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第5話 隣人の事をよく知り、助け合いましょう

 その日はジュールが変なことを言い出した。


 「…ぼ、ボク…アンちゃんと…もっと一緒に遊びたい……」


 これから遊ぼうというのに、どうしたのかな?


 それに、普段から結構一緒に遊んでいると思うんだけど…一体どうしたのだろうか。


 「母さんが言ってたんだ…いつも誰かが遊ぼうって誘ってくれるのを待つんじゃないくて…ジューちゃん…じゃなかった…自分から誘いに行くのも……だ、大事だって…」


 マジョールさんに言われたから、それを実践しようとしているのか。


 それにしてたって、毎日ではないにしろ週に二、三度程度遊ぶ私なんかより、もっと普段遊ばない人を誘ってみたらいいものを…なんで私なんだろ。


 ジュールは俯き特徴的な光を反射しない緑色の髪で表情は見えず、両手の胸元に持ってきてモジモジさせている。


 なんだろう。こんなジュール久しぶりに見た気がする。


 だって、ジュールは…あれ?


 ジュールって白髪じゃなかったっけ?


 こんなに、自身無さげだったっけ…?


 「あ、アンちゃん…?」


 私の事、アンちゃんって呼んでたっけ…?







 鋭い痛みで、私は目を覚ました。


 全身が痛い。何か懐かしい夢を見ていた気がするけど、そんなの気にならないくらいに、ものすっごく痛い。何とか動く眼球を頼りに、今自分がどこにいるのかわかりそうな目印を探す。


 だが、どうやらここはテントの様な建物で、私が知っているような場所ではなかった。


 ……私は今どこにいるんだろう。私が持っている最後の記憶は…そうだ!ノワイエたちを逃がして、自分も逃げようとしたところだ。


 …その後どうなったんだっけ…って大熊は!?大熊はどうなったの!!


 外から漏れ聞こえてくる声でどうにか状況が分からないかな?


 もしかしたらここは船で逃げ出した先の新天地か、私は別の集落に保護されているのか…。


 むむむ…「おーい、次の船が来るぞー!」…おや、ここは漁港かな?


 それに今の声聞き覚えがある…お父さんの部下の人じゃなかったかな?


 ……もしかしたら、大熊は退治されたのだろうか。


 誰かー!教えてー!


 あだだだ!体を少し動かしてしまった。まだ痛みが全身に広がる。


 少しでも動かすとすぐに激痛が走るのは辛いけど、身体の何処も欠けていないって事だと思えば嬉しいもんだ。


 外からの声でもよく今自分が置かれた状況が分からないため、もう諦めて天井を見つめていると、足元の方から声が聞こえてきた。


 もしかして、検診とかの時間かな!


 「おおーい!起きましたー!」


 …なんか違う気もするけれど、私は思い切り声を出した。


 声を出す分には、あまり体は痛まなかったので、ドンドン出した。


 「ん、おお!誰か!誰か来てくれぇ!アンちゃんが目を覚ましてるぞぉ!!」


 テントの幕をチラッと開けた男性が私の大声を確認した後、すぐに誰かを呼びに行った。


 お医者さんかなと思ったが、次に入ってきた人はユモン様だった。


 「ゆ、ユモン様!?ど、どど、どうしてこんなところに!?」


 驚き過ぎてまた大声をあげてしまった。


 「あのような事があったのですから。私だって祈りのためにも治療のためにも赴きますとも。私が担当している村なんですから」


 とても素敵な笑顔で答えてくれた。ああ、この人の声を聞くと心が落ち着く…。


 ユモン様は私の手に布を被せ、ほんの少しだけ紐を使って今寝ているベッドから手を離れさせた。


 これから治癒魔法がかけられるのだ。


 ベッドに魔法陣が一つ展開される。ユモン様の魔法陣が発する光は淡い緑色で疲れた心も一緒に癒されていく。


 展開された魔法陣から、さらに小さな魔法陣がいくつも展開され私の身体を細かく刻む様な形で配置された。ちゃんと手の方には触れないように魔法陣が配置されている辺り、私の両手は本当に面倒なんだなぁって思わざるを得ない。


