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ある恩返し

作者: 雉白書屋

 とある古びた一軒家。午後三時の穏やかな風が窓から入り、カーテンをふわりと膨らませる。布団に横たわる老人は、そばで洗濯物を畳んでいる女に声をかけた。


「なあ、君」

「はい、なんでしょう」


「君が突然この家に来てから、もう随分経つな」

「はい、そうですね」


「君は嫌な顔ひとつせず、こんな老人の世話をしてくれて、本当に感謝しているよ。だが……」


 老人は言葉を区切り、ゆっくりと唾を飲み込んでから続けた。


「君はいったい何者なんだ? どこかの支援団体から派遣されたのかと思ったが、泊まり込みだし、どうも違うみたいじゃないか」

「はい、違います」


「じゃあ、なんだ? 遺産目当てなんて言いたくはないが……。いや、仮にそうだとしても譲る相手もいないし、君に全部やってもいいんだけどな。ただ、大した財産じゃないがね」

「はい、遺産目当てではありません」


「じゃあ、本当は何者だ? 恩返しに来た動物か? 『あのとき助けていただいた鶴です』なんて話じゃないだろうな」

「はい、そうです。私は昔、あなたに助けられた鶴です」


「嘘をつけ」

「はい、本当は猫です」


「それも嘘だろう。おれは猫は嫌いなんだ」

「じゃあ、ネズミです」


「敵の敵は味方ってか? まったく、君はいつもこれだ。全然真面目に答えてくれない」


 老人は呆れたようにため息をついた。その女はある日突然、何の前触れもなくやってきた。支援団体からの派遣かと思い、老人は足を悪くしていたこともあり、彼女を歓迎した。若く美しい女性だ。最初は多少の下心もあったが、彼女の献身的な世話に、いつしか感謝だけが残った。

 しかし、彼女がなぜ泊まり込みで世話を続けているのかがわからなかった。家に帰らない理由も不明だ。こちらが知らないだけで、実はちゃんと帰っているのか。他に仕事はしていないのか。食費は渡しているが、他に金を請求されたことは一度もない。収入源はあるのか。家族はいるのか。

 老人は時折、彼女に質問を投げかけたが、いつも冗談でかわされるばかりだった。

 ただ、老人はそのやり取りを楽しんでいたし、世話をしてもらっている身だ。無理に問い詰めるのも気が引けた。

 だがある日、老人は意を決したようにして言った。


「なあ、そろそろ君の目的を教えてくれないか?」

「はい、お教えしましょう」


「とかなんとか言って、どうせまた冗談でごまかすんだろう? ははは、それがなければロボットだとでも思ったがな。淡白だし、ああ、いや、気を悪くしたらすまんね」

「いいえ、私はロボットです」


「ははは、だからね」

「ロボットです」


 そう言うと、女は自分の顎の下に手を入れ、皮膚をめりめりとめくり上げた。その下にはプラスチックらしき白いパーツが見えた。


「う、嘘じゃなかったのか……」

「いいえ、嘘です。私は人間です」


「いや、それが嘘だろう……。それで、これは政府の実験か何かか? いや、でもおれを対象とする理由がわからないな。いったいどこから送られてきたんだ?」

「私は未来から送られてきました」


「それも嘘……いや、それなら納得できるか。今の技術じゃ、君みたいなロボットを作れないことぐらい、おれでもわかる」

「はい、私は未来からきた猫型ロボットです」


「いや、猫型ではないだろう」

「にゃー」


「鳴いても無理だよ」

「しくしく……」


「いや、そっちの意味で泣いても無理だよ。ははは……それで、どうしておれの家に来たんだ?」

「はい、実は未来のチャリティー番組の企画です。生活に困っている高齢者の家にロボットを派遣して手助けをするのです」


「ほう、そうだったのか……それじゃ、今も撮っているんだな。えっと、あの、どうもどうも、未来の皆さん」

「今のお気持ちは?」


「えっと、まあ、びっくりしているかな、ははは……それで、その番組というのは二十四時間テレビの未来版か?」

「いいえ、今は二百四十時間テレビです」


「え、ずいぶん延びたんだな」

「はい。局の業績の伸び悩みに比例して、どんどん放送時間が延びていきました。未来では、政府がポルノコンテンツを禁止しているので、みんな感動ポルノに夢中なのです」


「……おい、また嘘ついたな」

「はい、嘘です」


「だああっ! もう! どこから嘘だったんだ!」

「私がロボットだというところからです」


「嘘つけ! ロボットなのは確かだろうが!」

「はい、本当です。実は私はあなたの子孫によって送られてきました」


「子孫……? もう何年も会っていないあの息子が?」

「『はい』でもあり『いいえ』でもあります。あなたは本来、孤独死する運命でした」


「は?」

「お亡くなりになったあと、長い間誰にも見つからず腐敗しました。そのことを知った息子さんは深く後悔しました。代々伝えられ、先祖の悲願となるほどに。そして、子孫があなたを看取るために私をここに送ったのです」


「おお……ま、まあ、これまでで一番納得がいく話だな……そうか、あいつがそんなに悔やんでいたのか、そうか……そうか…………」


 老人は満足そうに微笑み、目を閉じると静かに息を引き取った。女は手を合わせてしばらくの間祈ると、老人の体を布団ごと家の外に運び出した。

 そして、女は隣家との境にある茂みの中に姿を消した。

 彼女は本当に未来から来たのか。それとも、何かの恩返しだったのか――時に真実にこだわる必要はないのかもしれない。

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