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「うぬぼれは抜きにして、私の顔は人目を引くからね。普段の姿で出歩いたら、死んだ老婆も飛び起きるような騒ぎになってしまう」

「すごい自信だな……」


 レイクンはぼそりと呟いて、慌てて咳ばらいをしました。


「ま、まあ王都の民の中には、特別な祝日に王宮のバルコニーにお立ちになる姿を見た者がいますし。キラキラ輝く王太子様と、今のフレデリック様を重ね合わせるのは難しいですね」

「レイクンの言うとおりね」


 私はなんだかおかしくなって、フレデリック様を見ながら苦笑を浮かべました。


「今日は朝から孤児院を訪問する、と昨晩のうちに王宮に連絡してありましたが。私としては、同行をお願いしたつもりはなかったのですけれど」

「私は王都のことなら隅から隅まで知っている。最新の状況を確認するために、頻繁にこの格好で視察をしているからね。案内役兼アドバイザーとして、私以上の適任者はいないだろう?」


 フレデリック様が胸を張ります。私は彼の姿をしげしげと眺めました。


「お見合い相手から上手く逃げていらっしゃると感心しておりましたが、その変装のおかげだったのですね?」

「そのとおり。ポイントはこの眼鏡だね。そっちからは顔がよく見えないだろうが、私の視界は良好だ」

「その技術、うちの職人にも会得させたいですね……」


 エリスがポットとカップを載せたワゴンを運んできました。フレデリック様の格好を見て、驚きに目を見開いています。


「技術に関する交渉はまた後日にしましょう。ハーブティーで喉を潤したら、孤児院に向けて出発します。それなりに距離がありますから、急がないと」

「えー。イブリンにだったら無料で教えてあげるのに」

「ただより高いものはないので結構です」


 私はきっぱり言うと、机の椅子に腰を下ろしました。ペンを手に取り、アーティの予定表を見つめながらしばし考えます。


(レイクンとエリスが緊密に協力し合ってくれるから……散歩を取りやめて、馬車の乗り降りの仕方を練習させよう。外の空気が吸えるし一石二鳥だわ。日常生活の中でも、エスコートをされる側の心遣いを学ばせて……)


 新たな予定を手早く書き上げ、ペンを置くと同時に立ち上がり、予定表をエリスに手渡します。


「エリス、いま一度あなたにお願いするわ。私の不在中レイクンを支えて、助けてちょうだいね」

「ご期待に応えられるように、全力を尽くします」


 エリスが力強く返事をします。私はうなずき、壁際に控えているテッドに目を向けました。


「テッドはスタントンのサポート役に回りなさい。あなたの情報収集能力が役に立つはずだから」


 フレデリック様が同行するということは、王太子の護衛が何人も後ろから付いてくるのですから、怖いものなしです。

 テッドは誰よりも頼りになる男ですが、今日のところは彼の腕っぷしは必要ない。昨日、父の秘書のスタントンにたくさん仕事を依頼しましたから、そちらの応援に回した方が効率的です。