 「ごめんね。怖いかもしれないが、大丈夫ですからね」


 そうユモン様はおっしゃってから、私の身体に治癒魔法を使ってくれた。


 治癒魔法が私の身体を巡っていく。なんだか暖かい日の光を浴びているようだ。


 内側からも外側からも、ジワジワと癒されていく。


 そうして実に三十分間、治癒魔法をかけ続けられた。


 ユモン様の魔力…すごいんだなぁ…流石神官様だ…。


 私への治癒魔法がかけ終わると、ジュールたちが来るまでの間に、何があったのか、私の身体の状況などを教えてくれると言ってくださり、近場にあった椅子にユモン様はお座りになられ、ベッドの脇からお話になられた。


 「アン君のお身体は全身の骨が折れていて、出血も大量。治癒魔法を施しましたがしばらくは動かないでくださいね」


 「あ、はい」


 全身骨折で大量出血…よく生きてたな私…。


 「壁に打ち付けられたと聞いた時は焦りましたよ…ただ偶然魔法を纏った大熊の右腕が貴方に当たる前に貴方の手に魔法部分が触れて直撃を避けられ、かつ腕を振るったことによる風で吹き飛ばされたので、殴り飛ばされるよりも怪我が少なく済んだ…と言う幸運が貴方に味方しました。やはり貴方の手は神からの贈り物ですね」


 ニコニコと笑顔で教えてくださる。


 そっか、私が火で目を攻撃したから暴れちゃって、大熊に吹き飛ばされたんだ。


 見えてないところから攻撃されたもんだから、一体自分に何が起きたのかなんて全然わからなかった。


 「あ、あの…大熊はどうなりましたか?」


 「大熊は無事、退治されたよ。どうやらジュール君の立てていた仮説通り呪いによって変容してしまった熊だった様ですよ」


 呪い…やっぱりジュールの前世に関係する熊だったんだ…。


 「王都の魔術師や呪術師の検証によると、女性と熊の強い念からああなってしまった様でね。二人の魂が健やかに天に昇る事を祈らせていただいたよ…」


 女性と熊……女性はきっとフィーユさんなんだろう。


 熊にはフィーユさんの首が括りつけられていたってジュールは言っていたし、その時に、仲の良かったフィーユさんを殺されてしまった熊の怒りと、恐らく死ぬ直前に感じた怒りや悲しみの強い感情が首に宿ってしまったんだろう。


 まあ推測でしかないけれど、もしそうなら寂しいし悲しいよね。


 「では、村の状況ですが…居住区は大熊が外壁を大きく破壊した事で、多くの家屋が破壊されて、八十パーセントの建物が壊されたようでね、今はかなり急ピッチで再建を進められているよ。ただ少なくない人数の人が無くなってしまってね、墓地もそうだけど、慰霊碑を作るかどうかで、少し村の上層部がもめているらしい…嘆かわしい事ですね…」


 おばさんも、それ以外の人もあの時……私がもっと上手く説得できていたら結果は違ったんだろうか…。


 もう過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がないかもしれない…。ただ、もしもを考えずにはいられない。


 だって…おばさんの作ったクッキー、物心ついた時から貰ってて…好きだったんだもの…。ここ最近は貰ってなかったけど…ああ……寂しいな…。


 「おや、テントの外からジュール君の声が聞こえてきますね。では私はここらでお暇致します」


 ユモン様は、スッと綺麗な姿勢で立ち上がり、椅子は今ある場所に置いておくとおっしゃった。


 そして去り際に、「アン君、あまり自分を責めてはいけませんよ?貴方は十分、できる事をしたのですから…」とおっしゃり、テントから去っていかれた。

 本当にあの方は凄い人だ…。何も言っていないのに私の心なんてお見通しだと言わんばかりに、言葉をかけてくださる。


 神様そのものより、実際に姿を見せてくださるだけより神々しく感じさせる。


 ユモン様がテントを出て行ってから数分後、二人の人が入って来た。


 ジュールとエドワードさんだ。


 あの時離れてからずっと心配していたけれど、二人とも大きな怪我は無さそうだ。


 顔とか腕に少し治療の後が見れるが、歩いたりしている所を見れて安心安心。


 「アン…よかった…意識が戻って…」


 「ああ、一時はどうなるかとジュールと共に不安に思っていたよ」


 ジュールとエドワードさんが口々に言う。かなり心配させてしまったみたいだ。


 ほほう…そう言われるって事は、大熊討伐からしばらく経ってるのかな?


