細い鞭を、エドモンドの目の前で振って見せた。
「場合によっては餌も抜く。私が主人だということを馬が認識するまでな」
「そんなの可哀そうだよ……」
「上手く服従させて、意のままに操る瞬間の満足感は凄いぞ。お前もやってみたら、絶対に感激するさ」
私は振り返って馬丁たちを見た。
「サンブルーに鞍をつけろ!」
「は、はい!」
馬丁たちが必死の形相でサンブルーの背に鞍を乗せる。その間に、私は乗馬帽を被った。