 テッドは一瞬だけ不満そうな顔を見せましたが、すぐに「はい」とうなずきました。彼もエリス同様過保護な性格ですが、結局は私の言う通りにしてくれます。

 ハーブティーを飲み干すと、私とフレデリック様は手早く外出の準備を済ませました。机の上の短剣を手に取ると、レイクンが「ストップ」と言うように手を前に出します。


「イブリン、短剣は鞍袋に入れて行きなよ」

「どうして?」

「せっかくのデートなのにフレデリック様が可哀そうだから」

「デートじゃないんだけど……まあ、目的地は田舎だし」


 馬上や休憩中の会話を人に聞かれる恐れは少ないので、問題はないでしょう。

 私とフレデリック様は、それぞれの愛馬に乗って屋敷を出ました。アーティが育った孤児院は、王都の郊外に位置するハロッド村にあります。

 大通りは慎重に走り、田舎道に入ってから速度を上げ、一時間半ほどで青々とした木々や作物の実る畑が広がる田園地帯に出ました。

 王都は肥沃な土地です。畑仕事をしている農民たちの顔は晴れ晴れとしていて、とても幸せそう。

 川のほとりで馬を休ませている間、私は色彩豊かで美しい風景を満喫しました。

 大地は金色に輝き、真っ青な空にたんぽぽの綿毛に似た雲が浮かび、木立の間からリスや小鳥がちらほらと顔をのぞかせます。

 私は大きく伸びをしました。


「新居の寝室でバーナード様とアーティを目撃して以来、初めてリラックスできた気がします」

「それはよかった」


 フレデリック様が口元に笑みを浮かべます。


「王都の民たちは誰もが幸せそうで、人生を楽しんでいますね」

「ああ、王都に勝る場所はどこにもない。私の代になったら、この国をあらゆる意味で世界一にしたいんだ。それを手伝えるのは君しかいない」


「もちろんお手伝いしますわ、ミルバーン公爵家の人間として」

「王太子妃としてっていう意味だからね? 何度も口に出した方が、願い事は叶うって言うし」


「あら。大切な願い事は、人に話さない方がいいそうですよ?」

「え、そうなの!?」


 仰天するフレデリック様を見て、私は大きな笑い声を上げました。

 それからまた一時間半ほど田舎道を走り、ハロッド村に到着しました。質素だけれどきちんとした外観の家が並んでいます。

 村の大通りから外れた場所に、目的の孤児院がありました。古い建物ですがしっかり手入れされていて、落ち着いた雰囲気が漂っています。

 私たちは馬から下り、一般人に変装した護衛のひとりに手綱を渡しました。

 ここからは完璧な男性を演じなければならない。私は鞍袋から短剣を取り出し、ジャケットの裏ポケットに隠しました。

 フレデリック様が玄関のノッカーを叩くと、こざっぱりした服を着た初老の女性が扉を開けました。礼儀作法担当教師のトーラ夫人に、どことなく雰囲気が似ています。


「どちら様でしょう?」


 女性が私たちを見て首をかしげました。見るからに貴族という少年が午前中に訪ねてきたのですから、不思議に思うのは当然です。

 私は脳内で、この場にふさわしい偽名を思い浮かべました。


「エーブと申します。ウォーレン男爵家『のほう』から使者として来ました。男爵は慈善活動に熱心で、ぜひこちらの孤児院にも善行を施したいと」


 ウォーレン男爵はアーティの義父です。期間限定の上に名目上の存在ですが、人脈は利用させていただかなくてはね。もちろん許可は得ていますよ。


「まあまあ、大歓迎ですよ。私は院長のサラットです」


 院長は穏やかな笑みを浮かべ、言葉通りに歓迎してくれました。

 領地を持つ貴族には、王都での奉仕活動も求められます。孤児院にとっても、大口の寄付をしてくれる貴族はありがたい存在です。

 私たちは掃除の行き届いた院内に案内され、現在ここで暮らしている孤児たちの暮らしぶりを見て回りました。

 そう広くない建物ですが、温かみがあって居心地がよさそうです。壁には子供たちが描いた絵が、額に入れずに貼り付けられています。


「当院の教育に力を入れていて、子どもたちは読み書きや計算ができるんですよ」


 院長が誇らしげに言います。たしかにアーティは教養があるとは言えませんが、絶望的なほど無知ではありません。


「みんな健康そうで幸せそうだ。それに、とても礼儀正しいですね」


 私が微笑んだ時、子どもたちの歓声が聞こえました。

 フレデリック様が護衛の手を借りながら、おもちゃを配って回っているのです。たくさん用意して、護衛の馬の鞍に袋をくくりつけて運んもらいましたからね。

 ブリキの兵隊や馬、ドレスを着た抱き人形、木製の積み木やパズル、ビーズのアクセサリーや文房具まで。小さな子供たちは大興奮で、新しいおもちゃをいじっています。

 私は金貨の入った小袋を院長に手渡しました。もちろんこの費用も、テイラー公爵家への請求書に加算されます。


「ありがとうございます。ウォーレン男爵様の惜しみないご支援、必ず子供たちのために役立てます」


 院長はにっこり笑い、私にテーブルの椅子を勧めました。


「お付きの皆様も、どうぞお座りになってください。お茶とお菓子をお出ししますわ」

「へい、それじゃ遠慮なく」


 院長の言葉に、フレデリック様がぺこぺこと頭を下げます。本当に演技が上手です。私は笑いをこらえる戦いにあやうく負けるところでした。


「ポレット、ウォーレン男爵家の皆様にお茶をお出しして。とっておきの砂糖菓子もね」

「はい、院長先生」


 一人の少女がトレイに乗ったお茶を運んでくるのを、私はそれとなく見守りました。十五歳か十六歳くらいでしょうか。

 孤児院で暮らせるのは十二歳まで。十三歳になると男の子は職人見習いになって、親方の家に住み込みで修業するのだそうです。

 女の子は商家の奉公人になるか、残って小さい子たちの世話をするかの二択。アーティも十六歳で乗馬クラブの従業員になるまで、ここで世話係をしていたそうです。


(この娘も残ったのね。乗馬クラブの馬糞係になる前のアーティを、よく知っていそうだわ)


 ポレットはぎこちない手つきでカップをテーブルに並べます。給仕は客人の左側からという、正しい作法は知らないようですね。


「どうもありがとう」


 私はにっこり笑いました。ポレットが首まで赤くなります。

 すぐに院長との、お茶を飲みながらのお喋りが始まりました。

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