 どれくらい寝ていたんだろう…。


 「ねえ、ジュール。私ってどれくらい意識がなかったの?」


 「一週間だ。今日は六月八日、大熊が村を襲ってからちょうど一週間だ」


 一週間…そりゃあ、二人に心配させますわ。


 「心配させちゃってごめんね…」


 私がそう言うと、ジュールはキリっと真面目な表情のまま口を開いた。


 「謝るべきは俺のほうだ。あの日あの時…俺が村の外でしっかり倒せていれば居住区の方に逃げ込む事は無かったんだ!…俺が未熟だったせいで…アンにこんな大怪我を負わせてしまったっ…!」


 ジュールは血管が浮き出て手の平から血が滲むほど力強く拳を握りしめていた。


 「ジュールのせいじゃないよ、私がもっと上手く皆を避難に誘導させられれば良かったんだから…」


 本当は彼の手を握ってあげたかったが、まだ体を動かしても痛くなるので微笑みでジュールに責任を感じる事はないと伝える。


 多分伝わるだろう。


 「ほら言っただろう、ジュール。君はずっと許されないなどと言っていたが、アンが君を責めるわけがないと」


 エドワードさんはポンポンとリズム良くジュールの背中を叩いた。


 そんな事言っていたのか、責任感があるのは良いんだけれど自分を責めすぎるのは……私が許さないとか勝手に考えちゃってもー……ま、それは私も同じかな…。


 おばさんたちの死を私は自分の責任だって感じている。ユモン様は自分を責めるなとおっしゃられていたけれど、私の責任じゃないとは言われなかった。


 つまりそういう事だ。


 二人して重く考えすぎって事なんだ。


 「私もジュールも、まだまだ未熟なんだよ。前世の記憶があっても無くても今の自分ができる事をこれからゆっくり理解していくんだよ。きっと」


 何とか励ましの言葉をジュールにかける。これは私自身にも言っている事だ。


 ジュールは「そう…だな…」と小さく呟いた。


 その拳に込められていた力は抜けていた。


 「じゃ、僕はこれで失礼するよ。アンの元気な顔を見れたしね」


 エドワードさんはニッと笑って、軽く手を振りテントを出ていった。


 「あ、さようなら~」


 …なんかあっさりしてたな…。


 そういえば、エドワードさんの悩みだった、お姉さんの補佐に就きたいって夢…どうなったんだろう。大熊の討伐に参加していたなら、結構な武功だと思うんだけど。


 「…エドワードは別の街に行って分家を増やす事にしたそうだ」


 私の心を読んだのか、今まさに気になっていた疑問をジュールが教えてくれた。


 「そうだったんだ…何か心変わりするきっかけってあったの?」


 「大熊との戦いで自分の実力の天井を見てしまったと言っていたな。どうやら自分ではそれほど強くなれないと思ってしまったらしい。彼の思う姉の補佐というのは分家を作る事で出来るかもしれないと言ってもいたから、自分なりの答えを見つけたんじゃないか?」


 お姉さんの役に立ちたいというのが、ざっくりと戦うという事だったエドワードさんがあれだけ落ち込んでいた分家で血脈を広げるという方に明確な道を見出したんだな。私にはわからないけれど、きっとエドワードさんの事だ。沢山考えて出した結論なんだろう。


 「それでだな…アン…」


 ジュールが椅子に座りながら、手をモジモジとさせながら何やら優柔不断になって何かを迷っている様子だった。


 「どしたの?」


 なんかすっごく軽く聞いてしまった気がする…。


 「君が目を覚ました時…伝えようと思っていた事があるんだ」


 ほほう…勿体ぶるなぁ。


 なんだろ……あ、もしかして…ジュールの前世の事かな…?


 「まあ、察しているだろうが…俺の前世の事だ。あの大熊にも関する事でな」


 大熊も関する…ジュールの前世……それって!


 「もしかして、フィーユさんの事も…?」


 「よく覚えてたな…ああそうだ。フィーユの事も含めた事だ」


 ジュールはコホンと咳払いをして、重々しく語り出した。


 「スウド暦と言うもう古すぎて忘れられた暦の時代で、俺はオファーレの魔法師による警備会社に所属していて、依頼でグリシーヌ村という所で香辛料の研究をしている人を警護していたんだ。前世の名前はイディオと言った」


 イディオ…ほほう、どっかで聞いた事がある気がする…。


 「当時香辛料は貴重だったんだ。他国へ輸出するためのいい商品で、自国でも使いたいから効率良く沢山生産したかった。俺は国からその研究を専任された婚約者のフィーユの補佐としてその村に滞在していた」


