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 屋敷に帰り着いたのは午後三時前でした。門の前でフレデリック様を見送ってから玄関に入ってきた私を、エリスが出迎えます。


「おかえりなさいませイブリン様。有意義な話は聞けましたか?」

「ああ、とてもね」


 乗馬用手袋からするりと手を引き抜いて、私はにっこり笑いました。短剣の入ったジャケットも脱ぐと、手袋と一緒にエリスに渡します。


「今日はまだまだ予定が詰まっているわ。続きはドレスに着替えながら話しましょう」


 自室に戻った私は化粧着に着替え、外出でついた埃を落とすためにエリスに櫛で髪を梳いてもらいます。


「アーティは正真正銘天涯孤独だったわ。誰も私たちに口出ししてこない」


 私は鏡台の椅子に座って、鏡を見ながら微笑みます。


「それはようございました。安心して教育を進められますね」


 エリスが私の髪をアップにし、軽く化粧をしてくれます。私は孤児院の様子を詳しく話して聞かせました。


「他にも役に立ちそうな情報がございましたか?」

「ええ、色々とね。おかげで私、アーティよりもアーティ自身に詳しくなったかもしれないわ。後は手に入れた情報をいかにして私の有利になるように利用するか……」

「それは一体どんな情報ですの!?」


 エリスは興奮し、興味津々の顔つきになります。

 アーティの両親について、今は言いません。最も重要な情報は心にしまい込み、密かに隠し持つ切り札にするべきなのです。そして、必要な時が来たら迷わず使う。


「簡単に言えば、他者から見たアーティの性格、行動パターンや思考の傾向ね。早速、今後の教育に役立てるつもりよ」


 エリスはがっかりした顔をします。私は気にせず「ドレスを選んでくれる?」と頼みました。


「私ね、情報収集のために平民の娘と熱々のデートをしたの」


 クローゼットから何枚かドレスを運んできたエリスが「まあ!」と驚きの声を上げます。


「ポレットという名前の、十六歳の娘よ。孤児院で小さい子供たちの世話をしているわ。彼女はアーティのことが大嫌いなの」


 私は澄み切った青空のような色合いのドレスを選びました。エリスはあっという間に私にそのドレスを着せ、背中の紐を結び始めます。


「そのポレットという娘とは気が合いそうですわ。彼女から参考になる情報は得られたのですか?」


 せっせと手を動かしながらエリスが言います。


「ええ、色々教えてもらったわ。彼女、アーティだけがチャンスを手にしたことが悔しくてたまらないのよ。それから『僕』にひと目惚れしたみたい。アーティに誘惑されないように気を付けてって、何度も言われたわ」

「それはまた罪作りな……でもその娘、いずれ何かに利用できるかもしれませんね」


 私は「そうね」と口元に笑みを浮かべました。


「ポレットを役立てるプランも既に立ててあるの。でもまずは、仕入れてきた情報で新しい教育計画を作らなくてはね」


 身支度が終わり、私は壁の時計に目をやりました。

 脳内でアーティの予定を思い浮かべます。私は記憶力がいいので、自分用のメモは一切必要ありません。


「三十分後に緊急会議をするから、先生方を応接室に集めてくれる?」

「かしこまりました」

「それとレイクンの部屋の書棚から借りてきてほしい本があるの。すぐにメモをするわ」


 私は急いで机の椅子に座り、数冊の書名をメモ用紙に書きました。それを持って、エリスが部屋を出ていきます。

 ひとりになった部屋の天井を見上げると、またもや口元に笑みが浮かんできます。


『アーティに誘惑されないよう気を付けてくださいね、エーブ様』


 菓子屋の横にある公園でデートした際の、ポレットの言葉が思い出されました。

 もちろん周りには子供たちがいましたし、フレデリック様や護衛たちが彼らの相手をしてくれていましたから、まったく人目を忍んではいませんでしたが。


『普通の平民なら、お貴族様と結ばれるなんて夢にも思わない。そんなに甘い世の中じゃないって知ってるわ。でも、アーティの精神は特別頑丈なの。絶対にエーブ様をたらしこむ気満々のはず!』

『心配してくれてありがとう。僕はそんな罠にみすみす引っかかるつもりはないよ』


『でもあの子、ものすごく立ち直りが早いの。エーブ様が嫌がってもまとわりついてくるに決まってる』

『効率的に追い払う方法ってあるかな?』


『そうだなあ……アーティってホントお花畑だから。人が自分に嘘をつくはずがない、欺いたりしないって思ってる節があんのよね。だから裏切られると必要以上に落ち込んじゃうの。エーブ様があの子をだましたら、二度と近寄ってこなくなるんじゃないかな」


 その情報も、私は心の奥にしまい込みました。いつか切り札として使うかもしれません。


『ポレットさんは、アーティさんのことが嫌いなのかい?』

『うーん、いろいろ複雑。今の感情的には大っ嫌い。あの子だけ出世したのが許せないし……でも、情はあるよ。なんだかんだ放っておけない子だし』


『もしアーティが困ったら、助けたいと思うかい?』

『それはもちろん。だって同じ孤児院で育った家族だもの』


『ポレットさんは優しいね。他に何か、僕が知っておくべきことはあるかな?』

『そうね……あの子、すぐ空想の世界にのめり込むから。男爵家の育児室に綺麗な絵本があったら見せない方がいいかも。特に女の子が主人公で、白馬の王子様や素敵な騎士が出てくる絵本は絶対駄目』


『恋愛系のおとぎ話ってことかな?』

『そう! 院長やボランティアの人の朗読とか、紙芝居屋のお話にうっとり聞き入って、頭の中で自分自身を主役にしちゃうの。普段は馬鹿なのにおとぎ話だけはすぐに覚えて、自分に都合よく変えちゃってさ。あの子の頭の中にはへんてこな物語がいっぱい詰まってんのよ。男爵様の子供に、アーティがヒロインのお話をされたら困るでしょ?』


『なるほど。アーティさんは恋愛系のおとぎ話なら記憶に留められるわけか……』


 私は「今後の教育についてのヒントを得た」と思いました。

 アーティはおとぎ話から、現実からかけ離れた恋物語を吸収し、バーナード様を相手に奇跡を起こした。


(そう、大問題を引き起こしたアーティの空想癖こそが、様々な問題を解決する鍵──未来を開く鍵になるかもしれない)



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