 「専任…フィーユさんって凄い研究者さんだったの?」


 「ん?まぁ、そうだな。植物学の権威の孫娘でな、その知識を幼い頃から吸収し続けた物凄い女性だった…俺にはもったいないくらい偉大な人だったよ…」


 「そうだったんだ……」


 植物学の権威の孫娘で、国から専任されるくらいの頭脳の持ち主…いやー私もそんな生まれならよかったなぁ…。今の生まれに不満はないけれど。


 「グリシーヌ村というオファーレの東の端にあった村で研究をしていたんだが、そこはアンブラという隣国との国境沿いの村でな。研究にいい環境がそこの村にしかなかったとはいえ、中々危険な場所だったのはわかっていたんだ」


 国境沿いか…神話にもそんな感じの事が書いてあったな…。


 「フィーユは主に胡椒の育成の促進の研究をしていて、より早くより多くの実を作れる品種を作る事を目的としていた。フィーユ自身はやりがいがあるとか言って楽しんで研究していたよ」


 貿易で主戦力になる香辛料…それも胡椒を指定されて研究するって事は、三百年前の世界じゃ胡椒は貴重だったのかな…。まあ今の時代でもそんなに贅沢に使える物じゃないけれど…。


 「フィーユにはな、手で触れた物体の魔力の流れを加速させるという力があったんだ」


 なんか凄い事をサラッと言われた気がする。


 …魔力の流れを加速させる手?


 私の真逆じゃない!!!


 「ね、ねえそれって」


 「ああ、アン。君とは違うが彼女もそういう力を持っていた。だから初めて君にその力の事を聞かされた時…もしかしたら君は彼女の生まれ変わりなのかもしれないと思ったんだが…」


 思ったんだが…??


 「どうにもわからないな!もしかしたら、生まれ変わりなのかもしれないが、案外手の平に不思議な力を持って生まれる人というのは数百年単位で断続的に生まれるのかもしれないしな!」


 笑いながら頭を掻くジュール。


 まあ、そっか。一瞬私もフィーユさんって私の前世では!?とか思っちゃったけど、ジュールみたいに前世の記憶があるわけでもないし、何なら今のジュールに懐かしさみたいのも感じないって事は、絶対とは言い切れずとも、生まれ変わりです!とも言えないんだな…。


 「君がフィーユの生まれ変わりかなんてどうでもいいんだ。君は君で、今の世で俺にとって守りたい大切な友人なんだから…」


 「ジューちゃん…」


 私がそう言うと、ジュールは吹き出して笑い始めた。


 「な、なんだそれ…あははっ!」


 「なんだそれって、マジョールさんがアンタの事をそう呼んでたのよ」


 これは忘れてしまっている部類の記憶の様だ。


 「そ、そうだったけか…コホン!えーと、話を戻すが、その魔力の流れを加速させる力を使って、どうにか新しい品種が生み出せないか研究をしていたってわけだ」


 あら、あっさり話が戻りましてよ。


 でも加速させるって便利そう…少なくとも流れを止めるよりはね。


 「だがある時グリシーヌ村の近くにアンブラが国軍を配置し始めたんだ。しかもかなりの数で、どっからどう見ても威圧的な行為だった」


 雲行きが怪しくなってきた。


 でもあれなんだ、ユモン様とのところで聞いた話で出てきた燃料…つまりエネルギーの取り合いって要素が今の所出てこないあたり、あれは後世に伝わるまでに変わっちゃった要素なのかもしれないなぁ。


 「流石にすぐにオファーレの上層部に伝わってな、刺激しないように軍ではなく俺の所属していた警備会社の人間が主導でグリシーヌ村の村民は迅速に避難させられた。だがフィーユは避難を拒否したんだ」


 「え、ど…どうして?」


 「フィーユ曰く研究の成果があと少しで出そうだった…というのと、子熊が心配だから…だったそうだ」


 子熊……?あ、子熊って!


 「それってもしかして、先週退治した…」


 「ああ、大熊の昔の姿…まだ普通の動物だった頃だ。その子熊は両親を亡くしていてな、村民たちが親代わりとなって世話をしていたんだ、フィーユも村に来てから一緒に世話をしていた。村の人も心配はしていたが、背に腹は代えられぬと言って渋々避難したんだが、フィーユは最後まで聞かなかった」


 「そうだったんだ…じゃ、じゃあジュール……っていうかイディオさんも残ったの?」


 「ああ、勿論。俺の仕事はフィーユの護衛だったからな、それは変らなかった」


 婚約者だもんねぇ。そら傍にいたいですわ。


 「さて、ここでとてもややこしくなる情報を出す」


 「あ、はい」


 「アンブラ軍にはフィーユの恋人がいたんだ」


 「はい?」


 ど、ど、ど、どゆこと??


 ジュールことイディオの婚約者がフィーユさんだけど、アンブラ軍に恋人がいて……??


 「つまり…フィーユさんの浮気か、イディオさんが略奪したか…って事!?」


 私がハッとした表情で驚くと、ジュールはハハハと笑ってまた話し始めた。


 「正解はもう少し単純さ。俺とフィーユは幼馴染で家ぐるみで仲が良くてな、親が決めてしまった婚約だったんだ。だがフィーユは植物学の勉強をしていた時期に別の国に留学で行った先で出会ったアンブラ軍将校の男性と恋仲になったって事さ。俺が婚約者のままだったのは特に気になる女性とかいなかったから、二人の関係を守るために婚約者の立場でフィーユを守っていたんだ」


 ……ややこしさは変わってなくない?


 つまりは、友だちとして仲良かったフィーユさんとイディオ(ジュール)さん、恋人として想い合っていたのはフィーユさんと将校さん…。


 イディオさんはフィーユさんに恋心は持ってなかったから、別にその二人の関係を気にすることなく、なんならフィーユさんを悪い虫から守るために婚約者の立場を使っていた…と。


 いや、ややこしいって!!何にも単純になってないって!!


 「ま、とにかくだ。そのフィーユの恋人の将校は、グリシーヌ村の国境沿いに配置された部隊に所属していたらしくな、フィーユもどうにか軍を下げられないのか、毎夜、俺を含めた三人で相談していたんだ」


 「あ、あの…フィーユさんの恋人のお名前は…」


 私がどうしても気になった事を質問してみると、ジュールは少し俯き、「思い出せないんだ…どうしてかわからないが、全く…。顔はすぐに思い出せるのに…」と答えてくれた。


 思い出せないんだ…じゃあ前世の記憶全てが今のジュールにあるわけじゃないって事なんだ…。


 それって今の記憶と前世の記憶が混ざりそうで、怖いな。なんだか気持ち悪くなりそう。


 「その毎晩やっていた相談がアンブラ軍にバレてしまって、将校がこのままだと処刑される可能性が出てきてしまったんだ。フィーユはそれをどうにか説得しようと、国境沿いのアンブラ軍の所まで行った。俺が生きたフィーユを見たのはそれが最後の光景だった」


 「えっ…」


 「護衛だった俺は何をしていたんだと思うだろう?フィーユは俺に睡眠薬を盛ってな、俺はぐっすり寝てたんだ。そしてフィーユはそれから三日以上経っても帰っては来なかった…だが、フィーユがいなくなってから五日後に子熊が村の方にやって来た。この時には村には俺しか人はいなかったから子熊の鳴き声が聞こえた時には、大急ぎで木の実とかを持って行ったんだ。…今思えば寂しかったんだろうな俺、五日も一人で過ごしていたわけだし」


 子熊が村に訪れて、フィーユさんが行方不明。


 …これは大熊のリボンの話をしてくれた時に聞いた話がそろそろくるかな…。


 「木の実を持って行った俺は驚いたよ、子熊の腕に…見知った人間の首が括りつけられていたんだからな…そうだ、フィーユの首が括りつけられていたんだ。首を子熊から取って、子熊の怪我を治療した後は、体はどこだと探した…そうしたらフィーユの恋人だった将校がボロボロな姿で森にいたんだ。フィーユの服を着た首のない遺体を抱えてもいた。俺が、何があったんだと聞くと、フィーユは将校をかばって処刑されたという話だった」


 アンブラ軍は将校さんが裏切って敵国であるオファーレに情報を流していると思って罰しようとしたら、フィーユさんがそれに異議を唱え罪をかばった。


 さらにフィーユさんの両手の力を知ったアンブラ軍は、その力をアンブラのために使うなら、無罪放免でいいと言われたがフィーユさんはそれを断った。


 そのために首を切られるという、当時オファーレの国教における一番の罰を与えたとの事…らしい。


 なんて身勝手な話だ。なんて後世の私は思うけれど…将校さんの行動もそう見られてもおかしくはないし、そもそもフィーユさんが庇いに行った時点で裏切っていたと確信されていたのかもしれない。


 そう思うとアンブラ軍側の判断は、理にかなっていたのかもしれない。


 「俺はな、その話を聞いてどうしたと思う?」


 「え、えっと…将校さんを逃がして、フィーユさんを埋葬した…?」


 私がそう言うと、ジュール…いや、違う。今の彼はイディオさんだ。自嘲気味に笑った表情は今までのジュールには見られなかった表情だった。


 「俺はその将校を殺したんだ。何で…何で守ってやれなかったんだって…」


 「え…」


 「今思えば気が動転していた。幼馴染が首だけになって帰って来た事、彼女が自信を危険に身を置いていても心配していた子熊に彼女の首を結ばれていた事…様々な認めたくない現実を目の前にして、俺は本能に従うただの獣の様に、目の前にいた将校を殺してしまった…そしてその遺体は森に置いたまま…フィーユの遺体を持ち帰ったんだ。そしてフィーユの首と揃えて、村の近くの人にあまり知られていない洞窟に彼女を埋葬したんだ。だが偶然にもそこは国境で左右で別の国になる洞窟で、おれは彼女の墓が国境にまたがる様に埋葬したんだ」


 「なんで?」


 「自己満足さ。将校を殺してから埋葬するまでに少し冷静になっていたのかもしれないな。だが俺が森に放置していた将校が問題になってな…」


 「問題…?」


 「ああ、アンブラからしては軍紀を犯したとはいえ、自国の国民が敵国の森で死んでいた。しかもその国は村がある国境沿いに軍を敷く国だ。どうなるかは…まあわかるだろ」


 「…それって…戦争…?」


 「ああ、そうだ。これが原因で戦争になった。現状における人類最後の戦争のきっかけを…火種を作ったのは、俺だったんだ…」


 そうだったんだ…でもイディオさんの事を誰が責められるのだろう。


 愛はなくとも婚約者で、仲の良い友人がいい死に方をしなかった。しかも宗教的に最も残虐な殺され方をしていて…そんな彼が、怒り狂う事に誰が愚かだと言えるのだろう。


 「戦争になってからは魔法師団に所属し、色々とあったが…一つ大きな出来事があった。これが戦争を激化させ、長期化させたんだが…これも俺が原因でな」


 「大きな出来事……ユモン様がおっしゃっていた新しい燃料の発見とか?」


 「あれはそうだな…間違いではないんだが…正解とも言い辛い。正しくは魔力ではないエネルギーが発見されたんだ」


 それは新しい燃料の事で合っているのでは…?


 「ただそれを使って何か物を動かしたりとか、凄い威力の魔法を使えたとかではないんだ」


 「だから、正解とも言い辛いって事?」


 「ああ、それは魔力の流れを加速させる土だったんだ。とある国境沿いの洞窟で見つかってな…」


 「え、ええ、それって」


 思わず体を動かしそうになってしまった。


 で、でもそれって、その力って、フィーユさんの…。


 「そうだ。フィーユの手に宿っていた力だった。最初は領土の奪い合いだった戦争が、いつからかこの新たな資源を奪い合う戦争に変わってしまった。さらにこの頃にあの子熊が森から姿を消したんだ。あの時は戦争の最中だったから、どこかで命を落としたとでも思っていたんだが、まさかずっと生きていたとはな…」


 過去の話をするジュールはとても悲しそうで、寂しそうな表情を浮かべている。


 もしかしたら亡くなって前世の記憶が蘇ってからずっと…自分の責任だと思っているのかもしれない。

 これまでの話を聞くに、大熊になった原因の呪いは、フィーユさんの想いと熊自身の想い……後は将校さんとイディオさん…この四人の強い感情が呪いになって子熊を三百年生きた大熊にしちゃったのかなと予想してみる。なんとも言えない悲しい予想だけど…。


 「その魔力の流れを加速させる不思議な土は、恐らくフィーユの肉体が土に還る事で生まれた副産物的な物なのだと思うが、それともう一つ恐ろしいものが生まれた。これが俺が前世で死んだ原因だった」


 ただの戦死とかではなかったって事なんだ。


 「これもまた呪いの話なんだが、子熊に宿ったのとは別にその洞窟に謎の生物が生み出されたんだ。それを当時オファーレ、アンブラ両国で”魔物”と呼んだ。俺が洞窟に埋葬した後、神職の人間に祈祷を頼まなかった…それが原因ではないかと俺は考えた」


 魔物…!ユモン様に会った時に聞いた事で一番気になっていたヤツ!!


 呪いで無から生まれたのか、それとも何かの動物がこれまた変化した姿なのか…?


 「ね、ねぇ魔物って洞窟から生まれたって、何もない所から生まれたの?」


 「俺も当時それが気になってな、発生源となってしまった洞窟に向かって調べてみたら、虫が素材になっている事が分かった」


 虫?ええ…何か魔物へのイメージが変わってしまいそう。


 そっかぁ…動物の中でも虫かぁ…犬とか猫とか…象とかでもない…虫かぁ…。


 「当時確認された魔物の姿は蠅の様な見た目の物も確認されたんだ。それもあって当時の呪術師が強い呪いによって生まれたと王に進言していた」


 蠅…多分大きさもそこそこあったんだろうな…。


 いやだなぁー…おっきな蠅…。出会いたくないー…。


 「細かい事は省くが…その魔物たちを消すために、複雑な大魔法を使う事になったんだ。魔物を浄化するために俺は自分の命と引き換えに洞窟を浄化した」


 「命と引き換え!?それで死んじゃったの?!」


 「ああ、だが大魔法なだけあって、ただ浄化するだけじゃない。魔法の使用者の命を使うため、使用者の経験と記憶をそのままに生まれ変わる事が出来るという効果があったんだ」


 経験と記憶をそのまま…じゃあジュールは一応前世の経験も引き継いでいるって事なんだ…前世の経験ってなんだ…?あ、魔素と魔力を混ぜる時の分量の感覚とかか…。


 でもそれって、元々いたジュールはどうなってるの?なんだか聞いてる限りだと存在を上書きしているって感じがする…。


 「ただ浄化に関しては十分文献で確実性と実用性が認められたんだが、転生に関しては成功例が無かったんだ。だから実際に転生できるのかと言うのは賭けだったんだ」


 「へぇ、じゃあ魔物の事をユモン様に聞いたのは、念のためって感じだったの?」


 「そうだな、確実にやっただろうとは思ってはいたが、どうなっているかは確かめたかったからな。まあまさか国が無くなっているとは思わなかったが…」


 私もユモン様のお話と神話の本を読むまでは、オファーレとアンブラって国の名前知らなかったもんな。


 何ならどこにも国家体系が書いてないせいで、王国なのか共和国なのかもわからない。


 あ、でもさっきジュールがオファーレの王様に進言云々の話をしていたから、オファーレは王国だったのかもしれない。


 「成功っていうのも、転生ができるかどうかわからなかったからなんだね」


 「ああそうだ。確率だってわからなかったんだから…ってなんでそれ知ってるんだ?」


 「あの日に離れの外で聞き耳立ててたら聞こえたの。成功した!って言ってたのが、あれが一体何の事なのかなぁ…ってずっと思ってたんだけど、そういう事だったんだねぇ…」


 「聞いてたのか…うーん…そうだな…そう、魔物を浄化するための魔法でジュールとして転生したんだが、時折変な行動をしたりしてただろう?あれは十四歳まで生きてきた記憶との齟齬で精神的な年齢があやふやになってしまって妙に幼い行動をしてしまっていたんだ」


 「あれってそういう事だったの?」


 「ああ、だって性格だって全然違うだろう?」


 「うん、正直前のボソボソ話すジュールの方が好きだったかな…」


 「えっ…」


 あ、秘密の事を言ってしまった。


 いやだって、そっちのジュールの方が落ち着いてて、優しかったし…。


 今のジュールも優しいとは思うけど。


 「が、頑張るから!今の俺も、いい奴だって思ってもらえるように!」


 急に慌てだした。どうしたのだろうか。


 それと、話したかった過去は話し終わったのかな。


 結構暗い話だったけど、何かテントの中の雰囲気が全然シリアスじゃないんだけど。大丈夫そう?


 「なら、あと少しで成人なんだから…節度を持ち、常識的な行動を心掛けるようにしないとね?」


 「も、も、勿論でございます…!」


 何で敬語??


 「あ、そうだ。気になってたんだけど、図書館で神話の本を読んでね?そこにオファーレとアンブラの戦争の話が載ってたんだけど、底が見えない大穴って何の事なの?」


 そうだそうだ。折角ジュールが前世の話をしてくれたんだから、気になってたこれ!聞かなきゃ損ですな。


 「神話?神話ってなんだ??」


 あら…知らなかった…。


 「前に図書館に行った時に、読んだ本に書いてあったんだよ~。タイトルは何だったかな…何とかモンストル…エクス…なんたらみたいな」


 あれ、そういえばそれの作者の名前が…イディオ…って名前だった様な…?


 「それってもしかして『ド・モンステア』って本か?」


 「ちょっと違うけどそんな感じのタイトル。作者がイディオって、ジュールの前世の名前と同じだよね」


 ただ、私はここまで質問をしておいてなんだけど、ジュールって魔法使ってすぐに転生したって事だから…あの本って誰が書いてたんだろう?


 だってあれ私がちゃんと読んだところはジュールの話の事が書いてあったけど…その後の事も結構書いてあったよね…?確かどんな風に戦争が終わったとか、終わった後にどうして両国とも滅んだのか…とか。


 「多分俺が書いていた報告書を基にした本だろうな。俺が国に書いてた報告書のタイトルがド・モンステアだったはずだから…多分それをもじったタイトルなんだろうな」


 「はぁーそういう事なんだ…。じゃあ著者が罪人イディオっていうのは偶然なのか…」


 「ん?罪人イディオ?なんだそれ」


 ジュールは心の底からわからなさそうな表情をして聞いてきた。


 「その神話の本の著者の名前が罪人って意味のクリミネルって言葉が苗字みたいに書かれてたから…」


 「ああ!そういう事か!!それは俺の苗字だ!イディオ・クリミネルって名前だったんだよ、俺の前世。なるほど、そっか、今の時代だと前世の苗字、罪人って意味になるのか!あはは!」


 なんかすっごい笑ってる。そして多分心の中ですっごい自分の事を傷つけている。


 だって、ジュールはずっと前世のフィーネさんの死から始まった戦争や、魔物の登場も全部自分の所為だって言っていたし…多分責任があるところはあるのだと思うんだけど、全部が全部彼の所為じゃないとも思うんだけどなぁ…。


 でもこれは、きっと私が言っても意味がない。彼が今の人生で答えを見つけて、自分を許せるようになっていくの物だと思うから。


 それにしても、本を書くにしても基にした報告書の作者の名前で出版するかね。


 なんで後世に残るかもしれないのに、自分の名前も使わなかったんだろう…。


 もしかして当時のジュールの行いを見ていた人が書いたのかな?それとも自分の罪をジュールに被せるため?どちらにしろ、調べないとわからない事だな。


 「さて、そろそろ復興の手伝いに戻らないとな…っと」


 ジュールはそう言いながら椅子から立ち上がった。


 少しジジ臭いと思ったけど…言わないでおこう。


 「助けてくれて、ありがとうね。動けるようになったら、私も村の事手伝うよ」


 「……わかった。ま、あまり無理はするなよ」


 助けてくれて、の部分があまり腑に落ちなかったのか、ジュールは少し思案する様子を見せたが、最後には私を労わる言葉を言って、テントから出ていった。


 さて、これでまた一人だ。いつまでベットに寝てないといけないのかわかんないから、今すぐにでも立ち上がってしまいそうな気力を、どうにか抑えながらこれからの事を考える。


 とりあえず、私が何故ジュールに助けて貰ったと思ったのか。それには理由がある。一つはそもそも大熊の腕が直撃しなかったとしても、認識できない速度で吹き飛ばされ壁に叩きつけられたのだから、まあ無事ですまないよな…って考えた時に、意識を失う瞬間に聞こえたジュールの叫び声から、あの場で大熊を差し置いて私に応急措置をしてくれそうな人間はジュールしか思いつかない。そして二つ目は、一週間目を覚さなかった私を心配はしていたけれど、生死を彷徨っていた様な心配ではなく、単純に意識が戻らなかった心配をしていた事から、死の危険がない事を知っていたんだろうな…と思ったのだ。


 どちらにしろ、あそこで大熊を退治してくれたから村も復興をするという道を選んでいるわけだし、彼のおかげなのは間違いない!歴とした事実だ。


 まだノワイエたちの事も気になるけど、今は怪我を治す方に専念しよう。


 そういえば結局あの本に書いてあった穴ってなんの事だったんだろう。


 …うーん、まあ戦争とか国境沿いに配備された軍の事の比喩って事だったのかも。


 はぁ、色々話聞いてたら眠くなってきちゃった。


 「今日はもう寝ようっと!」


 大声を出して宣言してから目を閉じる。


 そして、落ち行く意識の中思い出す。ジュールとよく遊ぶ様になったのは、夢の中と同じように、彼の方から話しかけられた日からだったなぁという事を。

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